九本目 魔法の基礎
「……」
目を閉じていると、自分の内側から『何か』が外へあふれ出しているのが分かる。
その『何か』というのが———つまるところ『魔力』だ。
瞑目したままその魔力に意識を向ければ………魔力を掴んだような感覚を得る。
「…………」
その魔力をゆっくりと………少しずつ己の中心———心臓へ近づけていく。
「…………っ」
しかし、魔力を掴んだはいいものの、『見えない手』でつかんだイメージが、魔力自体の『反発力』に負けそうな感覚が常にしている。
そして――
「プハぁっ!!」
詰まっていた息を求めるように、俺は弾かれたように声を上げた。
「う~ん………」
俺の魔法基礎訓練をみて、ブランが難しそうな声を上げている。
「魔力量は普通だけど……圧倒的に魔力の操作精度が——酷い」
「ぐっ…………!」
現在、実践訓練前の魔法基礎訓練中。
基礎を練習した上で実践を行った方がいいというブランと俺双方の意見が合致した上での訓練の順番だ。
そんな魔法の基礎を練習中に、ブランは頭を抱えた。
「操作精度が低すぎるから『練気速度』も『圧縮率』も酷い。――かろうじて『練気練度』は光るものがあるけども…………」
「うっ……!」
いままで魔法の練習から目を背けてきた代償が、『年下の少女に呆れられる』という形で襲ってきて、俺は身をくねらせながら痛みに耐えた。
「アルティ、『魔法の五大要素』は知ってる?」
ブランから見れば、謎にクネクネしているオッサンが映っているであろうに、彼女は俺のダメージには一切言及せず(そっとしてくれていると信じたい)、俺に疑問を投げかけた。
「…………『五大要素』って確か……『魔力量』『練気練度』『練気速度』『圧縮率』『操作精度』————だっけ?」
曖昧な記憶の糸をたどり、何とか出した俺の答えに、ブランはしっかりと頷いてくれた。
「そ。―――昔は『ルーン文字』とか『紋様』とか、色んな方法を使って自分のイメージした魔法を使ってたらしいんだけど……」
はるか昔の魔法技術の事情を解説しつつ、ブランは手のひらに練気を込めた。――すると、たちまち、ブランの手からエネルギーと思わしきものが微かに立ち上がる。
「私達は、魔力を操作して——魔力を体内で練り上げ、高純度・高密度の魔力を魔法を使う」
「えっと…………確か、魔力を練り上げたものを『練気』っていうんだっけ?」
「流石。――その『練気』は、人間のイメージに従来の魔力よりも過敏に反応する。だから、今の魔法は簡単な詠唱と魔法名を口にするだけでイメージが固まり、魔法が発現するの」
ブランはそう説明をすると、右手を空高く掲げ——口ずさむ。
「斬り裂け水流——『水刃旋』」
鈴の音のような言の葉と共に発現するのは激しく回転する『水の円盤』。
右手の先に現れた魔法は、そのまま上空に撃ちだされて——空中で分解して周囲に水滴となって降り注いだ。
「いいなぁ魔法」
「……アルティも、きっとできるようになるよ」
ついつい出てしまった羨む声を、ブランにフォローされ、俺は咄嗟に口を塞ぐ。
そんな俺の顔が面白かったのか、表情に乏しい顔を少しだけ微笑みに変えるブラン。
「と、まぁ……こんな風に、普段から練気を練り続けてれば、体内に練気のストックが出来るんだけど…………」
「………………ほんの少しだけなら……練気のストック……アリマスヨ」
おそらく身体強化『一回分』。魔力の操作が苦手な俺がストックしている練気の量だ。
それが今の俺の現状で、遠い道のりに俺は遥か高い青空を仰いだ。
「あ”あ”~………」
冒険者ギルドの一角。―――正確に言えば、ギルドに併設されている酒場の一角、そのテーブルにアルティは白目を剥いて突っ伏した。
「練気は全く練れないし、ブランにボコボコにされるし、節々痛いし——キッツ~……」
「まだ痛い所あるなら治癒する?」
「この年になると、『痛かった記憶』があるだけで精神的疲労なんです~」
「それは全ての年代で共通では……?」
表所に乏しい顔で、ブランは小首をかしげている。
現在、俺とブランは同じ席で談笑をしている。
―――端から見れば、銅級と金級の冒険者が同じ場所にいる異様な光景。嫌でも周囲の視線を集めている。
俺はそんな視線を小さい心で気にしながら、周囲を見る。
「朝の受付開始時間は最早恒例だよなぁ」
「……だね」
ちらほら俺達をみる冒険者。――だが同時に彼らはギルドの受付嬢の行動をつぶさに観察していた。
理由は簡単。――依頼書を掲示板に張り付けた受付嬢が、受付を開始すると同時に依頼書を手に取ることを許されるからだ。
この時の冒険者はみんな殺気立っている。
「♪」
受付嬢は、そんな荒くれ達の視線など気にしていないように、鼻歌を奏でながら依頼書を張っている。
「ブランもやっぱこの取り合いの中に入るのか?」
不意に、小柄なブランがこのあとの騒乱の中に入る姿が想像できなかった俺は、ブランへそんなことを聞いてみる。
すると、返答は意外。
「いいや?」
首を横に振るブランは、あっさりと俺の言葉を否定した。
「金級ぐらいになると、あの人たちが取り合う依頼は割に合わないかな」
「へぇ……」
『ぐらい』と言ってしまえるほどの自信と、それでも一切嫌味に感じない彼女の振舞に俺は感心してしまい、アホ面をしてしまう。
そんな俺のことを言及もせず、ブランは続ける。
「依頼書の取り合いが終わった後に残るのは、明らかに報酬の少ない依頼書か、あるいは高い報酬の依頼書だけ」
「……? あぁ! なるほど——」
高い報酬の依頼書———つまりは金級のみにしか達成不可能の依頼のことだ。
そんな依頼書は、自然と残る。――故に、金級まで上り詰めた彼女は、体力を浪費してしまいそうな闘争に参加する必要はないのだ。
———俺とは全く反対の理由で争うことはないんだな
ちなみに、俺も依頼書の取り合いに参加したことはない。――理由は察してくれ。
———よくみれば、セレスト達も参加する気配なさそうだしなぁ
俺は、酒場の端っこでつまらなさそうに冒険者達を見ているセレストに視線を向けた。
彼女達も、余裕そうに振舞っている。―――あ、目が合った瞬間、舌打ちされた。
「あの!!」
そのとき、受付に戻ろうとする寸前の受付嬢を呼び止める者がいた。
「はい? なんでしょうか?」
「僕! 依頼受けたいんですけど!!」
溌溂そうな少年だった。
金髪のウルフカットで、新品で揃えたであろう防具がまぶしい少年だ。
「あ〜、ごめんなさい。掲示板に貼ってある依頼書をカウンターまで持ってきて頂かないと、受付出来ないんですよ〜」
受付嬢は、少年の後方に控える殺気立った冒険者をチラリとみながら、笑顔で対応し――カウンターへ戻る。
「あ〜……」
少年が頭を掻きながら、掲示板を探していると――
「邪魔だガキぃ!!」
「新人は引っ込んでろ!!」
「ぶっ殺すぞ!!」
怒りを爆発させた冒険者達から罵詈雑言が、少年へ殺到した。
「え? え?」
いきなりの暴言に、少年は目を白黒させている。
「はーい、それでは今から依頼書の受付を開始しま〜す」
しかし現実は残酷だ。――少年が暴言の真実に気がつく前に状況が動き出す。
「どけっ!!」
「わっ!?」
「邪魔だッ!!」
「わわッ!?」
小柄な少年はあっという間に、屈強な冒険者の渦に飲み込まれてしまった。
「ありゃちょっとヤバいか…………」
流石に頭を踏み潰されたら死んでしまう。
そう判断した俺はすぐに助けに入るが……
「何オレの邪魔してんだオッサン!!」
「ぶち殺すぞ!!」
「調子に乗ってんじゃねーぞカス!!」
「あっ、ちょ、あいたっ!? でゅへっ!? へぶッ!?」
みずぼらしいオッサンへ、冒険者の肘鉄やキック、パンチが容赦なく降りかかり、少年を助けることもできない。
「あ〜あ……待っててねアルティ」
「……セレスト、行ってくるね」
「勝手にしろ」
その後、俺はブランに回収され、少年はヘリオスに助けられた。
ちなみに、少年はその後、懇切丁寧にヘリオスからこのギルドのルールについてレクチャーを受けていた。




