六本目 小話:オッサンの日課
時は遡り、とある日の朝。
「ふぁ~あ……」
自然と目覚めるのは朝日が昇る前。暗闇がまだ周囲を支配する時間帯。
ギルドよりほど近い路地裏の安宿。
『ギルドに近い』という理由で止まっている宿だが……他の冒険者は『内装がボロい』という理由でだれも利用しない。
『路地裏』という理由で、新人冒険者にも見つかりにくい宿で、仮に見つかったとしても、新人はすぐに出世するか、冒険者をやめるか――――――あるいは死んでしまってこの宿を利用しなくなる。
そんなボロ宿の一部屋で、俺は支度を始める。
宿の主人から貰ったボロ服に袖を通して、俺は外に出る。
「さて——やるかぁ」
宿を出て始まるのは『ランニング』。
ギルドがあるのは街の南側に近い『商業区』と『住宅街』の境目。――悪さをする冒険者は、近くの騎士団駐屯所の騎士に捕まるので、住民からの不満は少ない。
そこから、本格的に街の中心である商業区を抜け、東側にある漁港をグルっと一周して、住宅街を経由して戻ってくる。
ちなみに、新人の頃は北の貴族が多く住む貴族街付近を通って、一度不審者として騎士団に捕まりかけたことがある。――そのため、今では絶対に貴族街へ近づくことはない。
「ㇵァ……ㇵァ……ㇵァ……」
ギルド前の広場で噴水の周りを何周か歩いて息を整えた俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。
ギルド前の広場は、基本的に冒険者で賑わう。
ギルド内にある酒場とは違う飲食店、武器防具のある武具店、冒険の雑貨を取り揃える雑貨屋。
果ては、全く関係のない花屋まである。
———そういえば、あの花屋……俺が新人の頃からずっとあるなぁ……
やはり、相手は冒険者と言えど『人が多い』というだけある程度は儲けがあるものなのだろうか。
ちなみに、花をあげる相手も居なければ、そんなお金もない俺はああいった花屋には一切無縁だった。
ずっと続いている花屋に不思議な視線を向けながら、俺はいつものルーティンを始める。
「よっと……」
広場の一角、芝生の上に胡坐をかいて座ると、瞑目して、両膝の上に手を置いて深く息を吸う。
『スーッ……』と、朝の冷たい空気が肺の中を満たして、ランニングで火照った頭が一気に冷却されたような気分になる。
「フーッ……」
そうして、深呼吸を何回か繰り返して———次第に呼吸をいつも通りにしていく。
———イメージしろ……
これから始まるのは瞑想ではない。
———昨日のゴブリン共には少し手こずった……
これは想像訓練。
大体が前の日の戦いを思い出して反省を心に刻む。
———アレは盾弾きのタイミングが悪かった。もっと完璧なら武器を弾き飛ばしてそのまま止めへとつなげられる。
脳内に状況を設定。仮想敵を作り出し、次々と立ち合いの考察を重ねる。
———長物相手だと、盾で弾いてもあまり効果はないか……? いや、方向によるな。真下に叩き落せば、そのまま穂先を踏みつけて接近できる。
ちなみに、近い将来戦う時に、この時の反省を生かしきれなくて自己嫌悪に陥るのは、また別の話だ。
「…………」
そうして、目を開ければ、ほのかに空が白み始める時間帯だ。
芝生から立ち上がり、服をはたくと、脇に置いてあった盾と長剣を装備する。
———ただ振るな
鞘から刀身を引き抜き――ゆっくりと剣を振り始める。
———思考を止めるな
脳裏に思い描くは、先ほどまで脳内で繰り広げた『立ち合い』の数々。
———才能がないなら…………せめて『考えること』をやめるな
脳内で動き回るゴブリンを、的確に屠り続ける。
次第に剣速を上げていく。
まるで脳内の戦いが加速していくように——悲鳴を上げる筋肉を無視して、俺はひたすら剣を振う。
鋭く朝日を反射する剣と、傷ついて鈍く光る盾を両手に己の全てを殺して——剣を振り続ける。
気づけば、幻で出来上がったゴブリンの屍を前にして剣を下す。
「はっ……はっ……はっ……」
息を整えるように努めながら、ゆっくりと——丁寧に剣を鞘に収めて、
「………………ふーっ」
一日を始めようとしている陽の光を見上げた。
「……」
風が吹く。
頬を撫でる空気が、汗を冷やして火照った身体を鎮めてくれる。
———……今日も頑張るか
現実ばかりを突き付けてくる世界が、こんなにも穏やかで……憎たらしい。
だが、単純な俺は、その穏やかさを許して……絆されてしまう。
世界に全ての憎しみをぶつけられれば————あるいは世界を諦めてしまえば、このうだつの上がらない毎日にも別れを告げることが出来るのだろう。
だが、それが出来て居れば——俺はもうこの場所に居ない。
「…………」
情けない自分を心の中で取り繕うこともせず、俺は踵を返す。
———さて、今日もゴブリンでも退治しにいくかぁ
「やめてください」
そんな折、一人の少女が冒険者らしき男二人に絡まれているのを発見してしまった。
「あー……」
うっかり足を止めてしまった俺は、しばらくその光景に躊躇してしまう。
というか、足を止めてしまった時点で見過ごすことはできなかった。
「おいお前ら」
そうして、オレはその男たちに散々殴られ———持ち前の諦めの悪さで冒険者たちを諦めさせた。
『嬢ちゃんも気を付けてな』なんて言ってかっこつけたは良いものの、その日は全身が痛くて全然稼げなかった。
まぁ、『誰かに礼を言われた』んだ。――それだけで、『英雄になりたい』だなんて夢見がちなオッサンには過ぎた報酬だろう。




