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ソード・レイン ~万年銅級の下級最弱(ビリディス)~  作者: 珠積 シオ


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小話:『英雄』の後日談

「報奨金は……いりません」


 国王陛下の控える謁見の間で、そう宣う俺に――ソフィアもフランツも驚愕していた。


「なぜじゃ? 王国を滅ぼそうとした禁域の主から――お主はみんなを救ったんじゃ……ここにある一生遊んで暮らしていけるだけの金貨を、受け取る権利がお主にはあるんじゃぞ?」


 すでにオルスフェン討伐から半月が過ぎようとしていた。


 俺は今、目の前の豪華な台に乗せられた大量の金貨を前に、苦笑いを浮かべていたのだ。


「は、はは……既に陛下には『緋剣沛雨(ソード・レイン)』という輝かしい称号をいただきました」


 片膝をついたまま、俺は丸顔の優しそうな老人―――カイ王国の国王陛下を見上げる。


「『英雄』になりたいと、子供みたいな夢を抱えていた俺には――それだけで十分です」


 俺は陛下に向かって、さわやかに笑って見せる。―――のだが、


「……」


 正直―――俺はめっちゃ目の前の金貨を()()()()()()


 だって、あんだけ金貨あれば、毎日酒飲み放題だし、うまい飯食い放題じゃん!


 欲しくないわけないじゃん!!


「………()()()


 でも……それでも俺にはこのお金を受け取るわけにはいかない理由があった。


「俺……剣術が好きなんです」


 これだけ讃えてくれる王様に本心を話さないのも申し訳ないと思い、俺はポツリポツリと受け取れない理由について口を開いた。


「昔は……夢に向かっていける手段が『(コイツ)』しかなかったから……ひたすらに(コイツ)を振り続けていました」


 視線を下げると、腰から下がる剣が――俺の視界に入ってくる。


「『意味ない』と理解しつつも、諦めきれなくてゴミのように積み上げた技術――だと思ったんですが……」


 脳裏に浮かぶのは、二人の顔。


「そんな俺の『剣』を見初めてくれた奴が……奴らがいた。――無駄じゃなかったんだなって……そう思ったら、『(コイツ)』をもっと()()()見たくなったんです」


 先ほどとは違う。――俺は自然と笑って陛下と目を合わせていた。


「きっと、俺は今……そのお金をもらうと――剣を振るうことをやめてしまう。……それだけは、嫌なんです」


「……そうか」


 俺の言葉を静かに聞いてくれていた陛下は、笑顔だった。


 陛下の後ろに控えるソフィアは微笑んでいて、フランツは呆れたように肩を竦めていた。


「その心の在り様は、まさにおとぎ話に出てくる『英雄』のようであるな」


 きっと、最大級の誉め言葉。――けれど、俺はその言葉に首を振った。


「いえ、俺の本質はただの『おっさん』です。鈍臭くて、才能がなくて……泥まみれの『凡夫』です。誰かに助けられて初めて何かを成し遂げることのできる――おとぎ話としてはしょーもない人間です」


「……本人が言うなら、そういうことにしておこう」


「…………あ」


 そこで俺は、あることを思い出し――山ほどある金貨にそっと近づいた。


「どうしたのだ緋剣沛雨(ソード・レイン)よ?」


「ぼ、防具の修繕費が結構かさんで……金貨五枚だけ貰ってもいいですか?」


「………………」


 散々格好つけたあとに出た俺の言葉に、陛下はあっけにとられていた。


「締まらねー奴」


 フランツの言葉が俺の胸に深く突き刺さった。



 ※ ※ ※



「……」


 情けなくも受け取った五枚の金貨を手の中で見下ろしながら、俺は王宮をゆっくりと後にした。


 半月前は曇り空の下、人外魔境のごとく魔物が蔓延っていた街も――今は太陽の下で復興しつつある。


――ここはまだ瓦礫の片づけが出来てねぇな……


 しかし、オルスフェンの召喚した魔物達が残した爪痕は深い。


 当時、キイラや騎士達が住民を保護して回っていたそうだが……()()()助かったわけではない。


 騎士にも、冒険者にも見つけてもらうことなく、散っていた命も多くある。


「……」


 未だ手の付けることのできない瓦礫の山が、まるで散っていった命の亡骸のようで、俺はそっと視線を落とした。


 歩を進めながら、ぼんやりと考える。


 幼いころ夢見た『英雄』。――それは、誰もかれも救い、悲劇で終わるはずだった物語を無理やりにでもハッピーエンドに変えてしまう、そんな『憧れ』だった。


 けれど、『英雄』として称えられてしまった今の俺はどうだろうか。


 確かに、長い間積み上げてきた技術をもって、俺は何とかオルスフェンを倒すことはできた。


 ――けれど、逆に言えば……それだけ。俺がみんなの声援を受けて戦っている間、どれだけの命が散っていったのか、想像できない。


 俺の中の『英雄』は、『救い出す者』。――じゃあ、敵を倒すだけで精一杯だった俺は……?


――やめろ。そんな馬鹿なことは……考えるな。


 脳裏を埋め尽くした考えを、俺は頭を振って振り払った。


――俺も、『英雄』も、全員を救えるわけじゃない。ガキじゃないんだ……わかるだろ。


 言い聞かせるようにそうやって結論をつけて、俺は息を吐き出す。


「……ついたか」


 やがて、たどり着いた目的地は治療院。――魔法を使った治療から、薬学などの医学に則った治療を行う施設。


 冒険者も民間人も、この街に住む人間ならほとんどの人間がお世話になる場所。


 敷地も広く、街でも一、二位を争う大きさなのではないだろうか。


 そんな敷地に入り、目指すところはとある病室。


「おや、アルティ殿……今日もお見舞いですかな?」


「あぁ。――金なしだからロクな土産もないけどな」


「ははっ、新たな英雄サマは、冗談がうまいな」


 ()()()()()()()()()と軽く言葉を交わし、俺はそのまま中に入り――



「まだ、目が覚めないんだな()()()()()()()



 ベッドの上に横たわる親友――ウェイヴレットへ声を掛けた。


「ったく……昔は逆だったろ。――鈍くさい俺を、お前がいつも世話してただろうが……」


 近くにあった椅子に腰かけて、俺は親友の顔を見つめる。


 その顔は、死んだと思ったあの日から()()()()()()、俺の中の記憶を刺激していた。


「どーすんだよ……俺だけこんなに年食って……」


 ウェイヴレットは現在、『最重要人』として、騎士団の監視下に置かれている。


 理由はただ一つ。――ウェイヴレットが『オルスフェンの器』だったから。


 多くの人間が、オルスフェンがウェイヴレットの身体から出てきた瞬間を目撃している。――故に騎士団も『王国を危険に晒した危険人物』としては扱っていない。


 しかし、それでも『オルスフェンの器』として俺たちの前に現れたことは事実。


 ――生存が確認された瞬間から、『オルスフェンの魔剣の中で何があったのか』、『オルスフェンの危険は本当にないのか』などを確認するために、騎士団が資金を出し、治療院でウェイヴレットの治療をしている。


「……」


 死んだと思っていた親友が生きていたことに驚いた俺は、喜びと同時にウェイヴレットの現状を知って複雑な心境に陥ったものだ。


「……ウェイヴレット。俺、『英雄』になったみたいだ」


 一人、呟く。


「あぁ、いや。――お前に言わせれば『英雄』は『強い冒険者』だったか?」


 目を開くことのない友と、記憶の中の友を重ねながら、言葉を虚空へ放つ。


「ははっ、だとしたら矛盾するな。――俺は『強い冒険者』なんかじゃないしな」


 思い出すのは、『オルスの奈落』にてウェイヴレットを置いていったあの日。


「――『英雄』ってなんだろうなウェイヴレット」


 思い描いた『英雄』と自分を比べ、俺はつい、思ってしまう。


「結局、俺はお前を置いて行ったあの日から……変われてねぇのかな?」



「…………変われてないの?」



「うぇッ!!?」


 返ってくると思わなかった言葉に、俺は声の方向へ顔を向けた。


「ぶ、ブラン……!? な、なんでここに?」


「そりゃ、毎日ここに通ってれば、嫌でも気が付く」


「そ、そりゃそうか……」


 ブランは驚く俺の後ろに立ち、ウェイヴレットのことをじっと見つめている。


「アルティ」


「どした?」


「『英雄』は、難しい?」


「……聞いてたか」


「うん、割と最初から」


「マジか……」


 恥ずかしさで頭を抱える俺の頭をポンポンするブランは再び。


「『英雄』は……難しい?」


 冒険者の最高ランク金Ⅰ級で、『英雄』と呼ばれ続けたブランからの問い。


「まぁ、な……」


 そんな彼女に、俺は曖昧な返事しか返せない。


「……」


 しかし、ブランは、そんな俺を責めるわけでもなく言葉を紡ぐ。


「アルティは優しいから……きっと色んなことが視界に入って――色々思い悩んじゃうんだね」


「……さぁな」


 『優しい』なんて自己評価なんて一切下していない俺は、彼女の評価に少し顔を逸らしつつ言葉を返す。


 ブランは、そんな俺に呆れたように笑いながら、


「でもね、きっと……アルティの中にある想いに『答え』をあげられるのは……アルティだけかも」


 年下のくせに、生意気におっさんの頭を撫でながらブランはハッキリと言う。


「……」


 ――そして、その言葉を……きっと俺は心のどこかで分かっていた。だからこそ、言葉がでない。


「でも大丈夫」


 そして、先ほど以上にハッキリとブランは告げる。


「『答え』を出す途中で挫けそうになっても――私がアルティを支える」


 『私だけじゃない』と、ブランは言葉を繋ぐ。


「キイラ君も――アルティが助けた人たちが今度はアルティを支える」


「……そうか」


「絶対そう。――セレストだって、怒った顔で助けてくれる」


「ははっ、想像つくような、つかねーような……」


 未だ、『英雄』の在り方について……答えはでない。


 けれど、ブラン達(こいつら)が居れば――いずれはその答えにたどり着けそうな気がする。


「今日はいったんギルドに戻ろ。――キイラ君がアルティが居なくてうるさいの」


「わかったよ。――――また来るよウェイブレット」


 依然として目を覚まさない親友は――なぜだか笑っているように見えた。



 ※ ※ ※



「やべぇ!! 盾の購入代金分の金貨貰い忘れた!?」


「かっこつかないね、アルティ」


 報奨金の話をした後に、こんなことを言い出した俺にブランが呆れてたのはまた別の話だ。

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