四十本目 羽化
「んん……」
全身を支配する痛みに、ブランは目を覚ます。
「……ここは」
眼前に広がるのは、曇天。――少し見回せば、漆黒の柱が見慣れた街にいくつも生えている異常な光景を認識できた。
「起きたか」
隣から声がして、目を向ければ——縛られ、磔にされたセレストと目が合う。
「セレスト……?」
「互いにしくじったみたいだな」
セレストと同じ目線で、身動き一つとれない状況から、自身もまたセレストと同じ状況だと理解したブランは、明らかに不機嫌そうなセレストに視線を送る。
「……今の状況は……?」
「さぁな。――だが、オレ達はしくじって……その尻ぬぐいをアイツがしているってことは確かだ」
セレストが顎で示す先の光景をブランは目の当たりにして、
「アルティ……?」
ブランは目を細めた。
アルティの動きが遅い。――その遅さは端から見ても魔法を使っていないとわかる。
「あの魔物は……?」
すると、今度はセレストとは反対側のソフィアが戦況を一心に観察しながら口を開く。
「おそらくオルスフェンだ」
「あれが……?」
「あぁ……おそらく私達と戦った時は本気ではなかったのだろう。――今も魔法が使えない状況に、あの魔物自身が先ほど自分のことを『オルスフェン』だと名乗った」
ソフィアの言葉に、ブランは生唾を飲み込み……アルティのことを見つめた。
———アルティが……
戦況は、お世辞にも『勝っている』とは言い難い。――むしろ、血まみれのアルティが必死に叫んでいる。
「何者だあの冒険者……魔法が使えない空間で……なんであそこまで粘れる……!?」
ソフィアのとなりで、フランツが驚愕の瞳でアルティを見つめている。――対して、セレストの隣にいるヘリオスはブランへ言葉を投げかけた。
「ブラン……やっぱり君がアルティに肩入れしてたのは……あの強さが要因かい?」
「……半分……そう」
今も、一つ間違えば簡単に身体をバラバラにされる剣を、生身で往なし続けるアルティ。
「……魔法の才能がなくて、銅級に燻っていても……彼は必死に自分の出来ることを積み上げて――『生身で魔物と戦える』技術を獲得した」
男は……足掻いたのだ。
『夢』に縛られ、さりとて『夢』に一歩も近づけぬ現実を前に——ただ愚かしい程に積み上げたのだ。
「でも——」
だが、それでもブランは苦渋の表情を確かに浮かべた。
なぜなら——
「あっ————」
アルティは——オルスフェンには勝てないのだから。
「アルティィィィィィィィィィィィィィッ!!」
斬り裂かれた仲間を見て、ブランは目を見開いて——絶叫した。
※ ※ ※
「あーア、楽しかったガ……口惜しいナ」
確かに真っ二つにしたハズのアルティの身体は、なぜか両断されることはなかった。
――だが、左肩から右の脇腹に掛けて、確かに斬り裂いた。現に、人間には耐えられない程の出血をもってアルティは血だまりを作っている。
「さテ、じゃあ約束通り——全員、死ぬカ?」
不気味な頭蓋が——邪悪に笑った気がした。
「ひっ——」
冒険者達は恐怖で顔を引きつらせる。が——
「今度はオレが相手をしてやる……!!」
一人の冒険者が剣を掲げ、立ち上がる。
「……いや、オレがやる」
呼応したように、もう一人——身の程もある大剣を掲げて名乗りです。
「お、オレも……下級最弱に負けてられるか……!!」
「そうだ……お前を殺せれば……オレだって金級になれる……!!」
広場に閉じ込められていた冒険者は——懸命に戦ったアルティに刺激され……立ち上がる。
「自己中デ、仲間想いじゃねー奴らだナァ……」
『ヤレヤレ』とわざとらしく呆れて見せるオルスフェンはしかし、両手を広げ——冒険者を歓迎した。
「いいゼ雑魚共!! ――最後まで『英雄』の称号を求めて、全力で殺しに来いッッッ!!」
刹那――
「待てよ」
静かで——それでいて、信じられない声が広場に浸透した。
「……お前、本当に人間かヨ」
オルスフェンは信じられない物を見るように、ゆっくりと振り返った。
「あぁ……こちとら、才能もクソもないただのオッサンだよ」
「いいねェ……」
アルティは立っていた。
胴体を、確かに異形の力を持って切り裂かれたにも関わらず――ありえない量の血を流しながらも、男は、立ち上がった。
「まだ……俺との勝負はついてない。――逃げるんじゃねーよ」
「逃げてねーヨ死にぞこない。――立ち上がったからには、楽しませろよ?」
「言ってろ。……今度こそ、その鼻っ柱——折ってやるよ」
※ ※ ※
四度目の激突。
これまでは、相手の一挙手一投足をすべて観察し、全てを読み切らなければオルスフェンの攻撃に対応が出来なかった。
「……」
「お前……ッ」
だが、今はどうだろうか。
迫る六本の剣——その全てに簡単に追いつくことが出来る。
俺が『速くなった』? ――否。そんなわけがないだろう。俺は生身だ。
相手が『遅くなった』? ――否、あのバケモノが早々にスタミナ切れをするわけがないだろう。
『コレ』は、掴んだんだ。
『勝利』と『敗北』、『英雄』と『凡夫』、『生』と『死』の狭間で掴んだ——技術の集大成。
相手の行動を無意識レベルまで頭に刷り込み、受ける攻撃・避ける攻撃を反射的に選択して、受け流す攻撃には最速・最適なタイミングで力を入れて攻撃を逸らす。
読み切り、流し、避けて、反撃する。
その全てを——身体が勝手に実行してくれる。
「ッ……! オォッ!!」
人間の力で薄皮一枚斬り裂かれたオルスフェンは——初めて砲声して、反撃してくる。
だが、その一撃を俺は難なく往なす。
「……」
返す刃で、反撃を行い——先ほどオルスフェンに与えた傷を再度切り裂く。
「……やってみろアルティ!! 本気のオレを……殺してみロッッッ!!」
三本の剣が同時に薙ぎ払われる。――俺はそれを、剣と盾を持って受け流し、剣と剣の間を通り抜ける。
「オォッ!!」
頭上から迫る三剣には、ステップにて立ち位置をズラして、一番端の剣を受け流すだけで死を回避する。
続く六刀の剣舞には、真正面から挑み——その全てを往なして見せる。
「……」
のだが、
「死ねェ!!」
雑に振るわれた一刀を盾で受け流した瞬間――
バギンッ——と再び盾が破壊された。
「ハッ……盾がなくて受け切れんのカァ!?」
「……」
先ほどは絶望の破壊音。――だが、たった今壊れた盾の音は、まるで蛹が壊れるような音だった。




