三十九本目 六の剣
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
膝から崩れ落ち、寸前で地面に突き刺した剣に全体重を預けて転倒を防ぐ。
———クソ……全身が……痛い……
完璧には受け流せず切り裂かれた傷達から、絶えず血が流れている。
疲労感が流動性の鉛になって、全身に流されている気がする。
アルティはもう、立っているのが精一杯だ。
「おい……マジかよ……」
「アイツが……勝った……?」
戦況を見守っていた冒険者がにわかにざわつく。
しかし――
「まだみんな動くなっ!!」
顔を上げることも出来ず、アルティはあらんかぎり叫んだ。
「なっ……なんでだよ……?」
普段は怒ることも少ないアルティの怒声に、冒険者達は硬直している。――そんな彼らに対して、アルティは魔物達を指差した。
「まだ魔物達は逃げて行かない。――――主が生きているから」
「っ!?」
冒険者達はハッとして周囲の魔物達に目を向けた。
そう、異形たちは知っているのだ。
「……」
主の生存を。
圧倒的理不尽を強いる王は、確かにその息吹を魔物達に伝えているのだと。
刹那――
何かの鼓動が————広場に反響した。
「主って奴は……どいつもこいつも……ッ!!」
疲れたように、絶望するように、嫌がる様に言葉を吐き捨てるアルティ。
鼓動はそんな男を無視して次第に大きくなっていく。――まるで生命が産声を上げるように。
そして、
――――黒い球体が、ゆっくりとオルスフェン……否、ウェイヴレットの肉体から出てくる。
その黒さは、『黒』より『深淵』と形容すべき色で、その場の全員がその深い闇の色に、街に出現した黒い柱を——黒い帯を想起した。
———オルスフェン……!!
もう、何を言わずとも理解していた。――その球体こそが深淵の王・オルスフェンだと。
次の瞬間、
「ウェイヴ……!!」
球体がまるで内側から蠢くように動き始めたため、アルティは漆黒の球体の下にあるウェイヴレットの身体を必死に引きずる。
「ウェイヴ……! ごめんウェイヴ……!!」
自分で切り裂いたウェイヴレットの傷に手を当てながら、瞑目するアルティ。
「必ずっ……必ずっ……『あの日』のけじめを————覚悟をお前に見せるからっ……!!」
必死に涙を堪え……それでも滴る一つの雫を乱暴に拭い、
「――コイツを……頼む……!」
「あ……あぁ……」
近くの冒険者にウェイヴレットを預けアルティは再び蠢き続ける球体へ向き直った。
「……」
眉を吊り上げ——次第に大きくなっていく、形を変えていく漆黒を真正面から睨みつける。
そして――
「待たせたナ」
本性を現したオルスフェンが降り立った。
※ ※ ※
最初の印象は黒い肉の塊。
三メートルはある人型の黒い肉の塊。その顔は身体とは正反対の真っ白なガイコツ。
「……さっきよりバケモノじみたじゃねーか」
人間とはかけ離れた六本の腕をみて、俺は強引に笑みを作る。
「まぁナァ……お前、面白そうだから寄生体じゃなくて、マジの身体でやってみようと思っテ」
カタカタとガイコツの頭部を鳴らすオルスフェン。
そのたびに黒い肉から、同じく黒い血がポタポタと垂れて――不快感を喚起する。
「さァ、やろウ」
オルスフェンは虚空へ手を伸ばす。――それだけで黒いモヤが六本の手に集まり……その手の中に六本の黒い剣を出現させた。
———六刀……
少しだけ眉をしかめ——ロクに力の入らない手をギュッと握り、剣を構えた。
「……」
「……」
生身の人間である俺は、怪物と真正面から睨みあい————刹那。
「楽しませロ冒険者!!」
右の剣を三本同時に振ってくる。
直撃すれば文字通り四等分になる一撃に対し、
「っ……!!」
ロクに動かない足で全力で後方に跳んだ。
紙一重で回避するものの、そのまま転倒するが、頭を打ったのも無視してすぐに起き上がる。
——だって、頭上から剣が迫ってきたのだから。
「グッ……アァッ!!」
筋繊維の一つも緩めることの出来ない一撃を盾で真横に受け流す。
しゃがんでいる状態で真横に受け流したせいで、砕けた地面から破片が飛んでくるが——どうでもいい。
今度はしゃがんでいる俺の真横から薙ぐように剣が振るわれたのだ。
「ッッ!!」
剣で剣を防いだ。――しかし、あまりの膂力の差に受け止めることは不可能。故に自分自身に向かってくる力を、自分の身体を使って流す。
すなわち、相手の剣の上を転がるように跳ねた。
「オッサンのクセに身軽じゃねーカ」
「年上に言われたくねぇよ……!!」
かろうじて飛び出た言葉を知覚することはできない。
地面に足をつくと同時に、再び無数の剣戟が飛んでくる。
反撃することなど叶わない。――それほど、『六刀』という手数の多さは俺に現実を突き付けてくる。
だって、一太刀防いだら時間差で四太刀が殺到する。――四太刀を防いだら六太刀が飛んでくるのだ。
———クソ……無駄に六刀流がサマになってやがる……ッ!!
そう、今のオルスフェンの脅威は六刀である以上に、『六刀を扱うこと』に慣れすぎていることだ。
仮に人間が六刀流をどうにか習得できたとして――目の前のオルスフェンほど華麗に、流麗に、上手く扱うことは絶対に出来ない。
「ほらヨッ!!」
瞬間、
「ぐッ……!? ガっ……フっ……!!」
脇腹を剣が抉り取る。
あっという間に口内が鉄の味に染まり——吐血。高温の鉄の塊でも腹にぶち込まれたのかという激痛に顔を歪める。
「終わりかァ? アルティ!!」
しかし、手を止めることは許されなかった。オルスフェンが俺の痛みなど考慮してはくれないからだ。
攻めることの出来ない……永遠に勝てることのない闘争の中、俺は必死に剣を振う。
「そらそラ、死んじまうゾッ!!」
二の腕の肉が削がれ、右の太ももが抉れる。
左肩に剣が貫通し、避けきれず右の頬を刃が裂く。
「グッ……!?」
顔面を真っ二つにされるのだけはかろうじて回避するが、口の中を刃が通っていき——口が裂ける。
今にも地面にうずくまり痛みに悶えたい。
けれど、そうなれば待つのは『死』——俺だけの『死』じゃない。この場の冒険者、ひいてはこの街に住む人間全ての『死』を意味する。
逃げ出すことはない。――『逃げられない』から逃げないのではない。
———最後まで……ッ! 最後まで……戦う……!!
親友を置いて逃げ出した『あの日』から逃げないために戦う。
勝てるかどうかなんてどうでもいい……『負けない』為に……戦う……!!
「オオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
力が入らない身体を、吼えて鼓舞する。
死を告げる刃に、黒の刃に、必殺の刃に……全身全霊をもって立ち向かう。
流して、流して流して、流して流して流して流して————刃の嵐の中を征く。
「いいぞアルティッッ!! ――全力ダッ!!」
興奮したオルスフェンの剣がさらに加速する。――関係ない。
「足掻ケ、足掻け足掻け足掻ケェ冒険者ァ!!」
頭蓋の形した口がなぜが歪み、禁域の主はさらなる熱狂に包まれて——
「クソ……」
無限の命の取り合いの中、受け流し損ねた一撃で盾を上方に弾かれた俺は……悪態をついた。
「面白かっタ————アルティ」
「……」
人生の幕引きを悟った俺は、瞑目する。
———結局……俺は出来損ないで無能でしかない人間だったか……
この場の人間を……この街を守り切れない自分に不甲斐なさを感じる。
———ブラン……約束……守れなくてゴメン
「ウェイヴ……逃げなかったよ……俺」
呟き――目を開き振り下ろされる刃を認識する。
———死ぬ前って……こんなに世界はゆっくりなんだ……
その時だった。
———ウェイヴの……剣……
オルスフェンの足元に転がる親友の剣が——ふと目に入った。
『お前は、夢――――叶えろよ』
そして――己の『夢』を思い出した。
「じゃあナ」
刹那――無慈悲な黒い刃は、俺を斬り裂いた。




