三十六本目 悪夢
「来い——白招来ッ!!」
身体強化と共に、一気にオルスフェンへ突撃する。
「おセぇッ!!」
「グッ……!?」
しかし、同時に突撃してきたオルスフェンに剣を弾かれ、後方に吹き飛ばされて広場に面する建物にぶち当たる。
「そんなモンか? あぁ!? もっとブチギレろヨ!!」
「黙れッ!!」
すぐに瓦礫の山と化した建造物から飛び出し、再び剣を振り下ろす。
「だからおせぇんだヨ!!」
上方から迫る俺の剣に対し、オルスフェンは先ほどと同じ下方から振り上げ。――膂力の差で無理やり俺の剣を弾く算段だろう。
「っ……!!」
俺は振り上げていた剣を止め——振り上げられる剣に対して盾を構える。
「ナっ……!?」
衝突する盾と剣。
――絶大な力に対し、真っ向から耐えるのではなく、力の向きを自分の身体の真横に流す。
結果、態勢を崩したオルスフェンへ俺は今度こそ剣を振り上げ——
「………………っ」
ほんの一瞬だけ躊躇ってしまった。
だって、街を破壊して、魔物を従えて、ブランを傷つけたとして……その顔は、幼少を共に過ごした友なのだから。
だから……そのせいで……俺は千載一遇のチャンスを取り逃した。
「……つまんねぇなァ」
次の瞬間、地面に手をついて転倒を阻止したオルスフェンは華麗に大地に足をつけ——俺の腹部に蹴りを入れる。
「がッ……ぁ……ッ!?」
喉の奥からせりあがった温かい物が、瞬時に口の中を鉄の味に染める。
『バカが』と冷たい言葉の次には、空中に浮いた俺の顔面に鋭い蹴りが突き刺さった。
「ッッッ!!?」
地面に亀裂を入れて激突。――俺の身体は面白いようにバウンドして地面に転がる。
「躊躇してんじゃねーヨ。雑魚メンタルが」
身軽に地面に降り立ったオルスフェンは、寝転がる俺に対し言葉を吐き捨てる。
「……手加減してやったから、さっさと起きろ」
「……っ、クッ……ソ……!!」
口の中からダバダバと血が流れる。――それでも俺は何とか剣を杖にして起き上がる。
「ったく、人間てのは本当に面倒だナ……この身体にしたのは失敗だったカ……」
「『この身体』……?」
オルスフェンの言葉に疑問を呈する。
その直前——
「主の首……貰ったッッ!!」
ギルドでよく見かける銀級の冒険者が、オルスフェンに斬りかかった。
「……チッ」
首に迫る刃に対し、オルスフェンは明確に舌打ちをすると——
「ガッ——!?」
冒険者の剣を右手の剣で弾き――その心臓に左手の剣を突き刺した。
瞬時に絶命する冒険者。
しかし、他の冒険者もただ見ている訳ではなかった。
「燃えろ——火球ッ!!」
「貫け——水尖ッ!!」
人間のこぶし大の火の玉と、槍の形をした水の塊が高速でオルスフェンへ迫ったのだ。
「「「オオォオォォォォォォォッ!!」」」
続々と魔物の処理を終えた冒険者がこの場に集結し――皆が一斉にオルスフェンへ飛び掛かる。
「ㇵァ…………面倒だシ……使うかァ……」
刹那……ため息交じりにオルスフェンは人差し指を立てる。
すると、指先が瞬時に黒く染まり——空中に何かを描いて……その指を掲げる。
「顕現せよ――『深淵の法則』」
暗闇のヴェールが、その指先から広がる。
黒のモヤのようなソレは、どの冒険者よりも早く、大きく広がって————
ヴェールが魔法に触れた瞬間、消失した。
「!?」
驚愕が全員を包み込む。
しかし、全員がその原因を考える前に、次の事態が引き起こされる。
「な、なんだコレ……!?」
「ち、力が……身体強化が……!?」
黒のモヤ——暗闇のヴェールに触れた冒険者が、次々にその場に転倒し……自分の手のひらを見ている。
「ッ……!」
かくいう俺も、迫りくるヴェールから逃げることも叶わず――
「……これは」
身体強化が解除された。
「っ……!! 来い——白招来ッッッ!!」
すぐに身体強化を発動しようとするが、
———魔法が……発動しない……!?
魔法の為に捻出した練気が、その場でかき消されるような感覚。――そのせいで魔法が発現しないのだ。
「オレの魔法……『深淵の法則』は、あらゆる魔法を霧散させるフィールドを作る魔法ダ」
「なッ……!?」
改めて前提の話をする。
冒険者であろうと、騎士であろうと、魔法使いであろうと————魔物と戦う人間は、必ず魔法を使う。
じゃないと、体格から、身体の作りから、何から何まで人間より遥かに優れている魔物に勝てないからだ。
どんな英雄であれ、金級であれ、銀級であれ、銅級であれ——『身体強化』の魔法がなければ、ゴブリンにすら勝てるか怪しい。
全ての戦闘は、魔法の行使から始まるのだ。だというのに——
「そ、そんなの……反則だろ……ッ!」
子どもじみた言葉が、誰かから漏れた。
「邪魔だヨ」
オルスフェンは、眼前にて自分を見ていた冒険者を蹴とばす。――それだけで、身体強化の解除により防御力が低下していた冒険者は、
「ッ……!!」
後方のギルドに突っ込み——建造物に真っ赤な花を咲かせた。
「「「――――」」」
恐怖と絶望が、冒険者の心を瞬時に闇色に堕として、
「うわァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「殺されるゥゥゥゥゥッ!!」
「いやだ、やだやだやだ死にたくないィィィィィッ!!」
冒険者達が蜘蛛の子を散らしたように逃亡を始めた。
「……」
対し、オルスフェンは二刀の内の一本——夜空の闇よりも尚黒い刀身を持つ剣を地面に突き刺し、
「出てこい魔物達」
刹那、広場の周囲地面に黒い帯が出現する。
「ひィ……!?」
正体不明の現象に、冒険者が立ち止まる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
しかし、不幸にもその黒い帯に触れてしまった冒険者が一人。
彼はそのまま帯の中に落下する。――そして、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
冒険者の断末魔と共に黒い帯の中から現れるのは無数の魔物。
それらは、広場を囲う形で出現し、誰一人として広場からの脱出を認めない。
さらに——
———なんだアレ……!?
街の四方に、空まで届く黒い柱が出現し――黒い帯と同様、中から無数の魔物が現れて、街を襲い始めた。
「なッ……!?」
ほぼ同時に、住民か冒険者か——人間の悲鳴が次々と上がり始める。
「まさか……あの剣は……『オルスフェンの魔剣』……!?」
『魔物を出現させる剣』の存在など、俺は一つしか知らない。
そんな物を、『オルスフェン』が使っているのだ。――その正体なぞ、一つしかないだろう。
目の前の光景に言葉を失い、絶望する。――そんな俺のことなんて知りもせずオルスフェンは、
「さテ、冒険者諸君」
魔剣の力を持って魔物を呼び寄せ、人から魔法を奪い、周囲の命など毛ほども気にしていない『禁域の主』は、今までで一番凶悪に笑う。
「今からオレはこのアルティと戦ウ。――この戦いを邪魔すれば、この広場を囲う魔物共がお前らを容赦なく喰らい尽くス」
「っ………」
その場の冒険者の眼が、自分たちを取り囲む異形の集団へ集約され……矮小な人間達はただただ、口の中の唾液を飲み込むことしかできない。
「安心しロ。――彼が勝てば、金級の冒険者達は解放され、主を失った魔物共は散り散りに逃げていくだろウ」
右手にウェイヴの剣、左手に魔剣を握り、オルスフェンは宣言する。
「だがもし、彼が負けれバ——英雄は死に、冒険者は無惨に食い散らかされ、この街は魔物に蹂躙されて滅ブ」
「…………」
剣を杖代わりに、俺はゆっくりと立ち上がる。
「せいぜい祈レ、彼が『凡夫』ではなく——『英雄』であることヲ!!!!」
俺の『夢』は、最悪の形で牙を剥いた。




