三十四本目 望まぬ再会
その日は、昼間のクセに、嫌に分厚い雲が空を覆い尽くす、曇天の日だった。
まるで、暗闇が丸ごと世界を覆ってしまうのではないかと錯覚してしまいそうな……そんな陰鬱な日だった。
「イテテ……筋肉痛が……」
「なんだキイラ、アレくらいで筋肉痛か?」
「いやいや、魔法使いにあの訓練は応えますよ先輩……」
「いやいやいや、『若い』んだから、あれぐらいで音をあげるなって」
「……」
「……な、なんだよ」
「……オッサン臭いですよ先輩」
「ぐはぁッ!?」
そんなふざけたやり取りをする俺とキイラは、いつも通り朝の訓練を終え、ギルドのテーブルで冒険者の依頼争奪戦が収まるのを待っていた。
のだが——
「大変だッ!!」
一人の冒険者が、青ざめた顔でギルドに駆け込んできて、喧騒に支配されていたギルドが一瞬にして静まり返った。
今にして思えば、いつもならそんな光景、毛ほども気にしない集団なのに、この時だけはその場の冒険者全員が静かに駆け込んで来た冒険者を見つめていた。
「どうされました?」
それはきっと受付嬢も一緒なのだろう。――いつも穏やかな口調の彼女は、急いで飛び込んできた冒険者に駆け寄り、事情に耳を傾けた。
「ま、街の入り口に……ま、魔物が……魔物が一斉に大挙してきやがったッッッ!!」
「なっ——!?」
同時に、ギルド前の広場にから、
『グルォォォォォォォォォォオォォォォォォォッッッ!!』
聞こえる筈のない魔物咆哮が響く。
「クソッ———!!」
「先輩!?」
絶対にヤバいことが起きているというのに、気が付けば身体が動き出していた。
キイラの声も無視して、ギルドの外に出ると、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ギルド前の広場——その一角にある花屋が巨大な狼のような魔物に襲われていた。
「来い——『白招来』ッ!!」
咄嗟に身体強化を発動。――抜剣しながら全力で跳ぶ。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
オークすらも凌ぐ腕力をもってして、花屋の店主——夫婦を噛み砕こうとする狼の脳天に剣を突き立てた。
『ギッ——!?』
狼のクセに潰れたカエルのような声を上げながら、狼は地面に縫い付けられ——絶命する。
「ケガは!?」
「あ、あぁ……ありがとう……ケガはないよ……」
「あ、ありがとうございます……!!」
「礼はいい!! 街の入り口に魔物大群が来たらしい! 街の入り口から一番遠い王宮まで避難するんだ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! じょ、状況が……」
「いいから避難するんだ!!」
腰が抜けて立てなさそうな婦人の方に肩を貸し、状況をイマイチ飲み込めていない店主に叫ぶ。
――ぶっちゃけ、俺も状況を理解しきれていない。だが、非常事態というのはこの狼のおかげでよく理解できている。
「先輩!!」
そこへ、俺を追ってきたキイラがやって来る。
「ちょうどいい……キイラ! 周辺の住民連れて王宮まで避難しろ!!」
「え、えぇ!?」
驚きの声を上げるキイラだが、すぐに転がっている魔物の死骸をみて意識を切り替えたのか、俺から婦人を受け持つ。
ちなみに、王宮は国王の計らいにより、非常時には避難所に指定されている場所だ。――よって、『王宮』に避難と言われて反対の声をあげる者はこの場には居なかった。
「……先輩はどうするんですか?」
「俺は街に入った魔物と戦う」
「無茶じゃないですか? ――魔物の大群なんですよね……?」
「だからだよ。――金級が居ない今、残った奴らで戦うしかないんだ。俺も一匹でも多く魔物を倒さないと……」
『この街を守って欲しいの』。
ブランとの約束が脳裏をよぎる。
「――いいからもう行け……! お前も、避難が終わったら……手伝えよ?」
「……もちろんです」
キイラは深く頷いてくれた。
「お二方、行きましょう」
「……わかりました。――妻は私が支えます」
「ごめんなさい、こんな一大事に……」
そうして、後輩は二人を連れてその場を離れる。
「……」
その背中を見送り、俺は改めて周囲を見渡した。
———幸い、この広場にはまだあの一匹しか来てない……
花屋は、魔物が襲来した街の入り口の方角に近い。――故に到達した魔物に運悪く狙われてしまったのだろう。
「……戦ってるな」
耳を澄ませば、街中のあちこちで魔物の咆哮、冒険者の怒号、戦闘の音が響いている。
「アルティさん!!」
そこへ、ギルドから飛び出してきた受付嬢がやって来る。
「ギルド長から、今すぐ街の入り口付近で暴れている魔物の制圧に向かって欲しいそうです!」
「その前に状況だけ教えてくれ」
「はい、現在街の各地点に散っていた冒険者と騎士団で魔物大群と交戦中。――ギルドにいた冒険者には現在、ギルド長が指揮をとっています!」
「わかった。――俺もすぐに……」
「うわぁぁぁぁぁぁッ!!」
そのとき、悲鳴が響き渡る。
刹那――
「伏せろッ!!」
建物が派手に破壊され、俺は受付嬢を庇いながら低く伏せる。
「ま、魔物だァァァァァァッ!!」
次の瞬間、伏せている俺と受付嬢に向かって、人一人より遥かに巨大な拳が迫った。
「ッッ!!」
「きゃっ……!」
咄嗟に受付嬢を抱きかかえながら回避する。
「あ、ありがとうございます……」
「……離れててくれ」
「は、はい……!」
数十メートル以上距離を取った俺は、目のまえに現れた魔物に愕然とした。――六メートルはある巨人が、何十人の冒険者相手に暴れ回っていたのだ。
「あ、あれは……『トロール』……!?」
そして、受付嬢の口から出た名前に二度目の驚いた。
「『トロール』って……『オルスの奈落』に生息する……?」
「は、はい……間違ってもこんな所に居るべき魔物じゃ……」
その事実に、俺の脳内に嫌な予感が走る。
「……いや、今は避難を……!」
——のだが、今だけは余計な思考を頭を振って追い出し、入り口付近から逃げてきたであろう住民へ目を向ける。
「受付嬢! 逃げてきた人たちを王宮へ避難させてくれ!」
「……! わ、わかりました!!」
周囲の住民は、パニック時に聞こえた『避難』という言葉に、縋るように受付嬢の元へ集まる。
「ぐァ!!?」
そこへ、吹き飛ばされてきた冒険者が次々転がってくる。
「……っ」
転がってきたのは、俺よりも等級の高い冒険者ばかりだ。
「やだっ、やだやだやだ!! 死に、死にたくなぁい!?」
今もトロールの拳に圧殺されそうな冒険者でさえ——
「クソ……!!」
トロールの拳と大地の間に——殺されそうな冒険者に飛びつき、俺は間一髪で冒険者を助け出す。
「お、オマエ……下級最弱……」
さっきは不意打ちの一撃だったから、運よく魔物を仕留められた。
だが、この魔物達が本当に『オルスの奈落』の魔物達なら……
———俺に……勝てるのか……?
暗闇より這い出てきた魔物達が、その圧倒的な存在感を放つ。――圧倒的強者として、俺の命をすり潰す死神として。
絶望が、俺を、蝕む。
「お前ら、止まレ」
その時、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
大きな声ではない。――だというのに、不思議とハッキリと響く声だった。
『……』
そんな声が響くと同時に、鼻息荒く殺意を漲らせていたトロールが途端に静まり返った。
「ったく、冒険者を無闇やたらに殺すんじゃねぇヨ……オレの目的の奴が死んでたらぶっ殺すからナ?」
コツコツ……と、魔物が居る目の前で悠然と歩く音が聞こえ——俺はゆっくりと振り返る。
「………………………………ぁ?」
目の前にいた男は、女性のように黒く長い髪にキレイな翡翠色をした瞳をしていた。――腰に双剣を差していた。
「なんダ冒険者?」
「なん……で…………?」
死んだ親友——ウェイブレットがそこには居た。




