十六本目 雷鳴
魔法の開発とは、練気技術を持つ者なら誰でもできる。
自身の体験——苦い記憶や、苦境を突破するための想像力、果ては自分が遭遇した自然現象にすらイメージを結び付けて魔法を編み出す者もいる。
とにかく、『魔法』とは『想像力』なのだ。――簡単であり、難しくもあるその事実のおかげで、様々な者が魔法を開発し、時には、他者が使っていた魔法を使うことで妥協することもある。
何が言いたいのかと言えば、『想像力』如何によっては、発動にかなり時間がかかるということだ。
「……」
両手を前に掲げ、僕は瞑目する。
「…………」
引き出す記憶は、雷轟降り注ぐ山で目撃したいくつもの『稲妻』。
記憶の中の、幼い自分の視界に映る雷鳴たちに意識を向けて……それらを選別する。
あれじゃない……これじゃ弱い……これではない……
しかし、一向に納得のいく威力がある落雷がなく——僕はいつも通り一つの雷轟を求めた。
すなわち、剣の刺さる崖に落ちた『大地を裂く雷』。
「はぁぁぁぁぁ!!」
練気を込めて――魔法は発現することはなかった。
※ ※ ※
「また失敗か……」
「……」
これで五度目の失敗。
あの時見た雷は未だに顕現せずにいた。
「……」
落胆する俺の隣で、ブランは手元にある紙とキイラを交互に見ていた。
「さっきから何とにらめっこしてんだ?」
「……これ?」
「そうそう」
ブランはヒラッと紙を俺へ見せてくれる。
「これって……」
「そう。――キイラの『等級選定試験』の魔法データ」
そこには、『魔力量』などの『魔法の五大要素』別の評価と、ギルド職員の所感が記載されていた。
「ん~———? ……え?」
そのデータをまじまじと見て、俺は動きを止めた。
「……なぁブラン、この評価って……ウソじゃないよな?」
「嘘じゃないかな」
評価は色で付けられており、下から『青』『緑』『黄』『橙』『赤』となっている。
そんな中でキイラは——
「『操作精度』————『赤』!?」
『操作精度』……体内の魔力操作の精密さを差す項目の評価が最高評価の『赤』だったのだ。
その評価は、『操作精度』のみ金級と言われているのと同義だ。
「そう。……『操作精度』が高いから、『練気練度』と『圧縮率』の評価も少しだけ高くなってる……けど、他の項目は一般的な新人冒険者と大差ない」
「……」
最近、ブランと共に魔法の訓練を始めた今の俺なら分かる。
『操作精度』だけが異様にうまい目の前の新人は——紛れもない『才能の原石』だと。
「この評価なら、最初から銅Ⅰ級ぐらいはいけそうだけど、どうやら、冒険者知識の試験で大幅減点を貰ったみたい」
ちなみに、一応知識を見る試験もあるらしく、キイラはそこで失敗して俺よりも低い等級になったらしい。
「――なあ、ブラン?」
俺は思ってしまった。
等級選別試験の結果があるなら、キイラを試す必要はないのではないかと。
「……ダメだよアルティ」
そんな俺の心情を見抜いたように、ブランは表情の硬い顔に少しだけ困り顔を浮かべた。
「こんな才能があるなら、尚更……丁寧育てて行かないと」
ブランは俺なんかを『英雄』になれると思ってくれているらしい。――だがきっと、俺みたいな奴よりも、キイラは本当の意味で『未来の英雄』なのだ。
――才能にあふれ、明るく、挫けぬ意志を見せる。
なら、荒療治のようなことはせず、将来、その才能が花開く時まで保護するのがよい。――きっとブランはそう考えているのだろう。
「彼に今必要なのは、私達が行こうとする危険領域で『自身を証明し続ける力』。――それが出来ないのなら……一緒には行けない」
「『証明』……ねぇ……」
ブランの言葉を無意識のうちに繰り返していた俺は、その視線を、未だ魔法が放てず――それでいて、闘志を燃やし続ける少年だ。
証明……証明……ねぇ……
「……」
俺は少しだけキイラを見つめ——少年に向かって歩き出す。
「アルティ……?」
「要するに、デカい雷が出ればいいんだ。――出すのに困ってるヤツを手助けする位はいいよな?」
そんな俺の言葉に、ブランは呆れたようにため息をついて————それでいて、少し笑ってくれた。
「キイラ」
「へ…………先輩?」
突然現れた俺に驚くキイラ。
そんなキイラを置いて、俺は少し離れたところに剣をぶっ刺した。
「俺、魔法のことはからっきしなんだが……魔法って『想像力』なんだろ? ――なら、あの時の状況に少しでも再現しよう」
「先輩……」
あの時、オークの顔面には俺の剣が刺さっていた。――ならば、剣を目標にするのも間違いではないはずだ。
「流石に目ん玉に剣をぶっ刺したオークは用意できないから勘弁しろよ?」
「……はい!!」
けどまぁ、魔法素人の俺の意見だけじゃ心配だなぁ……
そう思った俺は、こちらを見ていたブランに手を振った。
「おーい、ブランもなんかアドバイスくれ!」
「えっ!?」
まさかの金級への助力を申し出た俺に驚くのはキイラだ。
「ホントにもう……」
呆れかえっているブランだが、まぁ、なんか機嫌は良さそうだし大丈夫だろう。
キイラに近づいてきたブランは、彼の肩に手を置く。
「君、『操作精度』から来る『練気速度』の速さにもの言わせて、その場で練気を練って魔法を行使してるね?」
「はぁ!?」
間抜けに驚く俺とは対照的に、少し肩を跳ねさせたキイラは、おずおずとブランの言葉を肯定する。
「……はい。――魔法を教えてくれた人から、訓練の一環だと言われて……今までそうしてきました」
マジかよこの化け物新人……
俺が驚愕している横で、ブランは冷静にアドバイスを口にする。
「訓練の一環として、それを続けるのはいいけど……今だけはやめて。――魔力を練って、大量の練気を作るの。その分だけ、練気は敏感に君の『想像力』に感応してくれるはず」
「……わかりました!!」
それだけ伝えると、俺とブランは下がって、再びキイラの様子を静観する。
※ ※ ※
「……」
先輩の剣だけを見つめて、見つめて見つめて――――脳裏の大雷轟と重ねる。
剣へと落ちて、僕の視界に焼き付いた雷を……思い出す。
「…………」
瞼の裏に、剣が焼き付いたと思えば、自然に僕は瞑目していた。
「………………」
次に行うのは、練気の大量生成。
母から受け継いだ『操作精度』と『練気速度』を存分に使い、体内の魔力を次々と練気へ昇華させる。
もちろん、昇華させた練気も、霧散しないように常に体内で循環させておくのも忘れない。
そして――
「撃ち砕け——『雷』」
ギルドを揺らすほどの雷鳴が轟いた。
視界がホワイトアウトする。
「――――ッ!?」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
ブランさんと、先輩の声が聞こえる。やがて……
※ ※ ※
「…………」
私は正直に驚いていた。
雷鳴の威力は、頑丈なドームの床を砕いている。
音もすさまじく、咄嗟に身体強化していなければ鼓膜が破れていただろう。――後方で気を失っているアルティには後で回復魔法を掛けなければならない。
「馬鹿げてる……」
こんな絶大威力の魔法……私でも撃てない。
おそらくセレストやヘリオスでも。
「ブランさん!!」
声の主へ目を向けると、まっすぐ私を見つめるキイラ君と目が合う。
「――――どうですか」
「……」
感じてしまった。
この未熟な冒険者に——アルティと同じ可能性を……
「ごめんなさい——」
だから、私は今までの態度を謝罪するべく、口を開き、キイラ君へ手を差し出した。
「私……君を見くびっていたみたい」
「じゃあ……」
「うん……ぜひ、パーティに入って欲しい」
「わぁぁぁ……!!」
その瞬間、先ほどまでの凛々しい表情を引っ込めて、キイラ君は私の手に飛びつくように握手を返した。
「僕の方こそよろしくお願いします!!」
こうして奇妙な二人組は、さらに奇妙な三人組となった。




