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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コメディ系な話

わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……


「新たなる教皇よ。王太子であるわたし、ゲスナーとシスター・カスリンとの婚約を認めて頂きたい。そして、真の聖女であるカスリンを虐げ、聖女を騙るその女の処刑を求める!」


 王太子が、真の聖女であるところのシスター・カスリンを抱き寄せ、偽聖女だとしてシスター・ソフィアを指差した。


 豊満な肢体のシスター・カスリンが密着したときに、王太子の顔がニヤけるのが見て取れた。


 そして、わしは・・・


「フハハハハハハハっ!! その娘は、我が教会一の阿婆擦れよ! その阿婆擦れを娶る覚悟があるなれば、其方らの婚姻を承諾しようではないかっ!?」


 シスター・カスリンと王太子ゲスナーの二人を指差して、高笑いを上げた。


「っ!! ……ひ、酷いです教皇様!」


 顔を真っ赤にして、一瞬だけ強い怒りの表情を浮かべたシスター・カスリンがその怒りの表情をぐっと押し隠し、即座に浮かべた涙を王太子へと見せ付けるように悲しげな表情で見上げた。


 う~む。芸が細かいのう。けど、わしにはその表情の動きが全~部見えとるんじゃがの?


「っ!? 教皇! 幾ら教皇だとて、我が国の未来の王妃への侮辱は許されることではないぞっ!! 教会に強く抗議させて頂く! 元からの候補でもなく、支持者もいないぽっと出の分際で、このまま教皇の座に就いていられるとは思わぬことだなっ!?」


 と、わしを憎々しげに見据える、他国の王太子であるゲスナー。


 う~む。わし、やっちっまった・・・?


✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧


 おっす、わしロマ爺。八十九歳。ぽっと出教皇や漁夫の利教皇と呼ばれておる、ぴっちぴちの新米じじい教皇。


 健康であることと穏健派というだけが取り柄で、「日和見主義の毒に薬にもならん教皇になるだろう」と侮られておるそうじゃ。まぁ、大方その通りじゃと自分でも思うておるがの。


 こんなわしが教皇に就任させられたそもそものきっかけは・・・


 数週間前のことじゃった。


 わしは、老いぼれ司祭としてのんびり過ごしておった。


 いつものように教会の敷地内を散歩し、口の悪い連中に徘徊老人と揶揄(からか)われ、それを笑い飛ばしたり愛想笑いでスルーしたり、怒っておる振りをしたり、持っている菓子を見習いシスターや見習い修道士、教会で保護しておる孤児達のちびっ子達に配り、同士たる茶飲み友達のばばあシスターとお茶をして――――


 と、のんびりまったり過ごした昼下がり。


 憂鬱な気分で講堂へ向かった。


 三年前にご逝去なさった、前教皇猊下の後釜を決めるための教皇選定の儀が迫っておったのじゃ。


 前の教皇猊下は亡くなる前は大層お元気な方で、あと十年は務めるであろうと言われておった。じゃったのに、ある日突然ぽっくり逝きおったのじゃ。


 それまでがとてもお元気であったので、後任の指名などされておらなんだ。故に、次期教皇候補が自薦他薦込みで複数人おった。大揉めに揉めて、新しい教皇が全く決まらなんだ。


 お偉いさんが後継を決めずにぽっくりというのは、大混乱の元じゃのぅ。しみじみ、実感したわい。


 そして、二年程喪に服し、次いで新教皇選定の儀……という名の、実質的な選挙が始まったのじゃ。


 一年程、自薦他薦込みで教皇候補達が選挙活動を行い、教会をどのように導いて行くかというアピールをし、根回しやら草の根運動やらがあって――――


 本日、選挙の最終演説が講堂で行われる。


 この演説が終わると、どの候補が新教皇に相応しいかの投票が開始される。


 候補は数名とは言え、有力な候補者は二人。他の候補者は賑やかしや、際物。そして、有力な候補者を教皇へ就けるための仕込みの候補と言ったところじゃの。


 そして、この有力な候補二人というのも・・・


 ぶっちゃけ、めっちゃヤバい二人なんじゃよな~。


 一人は金や権力大好き、慾塗れの俗物司祭。そして、もう一人は敬虔で、神の教えを厳格に守り続ける司祭。


 この二人なら敬虔な奴のが、教皇に相応しいと思うじゃろ? ところがどっこい! 敬虔……というのは表向き。むしろ、敬虔を通り越してもはや狂信に近いというのが実情。


 有力な教皇候補がこの二人。他は際物。その他は、俗物か狂信者のシンパ。


 うむ・・・うちの教会ヤバくね?


 と、わしは二人の本性に気付いてからは常々思うておった。


 なので、ちっとばかり細工をしたのじゃが・・・


 それがまさか、あんなことになるとは思わなんだ。


 彼らが演説をするときに、ちぃとばかり祝福(・・)をしたら――――


 自分が教皇になった暁には信者からどんどん金を毟り取り、酒池肉林の贅沢を極め、美女を侍らせ、そのうち自分の娘(教皇は妻帯禁止なんじゃがの?)を、王子の婚約者に就け、行く行くは自分の孫を国王にするのだっ!! と。


 すわ乱心かっ!? というくらいのやべぇことを俗物がぶっちゃけよった。


 そして、それに顔をどす黒くしてブチ切れたのが狂信者の方の候補者。


 そのようなことは赦さん! 神はそのようなことは望んでいない! と、叫んだまではよかったんじゃがのぅ。こっちもこっちで・・・


 神は異教徒を駆逐せよと仰っている! だとか宣いおってからに。


 自分が教皇になった暁には異教徒共を駆逐し、改宗した者のみを去勢して奴隷に落とし、我が神に懺悔し続けることでのみ、その生存を赦す・・・などと、余所の宗教関係者に聞かれたら戦争待った無し! な頭おかしい宣言をしおった。


 マジやべえっ!!


 と、顔色を変えたのは、普通の良識のある者達。


 双方のやべぇ宣言を聞いてたわしらがドン引きしている間に、ブチ切れ狂信者が俗物に掴み掛かり、殴り合いが始まりおった。


 そして、講堂で揉み合った二人は――――二人仲良く? ぽっくり逝ってしまいおった。


 まぁ、二人共、見るからに不健康そうじゃったからのぅ。俗物は俗物らしく、でっぷりと脂ぎった体格。狂信者の方は、行き過ぎた厳しい節制でガリガリじゃったしの。


 そんな不健康そうな二人が殴り合いをして、二人同時に身体の中の切れちゃいけない類の血管やら脳のどこぞがプッツンしたようじゃった。


 いきなり二人共倒れて、回復魔術などの手当ての甲斐も虚しくほぼ即死で天に召され――――たのかの? 若干、コイツら地獄堕ちてね? と思いつつ、そのまま講堂は葬儀会場に早変わりじゃ。


 と、そんなことがあり・・・埋葬までが済んだ後で、「あの二人には天罰が下ったのだ!」と、誰ぞが言い出して大騒ぎになりおった。


 そのせいで、次期教皇に立候補していた候補者達がパニックに陥り次々と辞退。


 そして――――壮絶な、次期教皇選出のための擦り付けの話し合いが取り行われた。


 まず、高位の司教から候補に挙げられて行った。が、各々なんだかんだ理由を付け、次期教皇就任を全力で拒否。そして、段々と位が下がって行き、中堅どころの司祭にまで話が下りて行ったとき。


 わしより若い(中年)司祭が泣きそうな顔で余計なことを言いよった。「ね、年功序列で考えてみては如何でしょうかっ!?」と、ぷるぷる震えながら。


 すると、皆が一斉に頷き合い、現役最高齢の司祭だとしてわしの名をあげつらいよったのじゃ! わし、驚愕っ!? したのも束の間、一生懸命、それはそれは必死に辞退しようとした。


 健康面に不安が。ボケへの不安。わし如きに務まるはずがない……などなど、泣き言、泣き落とし、老人の全力駄々捏ねも駆使してみたのじゃが――――


「昨日、子供達と一緒に走り回っているお姿を拝見致しました」

「保護している孤児達、数百名のお名前を一人一人覚えていらっしゃるとお伺い致しました」

「毎日、祈りを捧げているお姿を拝見しております」

「この前、山に登っていられるお姿を拝見しました。ご健脚のようでなにより」


 普段はわしのことを視界にも入れんクセにこんなときだけ一致団結しおって! わしの逃げ道がどんどん封じられ・・・


 気が付けば、わしが教皇へ就任することが全会一致で可決されおったっ!?


 わし、めっちゃ嫌がったのに・・・


 なればと、せめてもの抵抗として、わしは同士達も道連れにすることに決めた。


 目立たず、ひっそりと暮らして行きたいという気持ちは、痛い程にわかる! しかーし、そんなわしの気持ちを無視して、わしを教皇へと押し上げたおまいらの所業は絶対忘れんわい!


 というワケで、閑職だったり、ほぼ引退間際だったり、やる気の一切無い連中を教皇権限で要職に任命してやったわ!


 文句も非難も轟々じゃったが・・・


「わしと代わるか?」


 圧を籠めた笑顔でそう訊けば、皆一発で黙りおったからの。


 まぁ、若干の友情や信頼関係を失ったような気がせんでもないが・・・あれじゃな。旅は道連れ世は情け。死なば諸共、一蓮托生じゃーっ!? と、道連れにしてやったわっ!! という経緯じゃ。


 と、ほのぼのした話は、同士らの任命まで。


 それからは・・・日々是戦いの連続じゃった。


 修羅場に次ぐ修羅場の連続っ!! というか、ある種の地獄が繰り広げられた。


 まず、俗物のやっておった、次期教皇就任ための裏工作の後始末! あちこち、他国の王族やら権力者の許に送っておったハニトラ要員の女子(おなご)達を穏便に回収する手配! 賄賂やらなにやら後ろ暗いことの後始末!


 そして、狂信者のやっていたやべぇ事柄の後始末!


 狂信者が喧嘩を売っておった方々への謝罪。されど、(へりくだ)り過ぎては駄目という、匙加減の難しい謝罪行脚の嵐! そして、敵対の意志は無いという意思表明!


 などなど、後始末後始末後始末後始末後始末……のオンパレードで、寝る暇も無かった壮絶な数週間じゃった。


 うん? 睡眠時間? 数週間でトータル、十時間も寝とらんわい。


 短時間での熟睡をするため魔術でスリープを掛け強制的に昏睡、三十分程で解呪しての起床! 体力が尽きれば、回復魔術で強制復活! 血反吐を吐こうが、なんなら心臓止まろうが、死に掛けようが、発狂し掛けようが、一瞬天の国が見えようが、即死してなくば回復魔術で強制蘇生で復活! ・・・と、その繰り返しで馬車馬の如く働いたわい。いや、むしろ馬車馬の方が待遇いいんじゃね? くらいの過酷さじゃった。


 いっときの安らぎは、トイレ休憩くらいなもの。それも、逃げぬようにと個室の外で見張りがおったがの。


 昔に僧兵やってた頃にも、これ程働いたことはないぞ。全く・・・みんなして、こんなか弱い年寄りを扱き使い捲りおってからに。


 と、(ようや)く一息を吐けたっ!! これで眠れるぞっ!? ――――と、そう思って歓喜してベッドへ向かおうとしておったときに、ハニトラ要員が派遣されていた国の王太子ゲスナーがわしに謁見を求め・・・


「新たなる教皇よ。王太子であるわたし、ゲスナーとシスター・カスリンとの婚約を認めて頂きたい。そして、真の聖女であるカスリンを虐げたとして、聖女を騙るその女の処刑を求める!」


 王太子が、真の聖女であるところのシスター・カスリンを抱き寄せ、偽聖女だとして縄に掛けられたシスター・ソフィアを指差して宣いおった。


 豊満な肢体のシスター・カスリンが密着したときに、王太子の顔がニヤけるのが見て取れた。


 そして、わしは・・・


「フハハハハハハハっ!! その娘は、我が教会一の阿婆擦れよ! その阿婆擦れを娶る覚悟があるなれば、其方らの婚姻を承諾しようではないかっ!?」


 シスター・カスリンと王太子ゲスナーの二人を指差して、高笑いを上げていた。


 うむ。わし、めっちゃやらかしたっ!!


 しかーしっ、数週間(ろく)に寝とらんかった上、死に掛けても強制復活させられてという過酷な後始末死の行軍(デスマーチ)がようやっと終わりそうなときに、ハニトラ要員の女子にころっと騙されておるアホ王太子の相手をして疲労感マシマシじゃったからこう……許されるじゃろ。


 わし、堪忍袋の緒が切れるまで我慢したし?


 ほら? 漸く後始末の目途が立って来て、数週間振りに寝られるぜーっ!? 今からベッドへダイブじゃーっ!! と、思っていた矢先の出来事じゃったからの。


 しかし・・・わし、別に好きで教皇になったワケじゃないからの。教皇でいられなくてもいいんじゃが? というか、むしろ教皇の座から引き摺り下ろしてくれるなら願ったり叶ったりじゃ!


 なんて、内心でちょっとばかりウキウキして来たら、同士のばばあが厳しい顔で首を横に振りおった。え? なに? わし、教皇から下りられない? そして、ばばあの口が『後始末』と音も無く動く。


 チッ・・・しゃーないのぅ。


 なんぞギャンギャン喚いておる王太子ゲスナーとシスター・カスリンの二人へ視線をやり、


「『審判の証言』」


 と、神聖魔術を展開させる。


「こ、この魔術はっ!?」


 驚愕の表情でわしを見やるのは、偽聖女だと縄を掛けられたシスター・ソフィアと同士である古参のじじばば司祭、シスター以外の者達。


「もう面倒じゃからの。簡易の神前裁判と行こうかの」

「なっ、なにをしたぽっと出教皇っ!?」


 慌てた顔でわしに怒鳴るゲスナー王太子。


「ああん? 言うたじゃろ。面倒じゃから、神前裁判じゃ。わしが張った、『審判の証言』の中では、虚偽は一切吐くことができなくなるからの。よくよく考えて話されるが宜しかろう」


 わし、疲れて死ぬ程眠い。頭回らん。他国の王太子の花畑恋愛劇なんぞより、心と身体。むしろ魂の底から可及的速やかに睡眠……いや、爆睡を求めておるのじゃ!


 よって、とっとと決着付けたいんじゃ。簡易の神前裁判且つ、『審判の証言』を使用した空間では虚偽は一切できなくなる。つまり、クソ面倒くさい真偽の検証に時間を掛けなくて済む。所謂時短というやつじゃ!


「そ、そんな、伝説級の神聖魔術をこんな簡単に……」


 などと、驚く声は無視じゃ。


「ハッ、苦し紛れにこのような悪あがきをするとはな!」


 なんぞ王太子共が言いよるが、わし、めっちゃ眠い。


 というワケで、サクサク進めることにするわい。


「あ~・・・まずは、アレじゃな。ゲスナー王太子がシスター・カスリンを聖女と称した理由を述べよ」

「ふんっ、そんなの決まっている! カスリンの回復魔術が、並み外れて凄いからだ! そこの聖女を騙る偽者とは雲泥の差だったぞ!」


 わしの言葉を遮り、得意げにシスター・カスリンを抱き寄せ、シスター・ソフィアを糾弾する王太子。


 名指しされたシスター・ソフィアは、苦しげな表情で項垂れる。聖女を自称しているかは兎も角、回復魔術を必要とされておるというのに、治癒が思わしくないというのがつらいのであろう。じゃが……


「ま、仕方なかろう。わしの見たところ、シスター・カスリンの使用している回復魔術は禁術に近しい、廃れた魔術じゃからのぅ」

「なにっ!? 教皇貴様、我が聖女であるカスリンが邪術を使用したと貶める気かっ!?」

「やー、邪術とまでは言うとらんわ。禁術に近しい廃れた魔術と言うとろうが。のう? シスター・カスリン」


 わしが視線を向けると、


「ど、どういう意味ですかっ? 教皇様」


 ぷるぷると震える素振りで王太子に密着するシスター・カスリン。


「もう、そういう下りとか要らんのじゃけど? ま、ぶっちゃけるとアレじゃ。お主、房中(ぼうちゅう)術系の回復魔術を使っとるじゃろ。魔力残滓からすると、そこの王太子を筆頭に、ひー、ふぅ、みぃ……う~む、付いて来とる者の殆どと肉体関係を持っとるのぅ。お主ら、大丈夫かの?」


 主に、下の病気とかが。


「っ!?」

「なっ、なにを言っているっ!? カスリンを愚弄することは許さんぞっ!?」

「じゃから、そういうのはもういいんじゃよ。房中術……ま、房閨(ぼうけい)術とも称される回復魔術の系統は、昔から研究されておっての。これ、特定条件下での効果は高いんじゃがのぅ。なにしろ、施術する側の負担が半端ないからの。施術される側にも相応のリスクがあってのぅ。それで自然と廃れて行った魔術なんじゃよ」


 と、そう言ったわしの言葉に、今度は本当に顔色を変えるシスター・カスリンとゲスナー王太子。まぁ、自分の身体のことじゃからの。気になるのは当然かの。


「ゲスナー王太子よ。ぶっちゃけ、シスター・カスリンとの閨事は気持ちいいじゃろ?」

「な、なにを言ってるっ!?」


 うむ。真っ赤な顔が、物語っとるわい。


「房中術、房閨術は身体を重ねた相手の魔力を取り込み、自身の魔力と練り合わせて相手の身体へと戻し、傷病や疲労を癒したり、短時間ではあるが身体能力を高めることができる魔術じゃな。回復魔術に身体強化など。そういう風に効果が高い代わりに、反面。自制心が弱かったりする者。そして、不特定多数に施術したりすると、色情狂いまっしぐらな術じゃからのぅ」


 ヒクリと、シスター・カスリンの顔が引き攣る。


「おまけに、房中術系統の回復魔術は未熟じゃと自身の生命力を施術相手に分け与えるような術じゃからのぅ。まず、施術者は一人の対象にでも房中術を多用すると……使用すれば使用した分だけ、寿命が減るようなもんじゃからの。まず、長生きはできぬ。短命になると判っていて尚、最期まで色に狂って腹上死……という末路の者も少なくはないからの」

「そんなっ!? そんなこと聞いてないわよっ!?」


 甲高い悲鳴にも似た叫び。


「ど、どうしたんだカスリンっ?」

「施術者の副作用は、寿命の短命化。加えて、子ができ難い体質に変わることじゃな。なにせ、他者に自らの生命力を分け与える魔術じゃからの。子に注ぐだけの生命力は補えなくなる。というか、子ができると更に短命になる。下手をすれば母子共に死亡する。よって、子のでき難い体質へと変化するのじゃろうな」

「それは本当かっ!?」

「ま、嘘を吐く理由は無いしの。そもそも。『審判の証言』空間内では嘘は吐けぬ。更に言うと、施術を施された側の副作用もあるぞ?」

「なにっ!?」

「房中術で身体を重ねた相手……施術者以外の回復魔術が効き難くなるんじゃ。大方、シスター・ソフィアの回復魔術の効果が低くなったのは、シスター・カスリンと身体を重ねた相手に魔術を施したからじゃろうて。先に中にあるシスター・カスリンの魔力が邪魔して、思うように回復魔術の効果が出なかったんじゃろう」


 元々、治癒魔術は繊細な魔術。他者の身体を治癒する際に、その身体の傷病箇所に自身の魔力を注いで治す。故に、魔力の循環を阻害されると治癒魔術の効きが悪くなる。


 通常、人間の身体を巡る魔力というのは本人の分のみ。特殊な事情が無い限り、他者の魔力が混じった状態になることはない。


「は、はい! ご本人以外の魔力が身体に残っていて、どういうワケか回復が難しくて」

「うむ。房中術を施された者は、傷病を患ったとき。施術者以外の魔力では、傷病を治すことが難しくなる。つまり、普通の回復魔術を施しても死亡率が上がるということじゃ」

「なんだとっ!? どういうことだ、カスリンっ!?」


 おお、今度はゲスナー王太子の顔色が変わったの。


「ひぃっ!」


 肩を強く掴まれたシスター・カスリンの悲鳴。


「ちなみにじゃが、房中術が廃れた理由は他にもあるぞ?」

「な、なんだというんだっ!?」

「ほれ、アレじゃ。不特定多数と身体を重ねれば、当然警戒せねばならんのは所謂下の病気。性病じゃろ。房中術の施術者が、どこぞで誰かに性病を移され、感染媒介として性病を拡散させる。そして、感染させられた者には施術者以外の回復魔術が効き難い、と。房中術を施している間は病気の進行を遅らせることができても、房中術の施術者自体が短命じゃからのぅ。これ、房中術、房閨術系統の回復魔術が廃れるのに、十分過ぎる理由じゃろ?」


 これ系統の魔術は、ハニートラップに持って来いな上、歴史上は幾つもの国が房中術系統の魔術で滅びておる節があるっぽいからのぅ。王位継承権を持つ者を色情狂いにすれば、国を混乱に陥れることは容易いしの。


「まあ、シスター・カスリンを王太子妃にするのは構わぬが、彼女は既に子ができ難い体質。そして子ができても無事に生まれる確率は低いこと。そもそも、不特定多数の人間との性行為での性病のリスク。そういう諸々の事情は覚悟して言っておるのじゃろうな?」

「そんな女を王太子妃にするなど冗談じゃないっ!? むしろ、処刑されるべき女ではないかっ!? 我が国にこのような偽聖女を寄越した罪、どう償ってくれるっ!!」

「そ、そんなっ!!」


 さっきまで肩を抱いていたシスター・カスリンを突き出すように、わしらを糾弾する王太子。


「そんなこと言われてもの? 教会とて、シスター・カスリンを聖女として送り出した覚えは無いわい。あくまでも、聖女見習いのシスター。回復魔術の担い手として送り出しておったと思うのじゃが? そちらの国で、シスター・カスリンを勝手に聖女として祭り上げたのであろう? シスター・ソフィアは、シスター・カスリンが聖女ではないと主張していたそうではないか。それを、シスター・カスリンを虐げたとし、先程まで処刑を求めていたではありませぬか」

「そ、それはっ……」

「我が教会が派遣せし癒し手の返却を求めたときにも、シスター・カスリンとシスター・ソフィアの両名をお返しされなかったのも、そちらの国ではありませぬか。我が方とて、シスター・カスリンが房中術を行使していると知ったのは、つい先程魔力残滓を確認からのことじゃ」

「嘘を吐くなっ!!」

「これは異なことを。今は簡易の神前裁判の最中。当方の施した『審判の証言』により、この場にて虚偽を語ることは、一切できませぬ。試してみるが宜しかろう」


 そう言うと、王太子は口を噤んだ。


 まぁ、詭弁と言えば詭弁じゃがの? なんせ、シスター・カスリンを派遣したのはわしじゃなく、教皇の座を狙っておったあの俗物じゃからの!


 わし自身は、知らなんだ。そして、この王太子の国へハニートラップを仕掛けておったのも、教会自体の意志ではない。聞かれてないから答えていないだけで、これらは嘘ではないからの。


「それに、わしは先程言いましたぞ? シスター・カスリンは我が教会一の阿婆擦れだと。彼女を娶る覚悟があるなれば、婚姻を結ぶがよい、と」

「っ!? こ、このことは周辺諸国に報告させて頂くからなっ!?」

「簡易とは言え、神前裁判に異論があるなれば、好きになさるがいい。但し、恥を掻くのがどちらかは、一目瞭然でしょう。当方としては、この神前裁判を公式の記録として残しても構いませんので」


 ふふん。わしとて、伊達に長らく司祭をやっていたワケではない。亀の甲より年の功というやつじゃ。


 神聖魔術を用いた簡易の神前裁判にて、一切の虚偽をしていないわしと、偽りを暴かれたシスター・カスリン。そして、シスター・カスリンを真の聖女と称して重用し、正妃にと望んだゲスナー王太子。


 どちらが信用に足るか? と、問われれば多くの者はわしの方を信用するじゃろうて。


「~~っ、失礼するっ!? これで済むとは思わないことですねっ!!」


 と、ゲスナー王太子は悔しげな顔で言い捨てて去って行った。


 残された二人のシスターは対照的な表情をしている。顔面蒼白のシスター・カスリンと、偽聖女の嫌疑が晴れてほっとしたようなシスター・ソフィア。


「教皇様、ありがとうございました」

「よいよい、構わんよ。誰か、シスター・ソフィアの縄を解いてやってくれ」


 これも、強欲な俗物と狂信者の尻拭いの一環じゃからのー……よもや、まだこのようにアホみたいな後始末が残ってはおらぬだろうな? と、非常に(いや)過ぎる予感が過ぎった。


 うむ、きっと気のせいに違いないっ!!


「あ、あたしは、どうすれば……」

「まぁ、減った分の寿命は取り返せはせんからのぅ」

「そ、そんなっ……」

「ええ。取り戻せはしませんが、神聖な気に満ちた場所で精進潔斎すれば、多少の回復は見込めます。どうしますか? シスター・カスリン」


 我が同士のばばあが、冷えた眼差しでシスター・カスリンへ問う。


「し、死にたくないっ……」

「では、今から水垢離(みずごり)をして穢れを全て払って来なさい」


 と、シスター・カスリンは修道女に連れられて退出して行った。


 色情狂いには、禁欲&節制生活はちぃとばかり厳しいかもしれんがのう。とは言え、少しでも長生きをしたければ、その生活を続け、生命力の回復に努めるしかないからの。仕方あるまいて。


「いやはや、教皇猊下もお人が悪い。神聖魔術を行使できる本物の聖者へと至っていたのでしたら、そう仰って頂ければ誰も猊下のことを『漁夫の利教皇』や『ぽっと出教皇』などと揶揄されたりはしませんのに」


 と、中立派の司祭が言いよった。


「言われてもの? 別に神聖魔術の行使ができるのはわしだけじゃないからの。のう?」


 わしの言葉に、うんうん頷くのはわしが無理矢理地位を上げた同士達。ぎょっとした顔で辺りをきょろきょろ見回すのは、中堅以下の司祭や俗物、狂信者のシンパの者達。


「ほれ? そこのばばあは死ぬ手前の瀕死の重傷なら余裕で治せる大聖女じゃし」


 後始末死の行軍(デスマーチ)中、わしや他のじじばば共の心臓が何度か止まっても無理矢理回復させておったの、見てなかったんかの?


「っ!!」

「そこのじじいは聖具『真理の鏡』を扱える聖人じゃし、あっちのじじいも、名持ちどころか爵位持ちの悪魔を祓える聖者じゃよ」

「っ!?」

「そういう猊下こそ。片手間に神聖魔術を扱える大聖者ですよね」

「猊下が大聖者っ!?」

「そう驚くことでもあるまいて。ほれ、巷でよく聞くじゃろ? 三十過ぎて清いままだと魔法使い。四十過ぎれば賢者。わし、この年まで敬虔に神に祈りを捧げ続けてめっちゃ清い身じゃし。『ダイセイジャー!』になっておっても、なんらおかしいことはあるまいて。のう?」


 と、またもやうんうんと頷くのは我が同士達。そして、驚愕する者達。


「ど、どのようなつらい修行をすれば大聖者へと至れるのですか?」


 シスター・ソフィアが尊敬の眼差しでわしや同士達を見詰める。


「わしは、特につらい修行とかはしとらんのぅ。敬虔に神に祈りを捧げ、日々心穏やかに過ごしておるだけじゃ。強いて言えば……」

「強いて言えば、なんでしょうか?」

「なるべくは邪な心を持たぬことじゃな」


 そう言うと、俗物のシンパの者達の顔が引き攣り、狂信者のシンパ達の顔が勝ち誇ったような顔に変わる。


「まぁ、神は平穏を、愛を尊んでおられるからの。幾ら教義に従順で忠実であろうとしても、それに傲り昂り、諍いや不和の種を撒き、他者を貶め、傷付け、尊厳を踏み躙るような行為を平気でするような者は聖人にはなれはしまいよ。異教徒であろうと、人は人。『汝、隣人を愛せ』というじゃろ。異なる教義を信じる者も、神の存在を信じぬ者とて、(あまね)く全てが隣人じゃ」


 続けた言葉に、狂信者のシンパ共がわしへギロリとキツい視線を向ける。ヤだ、コワい。


 純然たる事実なんじゃけどのぅ?


「そ、それで本当に大聖者へと至れるのでしょうかっ?」

「さあ、のぅ? わし、気付けば数十年前から神聖魔術使えておったし」

「そんなに昔から神聖魔術を行使できていたなら、どうしてそう主張しないんですかっ!?」


 と、目を吊り上げるのは中立派の司祭。


「猊下が、神聖魔術を行使できていたと知っていたら、ここ数十年間の教皇の座を巡っての争いは起こっていなかったでしょうにっ!!」


 おおぅ……青筋じゃ。本気で怒っておる。こっちもこっちで、狂信者共より怖いかもしれぬな。


「やー、わしに言われてものぅ? だってのぅ、当時から神聖魔術を使えるの、わしだけじゃなかったんじゃよ。わしより、地位もある司祭や長の付く役職の方も神聖魔術を使えたはずじゃし。そこに、まだ若かりし頃のわしが、神聖魔術を使用できるというだけで、教皇へと名乗り出ることなどできようはずも無かろうて。違うかの?」


 そもそもわし、若い頃から出世なんぞに全~く興味無かったしの。


「それは……」

「それにの、後天的に聖属性の魔力を帯びることはそんなに珍しいことでもないからの」

「なんですってっ!? それはどういう意味ですかっ!?」

「どうもこうも、毎日教会に通っている敬虔な信徒が聖属性の魔力を帯びていた、などはよくあることじゃろうて。神聖魔術を行使できる程の魔力量と技術や知識、根性が足りぬだけで、元の属性に加えて微弱な聖属性の魔力を得ている人は割とおるぞ」


 うんうんと頷くのは、古参連中と既に聖属性の魔力を帯びている者達。


「一般の、それも神を信じておらぬ人々とて、簡単な祝福はできるしの」

「そんなことがあり得るのですかっ!?」


 え~? なんでそんな驚愕しとるんじゃ?


「うん? あり得るどころか、そこら中どこにでもにありふれておるわ。例えば、『いってらっしゃい』や『おかえりなさい』という言葉。これは、『何事もなく目的地に着いて、無事に帰って来ますように』という願いと祈り。その思いこそが、簡単な祝福と言えよう。怪我や病気の子供によくする、『痛いの痛いの飛んで行け』というおまじないも然り。『痛みが消え、傷病が癒えるように』という願いと祈り。『子守歌』とて、『子が健やかに育ちますように』という願いと祈り。これらに効果が無いと馬鹿にする者もおろう。しかし、願いや祈りは、真摯に念じれば祝福へと転じる。この、祝福をする効果や威力が高い一握りの者のうち、その中でも教会で『聖人』という認定を受けた者が聖者や聖女と称されておるだけじゃよ」


 根底にあるのは、誰かの息災や安寧を願い、祈る心。それ自体が祝福の正体と言えよう。神を信じずとも、誰かを大切に想う心は微細な祝福へと昇華される。


「まあ、逆を言えば・・・誰かの息災や安寧のために願い、心から祈ることのできぬ者は聖者や聖女となるのが荷が重いということじゃがの」


 と、わしの言葉に気まずげに項垂れる者がちらほら。


 まだまだじゃのぅ。


 ああ、誰ぞ急成長して、わしの後釜に座ってくれんかのぅ?


 わし、もう辞めたいっ!!


「それじゃ、わし寝て来る……」


 と、後始末を若いのに丸投げして爆睡した。


 実に、数週間振りの睡眠。


 毛布と枕よ、愛しておる。今なら数日間は眠れそうじゃ……と、夢の世界に旅立ったのも束の間。


「猊下ーっ!! 国王陛下からのご招待ですよーっ!!」


 という、騒音に眠りが妨げられた。


 もうイヤじゃっ!!


 わし、余生は子供と戯れて過ごしたいんじゃ~っ!?


 神よ、どうかわしの平穏な日々をお返しください……


 ――おしまい?――

 読んでくださり、ありがとうございました。


 ロマ爺……日和見主義の最高齢司祭と思いきや、実は元僧兵のかなりハイスペックなお茶目おじいちゃん。89歳まで敬虔に祈りを捧げ、ずっと清い身でいたため、いつの頃からか神聖魔術を複数行使できる『ダイセイジャー!』に至っていた。老後は教会の子供達と戯れてスローライフを送る予定だった。(((*≧艸≦)ププッ


 しかし、次期教皇有力候補二人のヤバさを周知させようと選挙演説中にこっそりと『審判の証言』を掛けたところ、本性を露わにした俗物と狂信者が壇上で喧嘩勃発。そして、死亡。


 天罰が下ったとして、次期教皇のなりてが決まらなかったところ、「年功序列」という余計な一言で最高齢司祭だったロマ爺が教皇に祀り上げられることになった。ある意味、自業自得。多分、神様に気に入られてる。


 教会内のハイスペックじじばば……ロマ爺同様、心身共に清かったり、神様に気に入られて神聖魔術が使えたりする。一芸に秀でている者が多いが、ロマ爺同様めんどくさがり。もしくは、権力に一切興味無し。


 ロマ爺に教皇を押し付け、今まで通り平穏に暮らそうと思っていたら、ロマ爺の意趣返しで要職に就けられる。茶飲み友達だったのに、最近はギスギスしている。


 ちなみに、ゲスナーはドイツでは一般的な男性名だそうです。カスリンは、キャサリンやキャスリン、ケイトリン、カトリーナなどを別読みした名前な感じですね。(*`艸´)


 ブックマーク、評価、いいねをありがとうございます♪(ノ≧▽≦)ノ


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まぁギスってる茶飲み友達の皆さんも多分一月位文句の飛ばしあいして振舞うお茶やお茶菓子のグレードが下がってるけどいつの間にか仲直りしてるんだろうなという だって聖者のメカニズムが「『普通にいい人(但しイ…
読み返していましたが、リアルで根比べ…いや、コンクラーヴェがおこなわれますね。 ロマ爺のようなパワフルな方が、法王になって、○ーチンとか、トラン○のケツをひっぱたいて欲しいッスね。
おじいちゃま素敵!惚れちゃう! 含蓄モリモリ面白楽しいお話をありがとうございます!!
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