「つまり、狂ったんですよ」――
「つまり、狂ったんですよ」
「顔のふたつある天使が見えたと本人は言っているんだろう?」
「それだけではありません。例の布教団の殺人はドン・ニコロの雇い人がやったというんですよ。ドン・ニコロのような立派で信心深く、住民からも慕われ、尊敬される人物に、そんな泥を塗るような真似をするんですよ」
「リッチェルディ議員が彼を解任しろと言っている」
「信じられませんよ。あのピッコロミニがこんなことになってしまうなんて。本当に優秀な男だったんですよ」
「破門するつもりはないのか?」
「とんでもないですよ。そんなことをしたら、宗務院まで、このスキャンダルに巻き込まれます。ですから、ピッコロミニに健康診断を受けさせて、調査官の激務に耐えられないとして、年金をくれてやって、追い出します。ドン・ニコロにそんな疑いをかけるやつは精神病院に送れと言ってくれる先生が何人もいるんですが、これが一番安全で確実な方法です」
「まあ、この件はそうそうにカタがつく。忘れられるだろうな。沙国の革命が本格的にまずいことになっているから」
「我が国からも出兵するというあれですか? わたしには正直、分かりませんね。文化的にも人種的にも、そして何よりも、信仰がまったく違う連中のためにどうして援軍を送るのか」
「この世界で君主制を維持しているのは我が国と沙国だけだ。沙国の君主制が崩壊したら、次は古王国の番だぞ? 人種も宗教も違うが、王を敬うくらいの分別はある。沙国が共和国になったら、本当にまずい。我が国でも革命が起きかねない。逆に沙国の共和主義者どもを叩き潰せれば、古王国は延命できる」
「政治ですな」
「怪しからんのは我が国の将校の一部が革命派側に参加することだ。そのなかには、あのふざけたカラヴァッジョもいる」
「恥知らずですな」
「〈叔父〉という犯罪秘密結社がいると言って、あちこち探っている馬鹿者だ。そんなものが存在するという判決は一度も出たことはないのにな。仮に〈叔父〉というものが実在したとしても、それは忌むべき犯罪者ではなく、尊敬すべき男たちを差す言葉だ。理解があり、友を大切にする男たちのことだ。それなら、わしも断言しよう。この古王国島には〈叔父〉が大勢いる。それは全世界に対して誇るべきことだとな。だが、残念ながら、軍も宗務院も狂人だらけだ」
「その通りですよ」
「ピッコロミニがドン・ニコロの顔に泥を塗り、我が国を守るためにきいたこともない外国に兵隊を送らねばならない。まったく、我々はひどい時代を生きている」
「その通りですよ、閣下。まったくもってその通りです」