ウッリチェッラが殺されて、住人たちは——
ウッリチェッラが殺されて、住人たちはついにパッパラルド司祭がやっちまったと軽口を叩き、好色な連中は布教団という閉鎖的な生活集団のなかに存在する(かもしれない)性的放縦さに動機を求めた。
カナメッロ大尉はテントの男プリモ・スカンツィを追っていたが、スカンツィは事件後まもなく姿を消していた。さらに調べると、スカンツィには武装強盗の前科があったことが分かった。出所後、スカンツィは軍の放出品を売りさばいて暮らすようになったが、いったいどんなコネで陸軍とわたりをつけたのかは分からなかった。だが、武装強盗の前科と軍需物資の販売というふたつの要素から考えると、銃のことが気になった。スカンツィのような男がテントの販売だけで満足するだろうか。もし、需品係の将校を抱き込んで、横流しをするなら、一番儲かるのは銃だ。軍の登録番号を削除すれば、足のつかない銃になる。同じことを考えた憲兵か警官がいるかもしれない。先日、大尉はスカンツィから携行食糧を買った雑貨店を訪れたとき、糧食ビスケットが入った木箱を見せてもらったのだが、そこには連隊の番号が刻印されていた。軍の人事局に電話して、第二四五連隊の需品係将校について、資料を求めた憲兵か警官、その他捜査官はいないかとたずねると、職員は調べてから十分後に折り返すというので、大尉は隊舎の番号を教えた。
八分後、電話がかかってきた。
「当たりです。七か月前にひとり、第三憲兵大隊のミケーレ・カラヴァッジョ大尉が質問をしています」
カナメッロ大尉は第三憲兵大隊に電話をかけた。
「第三憲兵大隊、ロマリーノ伍長です」
「こちら〈岩の君主〉憲兵中隊長のドメニコ・カナメッロ大尉だ。ミケーレ・カラヴァッジョ大尉を頼む」
「少々お待ちください」
しばらくして、どこかふさぎ込んでいるような声がきこえてきた。
「こちら、ミケーレ・カラヴァッジョ大尉です」
「こちらは〈岩の君主〉市の憲兵中隊ドメニコ・カナメッロ大尉です。第二四五連隊の需品係将校のことで話があります」
「需品係将校は別の、うまみのない中隊へ異動しましたよ」
「あなたは需品係が軍の銃を、おそらく廃棄予定の銃を横流ししたと考えて、調べていましたね」
「その銃が使われましたか?」
「いえ。ただ、横流し品を取り扱っていた男がある殺人事件の重要参考人になりうるのですよ。市内で殺人事件があったのですが、犯人は被害者を待ち伏せていました。散弾銃で。被害者は自動車で移動中だったので、これがポケットのナイフで咄嗟に刺した事件ではないことは明らかです。そして、被害者が現場に来ることを、それもどの通りを使ってくるかを知っていた人間が横流し品を売っていた男なんです」
「その男の名前を教えていただけますか?」
「プリモ・スカンツィ。十七年に武装強盗の前科があります」
「スカンツィは現在、どこに?」
「行方不明です」
「もしかして、双頭の天使布教団の事件ですか?」
「ええ、そうです。――ひょっとして、あなたはあちこちの村や町で〈叔父〉のことを調べてまわってるあのカラヴァッジョ大尉ですか?」
「ええ」
「きいてますよ。休暇を取ったら、島じゅうの〈叔父〉に関する話をかき集めている変わりものの大尉がいるって」
「わたしはむしろ〈叔父〉に対する官憲と政治家の鈍い対応に驚いています」
「ひょっとして、〈岩の君主〉のことも調べていますか?」
「ええ、ニコロ・アッリーゴという人物が〈叔父〉ではないかと思っています」
カナメッロ大尉は苦笑いした。
「あなたの好奇心を満たせそうだ。ドン・ニコロ・アッリーゴは間違いなく〈叔父〉ですよ。このあたり一帯で最大で、最古のね。隠すようなことじゃありません。そして、住民はみなドン・ニコロを尊敬しています。この町にはドン・ニコロの名づけ子が百人以上はいる。もし、娘の結婚式にドン・ニコロを招待できたら、父親は公爵の位をもらえたみたいに喜ぶでしょう。ドン・ニコロは聖カヴェチィ祭の大口寄付者で、王党派クラブの名誉会員で、『建国記』を原典で読める蔵書家で、よき家庭人です。そして、モナルカ食品会社の持ち主でもある。この会社は粗悪な獣脂と野菜くずから作った固形ブイヨンで大儲けしています。これで作ったスープは本当にまずくて飲めたもんじゃない。もちろん、そんなことはドン・ニコロ自身が一番知っているでしょうが、それでもこのあたり一帯のレストランはこれを買わされている。共和国で二十のレストランをやっているという男がここにレストランを作ったとき、モナルカ・ブイヨンを絶対に買わないといってきかなかった。そうしたら、店が全焼しましたよ。それにカローニ伯爵のドラ息子が誘拐されて身代金に百万レラを要求されたとき、ドン・ニコロが誘拐犯とのあいだに入って、交渉をしました。伯爵は息子の値段を半額に下げたら、切り落とされた耳が送られてきました。結局、百万レラを払って、息子は解放。さらにドン・ニコロが伯爵の後見人みたいな立場になって、それ以来、カローニ伯爵を悩ますものは消えてなくなりました。税務署の人間すら近づかないんですよ。これがどういう意味かお分かりですよね? そこまで分かってるのになぜ逮捕しないか? 物的証拠はないし、証人は絶対に確保できないし、それでもまだ粘れば、わたしはどこかの離島の憲兵分隊に左遷されます。マレッキ、ペトルリカッチオ、アスカーノ。ドン・ニコロのポケットに入っている議員たちです。たぶんもっと多いでしょう。ドン・ニコロは政治家を小銭みたいに使うことができる。そんな人間を敵にするなんて、戦艦に素手で立ち向かうようなものです」
「逮捕されたことはないんですか?」
「もちろんありますよ。わたしの前任者のときに二度。どちらも証拠不十分で不起訴でした。ときどきそうやって官憲に花を持たせるんですよ」
電話を切った後、カラヴァッジョ大尉について、あれこれ考えていた。カナメッロが最初から最後までドン・ニコロと呼んでいたことが気に入っていないのは明らかだった。ひょっとすると、カラヴァッジョ大尉はこちらの殺人事件が〈叔父〉絡みのものだと思っているのだろうか。なら、とんでもない男だ。