表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

〈岩の君主〉市の岩壁にふたつの頭を——

〈岩の君主〉市の岩壁にふたつの頭を持った天使のお札が貼られるようになったのは春の半ばごろのことだった。信心深い人びとはその異端のお札を見つけると破り取るようにしていたが、一枚破れば二枚、二枚破れば四枚が新しく貼られる有様で秋が始まるころには町じゅうの壁に双頭の天使のお札が貼られていた。ほとんどの住民はいたちごっこにうんざりし、いまでは聖カヴェチィ教会のパッパラルド司祭だけが必死に異端排斥のためにお札を破っていた。

 双頭の天使布教団は市内のいくつかの広場に大きな鍋を置いて、浮浪者やパンも買えないほど貧乏な人たちにスープをタダでふるまった。これがパッパラルド司祭をひどく怒らせた。学はあるが、癇癪持ちな司祭は教会の頭越しに行われる施しのスープ(それも教会のものよりもずっと濃くて、具が大きかった)を挑戦状として受け取った。司祭は布教団を相手にしてはならないと説教で口酸っぱく言った。だが、布教団は市内の店でツケずに、必ず現金で買い物をしたので商店主たちは口をきかないわけにはいかなかった。農民たちは最初のころこそ、草刈り鎌や散弾銃をふりまわして、布教団の巡礼を追い払ったが、そのうち巡礼が行商を兼ねるようになると、ハンカチやコーヒーが安く手に入るということで、好意を寄せはしないが、嫌いもしないところで立ち位置を決めた。かといって、町の半分が巨大な岩山や断崖に占められている〈岩の君主〉の住人はいつも自分の頭を狙って岩が降ってくるんじゃないかと空を疑って生きていた。だから猜疑心が強く、司祭が心配するほど、布教団に心を許してはいなかった。気前の良さに対する功利主義はあったが、魂の面倒まで見てもらおうとするものは皆無だった。

 食料は売るが、一緒にカフェで食事をするつもりはなかったし、結婚式に呼ぼうするものもいなかった(ただ、布教団には魅力的な音楽隊がいたので、宴から完全に締め出すのもまた難しかった)。

 秋晴れした十一月のある日、布教団の指導者で教区長と自称するエンニオ・ウッリチェッラが〈小鳥チッキテッドゥ〉を運転して、〈岩の君主〉のマドニア広場に向かっていた。巡礼たちが夜までに人家の恵みに浴さなかったときのためのテントをある男から受け取ることになっていた。すでに代金は払ったので、あとは商品を受け取るだけだった。ウッリチェッラはひとりで来ていた。チッキテッドゥは本土の共和国のひとつが作った傑作自動車でドアがふたつだけ、その安さと壊れにくさから古王国島で急速に自動車所有者を増やしていた。ただ、運転手と助手の他にはスーツケースがひとつ入るくらいで、そのスーツケースだって神を冒涜する言葉を吐きながら足で押し込まなければ乗せられなかった。だからウッリチェッラは助手席にテントを乗せるつもりでひとりでやってきたのだ。

 ウッリチェッラにテントを売った男は軍にコネがあり、テントは横流し品だった。敵の飛行機に爆弾を落とされないよう、地面と同化するオリーブグリーンに染められていた。だが、行商の雨露しのぎに色をあれこれ言うものはいない。だから、買い手も売り手も満足した、よい取引になった。

 ウッリチェッラの運転するチッキテッドゥは槍騎兵通りの坂道を登っていた。崖に町をつくった〈岩の君主〉では小型車は苦労する。もうじき、マドニア広場に入ると思ったとき、ハンチングをかぶった黒い服の男が車の前に飛び出し、二連式の散弾銃を撃った。ガラスが砕け、車はずるずると坂を下り、ドアが開いて、ウッリチェッラは外に出ようとしたが、ステップの上に足を乗せたまま、静止した。自動車が文房具屋の鎧戸にバンパーをぶつけると、ウッリチェッラの体が車から転がり落ちたが、そのときには彼は死んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ