魔王に囲まれて
あれから俺とグラミューズは魂の誓約の儀式を行い、それから三日が経過した。この日、俺は正式にグラミューズの婚約相手としてお披露目されるらしい。
魔王城のパーティー会場にはサキュバスの貴族達が集まっていて、彼女達は人間奴隷を侍らせている。無論、奴隷は男だ。
この奴隷持ちのサキュバス貴族達は、どうも雰囲気が黄金郷の者達とは異なる。そう思って俺は注意深く観察する。
黄金郷のサキュバス貴族は胸に黄金の天秤の意匠のブローチがあるが、この奴隷持ち貴族には別の意匠のブローチがある。ハートと月の合わさった意匠……おそらく黄金郷とは別の地域の者なのだろう。
そんなことを考えていた所で俺に出番が来た。
「──この者が余の婚約者である。シャンカール・アルピウスだ。人間の身で我が魅了を耐え、打ち破った奇跡の男だ。このような事は魔族だろうと、神であろうと、できることではない、余の伴侶としてこれ以上に相応しいものはいない」
グラミューズが俺を紹介し、俺はパーティー会場の者達に見えるよう姿を晒す。すると、会場は露骨にざわついた。
例えば「人間如きがあの天帝魔王の魅了に抗う? ありえない」だとか「人間のくだらない恋愛物語にあてられて狂言を言っているんだろう」「人間に魅了を破られるなど天帝魔王も落ちたものだ」そんな声が聞こえた。
勿論、そんなことを言っているのは別の地域のサキュバス達だ。彼女達はグラミューズを天帝魔王と呼んでいるんだな。比類なき圧倒的な魔王という意味っぽいが……だとすれば、どうしてこいつらの態度はなんだ?
こんな態度を天帝魔王にとることができる、その根拠が──
「──久しいなぁグラミューズ、我が娘よ。天帝魔王とまで呼ばれ、浮かれているんじゃないか? 我と違い未だ神に至れぬ身の程で、天帝魔王とはなぁ。どうするグラミューズ、誰も納得などしないぞ? お前の伴侶が人間などと、最低でも神でなければお前には釣り合わない」
──こいつが、あの貴族達が調子に乗っている根拠……グラミューズ、そしてグラニュールの母親──魔王グラナエス、魔王であると同時に神へと至った存在。
白い肌に金髪の、茨のような魔力を纏った女。
グラナエスのグラミューズを見る目はまさに愛憎といったもので、生意気で言うことを聞かない娘に対する怒りと、娘を心配する母親としての愛があった。
……あ、え? まって魔王? じゃあもしかしてこのパーティー会場って他にも魔王来てるのか? さりげなく会場を見渡してみると、黄金郷でもグラナエスの領地とも異なる意匠のブローチをしている集団がいた。
そしてその集団の中心には紫色の髪をした冷たい印象を受けるサキュバスがいた。切れ長の流し目で俺を値踏みするように見ている……
あれがサキュバスの三人目の魔王に違いない……分かりやすくちっこい王冠頭に乗せてるし……
見た感じサキュバス以外は会場に来てない……婚約発表には身内というか同族だけを呼んだ感じかな。なんにしても、この会場には魔王が三人、とんでもないな……婚約発表ってどうすればとか、そんなことでずっと悩んでたから、他の魔王が来る可能性なんてすっぽり抜けていた。
よくよく考えればグラミューズの母親のグラナエスも魔王なわけだから、来る可能性は全然あった。
でも婚約披露パーティーをやると決まって、三日後にやるって聞いたんだぞ? そんな三日ぐらいで結構距離があるはずの別領地から魔王が来るなんて予測していない。
準備が三日ぐらいしかないのに来れるもんなのか? ダメだ、人間の常識で考えたらダメだよな……
「母上、それならばこの場でシャンカールを試せば良い。まぁ、母上が人間如きに魅了を破られる恥を許容できるならの話ですが?」
え? た、試すってまさか、グラナエスに魅了をかけさせるのか!? 俺に!? 冷静になってよグラミューズ!
顔は張り付いたような笑顔だけど、内心ブチ切れてるのが丸わかりなグラミューズ、怒りのオーラが凄い、魔力がドバドバ出てグラナエスの取り巻きのサキュバス達を威圧しちゃってる……
「──よかろう。もし我の魅了にこの者が耐えられなければ、この場でこやつを喰らう」
「ええ、構いませんよ。余の夫となる者が母上程度に負けることはありえませんから」
構えよ!! あ、あぁ……もう逃れられない……やるしかない、のか……俺への信頼が凄いグラミューズだけど、もし俺が負けて死んだらどうするんだろう……
──カツカツカツ、グラナエスの靴音がよく響く。パーティー会場がグラミューズの威圧のせいで静まり返っているからだ。
俺が覚悟を決めるよりも早く、グラナエスは俺の目の前へとやってきてしまった。そして、そのまま俺の目を覗き込むように見て、手を俺の胸に置いた。
「──ここで死ね人間、娘にお前は相応しくない」
そのグラナエスの言葉と同時に、グラナエスの魅了の魔力が俺に纏わりついてきた。なんだ……い、痛い──
「──っぐ、ぐあああああ!? いた……いッ!?」
グラナエスは茨のような魔力を纏っていたが、あれは本当に茨のような能力を持っているらしい。グラナエスの魅了の魔力が、茨のトゲが、俺の精神に突き刺さって、魔力が侵入する為の穴を開けていく。
「──はぁはぁ、痛いけど、痛いだけだな。娘さんの魅了と比べたら」
「──ッ!? 貴様、この程度で終わりだと思うな!」
あ、やべ、なんか余裕があったから口を滑らせちゃった……グラミューズはくすくすと笑っている。
グラナエスは鬼の形相で俺に流し込む魅了の魔力の量を上げた。
しかし、グラミューズの魅了と違って、このグラナエスの魅了は普通に防御が可能だった。というか、グラミューズに魅了で試された経験で、俺の魅了耐性はさらに上がっているようだった。
グラミューズの魅了はあらゆる防御が不可能だった。本能が魅了を良いものだと認識するだけでなく、異常なレベルの魔力制御の力が魔力的な耐性をやすやすと突破するからだ。
これに対抗するには、俺は魅了で自分が突き動かされる前に自分で動かすしかなかった。自分で首を締めて、死の恐怖で己の本能を強引に動かした。
そして、この自分で本能を動かすという感覚が、俺を次のステージへと進めた。俺は最早、己の本能を観察し、自由にコントロールすることができる。勿論疲れるから常時やれって言われたら無理だが、今のこの状況を打破するぐらいわけもない。
「──はぁ、はぁ……そんな、嘘……どうして、正気のままで……お前は本当に人間なのか? どうしてこんなことができる!?」
グラナエスは遂に諦めたらしい。床にうなだれ、泣いている。え? 泣くの!?
「全く、余の伴侶は大人げない。こうもプライドをズタズタにされては、母上が気の毒というものだ。はははは──しかし、これで証明は成った。余、グラミューズだけでなく神であり魔王であるグラナエスでさえも、この男を魅了することはできなかった。それはつまりこの世界にこの男を魅了できる者は誰一人いないということだ! さぁ、未だこのシャンカールを認めぬという者がいるなら、出てくるといい! 魔王を超える力を持つという不届き者がいればの話だがなァ!」
ウキウキ笑顔でテンション爆上がりなグラミューズが、パーティー会場を見渡す。誰一人として彼女に異論を唱えるものはいなかった。
──パチパチパチ。大袈裟な拍手が響いた。例の第三のサキュバス魔王だ。
「妾の友の伴侶として認めようシャンカール。魔王マニュール・オーデンが宣言する、シャンカールを貶め、軽んじる者あれば、妾自らその者を断罪せんと。いやはや、見事なり、このような存在があるとは。ズルいぞグラミューズ、そなたがその者と子を成したなら、次は妾にも子を作る権利をくれんか?」
なんだこいつ……ものすごい真顔で何いってんだ……? 婚約披露会で友達の夫になる相手と子供を作らせろって……頭痛くなってきた……
「ダメだ、マニュール。お前はシャンカールを愛してはいないだろう? お前が心から望むようになったら考えてやってもいいが、打算しかないようでは認めるわけにはいかない」
「そう言うと思ってた。だけど、いいのかな? 二人の魔王、それも歴代でも頂の領域にある魔王の魅了を打ち破った人間が存在するとなると。サキュバスの常識は崩れ去る、新時代の到来は免れない。人間はただ食われるエサではないのだと、同胞たちが知れば、サキュバスは二分されるだろう。人を認めたうえで喰らう者と喰らわぬ者に」
認めた上で、喰らう……? え……? どういうことだ? マニュールは何を言って……
「サキュバスは蟻や蜂のように例えられるように、女王を中心とした特殊な精神性を持っている。女王の持つ思想、概念は支配下のサキュバスに伝播する。だからグラミューズが人間を食べ物ではないと認識すれば、支配下のサキュバスもそのようになっていく。何が問題かと言えば、グラミューズは単に黄金郷のトップというだけでなく、天帝魔王と呼ばれる程に力が強いことだよ。これはね、グラミューズが女王の中の女王、女帝ということなんだよ。つまり黄金郷以外のサキュバス領地にも影響は及ぶ」
「そ、そんな……でも、グラナエス様もその配下の人達もグラミューズ様に反抗的な態度をとれていたじゃないですか! なのに、女王の中の女王、女帝だって言うんですか?」
「それは妾やグラナエスに近い者だけがグラミューズの影響から守られるからだよ。強い魔力があれば、やはり魔力的な影響はいくらか緩和されるものだからね。でもね、サキュバスは打算的な生き物なんだ。理性が、人間を喰らうな、などという馬鹿げた理念を認めることはない。サキュバス達に相反する二つの考えが、民達の心を苦しめることになる。そしていつしか、それは崩壊する。生きるために、認めた相手を喰らうようになる。認めた相手を喰らうだけじゃない、同族喰らいが目覚めるよ」
同族喰らい……? サキュバスが、サキュバスを喰らう……? サキュバスは生気を糧に生きているけど……そうか、そのサキュバス自体が生気を持っている。生気によって受肉している、しかも……魔力と深く繋がった状態で……サキュバスの肉体と親和性がある魔力……
サキュバスが精霊のような魔力生命だとするなら……同族を喰らうことは効率だけを考えれば、それは高効率のものだ。だけどそれは理性によって抑えてきた。
だけど……人間が食えないことによってサキュバスが飢えれば、生存の為という正義を得て、理性が禁忌を犯すことを許す。そうなれば、サキュバスの倫理観は崩壊し、人間よりもより効率的な同族を、サキュバスを喰らうようになる……
そんなことになれば……サキュバスは滅びる……おそらく、全人類が望んでいたことなんだろう。サキュバスが滅びることは……だけど、俺は──
「──新時代が来るなら、いい方向に行こうよ。サキュバスの未来が悲観的なものになるとは限らない。考え方次第で悪いきっかけも、良いきっかけに変えられるはず。俺はそう思ってます。俺は人間だけど、サキュバスと人間の未来が悪いものだって決めつけたくない」
「そうねダーリン! 対策だって考えてきたものね。それに、みんなで考えればいい方法が見つかるかもしれないもの」
こうして婚約披露会はそのままサキュバスの今後を話し合う会議へと移行した。
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