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灯台下暗し



 グラミューズの自由な時間を作る為に人材を育てるという計画は順調だった。しかし、その計画を進めるにはグラミューズの力が必要なわけで、グラミューズの仕事量はむしろ増える結果となってしまった。



「予測できることだよなぁ……これ。グラミューズは他の仕事をするからって妥協する人じゃない……通常の仕事を減らしてっていうのは……選択肢になかったんだ。ま、まずいんじゃこれ……」


「グラミューズ様なら大丈夫だ。少なくとも肉体的には……な」



 マルナエスは主のハードワークを見ても冷静だった。これでいいと思っているわけではないようだが、心配はしていない。



「えぇ? でもあれじゃ寝る時間なんてないんじゃ?」


「グラミューズ様は我々と違って寝なくとも活動できる。精神疲労はあるようだが、今はシャンがいるからむしろ元気になっていっている」


「寝なくていいってどういうこと? 他のサキュバスは寝てるのに……もしかして、彼女の父親がダークエルフの神なのと関係あるのか?」


「多分そうなんじゃないのか? 私にもよく分からないが、今までそれで問題になったことがないからな。詳しく知りたいなら魔王様に直接聞くしかないだろうな」



◆◆◆



「えへへ~ダーリンの為に頑張るね~!」



 グラミューズが俺に微笑みながら手を振り、次の瞬間には文書作成の作業に戻る。笑顔からスッと急に真面目な顔になるグラミューズ、あまりの切り替えの早さに俺はちょっと怖く感じた。


俺はグラミューズが忙しいらしいということは知っていたが、実際どんな感じなのかは見たことがない、だからグラミューズの許可をとって見に来たわけだが……


 グラミューズは書類の束を消化する度に俺に手を振るので、明らかに俺は仕事の邪魔になっている。だから邪魔になっちゃうから部屋に戻ると言ったのだが……



「え~、ダメダメ、邪魔になんかなんないよ~! ダーリンが側にいてくれた方がぁ、わたし元気になっちゃうんだから!」



 グラミューズはそう言って俺をこの魔王城の執務室に引き止めた。それどころか、俺がグラミューズの仕事をするのを見るだけでは暇だろうからと、部下に俺の興味がありそうな古代の歴史や神話、遺跡やダンジョンに関する書物を持ってこさせた。


しかし、こう……目の前でもうスピードで仕事をこなす働き者がいると、俺だけが楽しむのは忍びなく……結局俺は集中して本を読むことができないでいた。


そもそもの目的がグラミューズの仕事を見るというものなわけで、どちらかと言うと俺はそれに集中するべき……なので彼女の仕事する様子と、その環境の観察に努めた。



「まさか実際に書類が届く前に読んでしまうなんてな……自分の魔力制御下にある空間の中なら、実際に見るまでもなく、書類の魔力情報を読み取れる……」



 俺は執務室の窓から城全体を見渡す。そしてそこから紙飛行機を飛ばした。


紙飛行機は一切ブレることなく安定したまましばらく進んだ。魔王城の上部にある執務室から魔王城の敷地境界まで、止まる気配はなかった。


紙飛行機は魔王城の敷地境界を越えた瞬間に、ぐらぐらと風に揺れて、バランスを失った。



「魔力制御下にあるのは魔王城全体……」


「ん? ああ、そういうことか。魔王様が展開している魔力制御空間の中は無風だものな。いきなり紙飛行機を飛ばしだすから何事かと思ったぞ……」


「あ、今は魔王城だけじゃなくて、ダーリンとわたしの最愛屋敷も制御下だよ? 遠隔だから精度はあんましだけどね」



 グラミューズが笑顔で教えてくれた。どうやらマルナエスという監視役がいなくとも、俺はグラミューズに直接監視されていたらしい。


じゃあ、一週間前に庭でグラミューズが働いている間に俺やガマエス、マルナエスが酒を飲んでたのも知ってるわけか……気まずい……と俺が思っていた所──



「──え? あ、あぁ……その、ま、魔王様……あの……」



 マルナエスが冷や汗をびちゃびちゃに掻きはじめた。マルナエスも俺と同じことを思い出したらしい。そう言えば……酒に酔ったマルナエスが俺を襲おうとしてたものな……



「そう怯える必要はないマルナエス。無理に飲まされた酒で正気を失っていたお前を責めることはない。気にはしているけれど、問題にはしない。流石に可哀想だからね。ただ、もしも、お前が余の婚約者に実際に手を出していれば、その瞬間にお前は消し炭になっていただろうな。まぁ気にしてはいるよ? 余は言ったぞ? だから次は未遂でも消し炭にするし、それは不条理ではない事、憶えておくがいい」


「は、はいぃッ!! 魂まで深く、記憶に刻み込んでおきます!!」



 グラミューズはブチ切れていた。それはもう、凄い威圧感で、マルナエスは過呼吸になってしまっている。


というか、気にはしているって、そういうパターンあるんだ……気にはしているけど問題にはしない……慈悲深いのと恐ろしさが同時にやってくる感じ……なんとも不思議な。


 でも、グラミューズはあれを知っていたのに、今の今まで怒っている様子や不機嫌な様子を俺どころかマルナエスにも見せていなかった。どうやら感情をしまい込む癖があるっぽいなグラミューズは……


感情を溜め込むタイプは爆発した時が怖いっていうけど、実際に圧倒的な力を持つグラミューズが爆発したなら、それはもう恐ろしいんだろうな……


我慢をし過ぎるのは良くないよ? と言ってやりたかったけど、俺がそれを言えば取り返しにつかない事態になりそうなので言えなかった。



「俺、料理してくるよ。料理の腕はラミーほどじゃないけど、俺の地元の料理がどんなのか教えるぐらいはできるから」


「え?」


「仕事が終わったら一緒に食べよう。仕事、頑張って」



 俺はそう言って最愛屋敷へと戻った。俺が部屋を出る瞬間、バタっと何かが倒れるような音がした気がするが、多分気のせいだろう。


俺の地元、アルピウス村でのご馳走はウサギ肉と芋の煮込み料理だ。バテルという調味料で味付けをして、蒸した芋をつけて食べる。芋のスープにさらに芋という代物だが、これが結構美味い。


美味しく感じる理由の90%はバテルという調味料にある。バテルは羊の乳から作ったバターと味噌、薬草を混ぜた発酵調味料で、俺はこの世界って味噌あるんだとびっくりしたものだ。


 俺はこのバテルを気に入っていたので、そのレシピを憶えている。材料はグラミューズが普段料理で使っているもので用意できるので、俺はさっそく調理を始めた。


キッチン代わりの最愛屋敷の中庭が、段々と食欲をそそる匂いで満たされていく。料理する俺をマルナエスはポカンとアホ面で見守っている。アホ面なのは料理というものが感覚的に理解できないからだろう。



「よし、できた。計算通り、いつもグラミューズが帰ってくる時間に間に合った。そろそろ──」


「──ダーリン! もうこれって夫婦だよね! 気持ちが通じ合ってるんだよね!」


「──ぐわああああああ!!」



 俺は帰ってきたグラミューズに勢いよく抱きつかれ、そのままゴロゴロと吹き飛んだ。グラミューズに抱きつかれたまま。



「夫婦じゃないよ? 通じ合ってもいない。だけど、気分転換してもらいたくてさ。同じような友達がいれば、そいつにも俺は同じことをする」


「もう! ダーリンは釣れないんだからぁ~」


「さ、冷めないうちに食べよう。マルナエスも」


「え? いや私は食べなくても……」



 マルナエスは実体のある食べ物にまるで興味なさそうだったが、そこはグラミューズの上司命令で強制的に食べることになった。


俺はグラミューズとマルナエスに食べ方を教え、二人はそれを真似するように食べた。



「味はどう?」


「勿論美味しいよ! 思ったよりも癖がなくてびっくりしたわ。ダーリンが作ってくれたからぁ、最高も最高だよ!」


「いやぁ、私はよく分かんない……ですね。口の中やけどしたし……なんかしょっぱ──」


「──美味しいんだよね? マルナエス?」


「──はいッ! オイシイデス! 魔王様」



 マルナエスは味がよく分からなかったようだが、そこはグラミューズのパワハラによって美味しいことにされた。



「前にさ、ラミーは言ってたよね? 生気を摂取する代わりに普通の食事、霊脈や太陽の光から魔力の補給が必要だって。実際には食事から生気を得ているんじゃないか?」


「ふーん? どうしてそう思ったの?」


「サキュバスは元は精霊に近い存在だって聞いた。それで前にマルナエスが酒を飲まされて酔ったんだよ。でもそれってなんだかおかしく感じたんだ。サキュバスは本来実体のないはずの魔力体を生気で、生命の力で受肉させている。そうして受肉した体が酒に酔う、いくら生気で実体化しようとも、それは仮初……本質的には精霊だ。酒の影響なんて殆ど受けないはずなんだよ。サキュバスの子は親が繁殖相手に選んだ男の種族の肉体を模範するけど、それも結局は魔力体の実体化現象」


「確かにそうだね。母親であるサキュバスは結局、生気で無理やり実体化した魔力存在だもの」


「サキュバスに父親がいる場合、それは母親が父親から肉体の再現法を教えてもらっているようなもので、子は実体化する上で効率のいいやり方を生まれながらにして持っているってこと。生気を使って実体化する効率がいいから、強くなりやすいし燃費もいい。だけど、マルナエスは父親のいないサキュバスだ。その肉体は原初のサキュバスが妄想したリアリティのない肉体、生物が持つ基本的な機能が再現できていない。だからマルナエスは味がよく分からない」


「そ、そういうことだったのか!? 味が分からないのは私が父親のいないサキュバスだったからなのか……」


「でも、そんなマルナエスでも酒に酔う。人間や魔族を模した、まるで半透明な存在のサキュバスでも酒に酔う。魔力で出来た存在が酔うとしたら、それはなんだ?」


「感情とか、魔力……かな? 魔力……そっか、お酒には魔力が込められてるから」



 そう、この世界の酒には魔力が込められている。単にアルコールが入っているだけの水溶液じゃない。



「酒の魔力は、それ自体が酔わせる力を持ってる。つまり酒は魔力を揺らがせる、だからあの時、マルナエスの魔力体は酒によって破壊されかけていたんじゃないか? ラミーは霊脈や太陽の光で魔力をチャージすると言ったけど、それも結局、酒と同様、魔力の影響を受けるはずだ。それぞれの魔力性質に応じた影響を受ける。霊脈なら、このゴールドテンパランスの霊脈の持つ性質を……だけど──」


「──なるほど、ダーリンの言いたいことが分かってきた気がする。つまり、魔力をいくら取り込もうともそれを実体化させることはない。もしも、膨大な魔力だけでずっと肉体を維持できるなら、世界は受肉を果たした神で溢れているはずだものね。霊脈の周辺に住むサキュバスは生気がなくとも肉体を保てる。でも、そうはなっていない」



 誰も、誰も気づかなかった盲点、サキュバスの本能が覆い隠した受肉への近道。それは物質を体内へ取り込むことで受肉するという選択肢。


サキュバスの進化の源流である精霊に、物質を取り込んで食事をするという概念はない。物質は精霊にとって食べ物ではない。精霊にとっては魂や魔力、あるいは生気、生命エネルギーを取り込むことが食事となる。


サキュバスは高い魔力適性を持ち、周囲の魔力を取り込むことが可能なだけでなく、受肉した肉体から魔力を生成することもできる。


 だからサキュバスにとって必要なのは魔力ではなく、肉体を物質化させる助けとなる生気だけだ。



「グラミューズ、君は本当だったら死んでる。人間や魔族の男から生気を食らったことのない君は、肉体を維持できず死ぬ運命にあった。でも、人間の書いた恋物語に憧れていた君は、物語の夢をいつか叶える為に、物質を食べるという食事を真似た。そして、その食事こそが、生きる為の生気を君に与えていた」


「そう言えば……わたしが初めて普通の食事をした時、凄くお腹が減ってて、でも自分で人の生気を食らうのが嫌で……気がついたらお父様の食事を横取りしてたんだった。それからお父様が料理とかを教えてくれるようになって、一緒に食事をして……それが当たり前になって……それでずっとどうにかなってたから、気が付かなかった。今までずっと、お父様の血のおかげで生気を吸わなくても生きていけてるんだって、思ってた」


「考えてみれば俺達が普段食べてるものって、基本的には命あるものなわけだしな。生き物も食べる時は死んでるけど、元は生きてて、そこには生命力が宿っているはずなんだ。そう考えると、人間や一般的な魔族、それどころか多くの生物は、他存在の生気を、生命力を取り込んで受肉しているようなものなんだ。ははは、そうか、そういうことなのか……? この世界の生物ってそういうことなのか? 魂が肉体を保つ為に、生気を取り込み、命の力を奪い合っている」


「サキュバスは普通の食事をするだけでも、生きていける。生気を取り込める。普通のサキュバスからすれば、普通の食事なんて美味しく感じないものかもしれないけど」


「ああそうだ! サキュバスでも魔力の影響は受けるから──」


「──魔力で味付けをしてやれば、サキュバスは普通の食事を美味しく感じることができるってことだよね! よし! じゃあダーリン! 早速試しましょ! わたしが魔力操作で味付けできないか試してみる」



 盛り上がる俺とグラミューズは同時にマルナエスの方を見る。



「あの~? もしかして、私が実験台ということでしょうか?」



 グラミューズは無言で張り付いたような笑顔を浮かべ、マルナエスの肩に手を置いて座らせた。



「余は気にしていると言った。名誉挽回のチャンスをやろうというんだ。まさか、断ろうとは思うまいな、マルナエス?」



 マルナエスの表情が死んだ。運命を受け入れたようだ。





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