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 ──夜、例のごとく俺は仕事を追えたグラミューズと話す時間がやってきた。グラミューズはダーリンお待たせと言って、俺に微笑みかけたが、俺の顔を見るまでは暗い顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。



「元気ないねラミー、何かあったの?」


「え……? あはは、ダーリンにはお見通しかぁ。ふふ、わたしのことちゃんと見ててくれて嬉しいなぁ。あのね、ダーリンに言われた通りわたしの仕事を外に回そうって、色々考えてたんだけど、どこから手を付けたらいいのか迷っちゃって……誰かに任せようって考える度、それを否定する自分がいる。だって、明らかに効率が落ちるのが分かりきってるから」


「効率が悪くなるって具体的にはどんな感じで?」


「ほら魔族語って文字に意思が込められるでしょ? わたしは魔力制御の能力が高いから、読んだ者が分かりやすく、どう仕事を遂行すればいいのか? その道筋を上手く表現できる。じゃあ、ちょっとやってみようか! ダーリンに」



 そう言うとグラミューズはペンで紙にさささっと文字を適当に書いて俺に手渡した。俺は、それを読んでみる。


グラミューズが書いた文字はほんの一行程度分量だったが……



『ダーリンのことが好き、運命の相手だからってだけじゃない。わたしに対してだけじゃなく、誰かの為を思って行動してる。きっと、わたしは、心からあなたを、本当に愛してしまうでしょう。今までのわたしは溶けて、あなたとの形を育みたい』



 こんな感じのラブな文章が作文レベルの分量、圧縮されるように込められていた。確かに、細かい心の機微だとかニュアンスだとか、そういったものが他の魔族語とは違うレベルにある。


例えば「心からあなたを、本当に愛してしまうでしょう」の部分は、普通の魔族の場合、今はあなたを愛していないとか、これから好きになるとか、そんな感じになると思う。


グラミューズのこの表現は、俺に心囚われることから逃れられないという未来予測であると同時に、今はまだその段階ではないということを示している。


 グラミューズは普段、俺をダーリンダーリンと呼んで、シリアスな感情を俺に持っていることを感じさせなかったが、実際にはグラミューズの心の不安や、現実的な思考がそこにあることがわかった。



 一行のあなたを愛してしますの文を、作文ぐらいのラブレターにしてしまう、ある種の魔力圧縮技術、この力は確かに凄いものだ。魔族語は意思がダイレクトに伝わってくるから、人間の言語で書く文とは理解度が段違いだ。


込められた意思が心に染み渡るように、自然に理解されていく魔族語は、心の中で受け取り手が理解しやすい言葉に形が変わる。つまり……この力を使って仕様書、説明書を書けば、読んだ者はそれを完全に理解する。


その仕組を理解できるかはともかくとして、仕事を遂行する道筋は理解できる。グラミューズの文を受け取った者は、迷ったらそれを読めばいい。必要な全てがそこに記されている。



「これは凄い。つまり、この文書作成能力で、黄金郷を導いていて、ラミーの業務内容っていうのは基本的にこれを書きまくることなんだな。そして、あり得ない量の指示を出しまくってる。確かに誰にも代わりは務まらないかも……」



 このグラミューズの仕事を誰かに任せたなら、それは大幅な効率ダウンになるだろう。しかし、グラミューズは民の思いを理解できていない。



「ラミー、君が仕事をしてばかりでは、民は君にずっと、恩を返せないままだ。王は孤独とはよく言ったものだが、君の場合は、その気になればそこから抜け出せる。王が孤独になるのは、自分が持つ力の大きさとその責任から、自由な行動をできなくなるから。でも、ラミーなら自分の責任というのを極限までなくすことだってできる」


「わたしの責任を……なくす? ど、どういうことなのダーリン」


「君の文書作成能力で人材育成の方法論を書く。一つの問題に対して解決方法を示すのではなく、永続的なもの、教育システムを作るんだ。言ってしまえば、人を導く人材を育成する学校を作るんだよ」


「一応官僚を育成する教育機関はあるけど、ダーリンが言ってるのはそういうものじゃないよね。自発的に動ける、問題解決能力を持った人材を育成する……リーダーを育てる学校みたいな感じ? そうなると、思考法とか哲学、わたしの持つ理念を教えていけばいいのかな? だから必要になるのは、わたしが書いた教本と育成の場所……あとは人を導くに相応しいかどうかの審査、これは最初はわたしがやらないといけないわね」



 国内に王を複数生み出していくような事で、普通なら反乱の火種となりかねないものだが、グラミューズがやった場合は別だ。


グラミューズの言葉の力は強い、強制力があると言ってもいい。もしも彼女が認める人材が、彼女の思想、理念を受け継いだ場合、そこに邪悪な存在が付け入る隙はない。


魔族語にはその者の意思が込められてしまうが故に、その正邪の判定は元々容易、しかもグラミューズの極限まで詳細に書かれた文には解釈が存在しない。グラミューズの文を読んで、俺はこんな解釈をしました、いやいや俺はこの解釈だと、割れることがない。誰も解釈間違いを言い訳に、自分の欲望を押し通すことはできない。



「これはわたしを王でなくす為の方法ね。民達は畏れ多いと、わたしに提案することは絶対にできなかった事、わたしだって、言ったのがダーリンじゃなきゃきっと牢屋にぶち込んでるわ。でも、ダーリンがいるから必要なことだってわかる。愛を育むには、王だけをやるわけにはいかないものね。わたしも、もっとダーリンと一緒にいたい、だから、必要だって思える」



 グラミューズが俺に接近し、俺の顔を撫でる。俺は全身鳥肌になってしまう。グラミューズはただ俺に触っただけじゃない、俺の……心に、魂に直接触れてきた。


く、苦しい……グラミューズの心が伝わってくるから。


 さっきまで、今はまだ、心の底から愛してはいないと言っていたのに……



『あなたのことが好き、代わりなんてどこにもいない。あなたじゃなきゃダメ、本当に好きになっちゃった』



 そんなグラミューズの心の声が、伝わってきた。きっと、俺がその心の声を聞いて苦しんでいることを、彼女は理解しているのだろう。


彼女を見透かすように、それでもいいと、言うかのように、優しくに微笑する。



「そうやって、わたしの為に苦しんでくれるのが可愛いのよ。ダーリンは、外に出たいんだよね? 本当はわたしと一緒にはいられない。結婚なんてしたくないって、思ってる。でもね、世界でたった一つの、わたしが望む絶対に欲しいもの、それが今、あなたになったのよ? だから、絶対にわたしはあなたを手に入れる。心から、その全てを、わたしのモノにする。もし、あなたが、外に出て自由になったとしても、最後には必ず、わたしと一緒になるの」


「……うっ、そんなこと言われても分かんないよ。なんで俺を好きになるんだよ。俺のどこに、そんな……」



 グラミューズが俺の頭を両手で包み、視線を彼女の顔へと向けさせる。俺の視線は彼女の瞳へと吸い込まれていった。俺は逃げられなかった。目を逸らせなかった。



「ほら、目を合わせてくれる。ふふ、人の心に応えたいんだよねダーリンは。ダーリンは馬鹿だよ、わたしに嫌われるなんて簡単だった。今だって、目を合わせなければよかった。拒絶すればよかったのに、わたしと向き合わないとダメだって思っちゃう。ダーリンは全然自分のこと分かってないよ。残酷なぐらい、真実を求めてる」


「真実を……求めてる? 俺が……? 確かに、歴史の真実がどうとか、そういうのは好きだけど……」


「人の中の真実を、あなたは見逃したくないから、人が心の真実を見せたら、本当を見せたら、それを見逃せない、そのままを見てしまう。そんなの、殆どの人は耐えられないと思うわ。自分の嫌な部分もそのまま見られてしまうなんて、普通の人は耐えられない。だからわたしぐらいよ? その痛みさえ愛だと、どこまでもあなたを愛せるのは。だからわたしのモノになった方がいいと、思うなぁ~って」



 ──っく……あ、危ない……確かにそうかもと納得しそうになった。彼女が見た目も俺の好みだったら終わってたかもしれない……いや多分、彼女は本当のことを言ってるし、実際そうなんだと思う。


でも俺は納得するわけにはいかない。



「君は正しいよ。でも俺にも魂に刻み込まれた願いがある。それを忘れて生きることはできない」


「うんうん、ちゃーんと分かってるよ。全部、ね」



 ニコニコな、グラミューズと心からの笑顔からは、決して俺を逃さぬという強い意志表示が見えた。彼女は本当の意味で俺が欲しくなったらしい。俺の心を手に入れる、つまり……俺を好きにさせる事。その為に必要なことを彼女はやるんだろう。



「じゃあ、俺をオールランドに行かせてくれる?」


「うんいいよ。でも、もうちょっと、わたし達が仲良しになったらね」



 お前の立場は私の好感度次第だという現実を突きつけられた。


でも、その言葉に嘘はないはずだ。彼女は本当に、いずれ俺をこの国から解放するつもりなんだろう。


彼女が俺を心から手に入れたくなった結果、そうすべきだと判断するようになった。そして同時に、俺は永遠に彼女から追われる存在となったわけだ。


何かを得る時、同時に失うものだ。その逆も然り……



 ともあれ、生き方を決めたグラミューズは、翌日からリーダー育成計画を推進することとなった。


──統率人学校、それが計画によって生まれる学校の名。現場レベルから幹部クラスまで、立場は様々だが、人を導く為の能力を教育されていく。


ちなみにマルナエスもガマエスこの学校の入学試験を受けたが無事に不合格となった。自発的に人々を導くには不適格な人格であると判定されたらしい。


殆どの人がこの人格が不適格という判定で弾かれていったが、この試験を行っているのが魔王様なので誰も文句を言えないし、ついに魔王様の役に立てるかもと喜んだ民達によって、入学希望者数はイカれた数になった。順番待ちに次ぐ順番待ちが発生する。


それも当たり前ではある。



 ──なんせ、入学希望者は黄金郷、ゴールドテンパランスに住む20万人のサキュバスの内、19万人なのだから。


それは、民達がいかにグラミューズを敬愛しているかの現れだった。





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