糸口を探せ
「まさか、自分からまたここへ来たいと言うとは思わなかったぞ」
「この人間牧場が、黄金郷で最も自動化された場所だろ? つまり、それは同時にサキュバスの技術の最高峰が集まる場でもあるわけだ。サキュバスの持つ技術で、何ができて、何ができないのか、それを知れば例の問題を解決する糸口が見つかるかもしれない」
俺は再び人間牧場へとやってきた。人間である俺が魔王グラミューズに認められた結果、サキュバス達が人間の生気を吸うことに忌避感を抱くようになる可能性、もしそうなれば黄金郷は滅びに向かうかもしれない。
その対策のヒントがあればと、再び人間牧場へとやってきた。勿論監視兼護衛のマルナエスと一緒だ。そしてもう一人、今回は案内人がいる。
この人間牧場を管理する技術者、サキュバスドワーフのガマエスだ。
「おいマルナエス、本当にこの子に技術を教えてちゃって大丈夫なのかい? 人間なんだろ? 悪用してあの子達を解放されたりしたら、黄金郷は終わりだよ?」
「そんなつもりはないよ。俺もここの重要性は理解してるし、この子達は……ヌドナの子達は、外の世界では生きられない。もし助けるのなら、それは何百年も前にしなきゃダメだったんだ」
ガマエスはドワーフとサキュバスのハーフ、見た目はドワーフ寄りで背が低く筋肉質。彼女の手の甲には硬質の毛の束が生えていて、まるで針金のようなそれは、魔力によって操作できるようだった。
ガマエスはこの針金を使ってゴーレムを修理している最中で、ゴーレムの内部にある電子基板のようなものに魔力を流し込んでいる。魔力基盤と言うらしいが、まんまだな……
「口ではなんとでも言えるよ。人間は嘘と盗みが得意だって聞いてるよ? 信用なんてできるものかね! というか、こいつが魔王様の婚約者なんだろ? なんだって、それを黙ってなきゃいけないんだい? まさか魔王様の求婚を断るつもりじゃないだろうね?」
「悪いが事情は話せない。でも黄金郷のサキュバス達のためには、こうするしかないんだ」
魔族語で嘘を言えば、すぐにバレてしまう。だから本心から言えることだけを口に出す。この言葉だけで信用しろというのは、無理かもしれないけど。せめて敵意がないことだけは分かってもらいたい。
「ふん、隠せば嘘を言わないで済む。そういう考えは気に入らないね! 愚かな人間の浅知恵で、あたしを騙せると思ったら大間違いだよ?」
やっぱり信用はまるでされないな。ドワーフは疑り深いと聞くけど、その血を引く彼女は、そういった性質を引き継いでいるんだろうか? ま、それは関係ないか。どちらにせよ、俺はできる限りのことをやるだけだ。
「サキュバスは生気を吸うだけで生きられるっていうけど、あなたもそうなのか?」
「あ? 何が言いたい」
「ドワーフは無類の酒好きと聞いたけど、サキュバスハーフになると酒を飲まなくても良くなるのか?」
「……」
ガマエスがサッと俺から目を逸らす。
「隠せば嘘をつかないで済む、これは愚かな人間の浅知恵では?」
「あーもう! 小賢しい子だね! 話すよ、話せばいいんだろう? あたしはドワーフの血が濃いから酒は欲しいさ。だけど黄金郷というか、その周辺、ここら一帯はまともな酒の生産地がない。時々交流にやって来るラミアやナーガが酒を持ってきてくれる程度で、大体10年に一度ぐらい……それで足りると思うか? 足りるわけがないんだよぉおお……!! おーいおいおいおい」
あまりの酒恋しさに泣き出すガマエス。これは深刻だ……
「やっぱりサキュバスはある程度父親の性質を引き継ぐんだな。マルナエスは? マルナエスの父親はどの種族なんだ?」
「私に父親はいない、母だけで産んだ子だからな。ああ、お前は知らないか。サキュバスは種がなくとも子を産める。ただし母体に負担がかかるし、生まれる子も弱くなる。男の血の形質の大部分が消えてしまうからだ。だから私には混ざった感じがないし、魅了と魔法が苦手な体で生まれたんだよ」
「血の形質が消える……? そんなことがあるのか……」
「サキュバスは元から精霊や精神生命に近い存在だからね。肉体的なものを受け継ぐのが苦手なのさ、だから残りやすいのは魂や魔力の気質だ。だから仮にあたしが子を一人で産んだら、きっと酒好きの気質だけは残るだろうね。見た目はドワーフとはまるで違うだろうけど」
ある意味で血のリセット現象が起きてるわけか。だとすると、サキュバスはサキュバス側の能力が発達しやすいんだろうな。確実に引き継がれる要素だし……あれ?
「待ってくれよ、じゃあマルナエスの爺さんて、もしかして……修羅なのか?」
「ああ、そうだよ。修羅は魔力を扱うのが苦手な魔族で、しかもそれは彼らの魂の持つ性質から来ている。一種の呪いのようなものだ。母は修羅の肉体を持っていたから、肉体は私よりもずっと強靭だった。だが私と同じく魔法と魅了が苦手だった……私は強靭な肉体を受け継ぐことはできなかったが、修羅の魂の性質は、どういうわけか母よりも強く出た」
そんな……じゃあ、マルナエスは、肉体的に言えば、恵まれていなかったってことなのか? ただ、修羅の闘争を望む、強くなりたいという呪いのような衝動、モチベーションだけで、ここまで強くなってしまったっていうのか……?
「凄いな、マルナエスは……っと、そうだそうだ、酒の話をしないとな。ガマエス、もし俺が酒を持ってて、それをお前にやってもいいって言ったらどうする?」
「えっ!!!!!????? クレクレクレクレクレクレクレ!!!!!!」
ガマエスが俺の両肩を掴み、ものすごい勢いで揺らす。必死過ぎる……
「実は俺のものってわけじゃないんだけど、魔王様が俺の為に用意してくれた酒がある。わざわざ取り寄せてくれたらしい、しかも結構な数だ。それを一緒に呑んでみないか? 俺はまだガキだから、そんな飲めない、殆どお前が飲むことになるだろうな」
「っく……酒で、酒で、あたしの好感度を稼いで、クソっ……もういいよ! 負けたよ、わかった。ちゃんと案内してやるから、酒を呑ませてくれよぉ~~!!」
「交渉成立だな!」
それから俺はガマエスに人間牧場の案内、解説をしてもらった。それで分かったのはサキュバスの持つ技術の殆どはエルフとドワーフに由来するものであり、精霊を利用した技術を得意とする、ということだった。
「エルフとドワーフがサキュバスとの不戦条約を結ぶ為に政略結婚をしている……か。サキュバスはエルフとドワーフの技術を手に入れ、エルフとドワーフの男は安全と武力を手に入れる。サキュバスの体は精霊に近く、本来は実体のない魔力体を、人の生気を活用することで受肉させている。強引な手段で肉体を実体化させてるから、どうしても人の生気を必要とする……生気という、精霊が持たない生命エネルギーを」
「おいおい、酒が不味くなるから、そういうのは後にしろよなぁ!? なぁシャン」
まだ昼間だが、人間牧場を見終わった俺は、約束通り屋敷でガマエスに酒を振る舞っている。中庭にはちょうど良く浄化された水の流れる噴水があったので、中庭で飲むことにした。マルナエスが、こんな立派な庭で酒を飲むなんてと怒っていたが、屋敷にまともな水場がここぐらいしかないのが悪い。
サキュバスは体を洗うぐらいしか水を使わないらしく、屋敷にある水場は風呂場と中庭の噴水だけだった。人間視点だと欠陥住宅もいいところだ。
そんなことだからこの屋敷の主であるグラミューズも料理のための水場としてこの噴水を活用しているらしい。
「おい! そもそもここで酒を飲むな! 美しい庭を汚すな!」
「マルナエス、お前グラミューズにも同じこと言えるの? グラミューズもここで料理して、庭を汚してると思うけど?」
「っぐ、うるさいぞシャン! グラミューズ様はいいんだ。あの御方は我々にとっては神を超える存在だ」
「へへははは、お前も飲めよマルナエス~~~! うまいぞ~?」
「おい、ガマエス、私は酒なんていらな──ぐむッ!?」
ガマエスに無理やり酒を飲まされるマルナエス、肉体的には純粋なサキュバスである彼女だが、果たして酒に酔うのだろうか? そんなことを思ってすぐ、マルナエスは千鳥足になった。
「うひゃ~、これは、リアルなのかぁ~? 地面が空だぞ~?」
「元は精霊に近くても肉体を持つと酒で酔ってしまうわけか。もしかして今なら勝てるか……? ──ッシ」
試しにマルナエスをパンチしてみる。
──パシ。当然のように拳は掴まれ、俺はそのまま地面に組み伏せられた。
「私に勝てると思うなよ~? あれ~? これってリアルなんだっけ? あれ? 夢かな……? 夢かも……夢なら、シャンと子作りしても問題ないか、よ~し、やっちゃうぞ~」
「うわああああああ!! 夢じゃねぇよ! 目を醒ませボケカス!!!」
俺を全力で暴れることでマルナエスの拘束から抜け出し、噴水の水をマルナエスにぶっかけてやった。
「……あれ? もしかしてリアルだった? まぁいっか、へへへ、セーフ、セーフ」
あ、危ねぇ……食われるところだった……あれ? でもさっきマルナエス、俺と子作りするって言ってたか? 食事の為に、生気を吸う目的じゃなかったってことなのか?
そう言えば、サキュバスは魅了を退けたものを繁殖相手として認めて、好感を抱くようになるんだったな。
多分マルナエスは俺のことを、別に好きではない。恋愛感情は抱いていないはずだ、だけど……子孫を残したいんだろう。本能的に……
子孫を残したいだけ……好感を抱いていても、それは愛とは違う……そうなのか?
「人を愛するってなんなんだろう。性と愛は切り離せるものなのか? 人が自分以外の誰かと新しい命を作るために、恋が、愛があるなら、それって現実の中で見る夢じゃないのか?」
相手を思い、通じ合うことが愛だとするなら……マルナエスは別に間違っていないのかもしれない。ただ俺が拒絶しただけで、俺が心から受け入れたらそれは成立していたんだろう。程度の差はあれ、少しでも相手を思い、それが通じるなら……嘘ではないか。
「ゴールドテンパランスに来てから、色々考えさせられてばかりだな……俺も酒呑んで、酔ったら、気が紛れるかな……?」
疲れた心が、癒やしを求めて、俺の手は酒へと自然と伸びていた。目の前のことから目を逸らすと、不安は押し寄せてくる。
オールランドに辿り着くのは無理なんじゃないか? そもそも俺はここから出られないんじゃないか? 魔王の夫として永遠に、この地に縛られるんじゃないか?
ネルタタだけじゃない、旅で出会った魔族達は、みんな無理だと言っていた。人間の俺ではオールランドに辿り着けない。サキュバスの壁を越えられないと。
壁は分厚かったよ。みんなの言う通り、無謀なことだった。そう納得して諦めてしまったほうが、今となっては楽かもしれない。
確かに、楽なんだけど……楽だけど……俺は諦めない……ぞ。もう、俺一人の夢じゃない……
俺の夢を応援してくれた奴らがいる。ルンゼ、モルゲン、ケルン、村のみんな……ネルタタとそのガーディアン、リザードマンのナンデシュと長老、カラーテルとミルズちゃん、グラニュール、クリスタルガーデンのみんな。
彼らの顔を思い出して、勇気を貰う。俺には責任がある、支えてもらったんだ。俺の立てた誓いは、彼らから受けた優しさへの誓いだ。
俺がこの国を、サキュバスの王国を出る時、それはきっとこの国を変えることになるだろう。俺という一人の人間が、国を変える? 傲慢だ、馬鹿げている。難しいことだ、だが──俺は知っている。
歴史を紐解けば、馬鹿げた現実は実在し、それは情熱と執念が歴史に差し込んだ夢。人々を無謀の夢を見せる奇跡のような現実。
それを──人は偉業と謂う。
俺はそれをやらねばならない。
知っているからこそ無謀だと理解し、知っているからこそ希望を見る。分の悪い賭け、やってやろうじゃねぇか。命は元々賭けてる。
「運命の女神さんよ、もし見てるならこの勝負、勝ったら俺の夢、叶えてくれよ? 負けたら、なんでも、全部あんたの願う通りにするよ」
確率で言えば低いんだろう。俺のやろうとすることは、でも確率なんかじゃない。そんなものは過程をすっ飛ばした他人事な言い方だ。
幸運も不幸も、帳尻を合わせようとすると聞いた。
俺はこの旅の間、幸運だった。運良く生き残ってこれただけだ。
だから、この先帳尻合わせが来るのかも。それか、今がそうなのかも。だから先に覚悟をしておく、不運があっても、不運を理由に、諦めることをしないように。
「ズズゥー……──酔う……酔う? 魔力体が実体化して、肉体があるから酒に酔う……なんだ? 何か、分かりかけてる気が……あー、ダメだ。酒なんて飲むんじゃなかった……頭、回らないわ……」
覚悟を決めてすぐ、俺はすでに悪い流れに乗っている気がした。俺は冷や汗を掻きながら自分の部屋に戻った。
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