爆弾の秘匿
「ごめん、ダーリン。待たせちゃった……ね」
「いやいや全然、大丈夫ですよ~」
俺がマルナエスと一緒に人間牧場を見て回ってその夜、俺はグラミューズの屋敷、通称──最愛屋敷で魔王としての執務を終えたグラミューズと話すことになった。
それは元々グラミューズの意思によって組み込まれた予定だが、俺としても彼女と話すことが大量にあったので助かった。
「もう! ダーリンは、わたしの旦那さんになるんだから、そんな硬い喋り方しないでよ~! そうだよ、だからわたしのことも名前とか、ニックネームで呼んで欲しいなぁ~」
なんだかすでにお腹いっぱいな気分だ。脂分コッテリを超えて、最早ドロドロなラーメンを食べた後のような感じ……
「ニックネーム? グラミューズさんは仲のいい人からはなんて呼ばれることが多いの?」
「あ! えっとぉ、グラミーとかラミーとか呼ばれてるよ。最近は魔王様としか呼ばれないから、ちょっと寂しいんだよね」
「グラミー、ラミー」
ビクンとグラミューズが嬉しそうに跳ねる。俺がラミーと呼んだ時だ。
「ラミーで呼ばれる方がいい感じかな。それじゃあラミー、俺はまずはお互いのことを少しずつ知っていくことが重要だと思ってる。だからお互いに質問をして、知っていかないか?」
「はいはいはい! じゃあダーリンの趣味は! 好きな食べ物は? あと、好きな女の子のタイプは?」
「趣味は古い時代の遺物を調べたり、歴史を調べること、あとは最近だと木彫りかな。シャドウピクシーに教えてもらったんだ。好きな食べ物は、そうだなぁ、今だとハンバーグと煮魚かなぁ」
本当は寿司と醤油ラーメンとハンバーグが好きだけど、この世界だと普通に食べられそうなのはハンバーグだけだ。
「ハンバーグが好きなの? じゃあ今度わたしが作ってあげるね!」
「あれ? サキュバスって料理するの? 生気を吸えば、それ以外の食事は……あ、そうか、ラミーは生気を吸わないんだっけか」
「そうだよ。生気を吸わないから普通の食事と、霊脈と太陽の光で魔力のチャージをしてるの」
「へぇ~好きな女の子のタイプは……なんだろう。あんまし真剣に考えたことないんだよな。自分の好きなことに一生懸命になれる子? あとは自分の考えを持ってる子かな?」
「ふむふむ、ダーリンは自立した強い女の子が好きってことかな?」
そういう解釈になるんだろうか? ちょっと違う気もするけど……
「まぁ好きなタイプとか、あんまし気にしないで、俺もよく分かってないから。その人のことを好きになったら、それが好みだよ、きっとね。じゃあ今度はこっちの質問、ラミーの趣味と、一日をどう過ごしてるのかを教えて」
「趣味は読書だよ! 恋愛のお話が好きで、ずっと読んでるの。でも魔族領だと、あんま人気のあるジャンルじゃなくて、人間達の世界から取り寄せないとダメなの。一日の過ごし方は殆ど執務作業と謁見、一日の自由時間は一時間ぐらい。あーでも、自分で食事を作ってるから、20分ぐらいになるのかな?」
「え? い、一日20分しか自由な時間がないの!? あ、あれ? でも俺との会話時間は2時間あったけど、ど、どういうこと!?」
「ダーリンといっぱい話したかったから、お仕事頑張って時間を作ったの。張り切って明日の分をやっちゃった」
な、なんてことだ……ブラック過ぎるだろ……いや、彼女の場合、自分の意思でそうしている感じなんだろうが……
だけど、俺と会話する為にそこまでしてくれたなら、俺は彼女ときちんと向き合わなきゃいけないな。
「流石に頑張り過ぎじゃないか? もっと他の人を頼ることはできないの? 料理も他の人にやってもらうとか」
「黄金郷には殆どサキュバスしかいないから、料理する習慣があるのはわたしぐらいなの。それにちょっとした気分転換にもなるからねぇ。仕事は確かに自分で増やしてる感はあるけど……王にしかできない仕事は山のようにあるの。特に黄金郷は、わたしが大きくしちゃったから管理するべきことがどんどん増えて……でもね、やっぱり仕事を減らすことはできないよ。わたしが仕事をした分、民の生活は良くなる」
「ラミーは責任感が強いんだね。どれぐらい、そうやって生活してきたの?」
「500年ぐらい?」
そりゃあ民もこの最愛屋敷を建てるのに張り切るわけだ。良い魔王と言える。だけど、王としては……
「ラミーは頑張ってきたんだね。ラミーの部下達はなんて言ってる? 君が仕事をし過ぎることを」
「もっと、仕事を回して欲しいって……でも、わたしがやった方が上手くいくし、早いから……」
責任感が強くて効率厨、だけど要領は悪い。人望はあるが、それを活かすのは苦手。異常な労働を500年間続けて健康を維持しているタフさ……その全てが、まるで、彼女をこの黄金郷に閉じ込める檻のようだと、俺は思った。
「確かにそれで上手くいくだろう。でもね、他人の分まで頑張ることが、その人の為になるとは限らないと思うな」
「え?」
「人は困難に、問題に衝突して、それを改善しようと成長する。その原理は、人間だろうと長命種だろうと変わらないはずだ。君の臣下は、ラミーの為に頑張ると思うよ。今は君の仕事に劣るとしても、次第に追いつく者もでてくるはずだ。君が仕事を回せば、少しずつ成長していくし、君の役に立てたと安心できると思う。必要なのは、他人がやる仕事の歯がゆさを耐えることだと思う」
「そっか……そっかぁ……わたしは成長の機会を奪ってしまっていたんだね。でも、仕事を減らすってどうしたらいいの?」
「じゃあ目標を決めよう。とりあえず一週間、一日の仕事を10分減らしてみる。次の週はさらに10分減らす。君の仕事は、自分の仕事を減らし、どう部下に仕事をさせるのかを考えること。それができれば、無理なく俺とラミーは話せるようになる」
「あっ! わかった、わたし頑張るね! ダーリンの為だもん」
どう足掻いても頑張ろうとするグラミューズに少し呆れたが、世の中にはそういった人もいる。体が勝手に頑張ってしまうような人が。
分かってはいるが、グラミューズの幼い見た目で頑張られると、なんだか見ているこっちが悪い気がしてくる。おそらく部下はもっとそう思っていることだろう。
「それとラミーに頼みたいことがある。俺のことは正式に結婚するまでは秘密にして欲しい。多分みんな、ラミーの為に何かしなきゃってなると思うんだ」
「──理由は、それだけじゃないんだよね?」
「うん、隠し事をしてすまないが。今言うのは難しい……とにかく、俺の存在を隠して欲しいんだ。それがこの国の為だから」
今の状態で、俺が人間であることが原因で黄金郷のサキュバス達に大量の餓死者が出る可能性をグラミューズに伝えることはできない。
グラミューズはすでに限界まで頑張ってしまっている状態。ここからさらに精神的に追い詰めるような事は言えない。
彼女の夢は運命の相手と結婚すること。きっと、その為に頑張ってきたんだと思う。それが……俺が人間であることが原因で、黄金郷のサキュバス達に大量の餓死者が出る可能性があるなんて言えない。
無欲な彼女が、唯一持った願望。それを叶えようとすれば、自分が大事に育んできた国を、民を、死に至らしめるかもしれない。彼女からすればあまりに不都合な現実だ。
俺が夢だけを追えたなら、俺はその真実を伝えられたかもしれない。彼女がどうなろうと知ったことではないと。
だけどそれは無理だ。何百年もずっと、誰かの為に頑張り続けてきた人を無下にはできない。
俺が彼女を酷い振り方をすれば、彼女が立ち直れない可能性もある。そうなれば、結局黄金郷は破滅へと向かうかもしれない。
「うん分かった。この国の為っていうのは本気だって、伝わってきたから。でも、ダーリンばっかり約束してズルいから、わたしからも約束をしてもらうね」
「ど、どういった?」
なんだか嫌な予感がして、俺は身構えてしまう。
「わたしの両親に会ってもらいたいの」
俺の、退路を断つつもりだこれ……ま、まずい……そんなことされたら、グラミューズだけじゃなく、その両親まで説得できないと、黄金郷から出られなくなるじゃないかっ……
でも、ちゃんと向き合うと決めた以上……無理だと突っぱねることはできない。
「わかった。日程が決まったら教えてくれ」
縁というのは不思議なものだ。俺は今、拉致誘拐されて軟禁されているような状況なのに、それ自体には納得してしまっている。
このグラミューズという魔王の存在があれば、こうもなると。
頑張りすぎた一人の少女、その幸福を願う人々がいて、人々は少女と共に願いを叶えようとする。
その少女はたった一つの夢の為に生きてきて、人生を、命を懸けている。がむしゃらで、余裕なんてない。現れた可能性を逃すまいと、必死にしがみついている。
その夢を拒絶する。理解してしまった上で拒絶する。難しい、俺には……難しいことだ。
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