絶望の現実
今の俺には手枷も足枷もない。だが、自由はない。
「生活の不自由がないようにと魔王様から命令されている。ゴールドテンパランスの外へ逃げること、監視を外すこと以外なら可能な限り望みを叶えろということだ。この屋敷はグラミューズ様が運命の相手と暮らす為に200年ほど前に完成させたもので、グラミューズ様唯一のワガママがこの屋敷なのだ」
サキュバスの警備隊長──マルナエス・オルドランテ、彼女が俺の監視役として常に見張っているからだ。
残念ながら、俺とマルナエスとの間には覆しようがないほどの実力差がある。俺はパワー、スピード、テクニック、経験値、バトルセンス、全てに於いて彼女に負けている。
さらに言えばサキュバスは魔法も使えるし、俺は氷魔刀カラーテルを没収されている。俺の私物は全て大事に保管しているとのことだが……氷魔刀カラーテルを見たということは、俺がカラーテルと関係のある人間だということは、彼女達に知られているはずだ。
俺はグラミューズの妹であるグラニュールと友達で、クリスタルガーデンにしばらく滞在していたのも話した。クリスタルガーデンのあるシャドウガーデンにカラーテルは存在し、氷の巨人の涙を俺が入手する機会があるとすれば、やはりカラーテルから以外にありえない。
「普段民の為に尽力されて、自分の事など後回しな御方だ。そんな主のワガママだ、みんな張り切りすぎて大豪邸が出来上がってしまった。中庭は魔族領でも最高峰のはずだ」
「確かに素晴らしい屋敷だ。意匠の細部までが丁寧で、自然な美しさと機能性を有している。でもこんな巨大な屋敷をゴーレムなしで管理するなんて、大変じゃないのか?」
「少年、施設管理にゴーレムを使うというのは君が思っているよりも便利なものじゃないよ。ゴーレムは魔力消費量がそれなりにあるし、ゴーレム自体のメンテナンスを行う施設が必要になる。この問題をクリアするにはダンジョン等の空間拡張技術だけでなく、大量の魔力を安定供給するシステムが必要だ。大抵は神々や地脈の膨大な魔力を利用するが、ゴールドテンパランスのそういったものは、すでに他の所で使っているのだ」
やっぱり魔神族は特別だよな。彼らは神ではないけれど、それに準ずる膨大な魔力を有している。やっぱりゴリ押しでどうこうってのは、他の種族では厳しいようだ。
「他で活用っていうのは?」
「人間牧場と魔力炉だな。そっちで使っているから、この屋敷はゴーレムを使わず、神樹ユグドラルの枝を使っている。神樹の枝には意思があり、生きているんだよ。契約をすれば、契約者の望む形を維持してくれる。つまりは自己修復機能があるんだよ。だから我々の力でやる事と言えば、掃除ぐらいで、それも殆ど使い魔に任せている」
マルナエスが目をやる方にはコウモリ型の使い魔がいた。頭が魔力の炎で紫色に燃えていて、ホコリを見つけると炎に吸い込んでいる。
「神樹ユグドラルの枝? この屋敷、石で出来てるもんだと思ったけど……木だったのか」
「その認識は間違っちゃいないさ。神樹ユグドラルに限らないが、神樹の全ては石で出来た大木だからな。魔族領を旅したなら、その中で多くのクリスタルを見かけただろう? あのクリスタルは神樹由来のものなのだ。神樹のクリスタルは人間が嫌いで、人間には手を貸さないらしいが、お前は大丈夫だったのか?」
神樹は石で出来た木? 石だけど生きてる? これは完全に俺の常識の外だったな。しかも、旅の中で見かけたクリスタルが木から取れたものだなんて……
「俺は大丈夫だったよ。俺がアルピネスの血族だったから許してくれたのかな? 一応アルピネスにも魔族の血が流れてるらしいし」
「わからんな。そうかも知れないし、別の理由かもしれない。アルピネスだとしても、彼女たちは魔族領には基本的に入ってこないし、クリスタルが使えたかどうか試したのかもわからない。少なくともそういう話は聞いたことがない。それより少年、なぜ人間牧場のことを聞かない? 人間ならば気になって然るべきだと思うのだが? もしサキュバス牧場がというのがあったとしたら、私ならそれが何かを絶対に聞くだろう」
「実際に見に行くつもりだからだよ。サキュバス側の認識は見た後に聞く。俺の望みは可能な限り叶えてくれるんだろ? だったら、人間牧場を見られるはずだ。監視があって、逃げなければいいんだろう? 俺は逃げないよ。そもそもあんた相手にそれは無理ってもんだろ? 旅をして、俺が絶対に勝てないと思ったやつは、あんたで三人目だ」
「ほう、それは光栄だな。他の二人はカラーテルと魔王様かな? 光栄だが、リアルに考えれば、私の力など、二人と比べれば児戯に過ぎんがな」
「魔法だとか、そういったものを言えばそうなのかもしれないけど……武人としての、隙の無さで言ったら、あんたが一番だ。あんたが俺を殴った時、全く見えなかった……目だけじゃない、意識的にも、見えなかった。どうやったら、そんなに強くなれるんだ?」
「魔法が苦手だったから武人として、肉体の鍛錬をするしかなかっただけだよ。まぁ、昔は私も傲慢だったからな、この魔族領で一番強くなれると信じて、武者修行をしていた。その経験が大きいな、そして、私の旅を終わらせたのが、グラミューズ様だ」
「旅を終わらせた……? マルナエスはゴールドテンパランスが地元じゃないのか?」
「私の地元はグラミューズ様の母である魔王グラナエス様の領地、シルバーケージだよ。私はシルバーケージから旅を始めて、最後にゴールドテンパランスを経由して帰るつもりだった。ちなみに私はカラーテルとも戦ったことがあるぞ、彼は乗り気じゃなかったから、無理やり斬り掛かって戦いに持ち込んだが、15分ほどであっさりと負けてしまったよ」
カラーテル……この人に勝ったのか。いや、カラーテルの力は凄いけど、マルナエスに勝つイメージを自分が持つことが出来なさすぎて、なぜだかしっくりこない。
ていうか、戦ってくれないからって襲いかかるって、こいつ狂犬じゃねーか! それが今やグラミューズの忠犬、人って変わるもんだな。
「しかし、グラミューズ様の時は凄かった。私は何もさせて貰えずに、一瞬でやられてしまった。あの方の魔力の浸透力は異常だ、侵入を防ぐことができん。体内に魔力が入ってしまえば、相手の魔力を汚染しながら、体内で魔法を発動させられる。私は体の自由を奪われ、体の内側から爆破された。それで殆ど死にかけたが、あの方は回復魔法も得意だからな。こうして今も、私は生きていられるわけだ。私は魔法が使えなくとも、最強になれると信じていたが……それを全否定された。あれほどまでに、生まれ持った才能の差を、残酷に、リアルに感じることはなかった」
「あ……そういえば、俺も……あの人に魅了魔法を掛けられた時、全然魔力の侵入を防げなかった……あれって、魅了だけの話じゃないんだ……じゃあもし、あれが魅了じゃなくて、マルナエスさんが食らったような、爆破の魔法を発動していたら俺は……死んでいたのか……なんの抵抗もできず、俺は……」
お、恐ろしすぎる……確かに、これは勝てる気がしない。俺は元から本能的に、グラミューズには勝てなさそうだと思っていたけど……強さの次元が違い過ぎる……
きっと並の神ではグラミューズの足元にも及ばないだろう……
防御不能の高威力、必中魔法……馬鹿だろ……
「ああ、恐ろしいよな。だが、本当に恐ろしいのは、あのお方が使う力は、あの方が持つ力のほんの一部に過ぎないということだ。グラミューズ様はサキュバスでありながら、男の生気を食らったことがない。故にずっと飢餓状態で、万全な状態とは言えないのだ。もしあの御方が真っ当な食事をし、真の力を発揮することができたなら、それは間違いなく、世界最強の頂へと到達することだろう」
ば、化け物じゃねーか……え? 俺は……そんなのに目をつけられてしまったの? お、終わりじゃないか? 何にせよ、力でどうにかというのは絶対に無理だ。
マルナエスにもグラミューズにも、力では絶対に敵わない、つまり……俺がゴールドテンパランスから脱出するには、グラミューズを説得して、合法的に外に出るしかない。
しかも……俺の目指すオールランドに行くには、グラミューズの協力が不可欠。オールランドに続くゴールドテンパランスの関所はグラミューズ達が管理している。
結婚を回避し、外に出る許可を得つつ、彼女の機嫌を損ねない……そんなのどうやってやればいいんだ……
俺と結婚したいと言っている彼女の望みを断れば、機嫌を損ねるに決まっている……! 彼女の望みを断るのに、俺の望みは叶えろ? あまりに俺にとって都合の良い提案を、どうして彼女が飲むというんだ……?
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