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サキュバスの楽園



「……はぁ、夜だと中々進めないな……」



 俺がクリスタルガーデンを出て一週間が経過した。この一週間で2つの小世界を越えたが、ここからが長いんだよな。


今俺がいる小世界バハンバンブーは竹林が広がる涼しげな小世界だが、どうやらこの辺りからサキュバスの支配下になるらしいのだ。


サキュバスは基本的に夜行性で昼間は寝ているので、俺は活動時間をサキュバスに合わせなくてはならなかった。


サキュバスが寝ている間に進めばいいと思うかもしれないが、それは無理だ。何故なら俺が寝ている間に見つかると無防備な状態をサキュバスに晒すことになるからだ。そうなった場合は死だ。


だから効率が悪くとも夜に活動する。サキュバスを警戒し、隠れながら進む。幸いサキュバスの支配力が強いおかげで野生の危険な魔物は見かけない。



 すでに何人かのサキュバスを隠れてやり過ごしたが、彼女達に飢えた様子はなく、エサに困っていないことがわかった。おそらくこの地域のサキュバスはエサを安定供給できるシステムがしっかり構築されているんだろう。


それはつまり……人間がエサとして常に消費され続けているということだ。遠目で見たサキュバス達の表情は穏やかで、楽しげで、こいつらが人を殺しているんだという実感はまるで湧かない。


サキュバスは普通に、日常を穏やかに過ごしているだけ、そこに争いがあるわけでもない。そこには彼女達の幸福がある。


 俺達人間が家畜を糧として消費することと同じか、それよりももっとハードルの低いことなんだろう。人の生気を吸い、殺すことに、善も悪もない。


言葉が通じて意思の疎通もできる。しかし致命的に本能が噛み合わない。おそらく、サキュバスにも人を人として見る者はいたんだろう。


しかし、人をエサとして見られないサキュバスは飢えて死に、歴史の影に消えていったのだと思う。自然と割り切れる存在が繁栄し、魔族で最も強い勢力を持つまでになった。


ドライに割り切ることが出来る性質が、他の部分、例えば集団の統治や戦闘面でプラスに働いたのかもしれない。



「切り替えが得意で、情を捨てられるから……グラニュールは友達の関係者だったとしても、俺を襲ったんだ。彼女の魅了を跳ね除けられたからエサ扱いされなくなっただけで、根本的には信用するのが厳しい種族なんだろうな。仮に、上手く関係性を築けたと思っても、次の瞬間には敵となるかもしれない……」



 仮にグラニュールが俺を殺してしまったとしても、グラニュールの親は魔王だ。俺を殺した結果、カラーテルやミルズちゃんが怒ったとしても、グラニュールには手を出せず、彼女は生き残っただろう。


彼女は……そこまでの可能性を瞬時に考えていたのかもしれない。戦闘中も感じていたことだが、彼女には思考の瞬発力があった。アクションが失敗すればすぐに次の策を実行する。次へ次へと、流れるように続けていく……


サキュバスが損得の天秤を一瞬で決められるとしたら……弱みが少しでも見えた瞬間に俺は……


こいつを生き残らせておいた方が得だという状況を維持し続けなければ、死が待っている。



「バハンバンブーはサキュバスと接触しないまま、このまま抜けられる。でも……次の小世界からは、無理だ。グラニュールの姉、魔王グラミューズが支配する小世界、ゴールドテンパランス……ネルタタがオールランドに行くのは無理だと言った理由が、よく分かる」



 俺はリザードマンの長老に貰った魔族領の地図を見る。オールランドに続くゴールドテンパランスを見る。



「オールランドに続く球境の全てに、関所がある。関所を管理しているのは全てサキュバスの小世界……あまりにも、無慈悲過ぎる……こんなの……ここを行くのか? 俺が? 正気じゃない……だけど、だけど……可能性を捨てられない……俺は全ての言葉を理解する力が欲しい。命を懸ける価値があるんだ」



 不安で押し潰れそうな自分の心を鼓舞して、歩みを進めて、俺はついに辿り着いてしまった。


サキュバスの魔王、グラミューズの支配するゴールドテンパランスへと。



「ま、まじかよ……っ、普通に起きてんじゃねーかッ!!」



 球境に乗ってゴールドテンパランスに入った瞬間、俺はサキュバスに見つかった。球境に入る時だけは警備の薄いであろう朝に行ったのに……ゴールドテンパランスの警備は厳重、いや、厳重過ぎた。


軍服のような制服を着たサキュバス達が何十人もいた。一瞬で理解した……この土地を支配するグラミューズは完璧主義者だ。


朝と夜に警備の差はなく、常に同じ数の警備を待機させているんだ。交代要員が休む休憩室のような建物にも大勢のサキュバス達がいるのを見てしまった……


目が、合った……


休憩中のサキュバス達が建物からゾロゾロと出てきて、当然元から警備をしていた者達も俺を取り囲む。


彼女達は人間である俺を見ても冷静だ。満腹な状態ってことか……っ!



「人間の少年、お前どこの者だ? どこから脱走した。抵抗するなよ? 抵抗しなければ牧場に帰るだけで許してやる」


「ぼ、牧場……? 何言って……」


「隊長、この人間変わった服装をしていますよ! もしかすると牧場の人間じゃないのでは?」


「何? 外から来たっていうのか? 人間がノコノコこんな所まで自分から来るわけがないだろう!? そんなのは自殺志願者だ、人間がいくら愚かだとしても、流石にそこまではありえんだろう。もっとリアルに考えろリアルに」



 や、やばい……俺はリアルに、自分からノコノコやってきたんですけど……生き残る方法はあるのか?



「俺はシャンカール・アルピウス! アルピネス族の人間だ。アルピウスの里から旅してここまでやってきた。オールランドに行くためだ!」



 覚悟を決めて言い切る。彼女達に説明するというより、自分に言っている。俺はここで終わるわけにはいかない。頭を働かせろ……生き残れそうな材料を見逃すな。視界に映るモノ全て、匂い、音、なんでもいい。俺が生き残れるヒントを見逃すな……ッ!



「何? アルピネス族だと? そんな馬鹿な……認められた人間の部族だとしても、自分から……ここへやってきただとッ!? こ、これは本当にリアルなのかァ!? え? どうなんだ! これはリアルなのか!?」


「はい隊長リアルであります! つんつん」



 あります口調の若いサキュバスが隊長のほっぺを指でつつき、隊長がハッとする。



「り、リアルにノコノコやって来てんじゃねーかッ!! ──よし、とりあえず捕らえるぞ! お前たち! 魅了でこいつを拘束しろッ!」



 全方位からサキュバスの魅了の魔力が俺へと降りかかる。こんなの、想定してない……魅了魔法は同時に狙われても数人だろうと思っていた。


だって、数十人規模から狙われたらどうやったって終わりだからな、その状況になった時点でアウトだから、そもそも想定なんてしていない……




 ──バキバキバキバキ!!



「──ッ!? ば、馬鹿な……!! この数の魅了魔法で、正気を保っているだとッ!?」


「──ありがとう、氷魔刀カラーテル。お前がいなきゃ無理だった」



 旅を始めた時、想定していなかった幸運。カラーテルの力が俺を守った。カラーテルの拒絶の力を持つ氷魔刀カラーテルならば、魔法だって弾ける。


刀は俺の望む形に変わり、ムチとなって俺に降りかかる脅威を振り払った。


無論、全方位からの攻撃となれば、その全てを弾くことはできない。



「全て当たらなければ余裕で耐えられるな。最初に出会ったサキュバスがグラニュールで良かった。あいつを基準で考えてたから、俺の中で随分とハードルが上がっていたが、どうやら俺が思うよりも、一般的なサキュバスの魅了の力は強くないらしい」


「ま、まさか、耐性持ち!? 人間がサキュバスの魅了への耐性を持っているだとッ……!? こ、こんなのリアルじゃない! リアルじゃないぞーー!!」


「隊長、こいつグラニュール様と接触したことがあるみたいですよ? もしかするとグラニュール様の狩りから逃げた不届き者では? 捕まえて献上すれば昇進間違いなしですよ!」


「なにッ!? 確かに妹様から魔王様への口添えがあればボーナスがあるかもしれんな! グラミューズ様は仕事には相応の対価を必ずくださる。うおおおお! いくぞお前達……! フルパワー魅了攻撃だ! 魅了毒の使用を許可する! 汚染は後で片付ければいい」


「……っく、ま、待てよ。ちょっと説明──」



 グラニュールと友達だと言えば見逃してもらるかもと淡い期待を抱いて、説明しようと思った次の瞬間には、サキュバス達は攻撃を再開してしまった。


先ほどとは比べ物にならない大量の魔力を感じる。濃い魔力で大気がピンク色になってしまっている。



「──う、うおおおおおおおおおおおッ!! こんなとこで終わってたまるかよぉおおおおおおおお!!」



 ──ガガガガガン、バキバキバキバキッ!!



 俺は鞭に形態変化した氷魔刀カラーテルを全力で振るいまくる。魅了魔法と魅了毒を弾いて弾いて弾きまくる。


──が、やはり俺の全力を持ってしても、防ぎきれるわけもない。彼女達も全力であるなら、数的優位はそのまま残酷な力の差となる。



「──っぐ、ふざけんなッ!! 俺は! オールランドに行くんだ!! 応援して、支えてくれた人達がいたんだッ! ぐ、あああああああああああっ!!」


「嘘だ……これは本当に現実なのか!? 何故だ、なぜこの少年はまだ立っていられる。魅了魔法に耐性があるのはまだ理解できる。だが、なぜ魅了毒をくらって正気なのだ! これが、リアルだというのかっ!?」


「リアルであります! つんつん、非現実的なことでありますが」


「認めざるを得ないようだな。この少年は我々のサキュバスとしての力を超えた存在だと。なるほど、これが言い伝えに聞く、エサとして見れない感覚か。馬鹿げた伝説だと思っていたが……」


「おっ!? 本当か!? お前達、俺がエサに見えなくなったのか? じゃ、じゃあ俺を普通の、対話できる存在だって認めてくれるのか? 俺はオールランドにどうしても行きたいんだ。関所の通行許可を──」


「思い出したよ。不遜な考えだが、ありえないお伽噺だと内心馬鹿にしていた。だが、どうやら奇跡が起こった。主の大恩に報いる時がきた。人間の少年、シャンカール・アルピウスと言ったな?」


「え? は、はい」



 サキュバス警備隊の隊長が俺を見る。きゅ、急に真面目な感じになるなよ……びっくりするだろ……慣れないなぁ……


でもよかった。ちゃんと話ができそうだ。



「──悪いが、我々と来てもらう。拒否権はない、お前は二度とゴールドテンパランスからは出られない」


「はっ!? なんでだよ! くそっ、逃げ──」


「──悪いな、私は魅了魔法が苦手でな、こっちの方が慣れているんだよ」


「──え?」



 気付いた時には拳が眼前に見えた。俺の意識はあっさり途切れ、視界は真っ暗になった。





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