愛しのミルズちゃん
ミルズちゃんの住む渓谷の横穴・西の内部に入る。カラーテルの住処と同じくダンジョンとなっている西の横穴だが、こっちはダンジョンらしいダンジョンだ。
俺は今、現地民であるカラーテルやトリーデスに案内されることで安全に進むことができているが、これが俺一人だったらと思うと恐ろしい。
と、言うのも、トリーデスとカラーテルが道中で解除する罠の数がかなり多いからだ。落とし穴から炎や酸の吹き出る壁、ダンジョンに支配された魔物達の群れと、ある一定間隔ごとにこうした罠がある。
その中でも特にヤバイと思ったのが、偽装された足跡だ。俺はネルタタからダンジョンには踏むと発動するタイプのものがよくあるらしいと、聞いたことがあった。そのダンジョン内部で活動する者達は罠を避けて進む、するとその痕跡、足跡が残る。
つまり基本的にはそこを繰り返し通った痕跡があればあるほど安全ということになる。繰り返し通れたということは、通過者が生存している証明ともなるから、その足跡の上を進めば安全な可能性が高い。けれど……この魔神族のダンジョンは、この法則を逆手に取った罠を張っていた。さりげなく残る足跡を踏むと罠が発動し、酸が噴出するようになっていたのだ。
ダンジョンとは、知恵のある存在が生み出すもの、創り出した存在の意思、悪意が反映されるのだと、そんなことを俺はここから学んだ。
ダンジョンを攻略するなら、それを作ったのがどんなヤツなのかを想像することが、ダンジョン攻略の助けとなる。
ダンジョンの中に、そのダンジョンの創造主はいないかもしれない。しかし、攻略者は間違いなくダンジョンの創造主と対峙しているのだ。戦いか対話か、ダンジョンによって違いはあるだろうが、そこには意思のある者同士のせめぎ合いがある。
「このダンジョンを作った人は、魔神族の子供達を護りたかったんだな。だから子供でも罠を解除して進める仕掛けになっている。けれど、その一方で外部の存在がここに入ることができないようにしている」
多くの罠がある魔神族横穴ダンジョンだが、この罠には共通する解除方法がある。罠は一定間隔ごとにあるが、それを教えるかのように石像がある。
この石像に挨拶し、石像と魔力交換を行うと一定時間罠が解除される仕組みなのだ。しかも、魔力交換で石像に魔力を渡すと、お返しに魔石が石像の口から出てくる。
これは完全に子供を教育する為のギミックだ。挨拶やルールの大事さを教え、返礼によって子供達のモチベーションを高めている。少なくとも、よっぽどのことがない限り子供達が罠で死ぬことはないだろう。
「子供達を護りたかったって、シャンくんはどうしてそう思ったんでしか?」
「罠自体はエゲつないけど、その一方で身内にはかなり安全な仕組みだろ? 思いやりというか、愛が感じられるんだよ。あの石像は俺が魔力交換をしても罠を解除してくれたけど、これは魔力交換で伝わる俺の意思に悪意がないと石像が認めたからなんだろ? それはつまり、里への悪意の侵入を防ぐってことだ。このダンジョンの罠の解除方法を知っていても、悪意のある存在を石像は認めず、通してはくれない」
「シャンくんはそんなことまで考えてるんでし!? 確かに言われてみれば、シャンくんの言う通りかもしれないでし。これが当たり前で過ごしてたから考えもしなかったけど、確かに創造者の愛情が感じられるでし」
「まぁ実を言うと、君たち魔神族の元となった種族が明らかにバラバラだったから、みんな違う地方からここ集められたんじゃないかって予想してたんだ。だとすると、この魔神族の里は、魔神族の共同体ってだけじゃなく、魔神族の子供達を育む学校のようなものでもあると思ったんだ」
「おお! シャンくんはやっぱり察しがいいっすねぇ! そうそう、うちの里は魔族領全域から、魔神族の子供達が集まる場所なんすよ。魔神族の子供はみんな、ここで魔族社会や魔法、生活の知恵を学んで、大人になったら魔神族の子供達を導くか、外に出て暮らすかを選ぶんすよ。ちなみにおいらとミルズちゃんは導く者として里に残ったんすよ」
「へぇ~トリーデスくんは先生なんだ。あれ? じゃあ、里に残ってる大人ってことは、ガーロッドさんも先生なのか?」
「そうだよ、こんなヤツが先生をやるだなんてどうかしてると、おいらは思ったんすけどねぇ……」
「んだとトリーデス!? てめぇ、喧嘩売ってんのか!?」
「自分の胸に手を当てて、おいらの目を真っ直ぐに見て言えるんすか? 自分が、子供達を導くに相応しい、手本となる大人だって」
トリーデスがガーロッドの目を真っ直ぐに見る。しかし、ガーロッドはトリーデスの目から逃げるように視線を逸らした。分かりやすい男だ、ガーロッドは後ろめたさを感じている。それが何なのかは分からないが、少なくとも、わかったことがある。
ガーロッドは良い人ではないかもしれないが、罪の意識はあるということだ。となれば、やってはいけないと自覚できる何かを、ガーロッドはやってしまったんだろう。そして、トリーデスはガーロッドの罪を知っているのだと思う。だからガーロッドに対して説教をするような態度なんだ。
「さて、着いたっすよ。ここが魔神族の里、クリスタルガーデンだ! クリスタルガーデンへようこそ! カラーテルの大事なご友人!」
そんなトリーデスの言葉を聞いてすぐ、俺の視界は広がった。さっきまでは洞窟のような圧迫感があったのが、一気に開放的になった。
このクリスタルガーデンには穏やかな風と空がある。この空は、偽物じゃない、クリスタルガーデンはダンジョンの内部に作られた、高度な異空間建築だ。
太陽と星々の代わりに空にはクリスタルが浮いている。このクリスタルはシャドウバレーで見かけたような精霊が宿った魔石であり、外で見かけた精霊とは違い、風ではなく光を放出している。
「明るいな、これじゃあ朝も夜もないんじゃないか?」
「ははは、そこは大丈夫っすよシャンくん。夜になると光の精霊は眠るから、クリスタルガーデンにも夜はやってくるんすよ。逆に夜は闇の精霊が起きるから、本当に真っ暗なんだよ~」
「へぇ~うまくできてるんだなぁ~って、あれ? もしかしてあの人って」
俺が空を見上げていた視線を前方に戻すと、不機嫌そうな女性の魔神族を見つけた。半人半蜘蛛の魔族、アラクネーが元の種族であろう美しい魔神族がいた。
「み、ミルズちゃん! あ、あわわわわ、どどどど、どうしよう! ミルズちゃん、明らかになんか怒ってるでし!」
「怒ってても、カラーテルにはすべきことがあるだろ? 止まる理由にはならない」
「そうそう、ミルズちゃんが不機嫌なら、カラーテルがご機嫌取りをしないとっすよ」
「えぇ!? なんでボクが!? ボクに何ができるっていうんでし!? きっと、ボクじゃあ余計にミルズちゃんを不機嫌にさせちゃうだけでし……!」
「そんなこと言ってる場合かよカラーテル! ミルズちゃんの事好きなんだろ!? だったら好きな子の不機嫌ぐらい受け止めてやれよ! それが嫌だっていうのか!?」
ちなみに自分だったら嫌だけど、そこは他人事として、俺はカラーテルを煽る。
「い、いやなんかじゃないでし! ミルズちゃんの不機嫌を受け止めることは光栄なことでし! そう思ったらなんか、すごく、ミルズちゃんの不機嫌を受け止めたくなってきたでし! ちょっと罵倒されてくるでし!」
カラーテルこいつ……何を言ってんだよ……それじゃあ懐の広い男じゃなくてただのドM男では……? まぁいいか、カラーテルが前向きになってくれたなら。
「み、ミルズちゃ~ん! ひ、久しぶりでし……きょ、今日は──」
「──このバカ! バカバカバカバカッ!!!!」
──スババババ、バチコーン!!!
ミルズちゃんの六本の腕を使った猛烈なビンタラッシュがカラーテルを襲う。その威力によってカラーテルは大きく吹き飛び、地面を転がる。こう、コロコロ、ズザザーっと。
怒っているミルズちゃんだが、その表情には複数の解釈が見えた。怒りだけではない、彼女の顔には喜びと安心、目には涙が見えた。
「ほらカラーテル、あんたはガーロッドと決闘するのよ」
「えっ!? ボク、決闘大会に出ていいんでしか!? ボクが勝ったら、ミルズちゃん、ボクと結婚することになるかもしれないんでしよ!?」
「は? カラーテル、あんたあたしと結婚するのが嫌だって言うの?」
「だ、だってボクは、しょうもないヤツでし、こんなヤツを好きになる人なんていないでし、ミルズちゃんだって嫌なはずでし。そんな人がいたら愚か者に違いないでし──」
「──誰が愚か者だコラーーーーーーッ!!」
──ドゴシャアッ、ミルズちゃんの跳び膝蹴りがカラーテルの顔面に直撃する。
……あれ? カラーテルが好きな人がいたとしたら愚か者、そう言われてミルズちゃんは誰が愚か者だと怒った。怒ったよね?
じゃあ、ミルズちゃん、カラーテルのことが、好きってこと、だよね?
俺はトリーデスとガーロッドの反応を見る。
トリーデスはやれやれと呆れた感じ、ガーロッドは露骨に苛ついて、というか嫉妬している。
確かにガーロッドもこれはムカつくかもしれない。
トリーデスとガーロッド、というかおそらく里の奴らはみんな、ミルズちゃんとカラーテルが実は両思いであるということを知っているんだ。ネガティブ過ぎるカラーテルだけが、その事実を認識できていないんだ。カラーテルはミルズちゃんが自分を好きなわけがないと思い込んでいるから、彼女の発言を都合悪く、都合よくネガティブ解釈してしまうんだろう。
これは明らかに異常だ、魔族語には意思が乗る。体感的にある程度本心が伝わるはずなのだ、なのに、こんなすれ違いが起こり得るのか!?
見た感じミルズちゃんは素直な感じじゃない、彼女はツンデレ気質だろうというのが俺の感想だ。そんな彼女の性格もあって、二人は悪い形で噛み合ってしまったんだろう。
ツンデレのツンを都合悪く解釈してしまうカラーテル。でも凄いな、それなのにカラーテルはミルズちゃんのことが好きって。
それにしても、カラーテルから聞いてたミルズちゃんは優しいって話、あれはなんだったんだ? 今の所、カラーテルのことボコボコにしてる印象しかないけど……
「いいからあんたはガーロッドと決闘をするの! それで必ず勝つのよ!」
「は、はい……全力で頑張らせてもらいますでし……!」
しかし、勝ったら結婚の決闘で必ず勝てと言われているカラーテルだが、こやつはこの言葉をどう解釈しているんだろうか?
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