後ろ向きの前進
「う、ううう……あ、あああ!! お、お腹痛くなってきたでし……!」
「覚悟を決めて行くしかないだろ? 絵は完成したんだ。お前のミルズちゃんへの思いの全てを乗せた絵、どんな現実が待っていようとも、こいつは絶対渡さないと」
「う、うん! い、行こうシャンくん! ボクは、覚悟を決めたでし。ボクの思う通りの、最悪の現実だったとしても、何もしないでこれから何千年、何万年も思い悩むよりずっといいんでし。ボクがこんなに前向きになれたのは初めてのことでし、シャンくんのおかげでし」
シャドウピクシー達から上等な布を受け取った翌日、カラーテルはミルズちゃんへのプレゼントである絵を描きあげた。カラーテルが絵を完成させた時、カラーテルは満身創痍状態だった。
絵を描く魔法は、魔法を使わずその絵を描く為に必要な体力を消費する。込めた情熱の強さに比例して、大きな反動を受けてしまう。
しかし、その代わりに魔法で描いた絵は生きているかのように動き、思いは宿る。強い思いが祝福にも呪いにもなる。
カラーテルがミルズちゃんの為に描いた絵を見て俺が感じたのは、純粋な願いだった。ミルズちゃんの幸福を願うものだった。カラーテルは自分のことを全く考えていない、自分がミルズちゃんと結ばれたいだとか、そんなことは一切考えていない。
ミルズちゃんの隣に誰がいようとも、彼女に幸せになってもらいたい。そんな思いが伝わってくる。喋るのが苦手なカラーテルの心が雄弁に語られていた。
彼の心の奥に仕舞い込んだ痛々しいほどに誠実な優しさは、儚さを感じさせるほどに、繊細で、それが作品に反映されている。
しかし、繊細であるにもかかわらず、彼の持つネガティブな要素は絵に全く含まれていない。彼が絵と真剣に向き合い、研ぎ澄ました結果、純粋な思いだけが残った。
言葉では絶対に語れない、彼の本心、ネガティブなフィルターを通さない、ありのままの心が、絵を描くことで表現されている。これが、彼にとっての、現実での対話方法なんだな。
◆◆◆
「チッ、てめぇカラーテルじゃねぇか。何しに来た、横のちっこいのはなんだ? まさか人間か?」
俺とカラーテルはミルズちゃんの住む西側の渓谷の横穴へと進み、その入口で不良っぽいオオカミのような魔神族と出くわした。多分神化した人狼族の子だな。
魔神族は確か神と魔族の子供、半神達だって話だからな。あれ? そうか、じゃあ実際には全然違う種族の集まりじゃないか? どうして魔神族という括りで、彼らは一緒に生活してるんだ?
きっと彼らは生まれた地域も違うし、親の種族も違うはず。もしそうなら、親のいる地域で育ち、暮らすのが普通だと思うが……もしかして、魔族達は魔神族が生まれたらこの場所に預けるのか? そういった文化があるのかもしれない。
元となった種族と見た目が似ていても、魔神族は生まれながらにして力が強い。だから普通の魔族と一緒に暮らせば色々と問題があるのかも。魔神族の子が増長したり、普通の魔族の子から仲間外れにされたりとか。
そういった事を防ぐ為に魔神族の子を一つの場所に集めて育ててるのかも。同じ魔神族ならいくらか力も拮抗するだろうし、自分と似たような存在がいれば自分は特別な存在だと増長することもないだろう。まぁそれは、ちゃんとした教育者がいるかどうかによるけど……
「が、ガーロッド……彼はシャンカール・アルピウス。ボクの大事な客人、いや、友達でし。今日は、ボクは、ミルズちゃんに会いに来たんでし!」
「ミルズちゃんに会いに? 何でだよ。もう終わったぞ、お前には権利がねぇ」
「権利って、何の事でし……?」
「っは、ミルズちゃんの番になる権利だよ。里の男連中で決闘大会が開かれた、優勝したヤツがミルズちゃんと結婚するんだよ。で、俺が優勝したってわけだ。大会は昨日終わったぜ? 一日早く来れば、まだチャンスがあったかもなぁ? あるわけねぇか、お前みたいなカスに」
「え……? そんな、本当なんでしか? ミルズちゃんが決めたことなんでしか? そんな決闘大会があったなんて、ボクは知らなかったでし……シャドウピクシー達も、そんなことボクに教えてくれなかったでし……」
ええええええええええ!? 一日遅かっただって!? そんなことある!? そういえば、俺が初めてこの小世界、シャドウバレーにやってきた日、魔神族が取っ組み合いしてるの見かけたけど……あれは、決闘だったのか、ミルズちゃんと結婚する為の権利をかけた……
「う、ううう……そうでしか……ボクは遅かったんでしね……」
「進もう、カラーテル」
「え……?」
「は? 何いってんだ人間、ゴミみたいな劣等種がしゃしゃり出てくんじゃねぇぞ!?」
「お前はミルズちゃんに渡すものがあるだろ? それに、最悪の現実を想定してここに来たんだろ? だからその現実がやってきたとしても、それはお前の足を止める理由にはならない。お前は、自分の気持ちに区切りをつける為、ミルズちゃんに会いに来たんだろ?」
「そ、そうでし。ミルズちゃんが誰と結ばれようと、ボクにはやるべきことがあるでし」
「なっ……嘘だろ? カラーテルが、前向きなことを……ば、馬鹿な、普段だったら絶対……クソがっ、帰れ、クソ共、てめぇ、俺の嫁に手を出すのは許さねぇ」
「嫁? もう正式に結婚したのか? それに俺達はミルズちゃんを祝福しに行くだけだ。手を出すだなんて、お門違いもいいとこだ」
「……黙れよ! 人間の癖に生意気なんだよ! ぶっ殺すぞ!?」
「ガーロッド、彼はボクの大切な客人であり、友人でし。その彼を殺すなら、ボクは全力で止めるでし。邪神とはいえ神が正式に認めた友人に手を出すことが、どんなことか、君もわかってるはずでし。シャンくん、行くでし」
カラーテルが、怒ってる。普段とはまるで違う、はっきりとした態度、俺の為に怒ってくれた。そうだよな、ネガティブだとしても、こいつは神で、怒りもする。
「止まれつってんだろ!!」
ガーロッドが大声をあげながら、カラーテルに掴みかかろうとした、そんな時だった。
「なんだぁ? 騒がしいと思って来てみたら、カラーテルじゃないっすか。はは、遅刻っすよ?」
赤い髪の鳥人のような魔神族が、カラーテルに掴みかかろうとするガーロッドの腕を掴み、止めた。
「カラーテルも参加するっすよね? 決闘大会」
「は!? ふざけんなトリーデス!! 決闘大会は俺の優勝でもう終わってんだよ!! 終わったことだろうがぁ!!」
「ガーロッドは小さい男っすねぇ。そんなに決闘を嫌がるだなんて……お前、カラーテルに勝てないから拒否ってるだけっしょ? マジダセェ、ていうかさ、今回の決闘大会だって、ミルズちゃんの事が好きな男連中が勝手に盛り上がって始まったこと。明確なルールを決めたわけでもない、一番大事なのはミルズちゃんの意思っしょ? ミルズちゃんが認めたなら、お前はカラーテルと決闘するべきっしょ?」
「え? トリーデスくん、ボク……決闘大会に参加できるんでしか? でもボクは決闘大会の予選とかそういうのに参加してないでしけど」
「はははは、いーよ、いーよ外野のおいらが言うのもなんだけど、参加したヤツは全員ガーロッドに負けてるわけだし、そのガーロッドに勝ったら優勝でいいでしょ。それに……まぁこれはいいか、ほらさっさと行くっすよ? ミルズちゃんの所へ」
トリーデス、こいつ……絶対いい奴だ……カラーテルに対して優しい話しかけ方してるし、カラーテルもトリーデスの顔を見て安心した様子だった。つまりカラーテルからの好感度が高い=優しい人だ。今までカラーテルに優しく接してきたのだろうというのが分かる。積み重ねた信頼関係が二人の間にはあるように見えた。
「あ、ごめんごめん、そこの君、名前は? カラーテルの新しい友達? おいらはトリーデス、トリーデス=アールモンドっす。君が、カラーテルを連れてきてくれたんすよね? ありがとう、おいらの代わりにやってくれて」
「代わりに? じゃあまさか、トリーデスさんは、今からカラーテルに会って説得するつもりだったんですか? 決闘大会に参加しろって」
「察しがいいっすね! そりゃあね? 友達の一大事なら、動かないとっすよ」
「友達としてなら、トリーデスはボクをミルズちゃんに会わせてよかったんでしか? ボクなんかが、ミルズちゃんと結婚するなんて、ダメなんじゃないでしか?」
「っく、はははは! カラーテルは面白いこと言うっすねぇ。もしかして、ずっと勘違いしてたの? いやぁ、流石にとは思ってたけど、どうやらそうらしい。おいらにとってミルズちゃんは大事な友達だけど、それはカラーテルも同じっすよ? おいらはずっと、カラーテルのことを友達だと思って接してきたんすよ?」
「え? トリーデスくんは誰にでも優しいから、ボクにも仕方なくそう接してくれてるのかと思ってたでし……え? いつから友達だと思ってくれてたんでしか!?」
「そりゃあもう、おいら達が出会った500年前からっすよ!」
と、トリーデスくん!! 間違いない……こいつはいい奴で、きっとモテモテだ。この人、女子達から大人気のクラスのイケメン枠だこれ!!
まぁそれはそれとして、事態は終わりから復活した。希望の目が蘇生した。カラーテルがミルズちゃんと一緒になれる可能性が出てきた。
どうせ無理だからと、カラーテルが後ろ向きに走り出したその先に、希望があった。後ろを向いて、前進した結果だ。
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