接触、タブー
「今日は楽しかった~。ハルポンおにーちゃんも、ジャンのおにーちゃんとディアのおねーちゃんとすぐに仲良しになれるよ! いい人だもん!」
牢に帰るらしいミュシャの後を、俺とディアが続く。先頭はミュシャの看守だというハルポン。そこには緊張感などまるでない、ミュシャは家にでも帰るような雰囲気だ。
「ははは、ミュシャがそこまで言うんなら、間違いないんだろうね」
ハルポンのミュシャに向ける表情は穏やかだ。俺には、なんとなくだが、ハルポンがミュシャを守るべき存在として見ているように感じた。
「ここが牢か、なんていうか、かなり簡素な牢だな。殆ど小屋だ」
しばらく歩き、たどり着いたミュシャの牢は簡素な石レンガで出来た牢だった。簡素ではあるものの、清潔で、寒さ対策もしっかりしてある。清潔な毛布や、保温石──魔力を流すことで熱を発する魔導器の一種がある。
「子供用の牢はないので、仮設詰め所を改造して牢にしたんです。じゃ、ミュシャ、何かあったらすぐに言うんだよ」
「わかったー!」
ミュシャは小走りで牢に入っていき、ハルポンは牢に鍵をかける。ハルポンは一瞬、悲しい顔をして、そのまま外にいる俺達のところまでやってきた。
「えっと、ジャンさん? とディアさん。今日はありがとうございました。ミュシャはずっと寂しい思いをしていて……それで、その」
「ハルポンさん。きっとミュシャちゃんは寂しくなんかないですよ」
「え?」
ディアの言葉にハルポンは狼狽える。そんなに動揺することだろうか?
「ハルポンさんはミュシャちゃんがわたし達のおかげで久しぶりに明るい表情をしたって言ったけど、ミュシャちゃんの今日一番の笑顔は。ハルポンさんがミュシャちゃんのところへやってきた時ですよ」
「そ、そうなん……ですか? け、けど、ミュシャは、会いに来る身内もいなくて、今のミュシャに会いに来るのは僕の妹ぐらいで……そ、それに……ならなんで、ミュシャは毎日のように脱走を」
「ハルポンくん、ミュシャは巫女である可能性が高い。彼女が牢の外に出ようと脱走するのは目的があるからだと思う。寂しさや不安、不満から、牢を抜け出したいわけじゃないはず。それにさ、あの牢を見た感じ、簡素な作りとはいえ、そう簡単に抜け出せる構造じゃない。もしもミュシャが牢を抜け出すとすれば、それは君が意図的に見逃しているんじゃないのか?」
「……っ、はぁ。なんだか、変な感じだ……そうです。僕は、ミュシャの脱走を意図的に見逃しています。けれどそれは上も黙認していることです。僕が看守となる前は、本当に脱走していた。捕まえなければ牢に戻ることもない。どうやったのか分かりませんが、ミュシャは看守が目を離した一瞬の隙を突いて脱走していた。それは不思議としか言いようのない感じで、だから……彼女には特別な力があるとは思っていました。けど、それが巫女の力だと?」
「まぁそうだろうね。こう言ってはなんだけど、ミュシャはそう賢くない。看守を出し抜いて脱獄するだけの能力は本来ないはずだ。けれどそれができている。人ではない何者か、彼女が巫女であるのなら、神の力を借りて、それを実現しているのかも。ハルポンくん、ミュシャは直感が鋭かったり、予知めいた言動をすることがあるんじゃないか?」
「直感……あ! え? でも……まさか本当にそうなのか? その、ミュシャには両親がいません。昔、ミュシャの両親は砂船による運送業を営んでいて、ミュシャは基本的に祖母に育てられていたんですが、ある時……ミュシャは両親に、今日は危ないから仕事に行かないでと懇願したそうです。けどミュシャの両親は子供の言う事だと、気にせず仕事に行った結果、砂嵐に巻き込まれ、命を落としました。予知めいた出来事ですが、嫌な予感が当たるというのは、別に珍しいことじゃないと、僕は思っていましたから……」
「両親が……そうか、そんなことが。じゃあミュシャのお祖母さんは?」
「二年前に、老衰で……ミュシャの祖母が亡くなられてからは、ミュシャは僕の家で一緒に暮らしていたんです。元々近所で、仲が良かったので」
「じゃあ本当にもう血縁者はいないんだな。けれど不思議だな、エドナイルで絶対的な権力と力を持つはずの王家が、子供とはいえ、王家に対する不敬を許すなんてな。他国じゃ、王どころか大貴族の機嫌を損ねただけで死罪になることも珍しくない。だからミュシャは牢に入れられているとしても、これでは実質的に許された状態だ」
「……それはその……元々、今の王家にはよくない噂がありまして。王家を偽物扱いするミュシャを殺せば、噂を事実と認めるようなことになってしまうんです。だから王家としては、ミュシャには静かに、大人しくしてもらって、事を荒立てないようにと……でもそうか……ちょっと不味いかもしれませんね」
ハルポンが俺の顔を見る。え? 何?
「ミュシャの命は微妙なバランスの上で保たれている。ミュシャは表向き、両親と祖母を失ったショックで心神喪失し、頭がおかしくなった。そんな風に扱われています。頭のおかしな者の言うことだと、ミュシャの言葉の正当性を失わせた。でも……そこにあなたが、ジャンさんがやってきた。あなたは旅人で、外の人間。それも外の文化にも詳しい冒険者、あれ? 考古学者でしたっけ? どちらでもいいですが……ジャンさん、あなたがミュシャの言葉を信じ、ミュシャが正しいと喧伝すれば……王家も動かざるを得なくなる」
「あ!! そういうこと!? えぇ……? やばいぞ、ど、どうしよう。でぃ、ディア……!!」
そんな、俺のせいでミュシャの命が本格的に王家に狙われるかもしれないなんて……
「お兄ちゃんのしたいようにしよ? お兄ちゃんはミュシャちゃんが正しいと思ってるんじゃないの? しかも、きっとそれはエドナイルの神話、歴史と繋がってる。お得じゃない? なーんて、損得なんて関係ないよね、お兄ちゃんには。わたしはお兄ちゃんの願いを叶えるよ。わたし、凄いから! お兄ちゃんが望むなら、なんだってできるよ」
ディアの目は真っ直ぐ俺を捉えている。そんな風に見られると、俺も目を逸らしちゃいけない気がしてくる。そうだな、俺の中の答えは最初から決まってる。ビビっただけで、自分がどうしたいかは、分かってた。
「ハルポンくん、いざとなったら俺とディアがミュシャを助ける。俺はミュシャの正しさを証明し、ミュシャの名誉回復の為に動いてみる」
「なっ、そんなジャンさん!? ジャンさんがどうしてそこまで……だって、ミュシャはあなたと会ったばかりで、あなたとは関係がない。ミュシャの言う事が正しい保証だってな──」
「──保証なんていらない。調べればいいだけだ。ちゃんと調べていけば、ミュシャが正しいか正しくないかなんて自ずと分かる。ハルポン、一般人はエドナの図書館に入れないんだぜ? 上級冒険者でも許可が降りないんだってさ。隠し事があるんだ。つまりさ、どのみちエドナイルのことをちゃんと調べようと思ったら、王家を敵に回すことになる。隠したいことを暴く人間なんて、王家からすれば厄介者だ」
「……いやその、僕が言いたいのはそういうことじゃなくて、わからないんです。なんで、なんでエドナイルのことを調べたいんですか? 何の意味が……」
「好きなんだ。その場所、その時代で、人々が何を思い、何を成したのか、未来に何を願い、託したのかを知ることが、俺は好きなんだ。歴史は切り取られた過去じゃない、今へと繋がる、思いの糸で編まれた、大きな大きな絨毯だ。切れ目なんてない、忘れているだけで、俺達もそんな絨毯の中にいる。関係ないなんてありえない。関係しかないね。だっていつかは、俺達も歴史の一部だ」
「……か、変わった人だ……ジャンさんは……でも、本気なんですね。分かりました。だったら僕も覚悟を決めます。ミュシャを助けたい気持ちは、僕だって同じだから」
ハルポンの顔つきが変わった。迷いの表情は消え、強い意思が見える。ミュシャを守るという覚悟だろう。ハルポンにとってミュシャは、妹のような存在なのかもしれないな。
よく考えずに行動したら地雷踏んじゃった……よし! 覚悟決めてこのまま踏み抜いて行こう! どうせ手遅れなんだイクゾイクゾイクゾ。リアルではやめようね。
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