生きる覚悟と旅立ち
「頑張ったなシャン。魅了耐性を完全にものにしたな!」
「ありがとうネルタタ! ほんと、ありがとう……! う、うぅ……半年で帰る予定だったのに、二年も俺の為に、残ってくれた……ありがとう、ありがとう! この恩は一生忘れない。ネルタタ達に何かあれば、必ず助けに行くよ」
俺は12歳になって季節は夏の雨季、雨が降り止まぬ中、俺はついに魅了への完全耐性を獲得した。ネルタタの魅了の魔眼を受けても、平常心を完璧に保つことができた。
「シャン、魅了耐性を得ても、魔族領は人間にとっては過酷だ。恩返しはお前が無事に旅を終えてからだよ。だからお前は、私達に恩返しするために、絶対に生き残るんだよ」
「はい……!」
ネルタタとそのガーディアンのナーガ達は二年の滞在の間に俺や他のアルピネス達とすっかり仲良くなっていた。特にモルゲンはネルタタから魔族や人間社会の事を教えてもらっていたようで、俺が修行している時以外は殆どネルタタと一緒に行動していた。
「──ピィヨロロロロロォーーーィ!」
雨季の森に、よく響く鳥の声が聞こえた。
「アルパス鳥があの鳴き方をしたってことは……明日からは乾季か」
俺が日課の薬の調合をしている時に聞こえたアルパス鳥の鳴き声は、季節の移り変わりを知らせるものだ。それは季節の切り替わりだけでなく、俺に旅立ちの日を教えた。
「明日になったら、川の氾濫も終わって、魔球境の警備も増える。今、行くしかない。魅了耐性は得た、魔力の払い方と魔族語も覚えた、準備は出来てる」
俺は予め用意していた旅の荷物を取りに移動する。荷物は村の外れにある大木の樹洞の中に隠してあって、俺が二年を掛けて非常食から旅道具、薬を溜め込んだ全てが入っている。
「──これを取りに来たんだろ? シャン」
「け、ケルン……!?」
大木の前で、俺に立ち塞がる者がいた。ケルンは俺が樹洞に隠しておいたはずのリュックやポーチを手に持ち、俺の方へ向けていた。
「村を出ていくつもりなんだろ? お前の考えなんてお見通しなんだよ! 男は外に出ちゃいけないんだ! 行くなシャン!」
「頼む、行かせてくれケルン! 俺は、俺はこの為に今まで、ずっと、ずっと頑張ってきたんだ! 俺の、生きる意味を奪わないでくれ!」
「……っ、お前がそんなズルい言い方をするなら、あたしだって言ってやるよッ! シャンカール! お前が居なくなったら、みんな悲しむ、寂しい思いをするんだぞ! ライバルのお前がいなくなったら、あたしだって、生きる張り合いがなくなる! お前は、みんなから想われているのに、裏切るのか!!」
ケルンの言葉が突き刺さる、胸が痛い。俺の掟破りは、俺の我が儘だ。その為に、皆が悲しむことになるのは、きっと本当だろう。
みんなに育てて貰っておいて、俺はその場所から逃げるのだから、裏切り者と言われても仕方がない。でも、だけど、俺は……俺はっ!
「……俺はっ! 俺はそれでも外へ行く! 命を懸けて、全力で生きるんだ! 俺の情熱が生きる場所は! ここにはない!」
「……っ、そうか命懸けか、だったらここで殺してやるよ! お前が外に行くぐらいだったらここで殺してやる!」
「──っく、ケルン!」
ケルンは俺の荷物を捨てると剣を抜き、そのまま俺に斬り掛かってきた。その剣は今まで見たケルンのどの剣よりも鋭く、殺意が込められていた。
理解ができなかった。どうして、どうして殺すまでいくんだよ! どうしてそんな殺意を込めて剣を振れるんだ!
ケルンの剣は止まることはない、その切っ先は流れるように、連続して俺に殺意を向けてくる。
俺がこの人生で初めて感じた明確な殺意、魅了耐性獲得の修行で得た本能制御の力、それによって研ぎ澄まされた俺の警戒の目は、この殺意が本物であり、俺を本当に殺そうとしているのが分かってしまう。
このままでは、俺は、ケルンに殺されてしまう。ここで死ねば、俺は魔族領へ行くどころか村から出ることすらできない。
「いつまで逃げ回るつもりだ! お前が死ぬか、あたしが倒れるまで、この状況からは逃げられん! お前はいつも、あたしを馬鹿にしていた! あたしに勝てるのに、手を抜いていた! 人形相手なら出来る、人を殺せる剣を、あたしに使わなかった! お前は軟弱者だ! 人を傷つけるのが怖いヤツだ! そんなヤツが! 魔族領を生き抜けるわけがない!!」
「馬鹿にしてたんじゃない! できなかったんだ! 怖くて、できなかったんだ! 相手が傷つく未来を想像すると、力が抜けてしまうから……!」
「そんな弱虫だから! あたしは! 行くなっていってるんだよ!! 行くなら、せめて、証明して見せろよ!! 絶対に生きて、やり遂げられるって!! できないなら、ここで死ね! ここで死ぬか、魔族領で死ぬか、どのみち同じだ!!」
「……っ!」
ケルンは強くなっていた。俺も二年の間に強くなっていたが、それはケルンも同じ、むしろケルンの方が俺よりも、より強くなっていた。
俺が魅了耐性の修行や薬学を学んでいる間の時間の全てを、ケルンは戦士の修行に費やしていた。
そんなケルンに俺は戦士として劣っている。このままではケルンに殺される。本当にそうなってしまうことが、俺には分かった。現にケルンの剣は、徐々に俺の肌の薄皮を撫でる回数が増えていっている。
俺の弱虫な心の逃げ場はどこにもなかった。俺は、ケルンを傷つけなければ、前に進むことができない。
「ケルン、お前は正しいよ。今の今まで、俺は分かっちゃいなかった。俺の弱い心が、きっと、いつか俺を殺すだろうってこと、やっと分かったよ。ケルンのおかげで」
「だったら! だったらもう! やめろ! 外に行くな! ずっと、ずっとここにいろ!」
「ありがとうケルン。俺を想い、教えてくれて。俺は絶対に、生き残るよ! いつかきっと、また会う為に! 最期の覚悟を、生き抜く覚悟をお前がくれた!」
俺は感覚を研ぎ澄まし、ケルンの動きの全てを見る。ケルンの剣に隙はない、俺が安全な場所にいる限り、俺の攻撃が有効となることはない。
危険の中にしか、俺の生きる未来は見いだせない。
俺はケルンの振るう剣の中に飛び込んでいく、危険の中へと。
ケルンの剣を握る手を掴み、上へと押し上げ、俺はそのままの勢いで肘打ちをする。ケルンの鳩尾に全力で叩き込んだ。
「──っぐ、はっ……! は、はは……やれば、できんじゃん……」
ケルンが地に倒れ、雨季の泥水のまみれて、大の字になる。剣を手放して、空に向かって笑っていた。
「ごめん、手加減したらケルンは倒れてくれそうになかったから」
「初めて負けた、お前に……でも、悪くない気分だよ。お前が初めて、本気で、あたしと向き合ってくれたから。頑張れよシャン、行って来い」
「うん、俺行くよ! ケルンがみんなに俺が旅立ったことを伝えてくれ」
俺は倒れたケルンを雨に濡れないよう大木の影へ移動させ、旅の荷物を回収すると、魔族領へと続く球境──魔球境へと歩みを進める。
俺が魔球境に辿り着くその頃に、雨は丁度降り止んで、乾季の朝日がやってきた。
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