アルピネスの起源
「シャン、アルピウス村がこのオトマキアでどんな役割を持っているのか、お前は知っているかい?」
「え? 役割……確か、アルピウス村というか、アルピネスの住む小世界の球境の一部が魔族領と繋がってて、人と魔族の衝突が起こりやすい場所だったって聞いた。それで人と魔族が無駄に争わない為に、球境の門番、守護者になったのがアルピネスで、人と魔族の平和を守るのがアルピウス村の役割、かな」
俺が人間にとって過酷な魔族領で生きられるようにと、ネルタタが俺を鍛えてくれることになって、早速ネルタタ先生による座学の時間が始まった。
「正解だ。そして、アルピネスが人魔の平和の守護者となることを決めたから、アルピネスは女性だけの民族になったんだよ」
「え? な、なんで?」
「魔族には淫魔、サキュバスと呼ばれる種族がいることは知っているな? あれは魔族の中でも強い力と勢力を持っていて、魔族領の有力者である七大魔王のうち3人はサキュバスなんだよ。そして彼女達サキュバスのエサは人間や亜人種の男の精力、つまり生命の力で、魔族の中で最も人間を害しているのがサキュバスという存在なんだ」
「あ、読めたぞ。そうかサキュバスはエサである人間の男を求めて魔族領から出る時、アルピネスの守護する小世界を通るから、そのサキュバス達によってアルピネスの男達は全滅したんだな? だからアルピネスは女だけで戦士として、守護者として生きなければいけなかった。そういう歴史の中で、アルピネスは強い女だけが生き残って、男が生まれないようになっていったんだ。男が生まれてもサキュバスによって死んでいくから、自然と女が増える方になっていく、その方が生存戦略的に有利だから」
「その通りだ。まぁサキュバスに対抗する為に女だけとなったアルピネスだけれど、皮肉なことにアルピネスは人間の男を攫わなければ命を繋ぐことが難しくなってしまった。殺すか殺さないかの違いはあるけど、他の人間から見ればどちらも脅威だろうね。人を守るために、人を傷つける、アルピネスのその矛盾のおかげで、ここ三万年程は人魔による戦争は起こっていない。アルピネスが居なければ、今頃地上世界はサキュバスによって支配されていただろうね」
アルピネスはサキュバスがいるからこそ生まれた存在。相手に対抗する為に似た存在となった。これはかなり興味深い、ネルタタの言葉が事実なら、アルピネスとは人魔の平和の為の犠牲、その現れだ。
「でも待って、アルピネスは強い戦士だけど勢力規模は大した事ない。魔族領で強大な力を持つサキュバスに対抗できるとは思えないんだけど?」
「ふふ、いいかい一口に魔族と言っても、実際には様々な種族がいるんだ。人間が人と見た目が大きく異なる、魔法を使える存在を一括りに魔族と呼んでいるだけのこと。魔族も一枚岩ではないし、サキュバスの存在を快く思っていない魔種族もいる。そういったサキュバスへの対抗意識を持った種族は、アルピネスと手を組み、家族になったんだ」
「あっ! そうか! ネルタタ達、ラミアとナーガの部族はアルピネスと交わって来た。血の繋がりができて、身内になってるんだ! アルピネスが血を受け入れた魔族はナーガだけじゃない、オークやオーガ、鳥人、リザードマン……色んな魔の種族にとって、アルピネスは最早家族、身内だったんだ! 人と魔の血を持つアルピネスは人間とも、魔族とも家族なんだ」
「その通り、しかしそんなアルピネスでも家族になれないのが女しかいない種族。その筆頭がサキュバスなんだよ。血を分けることができないから、同族意識が芽生えることはない……まぁ、半淫魔、サキュバスハーフの魔族を介して一部のアルピネスと繋がったモノもいるけれど、あいつらは……」
サキュバスハーフとアルピネスの混血、そのとある部族の事を語ろうとするネルタタの表情には侮蔑の意思が見えた。
「もしかして、ソルファタルのこと? ソルファタルって半淫魔とアルピネスの混血なの……? アルピネスから分かれた部族だろうっていうのはなんとなく分かってたけど」
ネルタタが頷いた。ソルファタル、彼女達の部族もまたアルピネスと同じく女性しかいない者達だ。男を攫って増えるというのはアルピネスと同じだが、ソルファタルはそれをもっと過激に行っているらしい。
ソルファタルは一度攫った男を解放することはない。彼女達は捕まえた男の手足の腱を切断し、その傷口を呪いの炎で焼く。呪いの炎に焼かれた傷は癒えることがなく、男が逃げることを許さない。
ソルファタルの繁殖行為は男が体力の限界を迎えても、終わることがなく、男が気絶するまで続くと言う。その為、ソルファタルに攫われた男は大抵、捕まってから数年で死ぬ。
アルピネスはこうしたソルファタルの行いを認めておらず、ソルファタルとは仲が悪い。しかし、ソルファタルがサキュバスの血を引いているとすれば、納得がいく。
ソルファタルの中にあるサキュバスの本能が、男をエサとして認識してしまう為に、男をモノ扱いしてしまうのだろう。
「奴らの事はいい、とにかく魔族領を生きるならサキュバスへの対策が必須というのが分かったね? だからシャン、お前は魅了への耐性を得なければいけない。その修行をこれから行っていく。幸い、ラミアやナーガにも魅了の魔法は使えるから、それを使って修行ができる」
「え? でも魅了への耐性を得る修行って、どうやって──」
──ガシィ、ネルタタのガーディアンのナーガの二人に肩を掴まれ、そのまま持ち上げられると、俺は村の外れの所まで運ばれた。
「ちょ、ちょっと!? え!? なになになに!?」
「お前は命を懸ける覚悟があると言った。辛い修行になるだろうが、耐えてもらうよ」
俺は二人のナーガによって大木に縛り付けられた。グルグル巻きで、身動き一つ取れない。そして──
「──魅了の魔眼」
──ネルタタの目が一瞬、ピンク色に光った。それを見た瞬間、俺の理性は失われた。その後のことを俺は殆ど覚えていない。
なんとなく、物凄く暴れて、体が痛かったことだけを記憶している。
俺がネルタタの魅了の魔眼を受けて、どれだけの時間が経ったのかは分からない、しかし俺が意識を取り戻す頃には昼から夜になっていた。
昼間は瞳孔が縦に長かったネルタタ達の目は、夜に合わせて、まん丸な瞳孔に変わっていた。
「思ったよりも意識を戻すのが早かったね。やっぱりシャンは強い子だね。お前が魅了の耐性を得るまで、毎日だ。毎日ここに来るんだよ」
「うん……ありがとう。これからも、よろしく……っ、お願いします……!」
俺は全身汗でびちょ濡れで、息も絶え絶えだったが、力を振り絞って口を動かす。言葉を口から出すのが、ここまで難しいと思ったことはない。
声を出そうとすると、息が抜けていく感じで、言葉になってくれない。気合を入れて、強引に言葉にするしかないのだが、その気力も落ち込んでいる。だがそれでも、俺は覚悟を口にした身、俺の我が儘の為に手助けしてくれるネルタタ達に、応えたい。ありがとうと言いたい。
俺の魅了耐性獲得の修行はそれから毎日、ずっと続いた。縛られた状態でも、俺は相当暴れているらしく、傷が絶えず、俺は村に伝わる薬草の塗り薬を作っては塗っていた。そうすると薬への興味を持たざるを得ず、俺は薬草についてもどんどん詳しくなっていった。
朝は皆と戦士の修行をして、昼はアルピネスの薬について学び、昼過ぎにはネルタタ達の魅了耐性の修行、そんな日々を過ごした。
最初は過酷な毎日に、ボロボロだった俺だが、次第に体力を残せる余裕が生まれてきた。しかも、魅了耐性を得る修行は、戦士修行の方にも副産物的な恩恵をもたらし始めた。
「しゃ、シャンの兄貴すご!? その動きなに!? 滅茶苦茶ヌルヌル動いてる。キモハヤだよ!!」
ルンゼが副産物によって強化された俺の動きを見て、歓声を上げる。
魅了耐性修行の副産物とは、本能の制御だ。肉体的無意識の制御、と言ってもいいかもしれない。
魅了の力に本能が抗うには、強靭な精神力と、魅了に従おうとするのとは別の本能の力を使う必要がある。それは生存本能、恐怖と言ってもいいかもしれない。
生きる為には魅了に抗う必要がある。そう自分に言い聞かせて、魅了に反発する本能を、自分の意思で選ぶのだ。
自分の中に眠る様々な本能、無意識が存在することを認識した俺は、やがてどの本能を使うのか、選ぶことができるようになっていた。
だから警戒を望む本能を選択し、集中すれば、戦士の修行中、相手の攻撃がどこに来るかが面白いほどに理解できた。感覚を研ぎ澄ませば危険な場所が分かるようになって、同時に安全な場所が分かるようになった。
それは恐怖や危険が可視化されているような感じで、見えてしまえば戦いの恐怖というのが曖昧でぼやけたものでなくなった。
俺は本能が告げる安全な場所から場所へと体を動かすだけで、相手の攻撃のすべてを避けることができるようになった。そこに思考はなく、常識もない。感じるままに自由に動かす俺の体は、他人から見ると異常に映るらしかった。
「……はぁ……はぁ、チッ……シャン、お前、逃げるだけじゃ戦いには勝てないんだぞ!」
「ケルン、俺は元から勝つつもりもないよ。逃げて生き延びられるならそれで」
避けて逃げるのが上手くなった俺にケルンはよく苦言を呈した。戦って倒してこその戦士だと。
「逃げるだけじゃ、できないこともある! そんなんじゃお前、いつか後悔するぞ! 外は……危ないんだからな!」
「そ、外……? ケルンはなんのこと言ってるんだ? お、男の俺が外に行くわけないだろ……ははは」
ケルンにはバレているようだった。俺がいつか、外の世界に行こうとしていることが。きっとケルンだけじゃない、アルピウス村の全員が本当は気づいていた。だけど、ケルン以外は、誰も俺を止めようとはしなかった。当時はそれを不思議に思っていたが、今ならばわかる。
みんな、必死過ぎる俺の姿を見て、仕方がないヤツだなと、許してくれていたんだ。やるだけやってみろ、ダメならダメで、やれる所までと。みんな、優しかったんだ。
そうして日々は過ぎ去り、俺は、12歳になった。
少しでも「良かった!」「続きが気になる!」という所があれば
↓↓↓の方から評価、ブクマお願いします! 連載の励みになります!
感想などもあれば気軽にお願いします! 滅茶苦茶喜びます!




