無名の男
ロンド、そしてチャウスと合流した俺達は、ロンドの誘導でナスラム帝国へと移動を始めた。崖を登った台地をしばらく進むと、辛うじて歩けるぐらいの斜面が目の前に広がった。
「斜面の先に球境の空間の歪が見えるな。これがコランデル遠球境……普通の球境と比べると大気と魔力の吸い込みが強いな……こんな風を肌で感じられるレベルなのか……」
「ま、コランデル遠球境は遥か北のナスラムに続いてるからなァ。球境に乗ったらしばらく長いぜ。よっと、お前らにこいつを貸してやる」
ロンドはそう言って自身の空間拡張ポーチから大きな布を取り出し、俺達に手渡した。ロンドの方も自分のであろう大きな布を地面に広げると、布はソリのような形に変形し、硬化した。
「これって……オーランのソリじゃないか……確かめっちゃ高級な魔導器だったはず……ありがとうございます。ありがたく使わせてもらうか」
ソリは二人乗りらしく、俺とエル、ディアとエローラ、ロンドとチャウスがそれぞれペアとなって、ソリに乗ることになった。ディアが俺と一緒のソリに乗ろうとしないなんて、どうしたんだろう。いつもだったら真っ先に乗ろうとしたと思うんだが……自分から積極的にエローラをペアに誘っていた。
あー、もしかしてあれか? エローラはエルと過去にアレコレがあったからなぁ、一緒にソリに乗らせないように気遣ったとか?
それにしても……ロンドはこんな高級なモノを複数も持ち歩いているなんてな……オーランのソリはナスラム帝国で生まれた魔道具で、そのルーツはナスラム最北端にある雪山、オーラン山脈を快適に移動する為に生み出されたという。
このオーラン山脈にはデストロイボアという物騒な名前のめっちゃ強い動物が生息しており、オーランのソリはこのデストロイボアの毛、そしてカーバンクルの毛を編んで作られている。
デストロイボアは風を受けるとそれを自身の力に変換する、反逆の特性を持っており、この特殊な魔力をカーバンクルの毛が溜め込む仕組みとなっている。
この溜め込んだ反逆の力を解放すると、なんと登り坂を猛スピードで登ることが可能であり、さらには障害物を弾く安全機能までついている。これは最早、高級馬レベルの性能であり、伝説のアーティファクト一歩手前レベルのものだ。
しかし、このソリの特性は元となるデストロイボアも有している。カーバンクル由来の魔力チャージの特性は有していないが、デストロイボア自身が圧倒的な加速によって自分で風を受けるので、デストロイボアが一度走れば、それは無限のスタミナを得るのと同義なのだ。
デストロイボアに目をつけられたら最期、どちらかが死ぬまで一生追われる。終わりのない、圧倒的破壊力を持った無限誘導ミサイルのようなものだ。こんな厄介な存在の素材が必要となれば、ソリが高価となるのは当然だ。
ちなみにカーバンクルの方は今は高価なものではない。ナスラムが200年前にカーバンクルの家畜化に成功した為、カーバンクルの素材はかなり安くなったからだ。昔は滅茶苦茶な高級素材だったらしいが。
「……偉大なる無名の方へ、感謝を込めて……偉大なる方への返礼品ってことか、このオーランのソリは」
オーランのソリには文字が共通語で刺繍されていた。見た感じ、ディアとエローラが乗るソリにも同じ刺繍がある。
偉大なる無名の方……偉大なる……ナスラム帝国でその呼び方が許される者は限られる。つまり、返礼を行った者はこの無名の方が誰かを分かっていて、無名の方ということにしているだけなのだ。偉大なる者の意思を尊重して……
「こんな呼び方されたら、無名と記しても誰だか分かって意味がないな。ははは、隠そうとしても隠せない、偉大と言わざるを得ない程に、ロンドさんはナスラムの民に愛されているようですね」
「は、はははは! なんのことやらだなァ! ほら、さっさと行くぞ、遠球境に入ったら長い、話すならその間でいいだろ」
ロンドの言葉に従い、俺達は急な斜面をオーランのソリに乗って下っていった。まるで滑り台、ウォータースライダーを滑ってるような感覚の後、俺達はコランデル遠球境の歪に落ちていった。
歪の中は真っ白と真っ黒の景色が交互に切り替わる空間で、例えるなら列車で複数のトンネルを入っては出てを繰り返すような感じで、どこかへと滑るような浮遊感だけがある。
「よしジャン! お前が話せ! お前の妹と弟、俺様もお前の過去に興味があるからな」
「ちょ、ロンドさん自分のことを聞かれたくないからって」
「え~! でもわたしもお兄ちゃんの昔の話聞きたいよ~!」
「そうだよジャンの兄貴! おいらも村を出てから何があったのか聞きたいよ!」
やれやれ、ディアとチャウスにこうもせがまれたら、ロンドさんへの追及は後回しにせざるを得ないな……
「分かったよ。まぁざっくりとだが、俺の生まれから今までの事を話すよ」
ということで、俺は自身の過去を皆に話す事となった。
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