思わぬ出会い
「ちょっと!? なんでこんな危ない所通るのよ! エルの体は子供なのよ!?」
俺とディア、そしてエルはモイナガオンを旅立ち、今はコランデルという小世界を移動中だ。
このコランデルの球境は特殊な球境で、通常は隣り合う小世界と繋がっている球境が、遠く離れた小世界と繋がっている。
つまり小世界の移動をショートカットする長距離移動が可能なのだ。この特殊な球境を遠球境と言い、その多くは大国の軍や世界的豪商が管理している。
そしてそれはコランデル遠球境も例外ではなく、ナスラム帝国軍が管理している。その為、正規ルートでは一般人には遠球境が解放されていない。軍に許可を申請し、許諾を得なければ遠球境に続く経路を使えないのだ。
しかし、正規ルートがあれば非正規なルートもある。俺達は非正規ルートである危険な崖を抜けるルートを選択したわけだ。この非正規ルートならば、ナスラム帝国軍の管理外であり、遠球境を一般人でも使うことができる。
「エローラさん! エルなら大丈夫なのです! 実はエル、今でもカラスに変身できるのです! う~~! 変身!」
「え!? ちょ!!」
エルが水色のカラスに変身して飛び、崖を楽々と乗り越えていく。エルに梯子外しをされてしまったエローラは文句を言えなくなって落ち込んでいる。
そう、なぜかエローラが俺達の旅についてきている。モイナガオンを旅立つ時は、もう二度と会うことはないでしょうね。とか言ってたのに、ついてきている。
「ふっ、よっと! まぁこれぐらいなら、魔族領の道よりはマシだな」
危険な崖と言っても、一般人からすれば危険という程度で、俺とディアからすれば余裕な道だ。実際他にもこのルートを使う人達がいて、この先人達が通った痕跡が道しるべのようになっている。
岩を傷つけて文字や矢印を彫り込んだもの、通行の邪魔になっていた岩をどけた跡、危険とされる道も、人が使っていけば少しずつ安全なものになっていくものだ。
といっても、崖から落ちれば奈落の底で、落下に耐性のある種族でないと殆どの場合は死んでしまうだろう。時折、大きめの岩が転がって崖を落ちていくことがあるが、岩の落下した音が反響してくるのに結構な時間が掛かっている。まぁそもそも底が見えないからな……
「もう! こんな道通りたくないんだけど! 危なすぎるわよ!! どう見ても!」
「エローラは怪我しても一瞬で治るんだろ? 落ちても死なないからいいだろ。別に無理してついてくる必要もないしな」
「お兄ちゃん、そんなこと言ったらエローラが可哀想でしょ?」
そんなこと言われてもなぁ……勝手についてきて、文句ばかり言われればこっちも、面倒になる。
「全く、しょうがないな……ほらエローラ、ロープ上から垂らすから、それ体にくくって登ってこいよ」
「──あっ……! 中々気が利くわねジャンダルーム、褒めてあげるわ。命綱があればいくらか危険度が下がる。よいしょっ……っく、結構ハードね……」
エローラがロープを伝って崖を登ってくる。この登るスピードが結構早い、これはおそらくエローラが“疲労しない”からだろう。
エローラの種族である硝子のエルフは、魂が本体で、肉体は精神の投影だと言っていた。精神記憶の投影である万全な状態の自分を常に切り替えて生きているから、現実で肉体が受けた状態を引き継がない。一瞬一瞬で生と死を繰り返しているようなモノ。だから怪我も疲労もしない。
「あのねぇ! 確かにあたしはそうそう死なないけど、怖い思いをしたら心が弱るのよ? そうしたらそれが積み重なって、いつか死んでしまうかもしれないのよ!?」
硝子のエルフが唯一影響を受ける傷、それこそが心、魂の傷。エローラの言う懸念は、実際そうなのだろう。寿命が馬鹿みたいに長いエルフ達は、生き急ぐ必要がない。だから欠点や弱点はいつか克服すればいいと思っている。
だから大抵のエルフは得手不得手が極端だ。得意なことは自分からどんどんやっていって、それが長命種のスケール、時間で鍛えられていく。こうして鍛え上げられた得意なコトは、他の弱点、欠点を補うことができてしまう。皆がそうした欠点には目を瞑るぐらい優秀なモノになる。だから欠点はず~っと放置される傾向にあると聞く。
「あーそうか、お前高所恐怖症だったのか……じゃあナイモの霊塔の展望室で縛られてた時、怖かったんだな。悪かったよ」
「別にあんたが謝る必要はないでしょ? 確かに高い所は怖いけど、あれは自分への罰だと思えば納得できる事だったわ」
どうやらエローラは高所恐怖症だったらしい。ナイモの霊塔の展望室で縛られてる間、全然文句や弱音を言わなかったから、気がつかなかったが……エルを傷つけた罪悪感から頑張って耐えてただけだったんだな。
登りきった崖の上は真っ平らな台地で、沢山の光る精霊がふよふよと浮かんでいる。精霊がこんな大量発生してたのか……ヤバイな。
「精霊がこんなにいるんじゃ、魔術や魔法は使えないな。使うとこいつら反応して襲ってくるし」
「あら、知らないのジャンダルーム? 精霊魔術や精霊魔法なら使ってもいいのよ? それどころか、術者の手助けをしてくれるわ。ほら」
エローラが指で空に文字を刻むと、精霊達が俺達の所へ集まってきて、俺達を光で包んだ。なんだこれ、なんか温かい……?
「エレメントヒールよ。傷じゃなくて精神や疲労を癒やす回復魔術。精霊の余った気力を分けてもらうもので、こっちはお返しで精霊に記憶を見せてあげるの」
「精霊は人の記憶を見たがってるのか?」
「基本的に普通の精霊は自分の生まれた場所を離れられないから、遠い場所の記憶を欲しているのよ。興味があっても、自分は行くことができないから、遠い場所の記憶が面白く感じるみたい。ちなみに精霊が記憶を見て、気に入った場合はその人に付く場合もあるらしいわよ? 人に付くと精霊は移動できるようになるから、もしかしたら相性の良い人を探してるのかもね」
精霊がモノに宿った精霊武具だとかが存在してるのは知ってたが、人に付くこともあるんだな。精霊使いを旅する中で何回か見かけたが、彼らの操る精霊達はてっきり彼らの所有する武具に宿るものだと思っていたが、人に付いてたパターンもあったのかもな。
「──ねぇお兄ちゃん! あそこ! なんか戦ってない!?」
「え? 戦ってる? こんな精霊がいるところで? 危険過ぎるだろ」
ディアが指差す方を見ると確かに誰かが剣で戦ってるのが見える。中年のおっさんが黒いスライムのような、粘性の何かと戦っている。
おっさんは剣で黒スライムに斬り掛かっているが、驚くべきことに黒スライムも体の一部を剣に変形させて、おっさんと切り結び合っている。
おっさんの剣技は凄まじい鋭さで、俺が今までに見たどの剣よりも強く見えた。だが、そのおっさんの剣技と全くの互角の勝負を、黒スライムができてしまっている。
「おいおい、どういうことだ? あのおっさん何者だよ。俺は剣聖と呼ばれるような人の剣を見たことがあるけど、それ以上の剣技だぞ……なのに、あの黒いスライム……」
「お兄ちゃん……あれって、エドナイルで見たものだよ。ジーネドレの魔法使いが、わたしの力を模範したのと同じ力じゃないの?」
「あ! そういうこと!? じゃあ、あの黒いスライムはもしかして、あの魔法使いが言ってた魔神王と関わりがあるのか? なら助けに行こう! 放っておいたら、あのおっさんヤバイぜ」
「じゃあわたしとエローラは離れた場所で待機した方がいいね。わたし達の能力がコピーされたらもっと不味い状況になるかもだし」
「ああ、じゃあ危なくなったら介入してくれ。とりあえず俺だけで助太刀してくる」
俺はおっさんの元へ走る。遠くからでははっきり見えなかったおっさんの顔がよく見えるようになってきた。
なんだ……? このおっさん……なんだか違和感がある。会ったことはないはずなんだが、なぜだか懐かしい感じがする。
黒スライムとおっさんの剣がぶつかり、反動で互いが仰け反るタイミングで、俺は差し込むように氷の魔神の短刀で黒スライムを切る。
黒スライムの体内に、短刀の弾く力の魔力が流し込まれ、スライムが内側から弾かれ、ボコボコと爆発する。
「おっさん、加勢するぞ! ダメージはあったけど、倒すまではいかなかったか」
「──んおっ!? やるなぁ若いの! 俺様の戦いに刃を差し込めるのは、センスありだぜお前ぇ! よっしゃ、じゃあ頼むぜ若いの、お前がこいつの相手をメインでやれ。そうすりゃこいつは弱体化する」
「わかった! じゃあ俺がこいつの注意を引く、攻撃は頼んだ!」
おっさんが黒いスライムから距離を取り、代わりに俺が黒スライムとの距離を詰める。黒スライムは元の知能が低いらしく、距離が近いというだけで、俺の方を意識して、俺を見ているのが分かる。
スライムが体を変化させ、俺の短刀を持つ腕を再現し、俺に突撃してくる。ちょ、早いなっ!? 俺って人から見たらこんなキモイ動きしてたのか? 地面を滑るように、ぬるっと動いてくる。俺が黒スライムの隙に攻撃を差し込もうとしたが、黒スライムはそれを避ける避ける。俺も黒スライムの攻撃を避ける。壮絶な攻撃の避け合いによる衝撃で、ちょっとした砂嵐が巻き起こる。
クソ、こいつが俺のコピー……まるで隙がない……相手に合わせて動きながら、常にフェイントを混ぜ込んで、俺を騙し、誘導しようとしてくる。一見すると隙だと感じる動きも全てブラフだ。攻撃、当たんのか──
「ぜりゃああああああああああ!!」
──キィイイイイイイイイイイン!
おっさんの叫びと共に、鈴のような高い音が響いたと思うと、次の瞬間には黒スライムが真っ二つとなり、少しの時間差の後、黒スライムはバラバラの粉々となって消滅した。
「はぁ……はぁ……ったく、馬鹿やろう! お前……流石に俺様よりは弱いだろうと思って前衛任せてみたら、面倒くさい動きをパクられやがって! お前面倒くさいんだよ! 合わせるこっちのことも考えろってんだ!」
「ご、ごめんおっさん……俺も知らなかったんだ。俺があんなキモイ戦い方だったなんて……」
おっさんの怒りは理不尽なもののはずだが、俺の模範と戦った今となっては、妙に納得してしまっている。
「いや助かったぜ……あのまま一人で戦ってたらいつか体力切れで死んでただろうしな。それにしても、中々見どころのあるヤツじゃねぇかおい。お前名前は? 俺様はロンドだ」
「え? ああ、俺はジャンダルーム、ジャンダルーム・アルピウスだ」
「は……? アルピウス? お前が? アルピウスだと……?」
おっさんが俺の姓を聞いて何故か驚いている。まぁ確かに俺の出身地は特殊ではあるが……おっさんの反応は異常だ。驚きというか動揺だ、最早。
「お兄ちゃん、お見事! お疲れ様だね!」
「うへぇ……なんて動きしてんのよジャンダルーム……あんたとは戦いたくないわね」
「ジャンさんはまるでヒト型スライムなのです!」
ディア達が俺とおっさんの元へ小走りで駆けつけてくる。おっさんは依然として動揺したままだ。
「おいジャンダルームとか言ったな? お前! 服を脱げ! 俺様も脱ぐから!!」
「いやなんでだよ!!」
突然俺の裸を要求するおっさん。しかし、俺は何故かおっさんの言うままに服を脱ぎだすのだった。
「おい、下は脱がんでいい。後ろの女どもは興味があるみたいだが、必要なのは上半身だけだ」
おっさんが俺の体を観察するように、ぐるりと俺の周囲を回る。そして、俺の背面で足をピタリと止めた。
「あちゃ~~やっぱり、そうなのか。ジャンダルーム、お前、ナスラム帝国に来てもらうぞ」
「え? ナスラムに行くのは元からそのつもりだったし良いけど、おっさんはなんで脱いだんだ?」
「ほら、こいつを見な」
おっさんはそう言って傷だらけの背中を俺に見せた。おっさんは自身の背中を指さしており、その先には雷のような、火傷の跡のような痣があった。
「あー! お兄ちゃんにも同じ痣があるよ!」
ディアが口元を抑えて驚いている。
「俺と同じ痣……? まさか……あんた、俺のパパなのか?」
「多分な。けどこれなら納得だぜ……俺様とアルピウスの血族の者なら、戦いに不向きなヤツでも、あれぐらいの動きはやってみせるか」
同じ痣があったからと言って血族である保証なんてないはずだが、なぜだか俺は、このおっさんが自分の父親であるということに納得してしまった。
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