知らない貢献
「さっきも言ったがエルが俺達に同行するのは構わない。それでエルの使命っていうのはなんなんだ?」
エルとナイナが復活したのは、ホント、よかったぁ~って感じだが、状況的にはカオスだ。女二人が泣きながら幼女に抱きついているわけで、人々の目線は困惑のそれだ。まさかエローラを追いかけてる時にエルとナイナに出くわすとは思わなかった。こんな事があるなんて覚悟が出来てなかったからなぁ~……こうなるのも仕方ないか。
「モイナガオンの集合意識はイモート全体を敵だとは思わなくなった。ディアの優しさに触れることで、対話が可能な、共存できる存在だと認識するようになった。だが、恐怖心はまだ残っている。積極的に敵対することはないが、イモートの存在を不安に思っている。敵対から中立の立場になったと思ってくれればいい。だから、民達は願ったのだ。イモートを監視し、イモートを見極める存在を」
なるほど、ナイナをイモートと敵対させていた意思は消えて、エルがナイナの妨害をする必要がなくなったから。その分のリソースが自由になった。
今まではエルとナイナの意思のミスマッチで、喧嘩をしているような状態だったから無駄な力を消費してたけど……
「そうか、そのイモートを監視する使命を持ったのがエルなんだな? ナイモの聖霊……じゃなくてナイナはモイナガオンを運営して、エルはイモートの監視、そういう役割分担になったんだ」
「今は民達の力だけでも、このモイナガオンを問題なく運営できるからな。街の運営だけなら、我の補助もそれほど必要ない。エルシエラが担当していた霊塔のメンテナンスや改造も、我が民達を導いて行えばよくなった。だから、エルシエラは自由に動くことが可能となったわけだ。ここではなんだし、場所を移そうか」
俺達はナイナの後に続き、ナイモの霊塔に移動した。エルはコーヒーを淹れて、俺達の所へ持ってきてくれる。
「エル、コーヒーありがとう。それでナイナ、お前が一人でモイナガオンの補助をするのは分かったけど、これからモイナガオンはどうなってくんだ?」
「古代エルシャリオン技術を平和利用して、モイナガオンをさらに発展させる。今は観光地として愛されているが、それだけでなく、貿易でも他の小世界との繋がりを強め、モイナガオンを、我らが民が、他の者達から必要とされ、愛されるようにしていく。幸い、霊塔の支配下にあった存在が世界中にいるから、それを足がかりにすれば可能なはずだ」
「え? 霊塔の支配って終わってないの? ナイナ、それってよくないんじゃないの?」
「良くはないが、霊塔の支配は魂に魔法陣を刻み込むものだからな、解除はできない。無理に解除しようとすれば魂を削り取って廃人にしかねない。だったら有効活用した方がいいし、我としてもその者達を幸福へと導けば、その借りは返せると考えている」
ナイナの考えは現実的だな。確かにナイナの力で支配下の人間を幸福へ導くことができるなら借りを返すぐらいはできるだろう。
しかしな、この支配は自由意志によるものじゃない。新たな時代を生きるというのなら、改めるべき所だろう。
「ナイナ、お前の導きの力は可視化されるべきだ。支配される人々は、支配されるにしても、本人の自由意志によるものでないとダメだと思う」
「それはそうだが……ジャンダルーム、力の可視化とはどうやればいいのだ?」
「お前達にはナイモ教があるだろ? ナイモ教への所属を支配の許容、選択とすればいい。現状のナイモ教はナイモ人の為のもので、実質的にナイモ人と、モイナガオンに取り込まれた外の人間だけが信仰している。これの範囲を拡大して、ナイナによる導き、救済の契約を信仰とするんだよ。ナイナの導きを欲する者が、自由意志によってナイナ教を信仰するんだ。であれば、モイナガオン人以外が信仰しても自然だし、お前にはそれが可能だろう?」
「それなら確かに、倫理的な問題のいくらかがクリアされるのです! 支配下の人々に、ナイモ教への所属を問えばいいのです。所属を望まない人は利用しないようにするのです」
「う~ん……でもちょっとこれマズイんじゃないの?」
エローラが苦言を呈する。え? ダメか? そんな問題ないように見えるけど……
「エローラ、マズいって何が?」
「いやだって、普通の宗教って勢力を拡大した所で、信仰対象の神々は、その神が元からいる小世界でしか力を発揮できないでしょ? 他地域に対してはせいぜい思想や生活様式を伝える程度でしかないのよ。でも、聖霊であるナイナは、明らかに他の小世界に直接干渉できる感じでしょ? 世界全体に与える影響力が強過ぎるんじゃないの?」
「あっ……そういうこと? そっか、こっちだと信仰は単なる思想や生活様式で終わる話じゃないんだ……超越者の直接干渉のある、力在る宗教なんだ……神々と同等の力を持つけど、神ではない。神じゃないから直接的な影響力を与えられるのは基本的に一つの小世界までという制限が……ナイナには存在しない……つまり……ナイモ教は、俺の言った通りに変わった場合、力在る世界宗教となる……今の世界を根幹から変えてしまいかねないのか……」
「確かにエローラの危惧する通り、我らの影響力が強くなり過ぎる可能性があるな。古代エルシャリオンの暴走の歴史を考えれば、それは望ましくない。また同じ過ちを繰り返し、民と世界を悲しませたくはない。ではなんらかの制限を設けるべきなのだろうな」
こうして俺達はナイナ、エルとモイナガオンのこれからについて議論を進めていくのだった。
当事者であるモイナガオンの人々や、世界に散らばる霊塔の支配下の人々が議論に参加せず、俺達だけで話が進んでいくのはどうかと思ったが……
これは仕方がない。何故なら普通の人間はエルとナイナを正しく認識できず、ただの幼女と認識してしまう。エル達が議論をしようとしても、幼女が話す事として自然なレベルまでしか、人々は認識できない。それでは街の未来を議論することはできない。
ナイナが人々の意識に語りかけることで、アンケートのようなことはしているが。話し合いではない。いくらかマシにはなるだろうが。
「ふむ、大体まとまったな。大筋はジャンダルームの案でいくが、そこに制限を付け加える。我の導きの力の対象は、基本的に個人レベルのものに留め、インフラに関わる権力者への直接干渉は避ける。組織的な勢力拡大は禁じ、個人から個人への勧誘のみを許可する」
「元々世俗的な宗教だったが、その色が強くなった感じだな。だけどナイナの導きの力の存在が強調されて、信仰の強度は高まり、規律も固くなった。世俗的といっても、道徳と倫理の観念が強くなったから、方向性としては日々の生活を全力で生きようって感じだな」
話し合ってできたナイモ教改め、ナイナ教の教義は宗教というよりは、生活の為の哲学といった感じだった。このナイナ教の変わった所は、信仰の対価が個人の幸福、利益なのだが、この対価は人の為に生きる者に与えられるという考えだ。
個人の幸福からそれが他者へと伝播、循環していくことを重視しており、人間の利他、利己的な考えが上手く融合している。厳格な細かなルールは存在しないが、それはナイナがその都度判断するのでルールが歪むことはない。
俺が元いた世界では、宗教の解釈の仕方で割れ、派閥闘争から戦が起こるのが基本だったから、宗教原理が歪まないというのが新鮮に思える。解釈を行うのが神、ナイナ教は聖霊だが、超越者が行う為に歪みようがないのだ。
宗教の核である超越者の解釈を否定するのは単なる反逆で終わってしまうからな。まぁ、エドナイルという神が人に甘過ぎたせいで歪んだ国もあるが……基本的には原理が歪まない。だからその国の、歪まぬ宗教観が合わない者は旅人となった。こういった旅人の集団が古代において冒険者の源流となったというのが、この世界の認識で、実際俺もそうだろうと思う。
つまり冒険者というのは自由を愛するというよりは、わがままで合うものがなかった奴らの成れの果てなのだ。そんな彼らも誇りを持つ為に、自分達は自由を愛しているのだと自分達を定義した。こんな歴史的事実を、俺はとても面白く思う。
それは馬鹿にシンプルな妥当性が、世界に冒険者という複雑さ、面白みを広げているからだ。
冒険者はある意味宗教や思想の否定者であり、そういった否定者、批判者としての視点を人々に伝える存在だ。人々は自由な冒険者の文句をきっかけに、自分達の現状を省みることができる。神々や人々に自浄作用を齎す存在と言える。誰もおかしいと言わなければ、中にいる者達はそれに気がつくことはないのだから。
そして、冒険者達は自分達が知らず知らずのうち、そんな役割を背負っていることなど考えてもみない。それが面白い。冒険者達は権力に束縛されない俺かっけ~ぐらいにしか思ってないし、本質的にイキった馬鹿が多いが、それでも世界を上手く回すのに貢献しているんだ。
勿論、冒険者としての日々の活動もちゃんとした貢献なのだが、俺は冒険者のこうした特性を愛おしく思っている。そして俺も、そんな冒険者であり、冒険者の外にいる人々からすれば愚かに、自由に見えていることだろう。
「え? 祭り? あー正式にナイモ教からナイナ教に名前が変わるからか」
「みんな張り切って4日後には祭りの準備が終わるのです! だからジャンさん、旅に出るのは祭りが終わってからにしませんか?」
「そうだな! 俺も祭りは好きだからな! でもどういう祭りになるんだ?」
「モイナガオンと言えばコーヒーなのです! だからコーヒーを活かしたお祭りなのです! このナイナの新誕祭ではコーヒーだけでなく、コーヒー酒にコーヒーパン、コーヒー餅が振る舞われ、マナパイプ・プレートを使った神輿の周りを皆で歌って踊るのです!」
「へぇ~確かにそれなら、元からあるものだから準備もそう掛からないか。せっかくだし、俺も準備から祭りに参加するか!」
「お、いいですねぇ! じゃあエルも一緒に手伝うのです! そう言えばジャンさん達と一緒に機銃掃射を防いだ日は記念日になるそうなのです。和解の日という名前で、来年からは和解の日からナイナの新誕祭までの一週間がずっとお祭りになるらしいのです!」
「え~! 一週間ずっとお祭りなの!? じゃあ来年もまたモイナガオンに来よ? お兄ちゃん!」
「それはいいけど、一週間ずっとコーヒーだらけの祭りじゃ胃が荒れそうだなぁ~」
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