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奇跡のインク



「俺がディアとエル、ナイモの聖霊を繋ぐから、エローラが俺の補助をしてくれ。ディアの力をエル達でも使えるように変換するんだ。その為には、感覚や意識を俺と深く繋げる必要がある。始めるぞ」


「え!? 感覚、深く、つなげ!? エッ!? ちょっとま──」



 エローラ、何をそんな慌てて……──!?



「……なるほど……想像力豊かだな、エローラも……まるで男子中学生……」



 俺はテルミヌスの力を使い、ディアだけでなくエローラ、エルとの繋がりを強化する。互いの意識や感覚が俺を中心にして共有されていく。記憶までは共有されないが、本人が強くイメージすれば、それは共有されることになる。



「どうだ、力の変換はできそうか……?」


「今やってるけど、効率が悪すぎるわ……そもそもこんな膨大なエネルギーを一度に大量に受け取ったら、普通の人間はしんじゃうわ。どうしても抑えて、少しずつやらないと」



 やはり希望の魔法が発動できなければ、この状況を変えることはできなさそうだ。だとすれば、まずは彼女の“説得”をするべきか。


俺はテルミヌスの声ではなく、エルを通じて思念を送る。強く、念じるように。



『ナイモの聖霊、俺達にお前とモイナガオンの人々を助けさせてくれ。俺達が協力すれば、全部を助けられる可能性が出てくる』


『不可能だ。それは我らの存在を否定すること。元より、手を取り合える構造をしていない。だからこそエルシエルは貴様達と出会うことで崩壊を起こした。我とてそれは同じこと、手を組めば、その瞬間に崩壊を始めるだろう』



 ……っ、ナイモの聖霊の言葉に何も言い返せない……確かにエルは、俺達と、ディアと出会うことで崩壊現象を起こした。エルの心が自己存在の否定をすることで、肉体と魂のミスマッチを起こした。


エルに心がなければそれはありえなかったことで……心がなければ……?



「ナイモの聖霊に、心があるから……自己崩壊を起こすってことなのか?」



 ナイモの聖霊の発言を思い返してみる。俺やディアとは共生の道も考えられたが、他のイモートがそれを許さないだろうと、彼女は言っていた。


あれは単なる理性、生存戦略の為の思考、シミュレーションなのか、それともナイモの聖霊の本心なのか。



『崩壊してもいい、エルはそう思うのです。モイナガオンの皆を助けられるのなら、それでも構わないのです。あなたも、もう一人のエルも、同じ気持ちのはずなのです』



 エルがもう一人の自分であるナイモの聖霊に語りかける。



『一度きり、我という存在を使い切れば、あるいは……イモートを滅することが不可能であると、幻想であると分かった今、我に残るただ一つの使命は……ナイモの民を護り、安寧の世へと導くこと。理性でも、心でも、同じ結論を出している。だが、それでも手を取り合うことはできない。我を構成する、人々の記憶と幻想には、イモートへの恐怖と憎しみがあるのもまた事実なのだから。この思いを、存在しないものとすることはできない』



 やはりナイモの聖霊にも心があるのは間違いないみたいだ。ナイモの聖霊は、内心では共生の道を歩みたがっていたが、彼女の内部に蓄積されたエルナ人、ナイモ人達の魂の記憶は、イモートを許さず、否定し続ける。



『エルシエル、お前の心は……我の弱い心なのだ。人々のイモートとの戦いを望む心が、我から追い出した、平和を望む心。滅びへと向かおうとする、止まることのできない我を止める為に生み出した、戦いを否定する装置』



 誰かに自分を止めて欲しかったナイモの聖霊がエルを生み出した。自分の心を、ナイモの人々の優しい気持ちや記憶が育てた心を分けることで。


元々ナイモの聖霊は、この戦いを望まぬ優しい心に悩まされていたのだろう。だからうまく建前を作れた。この優しい心を持ったままでは、イモートを滅するという使命を遂行することができない。だから邪魔な心を分けたもう一人の自分を作るのだと。


その邪魔な心によって生み出されたもう一人の自分が、自身の使命の一つを妨害するとしても、自分は戦いの意思を保ち続けられるからと。己の使命に従おうとする本能を騙し、どうにか希望を繋ごうとした。


 その結果生まれたエルシエルも、結局強い縛り、制約のある存在だったが、戦いの心が保たれたように、エルという優しい心もまた保たれた。


ある意味、エルの心は人々の願いから生まれていたわけだ。人々の優しい気持ちの蓄積が、虚ろな魂に心を、自我を持たせるに至った。それは間違いなく、奇跡の魔法、希望の魔法だ。



「なんだ、思ったより全然シンプルな話だったな」



 ──ジョボボボボ。



「ちょ!? ジャンダルーム!? こんな時に何を……なんでコーヒー淹れて、っていうかなんで持ってきてんのよ!!」



 俺はエルと一緒に淹れたコーヒーを保温ポットに入れて、テルミヌスの中へと持ってきていた。



「いやちょっと淹れ過ぎちゃって、勿体ないだろ? それに長期戦になったらこれを飲もうと思ってたんだ。はいエル、ディア、エローラ、お前らの分で丁度終わる」


「ジャンさんは本当に、呆れるほどマイペースなのです!」



 みんな困惑しながらも俺の淹れたコーヒーのコップを持つ。俺がコーヒーを飲み始めても、みんな飲もうとしない。


そんなわけだから、俺が横目でみんなを見ると、みんなも渋々飲み始めた。こんなことしてる場合じゃないだろ──とまぁ、そう思うよな。でも、大事なことなんだ。



「記憶と思いの積み重ねがあったんだよ。2000年前、青の審判の準備が終わって、それからずっと、モイナガオンはコーヒーを作り続けてきた。2000年の平和の時は、このコーヒーと共に育まれてきた。凄く長い時……二万年前の、古代エルシャリオンの時代からすれば、短い時だとしても、この平和な2000年は特別で、濃い時代だったんだ」


『平和の時代……僕らが求めても、見ることの叶わなかった時代』



 ニモの知らない時代、彼が願いつつも、見ることができなかった時代。けれど、彼や彼のような人が願うことで、生まれることができた時代。



「だってそうだろ? ずっと辛く苦しい思いをしてきたエルナ人、モイナ人からすれば、この2000年は今まで体験してこなかった特別な時間なんだから。そんな強い思いの記憶は焼き付いて、決して忘れることなんてできない。だけど、その平和な時代を、楽しくて嬉しい時代を、殆どのエルナ人の魂は知らないんだ。体感したことがないからな。だけどきっと伝わる。このコーヒーの味と込められた思い、記憶は、彼らの子孫が育んだものだ」



 コーヒーを味わうと、エルを通じて温かな感情、記憶が俺達へと流れ込んできた。人々がモイナガオンでコーヒーを育て、失敗しながらも、次第に他国の人々へ認められ、コーヒーとはモイナガオンのことだと言われるまでになった、その軌跡、情熱と喜びの記憶が。


遡るようにして、平和な時代のナイモ人の記憶が俺達へと共有されていく。


そしてエルシエルの原点を知る。



「マスター、この黒い水はなんなのですか?」


「コーヒーと言うらしいよ。ご先祖様達は昔、有難がって飲んでたらしいんだけど。僕は飲んだことなくて、ずっと飲みたいと思ってたんだ。それがさ! 少しだけだけど、手に入ったんだ。ほら、エルも一緒に飲もう」



 ニモとエルが彼の研究室で淹れたコーヒー。コーヒーの淹れ方の知識などなく、微かに残った古代の記録から再現した、自分なりのやり方で淹れたコーヒー。


研究者のビーカーで淹れられたそのコーヒーは。



「に、にがっ!? え、えぇーー!? ま、マズい……はははは! こんなものを有難がって飲んでたのかい? ご先祖様は……はははは!」


「確かに美味しくないですね。マスターはどうしてそんなに楽しそうにしているのですか……? 不味いのは良くないことなのでは?」


「いやさ、知らなかったんだ。コーヒーの味がこんな感じだったなんてさ。予想もつかなかった、完全に未知の味さ。それが嬉しくて、面白かったんだよ。まるで世界の広さを垣間見たようだ。こんな狭い研究室で閉じこもって、昔の記録を読み漁って、妥当性から理論を読み解いて、世の中を知ったつもりになっていた僕は愚か者だ。この黒い液体に、そう説教をされたみたいだった」



 不味いコーヒーを飲んだニモのその顔は、エルがそれまでに見たマスターの表情の中で、一番輝きに満ちていた。幸福と喜び、希望があった。研究者であるニモにとって、未知とは喜び、そして希望だったのだ。



「このコーヒーも、きっと、本当はもっと美味しいものだったんだろうなぁ。ちゃんとした淹れ方をしたらどんな味なんだろうか? モイナガオンでは育ちそうもないけど、品種改良したらそれもできるようになるのかな? いつか過去の味を完全に再現できたら、次はもっとその先へ行けるのかな? 僕が飲んでも、文句なく美味しいと言えるような、そんなことも、あるんだろうか? なぁエル、君はどう思う?」


「……わかりません。少なくともモイナガオンで実現するのは困難でしょう」


「くくく、だろうね。でも、もしも、そんな未来が、モイナガオンにあったらいいなって、僕は思うよ。願うだけならタダだろ?」



 遠い過去、エルの原点の記憶にあるコーヒーは、泥水のような黒く苦いだけの液体で、未知の味で、これ以上に不味くなりようがない程だった。


けれど、未知に覆い隠された原石は、磨けば光るのだろうか? ニモの疑問は、エルの心に強烈な記憶として残った。



『は、ははは。本当に、これが……僕が飲んだコーヒーと同じ飲み物なのかい? ははははは、美味しい……美味しいよ……! これが、君の育てた、平和の味か……っ!』



 時を超えた現代で、ニモとエルは一緒に夢の液体を飲んだ。テルミヌスの感覚共有があれば、ニモは俺の感覚を伝って、現代のモイナガオンのコーヒーを体感することができる。


娘のように大事に思う、エルと一緒に。



 そんなニモの感動もまた、俺やディア、エローラへと共有される。彼らのこみ上げる感情で、俺達も泣きそうになる。



「この気持ちをみんなに知ってもらうのです。戦うだけが道じゃないって、きっと分かってもらえるのです!」


「わかった。サポートするわ!」



 俺を通じて共有した、体感した記憶と思いをナイモの聖霊へと伝える。エローラが、魔力操作によってエルと俺の感覚を増幅して、ナイモの聖霊へと伝える。その中にいる、平和の時代を知らない古き魂達へと。



 真っ青な青い光と白い光が混じり合って、エルの髪色と同じ、水色の光となる。水色の光はテルミヌスからナイモの聖霊へと伸びていく。



平和な時代の記憶と共に、エルとディアの二人の記憶も共有される。



 命懸けで傷つきながら、死にゆくエルを抱き、寄り添ったディア。二人の温もりの記憶は、悲しくて、優しい、ディアの真っ直ぐな心をナイモの聖霊に伝える。


言葉では足りない、理解し得ない思いが、体感として理解できる。



『……──なぜ、こんなにも温かい。敵は痛く、怖く、冷たい者でなければならないのに。戦いで勝ち取るはずだった平和が、どうしてそこにある。真に欲していた理想は、すでに……現実に、在ったのか』


「戦って勝ち取ったんだよ。命を取り合うだけが戦いじゃない。より良いモノを、より良い生活を、日々を進歩させていく努力も一つの戦いだ。過去の自分を超える為の戦い。俺達は手を取り合える! 時代が変わるように、人は過去を乗り越えることだってできるんだ!」



 ナイモの聖霊と古の魂達は、どうやら俺達の事を理解してくれたらしい。エルと同じ顔をした聖霊の眼からは、涙が流れていた。それは悲しみからではなく、きっと温かな感情から。



「──お兄ちゃん!! ジーネの攻撃が、来るっ!! 未来が、現在いまにやってくる!」



 赤い光がモイナガオンの小世界の球境の膜を破壊していくのが見える。大きな、破滅的な音を立てて、世界を破っていく。



「今、この時を、終わりになんてさせやしない!! 俺達の心はッ! 今! 一つだ!」



 水色の光がテルミヌス・アルプスとナイモの聖霊を繋ぐように、円を描くように広がっていく。



「これが、人々の思い……なんて強い力、一つになった思い、願いの力……モイナガオンの人々だけじゃない……アタシ達の心も一緒に……奇跡の魔法って、そういうことなの……? 人々の思いを繋いで、願いに寄り添うことが、奇跡……?」



【──アクティベート、シエルエローラ!!】


『──テルミヌス・アルプス・シエルアウローラ!!』



 テルミヌスにエルシエル、ナイモの聖霊、エローラの力が組み込まれ、テルミヌスは新たな形態へと変化する。


テルミヌスの銀色の髪が水色へと変わり、水晶の翼が顕現する。



「ち、力が溢れる……っ! ははは、コントロールしきれるか!? やるしかないか! うおおおおおおおお!!」



 異界の力を拒絶し弾く力は、異界の力を弾くにもかかわらず、異界の力へと引き寄せられる。それは寄せては返す波のように、衝突した時、力を生み、異界の力を外界へと引き剥がす。


しかし、異界を弾く力に、優しさという角度が加わったなら、力は螺旋の軌跡を描き得る。力の流動は異界の力を弾いて押し上げて、異界の力は弾く力を引き寄せ、押し上げる。


 それは互いを高め合う螺旋で、同じ到達点の為に、同じ目標の為に、空間を生み出す。



 ──無限の加速力、無限の出力。



 テルミヌスが羽ばたいた。


互いに手を取り合うことが在り得なかったはずの可能性は、すでに奇跡の可能性を体現している。


最早、決定された未来など、奇跡に見惚れる客人に過ぎない。



 テルミヌスの翼から水色の温かな光が、天へと昇る。それはこの世界を破壊せんとする赤き光と出会い、抱きしめるように包んだ。



 無限の加速力と出力で放たれたのは、力を生み出した者達の願い、平和への祈り。破壊を齎す為にやってきた赤い破壊の光は、水色の螺旋に包まれると──破壊をやめた。



「攻撃が止まった……ジーネの機銃掃射の弾丸が……ははは、ふよふよ浮かんでる。まるで、攻撃するのが馬鹿らしくなったみたいに」


「嘘……できちゃった……奇跡の魔法……これ、現実なの!? ねぇ、ジャンダルーム、これ現実!?」



 エローラの頬をつねって現実だと教える。



「イタタタタ! ちょっと! 何すんのよ!! すご……待って、あの赤い光、自分で壊した球境を修復しようとしてない!? えぇえええ!?」


「ふふ、可愛くなっちゃったのです! きっとエル達で一緒に生み出したあの力は、みんなを可愛くしちゃう魔法なのです! 名付けてカワイイビームなのです!」


「エル、悪いけど、そのネーミングは認められない」


「そうよ! これは名付けるなら奇跡ビームよ!」


「いやいや、みんなの友情のビームだから友情ビームだよ! ね? お兄ちゃん?」



 碌な名前の候補が挙がらないビーム。不憫だ……



「異界を弾く力を強化してどうにかするつもりが、まさか弾くでも壊すでもなく、こんなことになるなんてなぁ。予想とは違ったな。でも、いい感じになって良かったぁ~。つ、疲れたぁ~~~!」



 俺は疲れから床に倒れ込んで、大の字になった。




ちょっと長くなっちゃったけど、まぁいいか!



少しでも「良かった!」「続きが気になる!」という所があれば


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