奇跡の覚悟
「ディア、テルミヌスの力でこの小世界を、モイナガオンとナイモの聖霊を守れるか?」
【無理だと思う……機銃掃射の威力の全てを相殺するには力が足りない。守れてもモイナガオンに住む人々だけ、未来ですでに決定された因果を覆すには……今のテルミヌスでは足りないの……無限の力があると言っても、それは出力じゃなくて、エネルギー供給が無限にあるってことだから……】
テルミヌスの視界には赤色の光に拘束されたナイモの聖霊がある。聖霊を拘束する赤い光は明らかにナイモの聖霊を認識し、狙ったのが分かる。ディアはナイモの聖霊を認識できなかったが、ジーネにはできるんだな。
かつてエルシャリオンと戦ったジーネは、彼らの技術を知る必要があったんだろう。エローラいわく、エルシャリオンの技術は魂や精神に干渉するものが多いらしい。
だからジーネはそういった技術に対するカウンターとなる技術を用意、開発したのだと考えれば納得できる。
「聖霊ってなんなんだ。神と同格の力を持ち、通常は認識できないのにもかかわらず異界を拒絶する力で自身を傷つけることがない……不可思議な存在に思えるのに、異界の存在じゃないのか?」
『ナイモの聖霊が存在するのは人々の肉体による活動領域である表層世界、そこに重なるようにして同時に存在する世界、リバースマキアなんだ。例えるなら服の裏側のようなものでね、人々は自分が着ている服を認識できるが、服の表層と繋がっているはずの裏側を認識することはできない。服の裏側を確認するには服を脱ぐか、裏返して着るしかない。勿論服を裏返して着れば表側は見えなくなるけどね』
ニモが俺の疑問に答える。本来俺とエル以外には聞こえない彼の声も、テルミヌス内なら感覚共有によって他の人も聞くことができる。もっとも、これは声ではなく思念波のようなもので、言語でなく意思が直接伝わるものだが。
「服を脱ぐっていうのは、ようは肉体活動をやめるってことで、死ぬってことでしょ? リバースマキアは死後の世界のようなものと理解すればいいのかしら?」
『概念としては近いけど、死後の世界とは異なるものだよ。死後の世界は異界だが、リバースマキアは異界ではない。人が認識できない空間を満たすもう一つの現実、人々の意識と記憶が生み出した認識の裏側だ。空間を人々の意識が満たしているとしよう、人々の意識が互いに繋がって、点と点が線となって線と線が空間立体を作る。この空間立体の内部を人々は認識し、現実と呼んでいる。だがしかし、これは逆も言えるんだ。認識の線が立体を作るなら、人々が認識できない不可視の概念にも線が、ラインが存在する。人々の認識の逆位置にある不可視のラインによっても空間立体が生まれるんだ。そしてこれは人々の認識があるからこそ発生する。表層世界の活動者の認識に依存した世界。認識の外の力を建材とした世界だ』
人々の認識と記憶の裏側……つまりモイナガオンに住む人々の集合意識の裏側、認識外に生まれた空間に、ナイモの聖霊は隠れている。それは言い換えれば人々の記憶や意識に隠れているようなもので、モイナガオンの人々が消えればナイモの聖霊も消えるということなんだろう。
ならどうして俺はニモを認識することができた? 霊体となったエルの方は分かる。俺がすでにニモを認識して繋がっていたから、ニモ経由でリバースマキア世界の認識が可能だったし、エルは精霊化の力を使って俺に接触したからだ。
もしかして、俺がモイナガオンと関わりのない人間だからなのか? モイナガオンの人々がナイモの聖霊を認識しようとすれば、聖霊は認識の外にいるわけだから。人々の認識に合わせて逆位置へ移動して隠れてしまうが、モイナガオンの集合意識と関わりのない俺ならばその仕組みの外にある。
──チャリン、硬貨の落ちる音が響いた。
「……イモータルブレイカーが勝手に動いた?」
俺がいつも首からぶら下げているエドナイル銅貨、覇王イモータルブレイカーが独りでに床に落ちて転がっていく。まるで自分の存在を誇示するかのように。
イモータルブレイカーは転がっていき、エルとニモの間で止まった。そうして3つの点がバランスを持った。
「三角形……空間を作るのは三角形から……お前はそう言いたいのか? 全く、どうやって紐から抜け出したのやらだな……俺はモイナガオンとは関係のない人間だった。でもエルと出会った。エルはモイナガオンの裏側、ナイモの聖霊と繋がる存在だった。エルは聖霊が認識できても、その中の人々の魂を視ることができなかった。エルが人とは異なる存在で、モイナガオンの集合意識と一体化することができなかったから。けれど、一体化できなくても繋がりはある。ナイモの聖霊とニモはエルを知っているからだ」
「ジャンダルーム!? いきなり何を言ってるの?」
「よくよく考えてみればおかしいんだよ。エルはどうしてナイモの聖霊を認識できる? エルはナイモの聖霊が見えるが、人々と直接関わることができない。聖霊の支配下にある人々はエルに近づけば正気を失い、認識することができなくなる。俺の知っている範囲では、聖霊の支配下にあってエルと正気の状態で触れ合うことができたのはニモだけ、ニモは例外なんだ。つまり、エルは現実に肉体を持ちながら、人々の認識の外にあったってことだ! 意図的に孤立を生み出し、現実に認識外を生み出した。モイナガオンの人々の幻想、認識の裏側に生まれたのがナイモの聖霊なら、ナイモの聖霊が裏側の世界から、この肉体の世界に生み出したのがエルなんだ!」
『馬鹿な、エルは僕が生み出した。ナイモの聖霊ではないはずだ……』
「それは別に矛盾しないんだよニモ。ナイモの聖霊は人々に思念を送り、導く力を持つ。聖霊がエルを生み出すようにニモに働きかけ、ニモが実行したんだ」
『そんな、まさか……しかし……確かに僕がエルを作った時、その発想の源泉は、不意に、ふっと脳裏に浮かんだ、降りてきたものだった……もしそれが、そのインスピレーションがナイモの聖霊が僕に授けたものだとしたら? 否定できない……何度もそういったことはあったし、僕がエルを作る時、何もかもが順調で、都合よく世の中が回った。人も金も環境も、何もかもが都合よく整った……』
「エルとナイモの聖霊は同一の存在、肉体と魂のような関係、自分自身なんだ。自分自身、そのものだから分かるんだ。互いの存在を」
「ナイモの聖霊は、エル……自身……?」
赤い光で縛られたナイモの聖霊の姿が変わっていく──エルの姿へと。
翼を持った天使のようなエルシエルに。
エルが聖霊が自分自身だと認識した結果、おぼろげな幻想の中にあった聖霊の姿は、はっきりとした形を持つに至った。
あることが分かっても姿は分からなかった自分自身の姿。エルの思い描いた、イメージした聖霊の幻想が、顔のない抽象的な天使だった。形のなかった聖霊は、肉体の世界に生み出した分身から姿を得る。
「そんな、嘘……姿が……じゃあ、ジャンダルームの言ったことは本当ってことに……なんでこんなことするのよ! エルだって知らなければ、アタシもディアも、聖霊を犠牲にできた! 見捨てられた……」
エローラが涙を流し、俺に掴みかかる。
「なんで泣くエローラ。むしろ希望が見えてきたって言うのにさ」
「え……?」
「エルはナイモの聖霊だった。だけど、俺達はエルと仲良くなれた。友達になれた。だったらさ、あそこで赤い光に縛られたあいつも、俺達の友達で、仲良くなれる存在なんだよ」
「それがなんだって言うのよ!! 友達だったら、エルを助けられるっていうの!?」
「──友達だったら! 一緒に成し遂げられる! 力を合わせられる! ナイモの聖霊の、エルシエルの力を借りるんだ。異界を拒絶する力なら、ジーネの攻撃を無効化できるかもしれない。ディアの無限の力で異界を拒絶する力をブーストするんだ!」
「そんなの無理よ! だって、異界の力とそれを拒絶する力、相反する力が手を取り合えるはずがないわ!」
「だから俺達がいる! 俺とエローラがいる! 俺達がバランサーとなって、力を繋げるんだ!」
「アタシとあんたで異界の力を、この世界の力へと変換するっていうの? 確かに理論上は可能かもしれないけど……無理よ。そんなの無理、だって……それは、奇跡の魔法。互いを憎む力が手を取り合うようにするなんて……アタシ、希望の魔法なんて使えない。何度も挑戦したけど一度だって出来たことがないのよ……!?」
「今まで一度もできなかったことが、どうして今できない理由になる。今できない確証なんてどこにもない。それに、今度は、今日は一人じゃない。みんなで一緒にやったら、できるような感じがしないか?」
「はぁ……ははは、あんた本当に馬鹿ね。奇跡はいつ起こるか分からない。だから今起こったっておかしくない。確率で考えたら馬鹿げた話……──でも不思議ね。一人じゃないって思えるだけで、なんだか出来そうな気がしてしまう。理性はそれを否定するのに、心はそれを受け入れてしまう、変な感じ……──ええ、やりましょう、やるしかないわ! ジャンダルーム。奇跡を」
エローラと俺は手を取り合い、俺は青い精霊のエルを肩に乗せる。覚悟を決めた。希望を諦めない意地と、奇跡を起こす覚悟、俺達の心は同じ所を向いていた。
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