指先で消える世界
「エルシャリオンの孤児が動き出したのか。大人しくしていれば、滅ぼす必要もなかったのだがな。この青を見ると、己の無能を思い出す。遠い過去を、未だ懐かしむことはできない。いつまで経っても、苦く痛む、嫌な色だ」
ジーネドレ帝国の帝城に新たに造られた神の間、それは帝城の帝の間の上に増設された魔力建築で、魔力の物質化現象が在り得なさを演出している。
空に浮かぶ階段と床、透ける床から下界を見下ろすことはできるが、下界からこの天上の神の間を覗き見ることはできない。そこに在ると認識することすらできない。
ジーネドレ帝国の魔法使いが魔法の力を用いて造られた神の為の空間は、神秘的ではあったが、とても住みやすいとは言えない。生活に必要なものは用意してあるものの、人々は畏れ多い神を崇めるあまり、ジーネと人をあまりに別扱いしてしまう。
自分以外誰も入れない孤独なこの入れ物を、ジーネはまるで檻や棺桶だと思ったが、自分の為に人々が努力した結果だと喜んで受け入れた。ジーネに褒められた魔法使いは喜びのあまり飛び跳ね、はしゃぎ過ぎて足を挫いて、腰も痛めた。
そんな様を見てはジーネは本音も言えない。
「帝都から離れた、あれは商人の街だったか。あれに仕組まれた魔法陣から出る青き炎の狙いは、私達ではないのか……」
ジーネドレ帝国の帝都に近い商業都市ドレカウル、そこはモイナガオンで霊塔に洗脳された商人達が帝国内で潜り込むのに最適な場所で、彼らは六角型城郭都市にドレカウルを改造した。勿論、青の審判を発動する為の魔法陣を組み込んで。
今、その仕組まれた魔法陣からは青い炎とその光が太く大きな光の柱を作るように、螺旋を描いて上空に昇っている。そんな光景が、ジーネのいる空高い、神の間からはよく見えた。
「予測では我々を滅ぼす為に使用するものだったはずだが……確認するか」
そう言ってジーネは自身の側頭部についた装飾品──アンテナを押し込み“本体”のジーネットリブの視界を共有する。
その視界にはモイナガオンで青き炎と対峙するテルミヌスの姿があった。
「また兄様か……なるほど、テルミヌスの力を目の当たりにして、恐れた結果がこれか。元々あの炎で我々を滅することは不可能だったし、長い時が復讐心を忘れさせると期待していたが……どうも無理らしい。テルミヌスに、兄様に執着したアレは、やがて兄様を死に追いやる。長い時を掛けて、いつか到達する。反省を知らない愚か者は、消すしかない。これ以上看過することはできない」
ジーネはそう言うと本体の自分に意識を集中させた。超次元艦隊の空母の一つジュピトゥール、その司令室に転移したジーネは命令を下す。
「指定座標に機銃掃射だ。それ以上では他を巻き込み過ぎる」
「ジーネット、その座標には兄上とディアも居ますが……」
「エスフィア、テルミヌスならジュピトゥールの機銃掃射程度は余裕で耐えるのは、お前も知っているはずだが? サイキック系統の力には耐性がある」
機銃掃射の命令に異を唱えた“妹”の一人、エスフィアセレベラムは青い髪色の、戦術指揮と能力開発を目的として生み出された妹であり、その青い髪色は、敵対するエルシャリオンの青き炎を連想させる色だった。
同じ色をしていることに関連性はないはずだが、ジーネからすれば苛立ちを覚える色だった。
「ええ、それは分かっていますよ。しかし、機銃掃射を行えば、ジーネは兄上に嫌われてしまいますよ? いいんですか?」
「嫌われてもいいのか、だと? 馬鹿なのかお前は……そんな事は覚悟の上だ。重要なのは我々と兄様が永遠に生きる、安寧の世を生み出すこと。それができれば、私はそれを外から眺めるだけで十分だ。私は罪を犯し過ぎた。元より、兄様の側にいる資格などないんだ」
「だから我々の罪の全てを背負うと? 自分には、その役目をあなたが全うできるとは思えませんね」
「何……?」
「ジーネ、あなたはあなたが思うより強くはないし、あなたが思うよりもずっと愚かですよ。ディアに説教したそうですが……いずれあなたも兄上によって救われることになるでしょう」
エスフィアはジーネの頭を無表情で撫でる。まるで子供をあやすかのように。無論、そんな子供扱いはジーネの望む所ではなく、彼女に怒りの感情を抱かせるものだった。
「お前……! ふざけるな!」
「ふふ、ジーネは可愛いですね。そうやってすぐに怒る。自分は納得しませんよ。誰よりも頑張って来たあなたが、新たな世界で、外で眺めているだけなんて、兄上にあなたが嫌われる未来なんて、納得なんてしてあげませんよ。だから、命令をするのはジーネ、あなただけではない。指定座標への機銃掃射を開始せよ。命令者はエスフィアセレベラムとジーネットリブ」
「……っ、お前は賢い癖に、愚かだ……」
エスフィアはジーネと共犯となることで、ジーネだけのせいにしないことを選んだ。ジーネは自分にいつも突っかかってくるエスフィアが嫌いだった。エスフィアの優しさが、自分をより惨めな気持ちにさせるからだ。
そして、同じぐらい、その優しさを愛していた。
かつて伊豆宮ミヤコだった者、そこから分岐した最も古き存在、妹達の“姉”として、ジーネは生きてきた。
愛すべき優しさを持つエスフィア、他の妹達に、ジーネは罪を背負って欲しくなかった。
ジーネ、そして妹達の目的は、兄と“永遠”に共にある“完全”世界を創ること。兄と世界に無限の命を与え、永遠に生きる。
其の為に、彼女達はオトマキアを侵略し、改造してきた。オトマキアはもう、元には戻らない。彼女達が干渉する以前には戻れない。
妹が兄を想う心によって、世界は汚染された。それは約束の為の浄化だった。
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