古の術
ちなみにジャンはエルの口調まで再現して言ってます。
『青の審判は、異界の存在を拒絶する概念である、青き炎を召喚する大魔術なのです。召喚される青き炎の威力は異界から来た存在が近くにあればあるほど強くなるのです。これは青き炎が異界の存在の力の反作用によって生まれる力だからで、異界の存在が近ければ召喚に必要な魔力も少なく済むのです』
「異界の存在を拒絶する力……普通の物質や魔力が破壊されてしまうのは、青き炎が異界の存在を拒絶して、この世界から引き離す時に生じる力が世界に元からある存在を巻き込んでしまうから。そういう認識でいいのかしら?」
やっぱりエローラは魔法や魔術への造詣が深いみたいだな。希望の魔法を探していたわけだから、魔法や魔術についても深く知っているよな。この世界に存在する魔法の殆どがエローラの言う絶望の魔法だったとしても、その絶望の魔法を知らなければ比較はできない。希望の魔法がそうであると判断することは難しい。
それにしても……青の審判は大魔術で魔法ではないのか。聖霊という神と同格の存在が関わる切り札なら、魔法かと思ったら、違うんだな。ナイモの聖霊は魔法を使えるはずだが……もしかすると青の審判は大魔術だけど、召喚する青の炎自体は魔法の力とかそういう……?
全世界を焼くとなると自分の力だけでは不可能……だから足りない力を補う為に、人々を支配し、人々の力を使う。人間は基本的に魔法を使えないが、魔術なら使える者も割といる。青の審判が魔導器や魔法陣を使用するタイプのものなら、魔術を使えない者でも役に立てる。
安定性とマンパワーを活かして計画を確実の進めていくなら、魔導器や魔法陣を使ったものになる可能性が高いだろうな。数千年かけての大計画だ、世代を引き継いでいくモノがあると考えたほうが自然だ。
『いえ、巻き込みだけではないのです。異界を拒絶する力は、開発された後になって分かった事なのですが……神々の持つ魔力やダンジョン等の拡張空間の存在も拒絶してしまうことが分かったのです。神々や拡張空間の存在も異界の存在であることは変わりないのです。この世界と強く結びついているので、青き炎の影響の全てを受けるわけではないですが……』
「それってつまりこのオトマキアに存在する物質、魔力の殆どが神々によって生み出されたり、影響を受けたものだから、それが混じってる通常の物質や魔力も破壊してしまうって理解でいいのかしら?」
『その認識であってるのですエローラさん。青の審判は、ナイモの聖霊が支配下に置いた人々が各々の小世界で作った大魔法陣の連携によって発動します。この大魔法陣は支配下の人々が都市計画に干渉することで造られたのです。城壁や地下道、下水道から道路、それらを繋ぐ魔力線……これらを活用して一都市を利用した大魔法陣を完成させ、複数の大魔法陣の力をかけ合わせることで、青の審判を発動するのです』
街全体を魔法陣に見立てて……あれ? 待てよ? 数千年前ぐらいからの計画で、それらの都市計画が連動してるなら……世界で同時多発的に流行した都市開発様式は……モイナガオンの影響ってことなのか?
「ちょっと待ってくれエル、じゃあ大体4000年前ぐらいから流行した六角型城郭都市は、モイナガオンの、ナイモの聖霊の影響によるものなのか? あの様式は世界で同時に、急に流行りだしたもので……俺としてはそれが謎だったんだ。流行ってた国同士で技術交流があったわけでもないし、他にも魔術的に強力な方式、形はあったからな」
『そうなのです。六角型城郭都市の流行はナイモの聖霊による干渉の結果なのです。大枠を六角形で作り、その内部に魔法陣を描いていき、その都市が元々必要としていた機能を付与し、空いたスペースに青の審判の魔法陣に活用したのです。六角型魔法陣は魔力がその中心に収束する構造ですが、その収束した魔力の一部を、青の審判の魔法陣部分に流す細工を施したのです』
なるほど、つまり電気泥棒みたいな感じか。隣の家にさり気なくコンセント刺してるみたいな。
「なるほどな……だとすると変だな。4000年前ぐらいから流行った六角型城郭都市だけど……その源流であるはずのモイナガオンは……俺の知る限り2000年程度の歴史しかないはず……ナイモの霊塔によって人々を支配下に置くシステムがなければ、4000年前の六角型城郭都市ブームは作れない。ナイモの霊塔は2000年前にはないはずなのに、どうやってそれを実現したんだ?」
『モイナガオンは約一万年前にはこの場所にあったのです。けれどそれは皆さんが知るような、大きくて立派なモイナガオンではないのです。苦しみ疲れたナイモ人達が、自分達を攻撃する者がいない小世界を求めて辿り着いた新天地、そこは人の住めない荒野だけが広がる世界だったのです。水が少なく、土は死んでいて、魔物すら寄り付かない枯れた大地、そんな小世界に湧く小さな泉の、オアシスに出来た村、それがモイナガオンの始まりでした』
失念していた……そうだ、モイナガオンがあるこの小世界は水が殆どなくて、農業には向かない土地だった。それが現代では、人が知恵を使えば生きていける様になっている。人が手を入れ、整えた結果が今のモイナガオン、この小世界だったんだ……
今のモイナガオンには魔物も動物もいる。観光客を呼べるぐらい豊かになっている。けど……それは、当たり前に、この小世界に元々あったものじゃ、なかったんだ……
『モイナガオン村でナイモ人が人として生きていけるようになるまで200年が掛かりました。それは人々にとって苦しく辛いものでしたが、人々に差別され攻撃されるよりは、まだ耐えられるものでした。過酷な環境でも、ナイモ人が努力した分だけ、生活は少しずつ良くなって、達成感を得られたからなのです。そこからさらに300年を掛けて人々はナイモの霊塔を造りました。ナイモ人達のお墓として造られた霊塔は、最初は小さく、三階建ての家程度の高さしかありませんでしたが、霊塔は徐々に改良されて大きく、長くなっていったのです』
霊塔が墓なら……塔が長く、大きくなっていったのは……年月の積み重ねによって、中に入る人々の遺骨が増えていったからだ。モイナガオンで死んだナイモ人達の共同墓所……それがナイモの霊塔。
彼らには同じナイモ人しか仲間がいなかった。それ故に彼らの結束は強まり、死後も同族と共にあろうとした。共同墓地に骸を組み、魂までも一つにしようとした。
ナイモの霊塔は積み上げたナイモ人の骸、ナイモの聖霊はナイモ人の魂の集合体でもあったんだ。しかし、ナイモの聖霊はナイモ人の幻想を取り込んだ神であり、人々の魂の純粋な集合ではない。
死んだニモもナイモの聖霊に取り込まれていたのを見るに、人々の魂の一部が聖霊に取り込まれているのはそうだと思う。けれど死したナイモの人の魂の在り方は、他ならぬナイモ人自身が生み出した幻想によって歪められているのだ。
「人口が増えすぎたモイナガオンの、ナイモの人々の骨、その全て納める為に霊塔には空間拡張技術が必要だったんだな。そしてナイモの聖霊が生まれたのは……積み重ねたナイモ人の歴史が大きく立派な霊塔となって……目に見える偉大なシンボルとなったから……その偉大さが、人々に夢を見せた、幻想を育てた。これだけの塔ができるぐらい、俺達の先祖は頑張ったんだ。だから大きくて、強くて、凄いんだ。俺達を導いてくれる。そう本気で思えたから、幻想は聖霊という神格へと至った」
『そうなのです。そうしてナイモの聖霊が生まれ、聖霊の幻想が、ナイモ人を支配し、霊塔の持つ意味を変えたのです。死んだ後も寂しくない様にと建てられた塔は、自分達に苦難と苦痛を与えたイモート種族への復讐のシンボルとなったのです。霊塔は聖霊の意思、計画を遂行する為の機能を付け足され、ナイモ人以外をも支配する力まで手に入れたのです。そしてある時、聖霊の計画が大きく前進するチャンスがやってきました。それは第二次中央世界帝国戦争時代の事、ある戦場で敗れたナスラムの将軍とその配下の兵が、モイナガオンのある小世界へと逃げ込んで来たのです』
第二次中央世界帝国戦争か……第三次の方はエローラが希望の魔法を探すきっかけとなった戦争で、第二次はこの戦争よりも2000年前、第三次は1200年前だから、合計して今から3200年前の戦争ってことになる。
第二次も第三次と同じく、ジーネドレ帝国とナスラム帝国の戦争で、第二次は確かに戦場となった場所がモイナガオンに近い。ナスラムの将軍が逃げ込んできたっていうのは、リアリティのある話だ。
『モイナガオンの人々は彼らナスラムの者達を歓待し、モイナガオンを仮拠点として活用することを許可しました。ナスラムの者達を霊塔の力で操る為でした。そしてこの一度は敗戦したナスラムの将は、次の戦場で大戦果を上げ、ナスラム帝国へ凱旋するのです。将軍はナイモの聖霊の支配下に置かれた事により、戦闘力を強化され、青き炎を扱えるようになった結果でした。ともかく、これでナイモの聖霊は帝国の要人を支配下に置くことに成功した訳なのです。そこからは簡単でした。大戦果の将軍が、恩を返す為とナスラムの要人達をモイナガオンへ連れていき、その要人達の知り合い、そのまた知り合いが、様々な理由で、妥当そうな理由でモイナガオンに誘導したのです』
「そっかナスラムもジーネドレに匹敵する大帝国だから、ナスラムの支配する属国や、ナスラムと関わりのある豪商も、モイナガオンへ行くよう自然に誘導できるんだね。まずナスラムと関係する都市が六角型城郭都市を作って、それを真似したいって国や都市が出たら、技術者を派遣すればいいんだね。特に力の強い商人はナスラム帝国と関わりのない地域にも行けるから影響が凄そうだね。ふーむ、じゃあそうなっちゃったら青の審判の完成にはそんな時間は掛からなそうだね」
『はい、ディアさんの思った通りなのです! だから2000年前ぐらいに青の審判の準備は終わってたのです。けどその頃にはモイナガオンは豊かで平和な国になっていたのです。と言っても、その頃は貿易で豊かになっていただけで、今のコーヒーや観光で有名な感じの文化的都市ではなかったのです』
「あの……ジャンさん、2000年て長いですよね? エローラさんもディアさんも、なんの違和感も抱いてないみたいですけど、長いですよね!?」
モードンくん、君の感覚が正しいよ。俺はモードンに同意するように頷く。ディアやエローラ、悠久の時を生きられる存在からすれば2000年はそんな長くないんだろうが、俺達普通の人間からすると大幅にズレた感覚だ。まぁ俺は魔人になっちゃったから普通と言っていいのか怪しいが……
『青の審判の準備が終わって、エルは暇になったのです。ナイモの聖霊が青の審判を起動しないように妨害するのも、一度封印を施せば基本的に問題なかったからなのです。やることがなくなったエルは、コーヒーを作ろうと思ったのです。エルは自分のやりたいことが分からなかったのですが、なぜだか、そうしたいと思えたからなのです』
『え、エル……君は……そうか。心を持たなかったあの時の君は、それでも僕のことを憶えていてくれたんだね』
ニモが、泣いている。幽体であるニモの涙は地に落ちることはなく、煙のように消えてしまうが……その煙の出どころはもう一つあった。
それはエルの眼から、彼女の心を表現していた。
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