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愚かさと温もり



「──……ッ!!? 体が……おかしいのです……まだエルの限界には早いはずなのです」



 ジャンダルームが就寝する深夜、眠りを必要としないエルは一人、ナイモの霊塔のメンテナンスをしていた。


魔力を霊塔へと流し、スキャンすることで異常を見つける。異常があれば、メンテナンス用のゴーレムを遠隔操作して修理をする。エルの操作するゴーレムが霊塔の外壁を修復している時、その異常は起きた。



「どうして……どうしてなのです……? エルはどうしたら、マスター……」



 その現象は崩壊、人工的に造られた少女の肉が割れ、焼けていく。限界は、彼女を迎えに来た。



「エルちゃん体が……ごめん、わたし達が、ここに……っ! 来たせいで……っ!」



 眠りを必要としない者がもう一人、ディアはエルを探してここにやってきていた。霊塔の最下層、霊塔の制御室の前に。


制御室の部屋には結界が張ってあり、扉の開いたその先で、真っ青な半透明の結界が、ディアとエルとの間に壁を作り、遮っていた。



「ディアさん……見られちゃい、ましたか……謝らないでください。悪い人なんて、どこにも、いないのです。エルは、きっと運が良かったのです。最期の時、エルが出会うイモートがディアさんだった事、そしてジャンさんに、エローラさんに出会えたこと。全部、エルの想像を超えた、良い出会いだったのです。エルの予測する未来は、もっと悲観的でつまらないものでしたから」


「そっか……実はね。わたしもエルちゃんと同じだったんだよ? 悲観的な未来を信じて、今を生きることができなかった。でもお兄ちゃんにそれじゃダメだって言われて考えを変えた。でもエルちゃんはわたしと違って、自分から、今と向き合おうとしてる。それって、凄いことだよ」


「違うのです。エルはずっと霊塔で一人だったから……こうして人と触れ合って、人間のように心を通じ合わせることが、楽しくて……嬉しかっただけなのです。人と共にあることで生まれる苦痛さえ、孤独と比べれば、どれだけ愛おしいか、そう思えるのです。最初、霊塔には多くのナイモ人が居たのです。けれど、みんな、一人、また一人と居なくなったのです。外の世界で幸福を見つけて、使命を忘れて、エルの前から去っていったのです。それは祝福すべきことで、彼らの幸福はエルの望むことでもありました。でも……同時に寂しくて、羨ましいことでもあったのです」


「エルちゃんはずっと、一人で頑張ってきたんだね。大変だった、偉かったと思う。寂しさを抱えて長い時を過ごす事のつらさは、わたしにも分かるから」



 ディアは泣いていた、ディアはエルの中に、かつての自分を見た。兄を求めて永劫を彷徨う、寂しい旅人であった自分を。


ディアの心からの同情は、エルへと伝わり、エルは涙を流した。心を完全に手に入れたエルには、そんな機能がある。心が揺れ動くことで、涙は一人でに流れる。心の抱えた大きな感情を世界へと表現する為に。



「う……うぁああああああ!! もっと、もっと……一緒に居たかった。もっと沢山、みんなとお話したかった。一緒にお出かけしたり、歌を歌って、踊って、楽しい思い出を、もっともっと作りたかったのです……う、うぐ……死にたくない……自分で決めたことなのに、覚悟だってあるのに……死にたくない……死にたくないのですっ!!」


「エルちゃん……っ!」



 ディアは哀れなエルをただ見ることに耐えられなくて、エルを抱きしめようと、その手を伸ばす。しかし──


──ジュゥゥ……


 敵対種であるディアを、塔の結界が焼く。青い炎がディアの腕の皮膚を溶かし、金属と結晶の皮下を露出する。



「……ッ」


「ディアさん、ダメなのです! いくらディアさんでも……」


「そんなわけない! 泣いてる友達を抱きしめられないなんて、そんなのわたしは認めない!」



 ディアは止まらない、自身を焼き溶かし、死の恐怖を与える青い炎熱の壁を引き裂き、エルのいる部屋へと足を踏み入れた。


ディアは気に入らなかった。敵対し、相容れることはない宿命に屈することが。死にたくないと咽び泣く友の死を受け入れる事など、できなかった。



 けれど、宿命は確かに存在するもので、大いなる因果の流れに逆らえば、その反動が、さらなる非常な現実を齎す。


人の願いという小舟は、因果の大波によって、いとも容易く砕け散る。



「あ、う…あ、ああああああああ!!!」



 ディアが抱きしめたエルから青い炎が発生し、ディアと“エル”を焼く。


その炎は敵対種を道連れにするというエルの本能と、本能に抗おうとする、エルの大きな感情が引き起こした自壊、自己の存在否定による崩壊だった。



 その心が生きようと足掻き、強く求める程に、感情は大きくなって、その身体を不安定にさせる。願えば願うほど、エルを死へと導く。



「──……ありがとう、ディアさん……温かくて、エル、寂しくないのです」


「……そんな……わたし……こんな……」


「愚か、ですよね……でもそれが、何より心地よかった、のです。最期に……エルは……人に……──」



 ディアはエルの最も望むことを、彼女が求めるままに与えた。一人ではないと、孤独を否定し、寄り添った。理性と現実が否定する感情の世界で、二人は同じ気持ちを共有した。


焦げ溶けたエルの遺体を抱きしめるディアの腕は、再生を始める。その再生は、溶け焦げ、動かなくなった友を嘲笑うかのようで、ディアは気に入らなかった。



『──人ならざる異界の者、傲慢の化身よ。裁きの時は来た』



 音が響いた。人の声を再現した魔力による人工音声。


エルが死に、霊塔に入ることを許された存在がいる。


その不可視の存在は、ディアに認識されることなく、ディアを叩き、大きく吹き飛ばした。引き飛ばされたディアはその衝撃で霊塔の壁を壊しながら、その勢いを止めた。



「──ナイモの聖霊。戦う気分じゃないのに……嫌なヤツ……ッ!」



 ディアは怒りで拳を握りしめる。その怒りはナイモの聖霊へと向けられたものではない。友を救えなかった己の無力さと、愚かさ、不都合な現実へ向けたものだった。





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