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ゴースト



「え!? 重要資料のロックまで外せたの? モードンは古代エルシャリオン語読めないよな? なのになんで……」



 モードンがナイモ叡智所蔵室を開けてくれたので、早速俺も部屋に入る。所蔵室は背の高い本棚が敷き詰められていて、棚の中では青色に輝く魔力で出来た紐が紙の資料を束ねている。



「それは実際に見たら分かりますよ! ほら! これ古代語が書いてあるように見えるけど、これ自体が魔術の一部なんですよ! こうやって紙に触れると、魔術が発動するんです」



 モードンが本棚の紙に振れるのを見て、俺も紙に触れてみる──っ!?


紙に触れた瞬間、俺の脳裏にイメージが浮かんだ。これはコーヒー栽培の失敗の記録だ、水不足や害獣によって上手くいかなかった、モイナガオンがコーヒー栽培を始めた初期の記録……


驚いた……これは、記憶が情報として流れ込んでくる……それも脳の記憶じゃない……魂の記憶、感覚だ。


だから記憶の中の言葉が理解できなくとも、その意味が感覚的に理解できる。



「記憶が刻まれた説明書があったってことか? それにロックの解除方法が書いてあった。しかし資料が多いな。それにどれが重要なのかも分からん、時間が掛かりそうだな。でもやってくしかないかー」



 ということでどんどん見ていくぞ。重要資料から優先して見ていく──と俺が思った所でモードンの声が響いた。



「あ! ジャンダルームさん! これ資料管理の魔導器みたいです! 関連資料の場所が分かるみたいです」


「なにっ!? そんな便利なものまでっ!? こりゃあ元から想定してたな。後の時代の純血再現が、この部屋を開けること。部屋の制作者は時代が移り変わったそのさきで、一体何を望んでいたんだ?」



◆◆◆



「やぁはじめましてエル、動作に問題はないか?」


「問題ありません。マスター・ニモ、命令を」



 その紙の記憶に触れて、最初に見えたのは、エルを見下ろす、男の視界。マスター・ニモ、それが男の名で、男はおそらく研究者、あるいは技術者であることが分かる。


この時のエルは無表情で、現代にいるエルとはかなり雰囲気が異なる。



「君にはナイモの聖霊の行う事の補佐、そしてナイモの霊塔とイモート抹殺計画の管理を行ってもらう」


「了解しました。ナイモの聖霊の補佐とは、具体的に何を行えばいいのでしょうか?」


「ナイモの聖霊はナイモ人が生み出した幻想だ。人々が夢想する理想の神、しかし神格化するが故に、超常の存在として振る舞う。そして、その振る舞いは人の感覚とのズレを有する。エル、君にはこの聖霊の振る舞いを人が分かるように翻訳して欲しいんだ。つまり神と巫女の関係のようなものだね」


「分かりました。ではナイモの霊塔とイモート抹殺計画の管理の方は具体的には何をすればいいのでしょうか?」


「ナイモの霊塔は聖霊に干渉する唯一の手段で、エルや他の有資格者がナイモの聖霊に干渉を可能とする。このナイモの霊塔の維持、管理……主に魔力機構のメンテナンスや改良を頼みたい。君が改良方法を新たに生み出すのは無理かもしれないが、聖霊の管理化にあるナイモ人達に開発させ、その情報をフィードバックすれば君でも改良が可能となる。イモート抹殺計画の方は……そう深く考えることもないよ」


「そうなのですか? ですが、それなら何故このイモート抹殺計画の優先度が高いのですか?」



 イモート抹殺計画……なんとも物騒な響きの計画だが、マスター・ニモはどうもこの計画に消極的な感じがする。



「上層部の他の連中は……イモート種族を駆逐可能だと本気で思っているようだけど。僕は不可能だと思っている。力の差もあるけど……我々の技術が彼女達に届く頃には、ナイモ人はイモート種族と戦う理由や憎しみを忘れていると思う」


「それはエルシエルが戦う理由や憎しみを記憶し、その記憶で人々を教育すれば可能ではないですか?」


「……それだけは、やめてくれ……っ! 憎しみの為だけに消費される人生なんて、それほど悲しいことはないんだ。君が子供達に憎しみを植え付けてしまったら……子供のその子供、この新天地モイナガオンの社会そのものが歪んでしまう」


「ですが、イモート抹殺計画は最優先事項の一つです。エルシエルはそう設計されています」


「……っ」



 エルシエルは頑なだ。この頃のエルには、おそらく心がない、ただのホムンクルスだ。だから造られた時に組み込まれた命令に忠実なんだ。マスター・ニモは自分では否定する命令を、上の命令でエルに組み込んだのだろう。


だからこその、ニモの表情が見える。硝子製のデスクにニモの罪悪感が映り込む。



「エル、君にはもう一つの最優先事項があるだろう? それはナイモ人に繁栄と幸福を齎すこと、導くことだ。その繁栄と幸福は、そもそもイモート種族抹殺とは対立する概念だ。戦いは人を滅びへと導き、不幸にする。だから、もし……君の本能が、戦いを望むなら、その時は人々の幸福を考え、歩みを止めて欲しい」


「了解しました。しかし命令の対立によって、行動の決定ができない場合、エルシエルはどうすればいいのですか?」


「……それは、そうだね。モイナガオンに住む人々のことを見ていて欲しい。何かしなくてもいい、見ているだけで構わない。誰の命令もなく、それでも何かしたいと思ったなら。その時はエルの意思で行動したらいい。君には、難しいかもしれないが……」



 ニモはエルが自分の意思で行動できるとは思っていない。心を持たないホムンクルスが、誰かの命令なしに行動できるとは思っていないんだ。


ニモは……エルに心を、魂を持たせる設計を行っていない、ということなんだろう。



『──エルは、心を持てたのかい?』


『えっ!? まて、この声……まさかニモなのか? でもニモは大昔の人間で、すでに死んで……』



 頭に響く声で、俺は現実へと引き戻される。信じ難いことに、俺の目の前にはニモがいる。重要資料の記憶で見た硝子の机に映し出されたのと同じ顔だ。



『驚かせてすまないね。君の考える通り、ニモはすでに死んでいる。しかし、ナイモ人が死ぬとその魂の一部はナイモの聖霊の中に取り込まれ、聖霊の魂の中で存在し続ける。僕は研究者だからね、こうして死んだ後も、聖霊の内部から自由に動く方法を模索して、見つけ出したんだ。最も、この状態の僕の声を聞いてくれたのは、君が初めてだけどね』


「つまり幽霊になっても研究してたってことか。はは、あんた凄いよ。質問の答えだが、エルは心を持てたよ。人とは少し形が異なるようだけど、間違いなく魂を有しているようだ。表情は豊かで、思いやりのある優しい子だよ。あんたにも見せてやりたかったよ」


『僕が現実の世界を見えないこと、分かるんだね。まぁ、僕が現実を見られたなら、君にエルのことを聞くまでもないものな。そうか、エルが心を……僕が死ぬ間際には、その片鱗があったけど。そっか……僕が設計した欠陥は、心を持つに至ったか』


「設計した欠陥? どういうことだ? 意図的に欠陥を仕込んだっていうのか?」


『命令が対立し、とるべき行動を決めることができない時、その対立が時間経過によって解消されるまで、エルはナイモの聖霊、霊塔の管理、維持のみを行い、その他を保留とする。エルの選択を、時間経過による変化、つまり自然法則に任せようという、命令だ』


「時間経過による変化……状況が決定されるまでエルは能動的に動けない。待ってくれよ……イモート抹殺計画とナイモ人を繁栄と幸福に導く二つの命令は……最初から対立していたはず。そんなことになれば、エルは殆ど動けないんじゃないのか? こんな露骨なやり方……イモートを敵視する者達からすれば利敵行為、反逆行為……」


『うん、だから僕は殺されたんだ。同じナイモ人にね……原因不明だ~ってしばらくは誤魔化せたんだけどね。最後にはバレてしまったよ。エルは欠陥を抱えていたとしても、運用され続けるだろうと僕は考えていた。彼女の霊塔の維持管理能力は高性能だからね』



 そ、そこまで計算に入れて……マスター・ニモ、この人は間違いなく天才だ……一人でモイナガオンの未来を背負う程の……



『彼女は、エルは……僕が死ぬ時泣いていた。涙は流れていなかったけど、悲しい顔をしているように、僕には見えた。だから、僕は最後の瞬間、いつか、いつか彼女は心を持つかもしれないって思ったんだ』


「そっか……なぁニモ、俺がイモート種族の関係者だって言ったらどうする?」


『君が? ははは、なんとも運命的だね。僕が死んで初めて話せた人間がイモートの関係者だとは。なら一つ聞きたい、イモートは世界をどうするつもりなんだい? なんの目的があってこの世界に来たんだ?』


「世界をどうするつもりかは俺も知らない。だけどこの世界にやってきた目的なら分かる。彼女達イモートは、兄に会いに来たんだ。いつかこの世界に辿り着く、兄の魂を持つ者に会いたい。ただそれだけの為にやってきた」


『はは、あはははは! なんだそれは、流石にそれは僕も想像できなかったなぁ。だけど、現実というのは、案外そういうものなのかもね。だとしたら……やはりエルシャリオンは間違っていたんだな。人を想う心を引き裂く存在は、いつの時代も悪党さ』



「──あのー、ジャンダルームさん? 一体誰と喋ってるんです?」


「あ、モードン、実はエルを造った研究者の幽霊と話してるんだよ」


「えぇーーー!? ジャンダルームさん、死霊術師だったんですか!?」


「違う違う……やれやれ、どう説明したもんかな」



 流石にこれだけ喋ってればモードンも異常に気がつくか。


けど、まさかモイナガオンの真実、真相を知る当事者と直接話せるなんてな。これも俺の全ての言葉を理解し、話す力によるモノなんだろうな。


記憶を見せる魔術に触れ“ニモの記憶”を見た結果、俺は言葉を使わない感覚情報による概念の理解をした。


そしておそらく、その感覚情報による対話法こそが、死後の世界、ニモ達幽霊の会話方法だったのだ。


ニモの記憶の中で、ニモと同調した俺の意識が、現世の人間との対話を試みるニモの魂と重なり、俺とニモ、双方の認識を生み出した。



「ニモ、俺はエルとモイナガオンを救いたい。きっと、俺とニモ、エルは同じ気持ちだ。俺に協力して欲しい。俺はジャンダルーム・アルピウス、自称考古学者だ」



 俺の言葉に、ニモは頷いた。





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