侵略者
「どうです? エルが入れたエルスペシャルブレンドの味は!」
得意げに胸を張っているエルシエルに促されるまま、俺はコーヒーを飲む。
……う、美味いなこれ……俺は、正直コーヒーはそこまで好みじゃないが、そんな俺でも飲みやすく、口当たりの柔らかさの裏に、複雑な味が織り込まれたような印象……
苦みや酸味が絶妙なバランスで調和していて、違和感なく舌、喉、体に染み渡るような、後味の良さ……これをなんと言葉にすればいいのか……
「お、美味しかった……本当に俺が飲んだのはコーヒーだったのか? コーヒーが得意じゃない俺が良いと感じるなら、逆にコーヒーが好きなディアはどうだった?」
ディアにエルスペシャルブレンドの感想を聞く。ディアはコーヒーが好きだ。一緒に旅をしてきたが、彼女はちょくちょくコーヒーを飲むことがあり、ディアがこのモイナガオンに来たのだって、カフェ、そしてコーヒーが目的だ。
「ふーむ……これは美味しい。けどどうしてこんな味に……」
ディアも美味しく感じたらしいが、味の分析のために目を瞑り、にゃむにゃむと思案している。
「味は街のカフェにあったモイナガオンブレンドによく似てるけど……あれよりも飲みやすく、その一方で玄人好みな深みを持ってる。こんなことが可能なの……? 誰が飲んでも満足するような……コーヒー……エルちゃんもう一杯頂いてもいいかなぁ? えへへ」
ディアがコーヒーをおかわりする。そんなディアを見て、エルシエルはドヤ顔とニヤニヤを交互にしている。
「……ああ、これ……多分魔術でコーヒーを多重構造にしてるんだわ。魔力を使用した特殊な淹れ方をしてるのよ。柔らかい淹れ方をしたコーヒーと、玄人好みな深みのある淹れ方をしたコーヒーを同時に淹れて、共存させてるのよ」
「なっ!? ななな! そんな!? まさかこんなすぐに見破られてしまうとは思ってなかったのです~……エローラさんはエルフだけあって感覚が鋭いのです」
「ふふ、ただのエルフじゃないわ。硝子のエルフよ。硝子エルフには魔力収穫術という、野菜や果物を美味しい状態で収穫する技法があってね、それと似てるのかもと思ったのよ。熟した方が美味しい果物でも、熟していない方が美味しい部位もある。だから鮮度を調整して全てが美味しい状態にするの」
「えぇ!? 硝子のエルフってそんな技術持ってるの!? ずる~い! わたしにも教えてよ~」
「そうです! ずるいのです! エルにも教えて欲しいのです!」
「えぇ~? でも~硝子のエルフに伝わる技法だし、あんた達にできるか分かんないけど~? ま、どうしてもというのなら、教えてあげなくもないわ」
「どうしてもなのです~!」
「ね! お願いエローラ! お願いお願い!」
女子達の興味関心は完全にエローラの語る硝子のエルフの魔力収穫術の技法となり、彼女達はナイモの霊塔にあるという室内の畑、室内水耕栽培施設へと移動した。
エルのコーヒーを飲んだら調理室にある食料で料理を作って食べる予定だったが、そこに収穫のひと手間が入る事となった。
「ちょっと見て回るか、この霊塔を……迷宮特有の気配を感じるということは、この塔の内部空間は拡張されているとみて間違いないだろう」
皆が魔力収穫術の技法に夢中になっている間、俺は霊塔を探索する。霊塔には魔力昇降機があり、基本的にこれを使って移動するようだ。
この魔力昇降機は他の小世界では見たことがないタイプで、上りと下りの梯子がそれぞれの行先へ延々と稼働し続けるような構造となっている。これは下、地下空間の広がりを示唆するものであり、一階のエントランスよりも更に下があることが目に見えて分かる。
ということで、俺はまず地下を探索することにした。地下は食料品や酒等の保存に向く。室温が一定で、基本的に涼しい状態で保たれるからだ。
しかしデメリットもある、それは湿気だ。地下は地上部との温度差もあり結露が発生しやすく、こもった湿気が乾燥する要素もない。
「でも、このモイナガオンなら……その常識は意味をなさない。水分を吸収するマナパイプ・プレート建材を使用すれば、地下の湿度も、常に一定とすることができる。それはつまり、本来であればカビや湿気によって地下に保存できないモノを、安全な地下に保存できるってことで──最高の図書館を作ることができる」
ナイモ叡智所蔵室、分厚く、鍵のかかった扉にはそう刻まれていた。
「共通語ではなく、古代語……古の時代に滅んだエルシャリオン帝国の言葉……流石に無断で入るわけにはいかないな。エルシエルは俺達を善意で助けてくれたんだ。そろそろ皆戻るだろうし、食堂に帰るか」
◆◆◆
「も~お兄ちゃんたらちょっと目を離したらどっか行っちゃうんだから~」
「いやいや、勝手にどっか行っちゃったのはディア達だろ? 俺は霊塔に興味があったから、そっちを見て回ったよ」
「協調性のない男ね~……皆が畑に行くんだったら普通あんたも付いてくるもんじゃないの?」
「う……まぁ確かに、言われてみるとそうだな。それで? ディアとエルシエルはお前の魔力収穫術を習得できたのか?」
「はい! 精度はエローラさん程ではないのですが! エルもディアさんも習得いたしましたのです!」
「さぁお兄ちゃん! ここに2つのキャベツがあります。一方は普通に収穫したもの、もう一つは魔力収穫術で収穫したもの、食べ比べてみてね!」
「わかった。それじゃいただきます!」
みじん切りのキャベツを食す、2つの皿があり、ご丁寧に色が赤と青で分かれている。まずは赤の皿のキャベツを食べてみる。うん、美味しいな。普段食べるキャベツより断然美味しいわ。
じゃあ次は青の皿……あれ? え……?
「これは……明確に青だな。注意深く分析する必要すらない。食べて直ぐに分かった、キャベツの食感と甘みが段違いだ。これらが同じ畑で取れた、同じ種類のものだとしたら……硝子のエルフ以外の人系種族は愚か者だな。その食材の持つ真の美味しさというものを、知らなかったんだからな」
魔力収穫術で収穫したキャベツを食べるまでは、ご飯、もしかしてキャベツだけなのかな……と馬鹿なことを思っていた俺だが……今ではいいや、キャベツだけで! といった感じになっている。
「たまにはシンプルな食事も悪くない。魔力収穫術の威力を、いろんな野菜で体験してみるか。他にもトマトとかオレンジとか色々あるみたいだし」
「ちょっとシンプル過ぎるかもだけど、この収穫術を使った素材の味も知っておきたいしね~」
素材の味、ということで、基本的に味付けをせず、生か茹でるだけの野菜と果物をひたすらに食べまくった。
「ふぅ~美味しかった~……あ、そうだエル、エルはどうしてあたし達を助けてくれたの?」
「……そ、それは……」
あ、それ聞いちゃうんだ……俺とディアも気になっていたが、今まで敢えて聞いてこなかった質問をエローラがした。
エルは暫しの逡巡の後、口を開いた。
「皆さんは、おかしくなった街の人々に襲われても、決して人々を傷つけようとはしなかったのです。だから、それを見て皆さんはいい人だと思ったのです。だから助けたいと思ったのです。エローラさん達も、街の皆も……」
「そうだったんだ。じゃあ、街の奴らからディアだけ異常に狙われてた事とか、ディアの事を敵対種って言ってたのはどういうこと」
えぇ!? そこまで聞いちゃうのエローラ!? 俺でもそれ聞くのちょっと怖かったけどなぁ……
「それは……皆さんは“イモート”という種族を知っていますか?」
「イモート? なにそれ? 知らないわ、ディアは知ってる?」
「知らないけど……」
“イモート”種族? イモートってまさか……妹ってこと? いやいや、そんなまさかな……
「──今から二万年程前になるのです。この世界、大世界オトマキアは戦乱の世にありました。エルシャリオン帝国という古の大国が、世界に覇を唱えんと、侵略戦争を行なっていたからです。エルシャリオンによって魔族領域以外の全てを統一するかという時、その者は現れました。黒き魔術師と呼ばれた彼女は、異界よりやってきた旅人でした」
「黒き……魔術師? 魔法使いじゃなくてか? 俺の知るエルシャリオン伝説では黒き魔法使いと教わったけど……」
「ふふ、いいえ魔術師で正しいのです。黒き魔法使いというのは誤りなのです。一人の魔術師によって大帝国が滅びるなんてリアリティがないから、魔法使いが本当の所だろうと、後世の歴史化が勝手に思い込んだだけなのです。確かに魔法使いならば大帝国を滅ぼしたって違和感はありませんから」
……黒き魔法使いが、本当は黒き魔術師だって……? けど……エルシャリオン帝国は滅んで、その当時の情報は殆ど残って……──っ、俺はナイモの霊塔の地下にあった、ナイモ叡智所蔵室の扉を思い出す。扉に刻まれた文字は古代エルシャリオン語で書かれていた。
もしかして……モイナガオンは……生き残ったエルシャリオン人、もしくはエルシャリオンの叡智を受け継いだ何者かによって作られた、そういうことなのか?
「黒き魔術師は理性的で、善良で、エルシャリオンと良好な関係を築こうとしていたそうなのです。けれど、大帝国となっていたエルシャリオンは傲慢で、彼女の誠実な対応に、裏切りで返した。一度目の裏切りは不戦協定の一方的な破棄、二度目の裏切りは捕虜の殺害、黒き魔術師の仲間を殺してしまったのです。黒き魔術師は二度の裏切りを許した。でも、エルシャリオンは三度目の裏切りを行った。二度許した彼女を見て、エルシャリオンは彼女には戦う意思がない、彼女は何をやっても許すだろうと判断したのです。黒き魔術師は、戦乱をこれ以上拡大させたくなかっただけなのに」
「え!? やば……エルシャリオン滅んで当然のカス帝国じゃない」
「エルシャリオンは黒き魔術師を和平調停に呼びつけ、彼女がエルシャリオン領に来ている間に、彼女の拠点であったマイムの街を焼き払い、住民を皆殺しにしたのです。そこには兵はおらず、その多くが身寄りのない子供だったそうです。黒き魔術師は強かった。だからエルシャリオンは彼女の力がたった一人によるものだとは思いもしなかったのです。魔法使いではなくただの魔術師だったから、他にも仲間の魔術師がいるのだろうと決めつけて、マイムの街を焼いたのです」
……行き違い、勘違いがあったとはいえ……どのみち許される行為ではない。エルシャリオンは、人を見ることができなくなっていた。大きな野望、夢の前に、人の心と思いを忘れた。
「黒き魔術師は三度目の裏切りを許しませんでした。彼女はその日を境に変わってしまった。今までは自衛の為にしか振るわなかった力を、自分から、敵を殺す為に振るうようになったのです。彼女はエルシャリオン帝国を構成する地域を次々と解放していき、反エルシャリオン帝国勢力を作り上げ、エルシャリオンの人々を絶滅させました」
「え……絶滅……? 待ってくれ、絶滅って一人もいなくなったのか? そんなことがありえるのか? 大帝国ってことはつまり、沢山の人間がいたはずだ。その全てを殺したっていうのか……?」
「はい、純粋なエルシャリオン人は絶滅したのです。エルシャリオン人自体は元々そこまで数が多くなく、基本的に間接統治を行っていたので人数はそこまで必要なかったのです。残ったのは、他民族との混血だけなのです。ともかく、黒き魔術師によってエルシャリオン帝国は滅び、大世界オトマキアに平穏が訪れたのです。彼女はそれからも世界各地を周り、人々に叡智を授け、人を導くようになりました──
──永遠の神、ジーネットリブとして 」
「え……? ジーネットリブ……?」
なんでこんな話してたんだっけ? 確かイモート種族がどうとかで……それでジーネットリブ……ジーネって、あのジーネのことなのか? そんな馬鹿な……
それに永遠の神のジーネットリブって……ジーネドレ帝国の国教の……主神と同じ名前じゃないか……
ディアの顔を見る。ディアは俯きながらも、俺に頷いて返した。
ジーネは……ディアと同じく、元は伊豆宮ミヤコという一人の人間で……俺の妹で……待ってくれ……じゃあ、ジーネドレ帝国って、ネドレ人て……ジーネットリブの奴隷って意味なのか? そんな馬鹿な話があるかよ……
俺の中に生まれた恐ろしい予測を、否定してくれる者はいなかった。
ディアは何も言わない。その沈黙は俺の予測を肯定するかのようだった。
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