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消える旅人、エルフの夢



「……なんだ? この違和感……エローラ、ディア、嵐が来たからで説明できない気がするんだけど……これ」



 俺達はモイナガオンの街に囚われた。モイナガオンを襲った特殊な嵐が俺達をこの街に閉じ込める。住民はこの嵐に慣れているぐらい、定期的にあるものみたいだが、どうみても普通の嵐ではなく、とても不気味だ。


超巨大な街を囲む竜巻のような嵐、普通であれば何もかもを吹き飛ばしてしまうはずなのに、この嵐は移動もせず、内部のモイナガオンを破壊することがない。


それはまるで──人を閉じ込めるのが嵐の目的であるかの様、何者かの意図を感じさせるものだった。


嵐の来たモイナガオンで起きた大きな変化、それは街から移動できなくなった事で、それ以外は何も変わらない。モイナガオンの住民達は日常生活を問題なく送れてしまう。



「話しかければみんな言葉を返してくれるけど、なんとなく皆、目が虚ろな気がするね」



 嵐が来てからも、俺達はカフェ周辺で話し込んでいるわけだが、街の雰囲気がおかしいんだよな。それが具体的に何なのかよく分からないけど。



「そうね、それになんだか……嵐が来るまでは沢山いたはずの旅人が、まるで見かけなくなったような……」


「旅人が消えた? そうか! 俺が感じてた違和感は、エローラが気づいたそれか! 人気な観光地だったはずなのに、旅人、観光客を見かけない。これは、どういうことだ?」


「そんなの分かんないわよ! ていうか、そんなの気にしても意味ないでしょ? どうせ一ヶ月したら嵐は消えて、外に出るんだし」


「ちょ、そんな投げやりな……これは異常事態だろ? 住民達は落ち着いているから、まるで問題がないように見える。でも、本当に問題がないのか? 根拠はない、だけど、どうしても違和感が、何かが引っかかるんだ。見過ごした何かが、ある気がする」


「何? あんた探偵の真似事? あんた趣味で考古学者をやってるモノじゃないの? 探偵も趣味に加わったわけ? 冒険者もやるだけでなく、また新しく、そんなことじゃ、何もかも中途半端なヤツで終わるわよ? ま、別にいいけど、アタシには関係ないし」


「なっ……そ、そこまで言う事ないだろ。そんなんだから活動拠点の街を追放されたんじゃないのか?」


「っ! そうよ!! 悪い!? アタシはこういうヤツよ! 人と馴れ合えば破滅するだけ、アタシからすればあんたみたいなのが、害虫なのよ!」



 が、害虫……そんな、そんなぁ……そこまで言わなくても……



『全く……何なのよ。調子が狂うわ……この男に心を許しすぎた。馴れ馴れしい態度に、自然に対応してしまったわ……この男が、アタシの事を心配してるのは分かるけど……ダメね、結局自己正当化なんてできない。傷つけているのだから……自分の為に』



「え……?」


「何よ?」


 エローラの言葉、さっき共通語じゃない言葉だったぞ? しかも共通語での振る舞いとはまるで違った……自己嫌悪、俺に対しての罪悪感、反省……


俺とディアにはあまり聞こえないように小さく、ぼそっと、口から溢れたようなエローラの言葉、俺の記憶が正しければこんな言語は聞いたことがない。


強いて言えば、エルフ古語に似ているが……それよりも堅苦しい印象のある言葉。儀式用に生まれた形式張った単語を、変化、活用している。そんなイメージが俺の脳内に浮かんだ。



「それ何語? 聞いたことがない言語だ」


「何って別に、ただの硝子のエルフの古い話し言葉よ。ま、知恵のない人間種には理解不能でしょうね。さっきのはあんたを罵倒していたのよ。分かったら馴れ馴れしくしないで」



 う、嘘だこれーーー!! 硝子のエルフ、確かエルフから派生したマイナー種族。エローラはただのエルフではなく、硝子エルフ種族だったのか。そうか、これ……彼女の言う硝子エルフの古い話し言葉、いうなれば硝子エルフ古語は、硝子のエルフにのみ伝わるような狭い種族言語で、それは他種族からすれば暗号、理解不能な言語だ……ふ、普通なら。


でも俺には全ての言語を理解できてしまう“力”がある。身内種族以外には決してバレないという確信を持った上での発言、つまりこれは……これがエローラの本音だ!


エローラはまるで異常者のように、人嫌いとして振る舞っているが、その内心はまともで、人を思い、反省する心があった。俺を共通語で罵倒する事が嫌になってしまって、本音を母語で言うしかない、そんな心理状態だったのかも。


 それにしても、どうして彼女は本音を共通語で言う事ができないんだ? そういった呪いの類でもかけられたのか? 何にせよ、俺が硝子エルフ古語を理解できることは黙っていた方がよさそうだ。



「ちょっとエローラ!! いくらなんでもそんな言い方することないでしょ!? お兄ちゃんは、あなたにそこまで言われるようなことしてないよね?」



 やばい、やばい、ディアが普通に怒ってる。俺はディアを見てウィンクする。落ち着いてくれという意図を込めて。



「まぁまぁ、エローラにもなんか事情があるんでしょ。なぁエローラ、もしかして君のその態度は、君が硝子エルフであることと関係あるのか?」


「……そ、それは……違うわよ……アタシは好きでこういう振る舞いをしてるのよ……」



 露骨に元気なさげなエローラ、これを見てしまってはディアも彼女を怒ることができないようだ。ディアにもエローラの言動が本心からでなく、何か事情があり、そうせざるを得ないということが分かったようだ。



「もう、いいわ。お兄ちゃんへの暴言は許してあげる。エローラにも事情があるようだし、でもねエローラ。あなたはお兄ちゃんの事を甘く見過ぎだよ。お兄ちゃんには嘘つきな、悪い妹がいたの。だけどそんな悪い妹を許して、可愛がってしまう、優しくて、温かい人。嘘でお兄ちゃんを遠ざけることはできないよ。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだから、いつだって、お兄ちゃんの振る舞いをする。その生き方を止めることなんて、誰にも出来ないよ」


「……何言ってんの? 馬鹿じゃないの?」


「確かに馬鹿かもな。でも世の中いろんなヤツがいるもんだ。だったら馬鹿も当然いる。賢いヤツも、どちらでもないヤツも。いくら否定しても、自分は自分だ。自分を変える努力を怠ることを良しとするわけじゃない、ただ──自分の心の全てと向き合うことが、自分のなりたい未来を見つける方法なんじゃないかって、俺は思うんだ。良いも悪いも全部自分の心、だとすれば全ては自分次第なのさ」


「……あんたは異常者よ。ここまでしつこい馬鹿は見たことがない。学者を自称するのなら、アタシの態度から学びというものを得てもらいたいんだけど……」



 エローラは俺から目を背け、そう言った。気まずそうに小石を足先で蹴って、それはまるで叱られて拗ねた、反省しきれない子供の、渋々の態度に見えた。


長生きしたエルフでも、自分と向き合うことは難しいのだろう。長い年月で生み出された癖は、そんな簡単に変えられるものでもないだろうしな。



「ごめん、あんたの夢のこと、馬鹿にして、茶化したようなこと言って。言うべきじゃなかった。あたしだって、馬鹿な夢を追って、里を抜け出して来た馬鹿な硝子エルフなのにね……」


「エローラの馬鹿な夢って? 良かったらそれ、教えてくれよ」


「──魔法。魔法を探してる。魔法を使いたいの」


「え? でもエローラってエルフだろ? 硝子のエルフって言ってもエルフには変わりないんだろ? じゃあ魔法は使えるんじゃないのか?」


「この世にある魔法の殆どは、アタシからすれば偽物なのよ。本物の魔法っていうのは、人を絶望させるものじゃなく、人の希望を紡ぐ奇跡なの。アタシが使える魔法は、人を傷つけて、絶望に向かわせる魔法ばかり。相手の希望を消し去って、自分が得をする為だけの魔法。でも、そんなのってくだらない。アタシはそう思ったから、ずっとずっと、旅をしてるの。絶望の魔法を使いながら、希望の魔法を探してる。矛盾した、馬鹿なエルフの馬鹿な夢」


「絶望の魔法ってつまり、戦闘用の魔法? いや、戦闘用ってだけじゃないか、自分の利の為に使われる魔法……自分が得する為に力を使えば、その分誰かから奪うことになる。魔法に限らず世の理とは、そういった側面がある。つまり希望の魔法っていうのは、誰かから奪うことなく、みんなが得するような、ハッピーな結末を得る魔法ってことか」


「力を使うことでハッピーな結末を得る魔法? それって結局魔法の使い方じゃないの……? エローラの言う絶望魔法でも、使い方によっては、ハッピーな結末を得られるんじゃないの?」



 ディアの言うことも分かるが、おそらくエローラの考える希望の魔法、奇跡の魔法とは違うものだ。エローラは魔法そのものが持つ、特性のことを言っているんだと思う。


 例えば銃、銃を使って人は人を守ることができる。けれど、それは銃が人やモノ、あるいは動物を傷つけることで達成される。傷つけず、脅しだけ済むこともあるだろうが、それは結局、相手に恐怖を与え、その心を傷つけている。


銃の他者を傷つけるという本質は変わらない。使い方によって、人はそこに正義や悪を判断することはできても、その存在が持つ本質を変えることはできない。


 魔法は……基本的には、目的の為に法則を捻じ曲げる力だ。だから、エローラの言うように殆どの魔法が絶望の魔法、奪う魔法だと思う。極端な話だが、奪う魔法を行使し続け、それが極点に達した時、それは絶望という名の滅び、使用者以外がその魔法に全てを奪われた世界があるのかもしれない。



「使い方だとかそういう話じゃないのよ。魔法の本質的な話をしてるのよ。便利な力ではあるけど、本質的には良くないものよ。勿論希望の魔法でも、絶望の魔法でもない魔法もあるけどれど、それはアタシの求める魔法ではないわ」



 希望でも絶望でもない魔法ね……どんな魔法になるんだ? 善悪もなく、目的もない魔法か? ただ法則を変え、世のバランスを変動させるだけ……あれ? それってもしかして、エドナイルのレーラ神、今はレーラルーム神の魔法じゃないか?


レーラルーム神は砂漠の環境を魔法で調整していた。砂漠にある力のバランスを変動させ、人も生き物も、全てが生きやすい環境を生み出していた。アレは一見すると人に利する、人の為の魔法のように見えるが、そうではない。


あれはエドナイル砂漠のある小世界全体を一つの循環として考えた場合、人が利によって増えた力は、砂漠へと還元され、それが砂漠の生物へと流れる仕組みだ。ジーネドレの干渉によってそのバランスが崩れて、生態系が荒れていたけれど、基本的な仕組みは調和的で、誰かが損するようなものでもない、得するものでもない。


何故なら損得とは相対的なもので、エドナイルのレーラルーム神の魔法の中では、循環という視点に於いて全てが得するようなものだからだ。皆が得をすれば、損という概念、損得すら消える。それでも人は人社会の大枠の中で、損得の感情を捨てられないが、少なくともレーラルーム神の作る小世界の法則にはないものだ。


 ただそこにある法則、それこそが絶望でも希望でもない魔法。世の理に組み込まれ、バランスを保つ力だ。自然法則のような魔法の力は、自然の変形、延長のようなもので、他存在に絶望も希望も与える。実際、ミュシャの両親はエドナイル砂漠で発生した砂嵐によって命を落としている。この例でエドナイル砂漠が与えているのは恩恵だけではないが、これも巨視的なモノの見方をした場合、人全体としては損はしていない。


ミュシャの両親が持っていた命の力、魔力は砂漠へと還り、循環して、人々にまた恩恵を与えるからだ。人の視点と神の視点では異なる、レーラルーム神は人に寄り添ってはいたが、同じ目線を完全に共有することはない。神は神で、人は人なのだ。



「エローラの夢は難しいな。哲学的というか、まるで世界の真理を探求してやろうというモノだ。でも難しいからで、憧れは止められないよな! 俺が奇跡の魔法を、希望の魔法を見つけたなら、お前に教えてやるよ」


「え……? ほんと? な、なんで……アタシ、あんたに何もしてない。それどころか、嫌な態度をとったのに……」


「だってその方が面白いだろ? お前はハッピーだし、俺もお前が喜ぶなら嬉しい。人の役に立つこと、俺は好きだ。だって、人に一つ優しくできたら、世界に一つ、良いことが増えるんだ。それって凄いだろ? 何もしなければ、ありえない事で、そうした行動で生まれた記憶は、やがて歴史の一つに繋がっていく。直接的か、間接的か、どちらかは分からないけど」


『変なやつ……こんな人間には初めて会った。こんな事を素面で言えるなんて、アタシには眩しいわ。でも……悪くない気持ち……かも』



 え? 悪くない気持ち!? 良かったぁ~。会話成功だな! けど、これでなんとなくエローラがどんな人なのか、分かった気がする。


夢を追う嘘つきで、本当は普通の女の子。



「よし、エローラ! じゃあモイナガオンの調査に協力してくれるよな!? お前の夢に協力してやるって言ってるんだからいいよな?」


「ちょ、それが目的か貴様ァーーーー!!」



 まるで威嚇する猫の如く、怒るエローラ。元気が出たようで良かった。





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