幕間、動き出す者達
「……行ったか、この結果は面白い。ジャンダルームくんは愚かだが、彼が愚かで無ければ、このエドナイルは確実に滅んでいた。人が生き残る道があっても、神は死に、小世界も崩壊へと導かれていたはず」
エドナイルの冒険者ギルド、そのとある一室、そこから繋がる扉はオードスの屋敷へと繋がっている。エドナイルとは異なる小世界にあるオードスの屋敷へと。
オードスは世界に広がるすべての冒険者ギルドに、こうした秘密の魔法通路を構築している。オードスが許可した以外の者がその扉を使っても、それはただの扉であり、魔法通路を通る事はできない。彼女はやろうと思えば、人間の活動するほぼすべての領域を瞬時に移動できる。
しかし、彼女は基本的にそれをしない。不自由を自身に与えなければ人であることを忘れるから。そんな自分で決めたルールを破らせる価値を持つ人間など今まで居なかったから。
「どうやらオレの中で止まっていた時間は動きだしたみたい。心が、動いた……そんな事実が、信じられない。ああ、ダメだ……オレは、そういうのはダメなのに……ダメなのに、もうオレは、君を見てしまう。執着してしまう……きっと、また罪を繰り返す。このオレに刻まれた業は、どうしてこうも、不都合なのかな……ねぇ、先生、どうしたら上手く生きられるのかな? 教えて、欲しかった、なぁ……」
オードスはペンダントを握りしめ、自分を抑え込むかのように、息を止めた。オードス以外誰もいない屋敷、彼女のベッドの上で。
「それにしてもディーアームくん。あの子の力は凄まじい……ヘルドルムは彼女の力を模範して対抗していたようだけど……ディーアームくんが本気を出せば、力付くで簡単に潰せただろうねぇ。まぁ、お兄ちゃんの意思を汲んであげたんだろうけど、不可思議だ。だって結局ジャンダルームくんはまた死にかけていた。自分が力を抑えた結果……そうなる可能性を考えないはずがない……もしかして……ディーアームくんは、こうなることを分かっていたのか? ジャンダルームくんが生き残ることを、だとしたら、どうやって?」
オードスはベッドから降りて歩き始める。思いついた考えを確かめるために。屋敷の力で自分のルールをまた破ることにした。
「預言者ハノン、君の力を借りようかな。答えを少し、知りたくなった」
預言者ハノン、彼女が呟いたその人物に会うため、オードスは一つの扉を開く。
◆◆◆
──ジーネドレ帝国、帝国評議会議事堂、至高の間。黄金と銀で満たされた輝く殿堂。最も貴く、最も醜い、帝国を支配する者たちの居城。
この至高の間には今、9人の人間がいる。空席が一つあり、欠けているのが分かる。
「ヘルドルムが死ぬとはな……由々しき事態だ」
険しい顔つきの、髭を蓄えた男が重々しく口を開いた。
「皇帝陛下、報復を行うべきでしょう。我らがジーネドレ十王の一人が殺されたのですから、理由はそれで十分」
皇帝の次に口を開いたのは魔法使い風の、不健康そうな細身の男。男の目はギラついていて、仲間を殺した者を始末するのは当然であると、そんな意思が見て取れる。
「それはどちらにだ? エドナイルのことを言っているのか、それともヘルドルムを直接殺したという、上級冒険者のことか?」
「もちろん両方に決まっているじゃありませんか! 我々にはそれを可能とするだけの力がある」
「待てセイオス。確かにヘルドルムは死んだが、あれが死んだのは自業自得だ。ヤツが行っていた悪行はすでにエドナイルから表沙汰となったし、この状況でエドナイルに追い打ちをかければ、帝国内の反乱分子を調子づかせてしまう。悪逆非道な支配者を打ち倒す、我らこそ正義だとな」
「黙れマディアード! 反乱分子のゴミ共を理由に、報復を取りやめるなど、それこそ我らの力が弱っていると、奴らに知らせるようなものだ! 支配者が傲慢であることをやめれば、民はすぐに勘違いをする。我らと戦えると思い込み、無駄な死者を出すことになる」
セイオスの次に口を開いたのがマディアード、エルフとネドレ人の混血である彼女は、長い耳と、水晶のような瞳を持っている。肌には文様が入れ墨のようにあり、魔力が通る度、淡く光る。
「セイオス……他国の人間ならいくら殺してもいいわけではない。すべての人の国は、いずれはそのすべてが、我らジーネドレ帝国のものとなるのだからな。しかし、腑に落ちん、ヘルドルムが負け、殺されるなどと……ジャンダルーム・アルピウス、ディーアーム・アルピウス……一体どれほどの力を持つのか……」
「皇帝陛下、敵は未知の力を使うとの情報もあります。それはまるで神か、神と同等な存在に見える。そんな話もあります。もしそれが事実であるなら、これはただ二人の人間を殺すという話では済まないでしょう。敵対すれば起こる事象は戦争、になるかと」
「ふむ、フォルゾートは、ヘルドルムを殺した者達との敵対には反対ということか。確かに、危険が伴うのは間違いないであろうな」
フォルゾード、彼もまたジーネドレ十王の一人であり、地味な印象の男。貴族というより商人的な雰囲気を持つ男。しかし一点、特異な要素が、この男にはある。この男の腕は透けている、まるで幽霊のように。
「だがな、我ら十王が直接動けば、国の力はそう失うこともあるまい。ジーネドレ皇帝、イディーナス・ミアデア・ジーネドレが命ずる! 我ら十王の総力を持って、ジャンダルーム、そしてディーアームを滅する。これは帝命である!」
──ザザッ、皇帝の命と共に、8名の王達が立ち上がり、腕を胸へと当てる。皇帝への忠誠を示したのだ。そして、帝命があれば、行動はすぐに始まる。ジーネドレ皇帝の帝命とは、帝国に於いての最優先事項、他事をすることは許されない。
「──やれやれ、お前達も随分と偉くなったものだ」
「なっ!? 何者だ貴様ァ!! いや、それよりも、どうやってここに入った!! 警備の者は、帝国でも最強の……」
「あなたは誰だ? ここは十王しか入ることを許されない場所。それがどうして、このような少女が……死罪になりたいのか?」
少女、至高の間に突然現れた彼女は、マディアードの言葉など知らぬとばかりに、堂々と歩みを進める。
コツコツ、コツコツと靴音だけが静寂を乱す。
そうして、靴音が止まった時、少女は皇帝の眼前でこう言った。
「──跪け、私はお前の神だ」
「は、はぁ? ははは、何を馬鹿なことを……! そんなもの──」
セイオスは神を自称する少女を嗤う。しかし──
「──は、我が神、ジーネットリブ様。我らネドレはあなた様の下僕、奴隷である我らにお命じください」
ジーネドレ帝国皇帝、イディーナスは跪く、ジーネの言葉通りに。それは異常な光景だった。皇帝が突然正気を失った、そうでなければ説明がつかない不自然な光景。
「そんな……馬鹿な、皇帝陛下? 一体何を、なぜこのようなことを……こんなまるで魔力も感じられない弱者が神? ジーネットリブ様ですと? あ、ありえないでしょう?」
──ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。現実はセイオスを嘲笑う。
セイオス以外の全ての十王が皇帝に続く、自ら跪いた。セイオス以外の帝国の中枢の全てが、一斉に正気を失ったのである。
「ほう、お前もヘルドルムとやらと同じで私の支配が効かないようだな。知ってか知らずか、魔神王の力を取り込んで、支配に抵抗できている。さて皇帝イーディナスよ、最初の命令だ。こいつを殺せ、これからのジーネドレ帝国に、私の帝国に、魔神王の穢れた力は不要だ」
「──は?」
──ザシュ、ブシャアアアアアアアアア!!
皇帝イーディナスはジーネの命に即応する。ジーネの命令の言葉から、セイオスの死までに切れ目がない程に、それは素早く実行された。
皇帝イーディナス、またの名を死の英雄王。ジーネドレ帝国で信仰される永遠教、その主神たるジーネットリブの眷属にして魔人。
帝国の、帝の王冠を戴冠する時、それは同時に魔人化するということだった。王位継承者で最も殺しが上手かった少年は、魔人となって、さらに力を強め、力を振るい、多くの国々に死と恐怖、支配を齎した。
この世界に於いて、英雄はただ強いだけではなれない。それには証が必要となる。
それは強大な龍を打ち倒すこと、そしてもう一つ、剣の力、武力によって魔法使いを殺すこと。
イーディナスは人の身のまま、魔法使いを殺して英雄となった。武勇、精神、その全てが彼が傲慢であることに許しを与える。そんなイーディナスは、奴隷だった。
──否、イーディナスだけではない。帝国を構成するネドレの民の全てが、生まれながらの奴隷だった。
彼らの全ては、永遠の神、ジーネットリブの為に存在する──生まれながらの奴隷だった。
「いいかお前達、ジャンダルームは私の兄だ。危害を与えることは許さん、いや、そもそも実際に会ってしまえば戦う意思も保てないか。そういう、設計だからな。それとディーアームは私の異なる姿だ。よってこれも害することを禁ずる。しかし、よく育ったな。一万年でここまで……よくやったと褒めてやろう」
なでなで、とジーネがイーディナスの頭を撫でる。
「あ、ああああああ!!!!!?? なんという! なんという至上の幸福かッ!? ありがたき言葉! ありがたき幸せぇえええええええええええ!!!!」
洗脳状態であるイーディナスに、通常では得られない快楽が、体を駆け巡った。その瞬間にイーディナスは人として終わってしまった。
いつかイーディナスが何かしらの理由でジーネの支配から脱したとしても、この快楽を知った後では、もう元には戻れない。自らの意思で奴隷に成り下がってしまう。それほどの事が、一瞬で、頭を撫でることで行われた。
この日、ジーネの洗礼が、十王の全てに行われた。
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