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決着、思いの収束




『ッ!? な、なんなのだこれは!! この魔術は、魔柱の力を穢すモノか!?』


「なんだあいつ、急に様子が……あの黒い影のような魔術のせいなのか?」



 レーラ神の力を砂の巨神からどうやって奪い返そうかと思っていたところで、それは起きた。


なぜそれが現れたのかは分からない。突如として王城の方向からやってきた黒い影のような魔力が、ヘルドルムの砂の巨神の体を構成する魔柱に纏わりつき始めた。


何が起きているのか分からないが、どうやらアレはヘルドルムにとって都合の悪いもののようだ。



【お兄ちゃん、どうやらあの影は魔柱の持つ力、魔力制御の力を妨害してるみたい。力を拡散させる呪いの魔術だと思う】


「何? そうなのか? けどそれならなんで、あの魔術はヘルドルムに効いてるんだ? ヘルドルムは敵と同じ能力を得る力があるっぽいんだろ? 魔力を拡散させる力をそのまま返せば、この魔術を無効化できるはず……」


【なんでかは分からない……でももしかしたら、あの魔術を使った人は、もう存在しないのかもしれない。力をコピーする対象がすでに存在しなければ、ヤツの能力も発動できないのかも】


「そうか……どこかで誰かが、命を賭して……けど、これならば、あいつからレーラ神の力を取り返すことができるかもしれない。ヤツはどうやら、レーラ神の力を手放さないだけで精一杯のようだしな。動きも力も弱まっている」


「じゃ、ジャンさん! けどどうやって力を取り戻すんですか?」



 テルミヌスの中で保護しているハルポンが俺に問う。まぁ当然の疑問だ、俺もさっきまでどうすればいいか分からなかったし。けど、今は見えるものがある。



「あれを見ろハルポン」



 俺は大地を見る。テルミヌスと同調した俺の視覚情報が、景色をテルミヌスの内部空間へと投影させる。



「あれはまさか……砂海返し!?」



 俺の見た場所、そこには5体の砂海返しがいた。50mの巨体を持つ彼らだが、馬鹿げた大きさを持つ砂巨神ヘルドルムを見た後では小さく見える。



「最初、俺達は砂海返しが砂漠の環境を調整するために、レーラ神が生み出し、操る存在だと思っていた。でも、それは違ったんだ。砂海返しは、砂魔石を砂漠へ返すために、エドナイルの人間を殺そうとした。この行動は、人間に甘いレーラ神ではありえないことだ。事故で人を殺してしまうことはあるかもしれない、けれど明確な意図を持って人を殺すことは、レーラ神ではありえないんだ」


「じゃあ砂海返しは誰の意思で動いて……」


「王達は知っていたんだ。レーラ神は人々に甘く、厳しさを向けることができないと。だから、かつてのエドナイルの王はレーラ神を支えることにしたんだ。違うか? レーラ神?」


【ああ、そうだ。あの人々が砂海返しと呼ぶ存在、ガイアナータには歴代のエドナイル王達の魂が宿っている。あれは彼らの真の墓標であり、彼らが死後もこの国を守りたいと、私に願った鎧なのだ】



 レーラ神の声が、テルミヌスの内部にいる俺達の心に、直接響き渡る。



「砂海返しが……歴代の、エドナイル王? この国を想った王が、自分達の意思で……そうか、だからか。レーラ神そのものから完全に分かたれていたから、今もこうして、砂海返しは動くことができるってことですよね!?」


「そういうことだハルポン。そして砂海返しには、特別な力がある!」



 俺は大きく息を吸い込む。



『聴けガイアナータ! かつてのエドナイルの王達よ! 俺達と一緒に戦ってくれ! レーラ神の力を、砂の力を取り戻すんだ! お前達ならできる、なんてったって砂海返しだ! 俺達が隙を作る!!』



 俺の叫びはガイアナータ達に届いたらしい。ガイアナータ達の魂に直接響かせた声が。見た目はバカでかいサソリだが、彼らは俺の言葉に了承するように、体で頷いて、ヘルドルムの方へと向かっていく。



『アーク・スプリット!!』


 俺はテルミヌスのアーク・スプリットを発動する。しかし、それは当然、ヘルドルムには効かない。ディアの純粋化の力をコピーされ、無力化されてしまう。


けれど、それでいい。ヘルドルムは俺を、テルミヌスを恐れている。力が効かないと思っていても、俺から目を離すことができない。俺は囮をしていればいい。


 あまりにも巨大になったヘルドルムからすれば、ガイアナータ達は地を這いずる小さな虫に過ぎない。それを完全に捉えるのは難しくなっているはずだ。


だからそれは通った。最初の一噛みが、ヘルドルムの体を奪う。


ガイアナータが達の顎が砂の巨神の砂を食い、取り込んだ。そして、そのまま砂のブレスを俺達へ、テルミヌスへと放った。砂が俺達を傷つけることはない、砂はレーラ神の制御化へと戻り、俺の、テルミヌスの周囲を漂う、障壁となる。



「きっと大きくなり過ぎたお前は、噛みつかれた事実を、些細なことだと思ってしまうだろう。ははは、さて、いつ気づくかな? それがお前を殺すことだと」



 ガイアナータは渾名の通りに砂海を返してくれた。ヘルドルムの砂を食い、体内でヘルドルムの魔力を分解、純粋な魔力を宿す砂へと戻した。そしてその砂がブレスとなって、テルミヌスへ、レーラ神の元へ。



『な、なんだ貴様!! なぜ砂が、お前の周りに……!』


『ははは! 今更気づいても遅いぜ! これだけの砂があれば、レーラ神はやり直せる!』



 奪い返した砂がテルミヌスと同じ大きさになる頃、ヘルドルムは気付いたらしい。ヘルドルムの焦りの感情が、俺に伝わってくる。



【ああ、懐かしい心地が、子供達は、私を思い出してくれた。祈りが私と子供達を繋いでくれる】



 これは……これが、祈りなのか? テルミヌスの中でレーラ神と同調している俺に、レーラ神の感覚が伝わってくる。


エドナイルの人々の感情が、祈りのエネルギーの躍動が、俺にも分かるぞ!! 彼らは今この瞬間、レーラ神のために祈ってくれている。一緒に、戦ってくれているんだ!



「力が、溢れる……! 負ける気がしない。例え、敵が同じ力で返すとしても、俺達は負けない。何故なら! 同じ力を持つ者が戦うのなら……! モチベーションが高い方が勝つッ! 人々の記憶から信仰は消えていたのかもしれない。だけど、その血と魂は、憶えている。レーラ神のことを! 思い出すだけでよかったんだ!」



 光が見える。エドナの街から光が見える。本来は人の目には見えないものだが、レーラ神と同調している今の俺ならば見える。人々の祈りと願いが。


光が俺達の所までやってきて、俺達に力強さをくれる。光は俺達の中で強くなって、人々へ返っていく。今度はエドナだけでなく、エドナイル世界の全てへ。


それはまるで、キャッチボールのようだった。祈りという誰かを想う感情の光の球が、人から神、神から人へと、投げては取っての繰り返し。


その循環は光の輪のようになって、俺達とエドナイルの人々の気持ちを一つにした。



「負けるわけがない。見ろ、ヤツの体の砂が、勝手に離れ、俺達の所へやってくる。エドナイルの砂の魔石は、優しいレーラ神の中で育てられたモノだ。だから元々、人を想う優しい感情に親和性を持つ、その優しい感情が人々によって増幅され、空間を満たしたならば! 砂は独りでに返ってくる!! だってそれが! 砂にとって自然なことで、居心地の良いものだから!!」



 砂の流出をヘルドルムは止めることができない。ヘルドルムがいくら力をコピーすることができると言っても、砂魔石の物質としての特性を変えることはできないし、エドナイルの人々の祈りは能力でもなんでもない。ただの感情だ。感情エネルギーの形の一つに過ぎない。


もしヘルドルムが砂の特性をコピーすることができたとしても、それをすれば自殺行為だ。結局自分の身体が、人を想う心、優しさに取り込まれるという特性を増幅させ、事態を悪化させるだけだからだ。



『小さくなったなヘルドルム。お前の負けだ。お前は人が神を想う力、神が人を想う力、そして人が人を想う力に負けたんだ』


『嘘だ! こんな結果! ありえない! 人の想いだと!? そんなくだらない、弱々しい力に負けるなど、ありえないッ!! お前さえ、お前さえいなければ!! ジャンダルーム・アルピウス!! 貴様のせいで! お前を! お前を呪ってやる!!』



 ヘルドルムの体は大量の砂を失い、数百kmはあった体が、今ではせいぜい200mほど。これでも大きいは大きい、でもさっきまでがデカすぎて、感覚が狂った。ほんと、小さく見える。


そんなヘルドルムは自身の負けを悟ったらしい。口ではありえないと言いつつも、死に際に俺を道連れにするつもりらしい。



「さてと仕上げだな。ハルポン、こっちにこい」


「え? な、なんで……僕が?」


「いいから、ほら俺と一緒にテルミヌスの操縦桿……この棒を握るんだ」


「は、はぁ……? 分かりました──ってうわっ」



 ハルポンがテルミヌスの操縦桿に触れた瞬間、ハルポンの感覚と俺の感覚が繋がった。ハルポンに戸惑いの感情があるのが分かる。けれど、それと同時に、ハルポンに俺の意図が伝わり、ハルポンも自分が何をするべきか理解したようだ。



「俺はエドナの賭博場で、王家への不信を煽ろうと、噂を流した。あの時、ディアに頼んでいたことがある。それは魚を居場所を突き止めること。俺が釣り上げた鏡魚がどこにいるのか調べてもらった。そして、その場所こそがここだ。今俺達が立つこの場所の地下、地下水の川にいるんだ」



 ディアには光を操作する力がある。実際にはそれに付随して、魔力や電磁波などの影響を調べることができる。光に魔力や電磁波を乗せて投射することで、探知機やソナー、あるいは地質年代測定のようなことができる。


俺がディアに探してもらったのは水、地下の川だった。鏡魚は魚だ。エドナイル砂漠の漁で魚のような見た目の生物は多く見かけた。けれど魚は鏡魚だけだった。


魚は水なしには生きられない。それが変わった形をしていたとしても、水分をあまり必要としない魚だったとしても、魚である限り、水を必要とする。だから水を探せば、鏡魚の居場所を特定できると思った。



「俺は運良く鏡魚を釣れたけど、釣りは下手らしくてな。釣れる気がしない。でも、ハルポン、お前ならできるはずだ。王は、レーラ様に魚をあげる人だ。魚を取るのが上手かった人だ」



 テルミヌスの足元と砂が割れていく、やがて岩盤が露出し、その一部に穴が空いているのが見えた。



「征服王オルダン。彼は傲慢で豪快で苛烈な王だった。でもそんな彼にも弱点があった。オルダンには弟がいた。名をダルダンと言う。オルダンはダルダンと仲が良く、溺愛していた。だが王家の権力闘争は、彼らが仲良く、平和に暮らすことを許さなかった。だからオルダンはダルダンを他国へと逃がした。漁業と農業の技術を学び、いつかその技術を、エドナイルへと持ち帰れと、使命を与えて」



 テルミヌスの指先から光の糸が伸びていく。糸の先端、砂魔石で出来た針が、岩盤の穴から見える水面に触れる。



「ダルタンは名を変えた。ダルタン・ナイルドッポ、初代エドナイル国王が王となる前に名乗っていた性を名乗った。ダルタンの一族、ナイルドッポ一族はオルダンの命令通り、トンドッポ王国で漁業と農業の技術を学び、このエドナイルへ帰ってきた。ダルタンの子は自分達が王家の血筋であることを忘れていたが、このエドナイルの地に帰ってきた。魚獲りの一族として帰ってきた」



『死ね死ね死ね!! ジャンダルーム・アルピウスゥウウウウウ!!』



 赤黒い禍々しい魔力がヘルドルムから俺へと放たれた。呪いか、それも対象を俺だけに絞ったものだ。避けられん……ディアが純粋化の力で守ろうとしているが、その力をヘルドルムは模範して、無効化した。



「……っぐ、はは。いくら魚を獲る一族だからって、漁師でもないお前にできるのか、少し不安だったけど……どうやら、杞憂だったな」


【お、お兄ちゃん……! そんな、嘘……】



 呪いが俺の体を蝕んでいくのが分かる。ヘルドルムの憎しみが、俺の体を内部から焼き焦がしていくのが分かる。でも問題ない。もうこの国は大丈夫だ。



魚は釣れた。


テルミヌスの指先の糸で、ハルポンが釣り上げた。



「レーラ神に、約束を! 絆の魚を! 私が王であり、あなたが神であり、あなたと私で出来た輪の中で、平和を願いましょう。エドナイルの人々が、永遠に続くよう──そして再び約束を! 私達は! あなたを二度と忘れないと誓いましょう!」



 ハルポンは俺の意思を汲み取り、やるべきことをやってくれた。それはエドナイルの王とレーラ神の再契約、以前よりも強く結びつき、二度と互いの心が離れないようにするための誓約。



【新たな王よ、私もあなたと、あなたの民に誓いましょう。あなたを見守り、時に厳しさを与えることを。私を忘れてしまわないように】



 そこに契約は結ばれた。新たな契約には、新たな形が。



 ──レーラ神が生まれ変わる。



 レーラ神が遂にヘルドルムの全ての砂を奪い返し、ヘルドルムの核であった魔力結晶をも掌握した。ヘルドルムは俺に呪いを掛ける為に魂の力を使い果たした。だから空の、所有者のいない魔力結晶を、レーラ神は取り込むことができた。



 テルミヌスの、俺の目には見える。



「砂の、女神……なんとも分かりやすい。大きくて……キレイで、これならどんな馬鹿でも存在が分かる。あなたの新しい名を……教えてくれないか……?」



 テルミヌスと同じ大きさの砂の女神は頷いて、俺を見た。



『私はレーラルームと名乗ろう。私と私の愛しい子供達を救った、異邦の友人の名を借りて、永遠に記憶に刻む為。さて、ジャンダルーム・アルピウスよ。あなたは私との約束を履行した。我らの永遠の友人に祝福を』



「っ……これは……回復、魔法……? いや、違う──」



 新たな神、レーラルームの魔力が俺を包んだ。俺は穏やかな感覚に抱かれ、眠りに落ちた。


痛みと苦しみは、消えていた。





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