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希望を繋ぐ光と影



「こ、この世の終わりだわ……なんでこんなことが、なんで私達がこんな目にあわないといけないのよぉ!!」



 エドナの街の人々は絶望し、空を見上げていた。空を染め上げる砂で出来た巨大な神を。


理不尽な現実に怒りを向ける者、現実から目を逸らす者、絶望を受け入れ悲しみに浸る者。思うことは人によって異なるものの、それは等しく希望を見ていなかった。



「──聞いてくれ! エドナイルの民達よ!」



 そんな時、男の声が響いた。震えながらも、勇気を振り絞るかのように紡がれたその声は、不思議とよく通った。



「こんな時に何を……あれは、まさかマダルガ王なのか!?」


「マダルガ王なの? 王に今更なにができるって言うのよぉ!!」



 兵士が一人、その男がマダルガ王であると気づいた。一人、また一人と、それがマダルガ王だと気づき、人々は集まり、人壁となっていく。



「皆に言わなければならないことがある。皆に謝らなければならないことがある。我は……マダルガ・エレラ・デ・エドナイル、この国の王だ」


「一体何が起きてんだ!! 説明しろよ!!」



 若者が一人、マダルガに殴り掛かる勢いで詰め寄ろうとする。そんな若者を、困惑しながらも兵士が抑える。



「我は……偽物の王なのだ。我だけではない、黄金王アダルガの時より、王の血脈は途絶えている。黄金王アダルガはその先王ウダルスの子ではなかった。ジーネドレ帝国より我がエドナイル国の臣下となったダガーランの者。ゾルガ・ネア・ダガーランとウダルス王の王妃、フェリテとの子なのだ」


「な、なんだって? じゃあ、あのイカれた子供の言っていたことは、本当のことだったってのか?」


「王家は俺達を騙してたってことか!! じゃあこんなヤツ守る価値もねぇだろ!! どけよ兵隊さん! ぶっ殺してやる!!」



 血の気の多い者たちがマダルガを害そう近づく、しかし……兵士は彼らをマダルガの元へと辿り着かせない。


「止まれ……最後まで、話を聞こうじゃないか。この人は王ではなかったのかもしれない……だがこの国も、俺達の命もここで終わるのだとしたら。せめて最後に、真実を知っておきたい。納得したいんだ。お前達もそうじゃないのか?」



 一人の兵士のその言葉は、冷静さを失った人々の足を止めた。最早王を殺した所で、この状況は覆らない。


人々は死ぬとしても、納得が欲しかった。なぜこうなるのか、なぜ終わってしまうのか、その答えが知りたかった。



「ありがとう……」



 マダルガはマダルガの話を聞くよう促した兵士に礼をいうと、再び話し始めた。



「ダガーランの者は、ジーネドレ帝国の魔法使い、ローガルム・ヘルドルムがこの国の力、レーラ神の力を奪う計画の為、このエドナイル国に送り込まれた。人々からレーラ神への信仰を奪い、人と神の繋がりを断つことで、己がレーラ神へ干渉するための隙を作るためだった」


「じゃあダガーランもあんたもこの国の敵じゃねーか!! それがなんで今さら、こんなことを……言ってなんの意味があんだよ!!」


「そうだそうだ!!」



 人々のマダルガに向ける視線は冷たい、罵倒も当然マダルガへと。マダルガはそれでも言葉を紡ぐことをやめない。元々こうなることは分かっていた。覚悟していた。



「確かに、ダガーランも我も……このエドナイルを陥れるために生まれた、穢れた、呪われた血脈と言っていいだろう。だが……我は、この国が好きなのだ。この国で生まれ、この国の凄さ、素晴らしさを見てきたから。だが我は……我として、マダルガとして生まれてしまった……この国を正すため、真実を明らかにすれば、我も、我の子供も、我が盟友であるセトルド・ネア・ダガーランも、死ぬことになる。それが怖くて……ずっと言えなかった。愚かなことだろう……だから、もう終わりにすべきだと思ったのだ」


「何いってんだ!! 今更言ったってどのみちこの世の終わりだろうが!!」


「終わらない、終わらせてたまるものか!! 我はこの命を賭して、足掻くと決めた……!! 呪われた血族であろうとも、それでも未来を繋ぐための! 礎となることはできるはずなのだから! 終わった後は、皆で決めてくれ、我をどう裁くかは」



 そう言ってマダルガは剣を地面に突き刺した。事が終わればこれで自分を殺せと言うかのように。


マダルガの顔には覇気が宿っていた。誰もが見て取れる、覚悟を決めた男の顔と言葉、行動に、人々は何も言うことができないでいた。


理解できてしまった。


言葉にできない、感情のうねり、魂の叫びが。


エドナイルを愛している。


エドナイルの為に生きて、死ぬ。


そんな意思が、人々に伝わった。



「まだ、我と、皆にはできることがある。あの砂の巨神、ヘルドルムは、レーラ神の力を取り込んでいる。ヘルドルムがレーラ神の力を取り込むことができたのは、我々がレーラ神のことを忘れ、信仰心を失ったからだ。だが逆に言えば、我々がレーラ神への信仰を取り戻すことができれば、ヤツからレーラ神へと力を奪い返すことができるやもしれん」


「まさか……祈れというのですか? レーラ神に……そんなことで、本当にこの状況がどうにかなると?」



 マダルガを庇った兵士も、マダルガのこの考えを肯定することができなかった。


エドナイルの人々は、祈り方を忘れていたからだ。それに意味があると、思うことができなかった。



「あれを見ろ。巨神ヘルドルムに立ち向かう、あの白き巨神像を。あれが何かは分からぬ、だが、あれから溢れ出る光が、レーラ神の紋章、そしてエドナイル国の紋章を空に描いている。だからあれは、レーラ神の化身なのかもしれぬ。まだ希望は失われていないのだ。きっとレーラ神の全てが消えたわけではないのだ。祈る価値はある!! レーラ神よ、あなたを忘れた、愚かな我々に、どうかもう一度お慈悲を。二度とあなたを忘れない。だからどうか! 帰ってきてください!」



 マダルガは祈った。最初の一歩を、自分自身で踏み出した。



「……っへ、馬鹿かよ。でもまぁいいか。どうせ死ぬんだ、馬鹿を試すぐらいどうってことない──レーラ神よ、あなたを忘れた、愚かな我々に、どうかもう一度お慈悲を。二度とあなたを忘れない。だからどうか帰ってきてください!」



 先ほどまでマダルガを殺そうとしていた血の気の多い若者が、二番目に祈り始めた。


そこからは早かった。人々は二人に続いた。絶望的な状況の中、人々は祈り始めたのだ。絶望的な状況だからこそ、他に選択肢がないからこそなのかもしれない。


しかしそれでも、祈りと信仰は、再び始まった。



「……マドル……お前は……無能は私の方だったな。私にはお前のような勇気はなかった。最後の最後に、お前は本物の王となったのかもしれん。お前が命を賭すというのなら、盟友である私がやらぬわけにはいくまい。行先が地獄だろうと、どこだろうと、私はお前と共にあると、決めたのだからな」



 ダガーランはマダルガのことを見守っていた。マダルガが民衆へと語りかけた広場が見える宿で。



「だがマドル、私は祈らない。私には私の、できることがある……あの世でまた、会えるといいが……マドル」



 ダガーランは歩き始めた。王城へ歩き、その地下道を歩き、隠し扉へと。


そこには魔法陣があった。魔術の準備は、すでに完了していた。



「──糸欠き双眸の光輝、退廃に微睡む昏き蠕虫ぜんちゅうよ、栄光を愛せよ、無謀を見よ、喪失は証明である──ラブリシュ・グオリサス」



 ダガーラン──否、セトルドは詠唱する。それは明確な害意を持った反逆、最初で最後、次はないと、彼は自身の持つ全ての魔力を編み、込めた。


 セトルドはヘルドルムの目的が分かっていた。ヘルドルムがレーラ神の信仰をエドナイルの者たちから取り上げた事から、レーラ神の力を狙っているのだろうと予測していた。


実際、その予測は当たっていた──けれど、ヘルドルムがどうやってそれを成すのか、その道筋、方法を予測することは出来なかった。


それでもセトルドは思考を続けた。ヘルドルムが石柱──魔柱をエドナイル各地の建てていた事から、アレをレーラ神の力を奪うのに使うのだろうと予測して、賭けに出た。



「──当たりは引けた。後はどこまで通用するのか、ヘルドルムのあの魔柱を魔術で汚染して、どこまでの効果が得られるか、まるで検討もつかない。相手は、伝説の存在なのだから、力及ばずとなっても、致し方ないのかもしれん。だが、だがなぁ……! 足掻くと決めたのだ! 我が友が見せた勇気に応えなければ、私はただの恥知らずの臆病者だ! 最後の最後、一滴ぐらい、心からの未来を……祈ろうじゃ、ない……か、神ではなく……我が、友に……」



 セトルドの足元の魔法陣から黒い光の魔力が溢れ出し、壁を通り抜けるように上へ上へと昇っていく。それは魔力の影となる。術者の望みのままに、魔柱を穢すために空を這いずっていく。


 セトルドは全てを賭けた、文字通り、自身が持つ魔力の全てを込めたのだ。伝説の魔法使いが数百年を掛けて計画した魔術を妨害するのだ、阻む者が只人ただびとであるならば、それは分不相応、それなりの代償を支払う事となる。



──ドサ。



 誰も居ない地下室で、ただ一人、男が力なく倒れた。音は響いても、それを誰かに伝えることはない。



「マドル……私は……俺は、お前と一緒の気持ちだったんだ。ただ、俺は……嘘をつきすぎた……建前と現実は、本当の気持ちを分からなくした。いや……本当の事を言うのが、怖くなっただけか……お前の、おかげで……最後に、本当の気持ち……お、れ──」



 セトルドは最後の瞬間、マドルと共に過ごした幼少の頃を思い出していた。


二人は物心ついた時から一緒で、生まれた時から主君と家臣の関係となることが決まっていた。二人共、それぞれに兄弟がいたが、血の繋がった兄弟と関わる事は殆どなかった。


なぜなら兄弟とは、未来の敵だからだ。偽の王の血を引く子供達に争う気がなくとも、その周りの大人が、欺瞞と謀殺の世界に子供たちを引きずり込む。大人達がより強い権力や利権、金を得るために。



「大人はゴミだ。どうしてここまで醜く、愚かになれるのか! こんなものは、俺達の子供の世代に受け継がせてはいけないんだ。マドル、俺達でこの悪因を断ち切ろう、俺達で本当のエドナイルを取り戻すんだ」



 ある時、マドルの兄の派閥の大人が、嫌がらせをしてきた。マドルとセトルが剣術の訓練をしようとした所で、茶々を入れて来た。今からマドルの兄が訓練で使うのだと。


しかし、そんなものは嘘っぱちだ。マドルの兄は剣術嫌いで、訓練の時間でいつも昼寝をしている。


 セトルは怒ったし、納得もいかなかったが、セトルとマドルは仕方なく訓練場を明け渡した。そんな二人はもやもやした気分を晴らすため、護衛を撒いて小型の砂船で人気のない砂の丘の上までやってきた。



「はは、セトルも僕もまだ十を数えたぐらいだよ? それなのに自分の子供の時代を考えるだなんて、セトルはせっかちだよね。それに本当のエドナイルを取り戻したら、僕たち死んじゃうじゃないの? みんな僕たちの事を許さない、怒って、僕らを殺すんだ」


「おい! 死ぬのが怖いのか? この臆病者め! 自分がそれで死ぬとしても、成し遂げるだけの価値がある! だって俺! エドナイルが好きだから! お前も好きだろ? マドル! だから! だから俺、殺されたって覚悟の上さ! クク、例え殺されたとしても、後世の歴史家が評価してくれる! 全力で生き抜けば、俺達は英雄だ!」


「えー? 僕はあんまし頑張りたくないなぁ。でも、セトルがやるなら、僕もやるよ。僕も、セトルと同じ気持ちがあるから。死ぬのは怖いけど、それでも迷ってしまうぐらい、僕も、凄くなったエドナイルを、見てみたい!」



 子供達は約束をした。命を懸けて、エドナイルの為に生きると。それが最初の気持ちだった。


 思い出は心の中を通り過ぎて行き、今へと追いついた時──


──セトルの命は尽きた。


 そしてセトルは最後に、最初の気持ちを感じられた。懐かしい気持ち、ああそうだった。こんな気持ちだったなと。


彼は過酷な幼少期を過ごし、大人となって権力を手に入れてからも、気苦労と多忙で心休まることがなかった。友達は一人だけで家族仲も微妙、幸せとは言えない人生だった。


しかし、そんな彼は納得して死んだのだ。自身の命と人生に意味を見出すことができた。


それは彼にとっての幸運であり、幸福だった。





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