残された呪い=希望
「ったく、どこまでデカくなりゃ気が済むんだアレ……」
ヘルドルムの魔力結晶と石柱、そしてエドナイル砂漠の砂が合体して出来た砂の巨人は、今や数十kmにまで大きくなっている。エドナイル砂漠の砂が減って、その分巨大化している。
このままだと……いずれエドナイル砂漠の砂の全てがあの巨人一体に集約されるのかも……現状でも砂の巨人の近くでは砂が枯渇し、硬い岩盤が見えるようになった。
「俺達のことを敵視してるおかげでエドナの街からは離れていってるのが救いか……問題は俺達が追いかけられてることと、あれをどうすればいいのか検討もつかない事だな」
「こ、この世の終わりだ……ジャンさん、これどうにかできるんですか?」
「おいハルポン! お前がそんな弱気になったらミュシャだって不安になるだろうが! お前はミュシャを守るんだろ? 守るっていうのは命だけじゃない、心もだ」
「っ! そ、そうですね! ミュシャ、僕も頑張るから」
ハルポンは怯えるミュシャの手を握り、砂船のスピードを上げる。ミュシャもハルポンの手を握り返し、少しホッとしたようだ。
「お兄ちゃん……アレにわたしの攻撃が効かなかった理由だけど」
「え? 分かったのか?」
ディアの力がどういったものか、俺は理解できていないが、とんでもなく強い力だってことは分かる。そんなディアの力が効かなかったアレもまた常識を超えた存在。
凡庸な俺の力、頭では役に立てるかどうか分からない領域の話……だからといって、俺が諦めるというのもありえないけど。
「わたしの力の一つには世界の理を改変するサイキック、純粋化があるの。例えばボールを投げる時、人は意思を持って、狙いを定めて、未来に向かって投げるでしょ? ボールは一人でにどこかへ行ったりはしない、ボール以外の他の要因によって動いてる。わたしはその投げられたボールから、ボール以外の要因を切り離すことができるの」
「要因を切り離す? それってつまり……その例えだと、投げられたボールが止まるってことか? え? 純粋化って、意思とモノを分けるってこと?」
「うん、大体そう考えてもらっていいよ。だから本来、わたしのあの攻撃を受けたら、アレは純粋化して、魔力結晶とヘルドルムの魂は分離、ヘルドルムの魂はさらに記憶を分離され、自我と意思を消失するはずだった。けどそうならなかった」
ちょ……なんて恐ろしい攻撃してんのこのコ……でもそうか、これでディアがなんでゴーレムドラゴンの極大ブレスをあっさり受けられたのかが分かった。
ディアはゴーレムドラゴンのブレスを純粋化して、ブレスから攻撃するという意思を分離させたんだ。攻撃の意思を失ったブレスはただの無害な、膨大な魔力へと還る。
この純粋化っていうのはある意味、過去や未来を奪うようなものだ。実質的な時間操作、因果律操作のような……
「わたしが力を使って、力が効かなかった時、違和感があったの。反応が、返ってこなかった。弾かれるような感じもない、それはつまり……相手が“わたしと同じ力を使っている”可能性があるってこと。わたしの純粋化するという意思を、相手は分離させた」
「えっ!? そんな嘘だろ? ヤバイじゃん、そんなの!! ていうか、え!? なんでそんな都合よく敵も同じ力を持って……」
「都合が良すぎる……わたし達からすれば都合が悪いよね。だからこれは、わたしが原因の可能性がある。相手に合わせ、自動的に相手の力を模倣する力、そういったものがあるのかも。だっておかしいでしょ? ヘルドルムはわたしの力を無効化した仕組みを理解していないようだった。能動的に使えるなら、今頃わたし達は跡形もなく消滅してる」
「推測からの推測……だとしても、現状だとそれしか考えられないか……そういえば、ヘルドルムが言ってたな。魔神王様の力がどうだのと……ヤツには誰かから借り受けた力があって、それがディアの推測した力なら、それこそが魔神王の力なのかもな」
「待ってくださいよジャンさん! それじゃあ、ディアさんがあの化け物の相手をしたら無敵になっちゃうから、倒せないんじゃ?」
「倒すなんてダメだよ! ハルポンおにーちゃん!! だって、だってあの巨人は、レーラ様の体なんだよ!? レーラ様が死んじゃう!! 今だって、痛い痛いって、苦しんでるんだよ!?」
ミュシャが泣いている。そうか、ミュシャにはずっと聞こえてるのか、レーラ神の苦しみ、悲鳴が……そりゃ怖いよな。
砂漠の砂は……その全てが……レーラ神の体だったんだ。だとすれば……エドナイル砂漠の砂全てを取り込もうとする巨人は──
『ハハハハハ!! なんという圧倒的な力!! 3000年によって蓄積された神とエドナイルの魔力の全てが! ワタクシのモノとなる!! ああ、分かるぞ! この高揚感、今、ワタクシは神をも超える、超神へと至るのを実感できるッ!! 忌々しいディーアームの力を克服したこのワタクシならば!! 全てを支配できる!!』
砂の巨人が、巨神ヘルドルムはどうやら勝ちを確信したらしい。大声で馬鹿みたいに独り言を言い始めた。
ヤツの懸念点であったディアの力に対抗できた事が大きいんだろう。実際、俺としてもヘルドルムがこうなるのも理解できるぐらいには、状況は絶望的だ。
──砂船が、止まってしまった。
砂漠から砂と風が完全に消えたからだ。
ヤツは全ての砂を、レーラ神の肉体の全てを吸収し終わったのだ。
デカいなんてもんじゃない……数百キロはあるんだろう、全体像を把握できない程に、ヤツはデカくなっていた。ヤツが拳を振り下ろせば、それだけで物理的に国が一瞬で滅ぶだろう。国どころか、大帝国さえも、同じ事だろう。
『聴け、愚民共ぉ。ワタクシはお前達の愚かさに感謝している。お前達がレーラ神への信仰を手放し、愚かでいてくれたおかげで、ワタクシはレーラ神の全てを己がモノとすることができたァッ!! ククク、アハハハ!! 全ては計画通りだ、多少展開が早まったものの、上手くいったのだから何の問題もない。元々、この国の全ては! ワタクシの生贄となる運命だった!! 恨むなら己の愚かさを恨むがいい!! エドナイルの愚かな人民よ』
「……もう逃げられないな。勝てるかどうか分からなくとも、やれるだけのことをやらなければ……ディア!!」
「うん、お兄ちゃん!」
──ラァァアアアアアアアア。
歌声が響く、男と女の歌声が。
光と共に、機械仕掛けの巨神像が顕現する。
「──テルミヌス・アルプス、召喚!!」
俺とディアはテルミヌス・アルプスを召喚し、搭乗する。ハルポンとミュシャもテルミヌスの中に入れ、保護する。
『ハハハハ!! あれだけ強大に見えたその巨神像も! 今では弱く小さく見える!! 滅ぼしてやろう!! ワタクシに滅ぼされる最初の英雄として、お前達は歴史に刻まれるッ!! よかったなァ、お前の大好きな歴史書に、お前も名を刻めるぞ?』
『はは、歴史に名を刻むより、生き残って、これからもずっと世界を周って、知って行きたいんだけどな。それに、お前が作る歴史書は、虚飾に塗れた、使い物にならん代物だろうから。魅力的な提案にはならないな』
テルミヌスと一体化した声はよく通る。あんなにも巨大なヘルドルムにも声が届く。
『生意気な男だ。だがそれも許せる。レーラ神の全てがワタクシのモノとなったのだからね。エドナイルの砂粒のすべてがワタクシの中にあるッ!』
『レーラ神の全てが消えたって? それは大間違いだな』
『なにっ? 虚勢は虚しいだけだぞ? ジャンダルーム?』
俺の手には──
──レーラ神の呪いがある。レーラ神が俺をこのエドナイルに縛り付けるために施した呪いがある。
『レーラ神!! まだいるだろう? まだ頑張れるだろう? 一緒に戦おう! あなたの可愛い子供達があなたを見るんだ。慈悲深く、勇猛なあなたを! 途切れた心の繋がりは、また繋がる時の為、もう二度と忘れない為! 互いにとってかけがえのない、大切な存在であることを! 忘れない為だ!!』
俺の手にあるレーラ神の呪いの文様が、テルミヌスの腕にも浮かび上がる。
魚と人、そして太陽と風のシンボル。
風を失った、砂漠だった大地に、そよ風が戻った。太陽の光がテルミヌスを一際強く照らした。太陽を遮ろうとする砂の巨神の影を貫いて。
【──アクティベート、エドナイルレーラ!!】
『──テルミヌス・アルプス・エドナレイル!!』
【──ああ、ジャンダルーム、共に戦おう】
レーラ神の声が聞こえる。弱く小さな声だけれど、それは確かに存在する。テルミヌスの中から、俺の中から。
小さな声が、なぜだかとても頼もしく聞こえた。
まだ希望は残されていると、思えたからだ。
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