妹の過去④
「──おい、ミヤコ、聞いているのか? お前、意識が……」
「ごめん、ジーネ、自分の意識を探すのに手間取っちゃった……」
「やれやれ……流石に銀河全体まで膨れ上がった自己を制御するには、現状のシステムでは無理がある……か」
最初のヨ=ワイヌを倒し、それから300年の時が経った。わたしが最初の獲物を仕留めてから、ヨ=ワイヌ達はわたしから逃げるため地球を立ち去った。
彼らが立ち去った地球でわたしは、他のイ=リト達が封印されている場所に赴き、その全ての封印を解除した。
封印された別個体のイ=リトを殺し、その力を取り込み、自分の進化を早めるためだった。そうして進化を続けた結果、わたしという存在は肥大化し、自分という存在の管理、制御を一人では行えなくなった。
「……もう限界みたいね。ジーネット、わたしの今の人格はもうじき維持できなくなる。わたしのこの人格の消失と同時に、わたしの力と人格を切り分けた、あなたの姉妹を生み出すことになる。姉妹っていうのも変な話よね、全員自分なのに」
「……お前は消えない、受け継がれるだけだ。表現は……正確にしろ……」
「受け継がれるだけって、泣きながら言われても、説得力ないなぁ~、ふふ」
ジーネットリブ、それはわたしが、ミヤコが最初に生み出した自分を切り分けた存在、彼女はわたしが苦手だった政治、内政、分析を行う存在で、わたしはジーネットリブと二人で最初の300年をどうにか切り抜けた。
わたしが人間でなくなってから312年、イズミヤミヤコの人格は消滅した。それを受け継いだ妹達が、新たな、私達となった。
「おい、ディーアーム、また命令を無視したな? お前は戦闘を行うなと言っただろう。お前は最もオリジナルに近い存在なんだ、お前が死ぬとシステム全体が歪む」
「ジーネ……でもわたしが前に出なきゃわたし達の誰かが死んでた。大体さ、わたし暇なんだもん。みんな役割があるのに、わたしだけないし……それって必要な時に、わたしの判断で足りない所を補うためじゃないの?」
ミヤコの人格が消滅して、それと同時に新たなわたしが生まれた。名をディーアーム、特別な使命を背負った、特別な個体。
「はぁ? お前が生み出された経緯の記憶も意思も記録されているだろう? お前は兄様に私達を思い出してもらうための鍵だ。それだけのために存在している。おまえが最もオリジナルに近いということは……お前が失われれば、イズミヤの妹達は……兄様にとって、変わり果てた、ただの他人になってしまう……肉体はともかく、その精神性だけは維持しなければならない……どうしてそれがわからない!」
「だって……みんなが消えたら……さみしいから……わたし達は、もとは一つだったけど、今はそれぞれの自我と個性があるでしょ? だからそれそれ、仲が良かったり、悪かったりもする。繋がっているけど、別人のようでもあって、それってなんだか、友達みたいだって思って……」
「友達? 何を馬鹿な、私達は同一人物だ、それを友達だって? 気色悪いことを言うな」
「えー? でもクローンみたいなものでしょ? それだったら別におかしくないと思うけどなぁ。ジーネもわたしも、本当は友達が欲しかったし、それに飢えてる。私達が人間だった時は、人が信用ならないから友達を作ろうと思わなかっただけでね。それに……わたしは知ってるよ? ジーネは、オリジナルが消えるって分かった時、泣いてたの。あれはきっと、ジーネにとってオリジナルは友達だったからだよ、寂しかったんだよ」
「うるさい! 生意気なことを言うな! 全く……私より後に生まれてきた癖に……」
わたしが人間をやめてから500年、異星人が地球を、わたし達の支配する銀河を攻めてきた。イ=リトの力を持つわたし達を直接攻撃するにはリスクがあると考えた、ヨ=ワイヌが異星人の文明を育て、力を与え、わたし達に戦争を仕掛けさせたのだ。
ヨ=ワイヌがそういった行動を取るだろうことは、予測されていたことで、わたし達はその準備を終えていた。
天の川銀河全域を掌握し、その資源を利用することで超大規模の宇宙艦隊を構築、さらには対ヨ=ワイヌ兵器の開発と、イズミヤの妹達全体の進化を行っていた。
「サイキックセンサーによる宇宙全領域探査の結果、出ます。ヨ=ワイヌの反応、ゼロ、全ての消滅を確認しました」
イズミヤ宇宙艦隊の管制官の声が響く、もちろん彼女も妹の一人で、この戦争はヨ=ワイヌ達とその配下、それと妹達しか参加していない。
『終わったか、なんともあっさりだ。ボクが最初に望んだような、スリルある戦いにはならなかったなぁ。ははは、けど、どうしてこんなにも、ボクは満足しているんだろう』
「ふん、認めたくない事だが、イ=リト、お前は私達と繋がったことで、人間性を獲得した。私達に取り込まれたとも言うな……お前にとって、この戦争はもう、ただの遊びじゃなくなっていたんだよ」
『ククク、ジーネットリブ……お堅い君がそんなことを言うなんて、君も変わった。ふふ、どうやら、ボクもそろそろ消えるらしい……完全に君たちのエサ、養分として消えるようだ。なんとも気分がいい』
「ねぇイ=リト、消えるなら、最後に聞いても良い?」
かつて、わたしの記憶には、イ=リトへの強い憎しみが刻まれていた。けれど、イ=リトが消えるころには、わたしはこいつを憎むことができなくなっていた。
『なんだいディーアーム? 質問とは』
「どうして……どうしてわたし達と手を組むことにしたの?」
『なんだ、そんなことか。同じ存在が戦う時、何がその勝敗をわけると思う? それは運だったり、意思の強さだったりだ。けれど、ある種の運命操作能力を持つボクらにとって、その勝敗を分ける要因はただ一つ、意思の強さだけ。君達、彼の妹は強い意思を持てると思った。兄に再び会う為に、高いモチベーションを持つことができると。だから、君と組めば必ず勝てると思った。遊ぶにしても、勝ち残って、また新たな世界でもっと遊んでやる。そう思っていた』
「ふーん、面白みがどうとか言っていたのに、結構真面目でツマラナイ真実ね」
『分かってないなぁディーアーム。面白いか面白くないかっていうのは、結果じゃなく、その過程だ。ボクらが勝つと言っても、それはボクらがベストを尽くしてこそ、それができなければ簡単に敗北してしまう。まぁ……結局それも自分を安全圏に置いた、臆病者の未来予測だった。けど計算違いが出てきたから、嬉しかったんだ』
「計算違い?」
『ああ、それは、ボクが君たちに負ける、ボクの思い描いた予定が、潰えることだ。君達は、元は心の弱い人間だ。だから、そんな存在がボクを食い殺すほどの存在にはなり得ないと思っていたんだ。でも結果はどうだ? 現実としてボクは君等の燃料タンク程度の存在に成り下がり、それに納得してしまっている。けどそうだな……悔いがあるとすれば、君等が目的を達成する瞬間を見てみたかったかもなぁ……』
「そんなこと思ってたんだ。変なの」
『……聞け、イズミヤの妹達よ。君達の本願は、そのための戦いと旅はこれからだ。君達はこれから、兄の魂を追って、この世界を旅立ち、次元を超え、悠久の時を超えなければならない。だけどきっと辿り着く、君達がそこで幸福を手に入れる事を、願おうじゃないか』
「……うん、ありがとう。じゃあわたしも、あなたへのプレゼントを」
『プレゼント? 君が、ボクに? おかしなことを言う』
「名前をあげる。イ=リトは他にもいた。でも、わたし達と一緒に戦った、イ=リトは一人だけ、他とは違う。グリッド、それがあなたに送る名前」
『名前……ボクの……グリッド。ああ、そうか……ボクらの封印されたポイントは、どこも古い遺跡になっていた。遺跡のグリッド調査、そのグリッドか。考古学が好きだった兄を探すための道しるべ、なるほど……ふふ、ククク、気に入ったよ。ボクの名前はグリッド、死した後も、君達を願いへと導くことを誓おうじゃないか』
グリッドが自分だけの名前を得て三日、グリッドはわたし達に完全に吸収されて死んだ。そして、わたし達の長い長い旅が始まった。
一つの宇宙が、世界が一滴の雫、そんな雫が集まって出来た海を、航海する。
次元を超える旅。
お兄ちゃんの魂が辿り着くその場所に追いつくためには、障害があった。
次元の嵐、そこを通過しなければ、お兄ちゃんの魂には追いつけない。
そして、次元の嵐の領域は、それを通過する者に試練を与える。
それは通過者の体感時間にして、約56億7000万年の時を経験しなければならないという試練だった。
わたし達は、それを乗り越えて、約束の場所へ辿り着いた。次元の嵐に適応した化け物や高度な敵性知性体、次元災害を乗り越えて──
──長い、長い長い旅を。
わたし達は、成し遂げて──
──この世界に辿り着いた。
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