妹の過去③
「もし……もしも、奴らヨ=ワイヌが、地球人類が繁栄する度、文明を滅ぼし、文明のリセットを行っているとしら、それが……人類史上で何度も繰り返されてきたのなら……炭素年代測定なんて無意味だ。やつらの怪光線の影響で基準がズレてしまう。それに、放棄された都市の建築物の劣化が早すぎるのを見るに……ヨ=ワイヌには時間を圧縮加速する能力があるのかもしれない……だとすれば、やつらが瞬間移動しているのではなく……俺達が世界ごと加速して、やつらの眼の前に移動させられている?」
「地球の公転周期と自転を計算にいれて、予めそこに自分を置いておくってこと? 決めたポイントに到達したら世界を時間加速させることで……でも確かにヨ=ワイヌが観測されるのは一日一回、6体それぞれ別の場所、しかも現れるまでは地球上のどこにもいない……宇宙で待ってるなら、それも説明がつく。でもお兄ちゃん、やつらはどうしてそんな方法を? そんな方法を使わなくとも、本当に瞬間移動程度できてしまいそうなのに」
お兄ちゃんと崩壊した世界を彷徨いながら一ヶ月、お兄ちゃんはこんな世界になっても、地道に邪神ヨ=ワイヌ達の研究をしている人達に会って情報共有をするため、研究者達の居場所を調べている。
「佐山教授……できれば生きたあなたと話したかった。でも……研究資料が残っていた、無駄にはしませんよ。教授のこのヨ=ワイヌの公転軌道待機説が正しいとすれば、色々と考えられることも増える。ミヤコ、ヨ=ワイヌはきっと、この方法でしか移動できない何かしらの制約があるんだ。奴らは自分達を神だと言っているが、万能ではないんだ。この世界を創ったというのは、本当かもしれないけど……全知全能ではない、と思う」
「ヨ=ワイヌにもできないこと、あるいはやってはいけないことがあって、それは奴らの弱点かもしれないんだね?」
「ああ、そうだ。これは俺の予測になるけど、ヨ=ワイヌが普通に地球上を移動できないのは、奴らが入れないエリアが地球上にいくつかあるからじゃないかと思うんだ。実際、やつらが今まで出現したポイントは都市部が中心で、偏りがある。やつらが関わろうとしないポイントが、いくつかある……そして……そのポイントが、奴らが干渉できない、もしくは難しい場所であるなら、証拠が残るはずだ」
「証拠?」
「ヨ=ワイヌが時を加速させている、その前提で考えてみろ。星々と地球の距離、軌道は変わっていないのを見るに、本当に世界が、宇宙全てが加速しているんだ。けれど、やつらが攻撃した地域は、建築物の早すぎる劣化を見るに、そこから更に、上乗せで時が加速されている。これはやつらが怪光線を使おうと使わなくともだ。奴らが現れただけで時は加速してしまっている。逆に言えば、奴らが現れないポイントは……時の進みが他と比べて遅いということだ」
「待って、確かに都市の劣化は早いけど、植物の侵食は……あ、そっか。ビルを覆う植物の成長スピードが異常に早いのも、建築物が劣化するのも同じ原理……時が経っているだけ……だとすれば、奴らの干渉ができないポイントの植物は、相対的に若くなる。世界が古い森に変わっていく中で、そこだけ取り残されているはず」
「うん、さらに言えば生い茂る古く大きな森に、若い木々は囲まれて、周囲からは見えなくなっていく。はは、そうか、俺達はなんて運がいい。俺達は今まで、この法則に気づくこともなく、たまたま偶然、奴らに出くわすことがなかった。奴らと出くわした人はみんな死んでいたから気が付かなかったが、もしも生きていれば、子供が大人に、大人は老人になっていたのかも。ミヤコ、戻るぞ、俺達の故郷へ。あの場所を拠点にしていた俺達が、奴らに出会わなかったのは、きっと偶然じゃない」
「戻るってまさか……わたし達の家?」
「ああ、行けばきっと分かるはずだ」
わたしとお兄ちゃんは旅した軌跡を戻っていく。そこはわたしとお兄ちゃんが生まれ育った場所、思い出の場所。
「うわ……木々の侵食が酷いな……ここらはもう誰も住んでないみたいだ」
「うん、でもお兄ちゃん。あそこ」
「ああ、“ただの林”があるな。人の手が入らなくなって日の浅い林、時の流れが狂っていない場所。まさか、俺達の家の真後ろにある神社がそうだったなんて……ミヤコ、急ごう、走るぞ!」
わたしはお兄ちゃんに続いて走る。子供の頃一緒に遊んだ思い出のある神社へと、不気味だからと誰も近づかなかったその神社は、あの頃と何も変わっていなかった。
その神社の、鳥居を潜ろうとしたその時だった。
『──止まれ、それ以上先へ進むな。生まれてきた事を後悔することになる。殺して殺して、殺し続けるぞ』
「ヨ=ワイヌ! なるほどまぁ当然か。ここがお前の弱点ならば、監視ぐらいする。俺達が何も知らずにここへ入るだけなら、お前はそんな脅しをすることもなかったんだろう」
「お兄ちゃん!!」
「ミヤコ走れ!! 中へ入るんだ! 言う事を聞いた所で生き残る保証なんてない」
『やめろ!! やめろやめろやめろ!!! 神に、従え!! ゴミ共が!!』
わたしは走った。鳥居をくぐると、ヨ=ワイヌはわたしとお兄ちゃんを睨んでいた。そう睨むだけ、追っては来られない。
わたしとお兄ちゃんはそのまま神社の本殿へと走る。ここに、ヨ=ワイヌを退ける何かが、あるはずだから。
「これは……水晶と青銅の鏡か? いやこれは……蓋? 何かの封印ってことか……? 何かはわからないけど、ここまで来たら開けるしかない──」
『──やめろおおおおおおおお!!!!』
ヨ=ワイヌの叫ぶ声がした。
「──っぐ!? ゲホッ……なんで、どうして? 奴らは、この場所に、干渉できないんじゃ……」
わたしは太い木の枝で胴体を貫かれていた。ヨ=ワイヌが木の枝を浮かせ、わたしに向かって投げたらしい。
「そんな!! ミヤコ!! 嘘だ、ここまで来て……」
「お兄ちゃん、大丈夫。ほら、あいつ馬鹿、だよ……あいつが、投げた枝、当たって、蓋、ズレて、封印……解けちゃったみたいだよ」
「ミヤコ!! ダメだ、どうしたら、どうしたら助かる。俺は、俺は……!!」
封印は解けた。
『──やぁ、感謝するよ。ボクの封印を解いてくれて……』
「あ、ああ……そんな……嘘だ。なんで、ヨ=ワイヌが、お前が出てくるんだよおおお……!! 俺はお前らを倒すために……ここまで。ミヤコは頑張って、命を、ああ……ああああああああああ!!」
封印の中から出てきたのは光の人型、ヨ=ワイヌだった。ただ他の邪神とは違って、それは青色に光っていた。
『ああ、凄く強い、感情の流れを感じる。気分がいい』
『裏切り者、イ=リト、貴様ァ!!!』
ヨ=ワイヌはその青い人型をイ=リトと呼んだ。
『クククク、お前らも飽きないなぁ。ツマラナイ遊びを永遠と続けるもんだ。さて、そこの死にかけと生きた人間。ボクは気分がいい、だから封印を解いたお前の願いを叶えてやるよ』
「え……? なら……い、妹を! ミヤコを助けてくれ!!」
『ああ構わないよ。でもその前に──』
──ズパン。
イ=リトが指を弾き、それと同時にお兄ちゃんのお腹が破裂した。大量の血が流れ出て、神社の床はわたしとお兄ちゃんの血で溢れ、混じり合っていた。
『──美しい兄妹愛を見てみたいと思ってさ。ふむふむ、君は伊豆宮越百、妹はミヤコと言うんだねぇ~。さて、この状況でもう一度、妹を助けてくれと、君は言えるかな? ボクは、君か妹、どちらか一人の命しか救わない。どっちの──』
「──変わらない答えを、聞く意味あるか? 俺は──」
「──やめ……て、お兄ちゃん……! わたし、お兄ちゃんを犠牲にして生きたくなんか、ない……よ!」
「──俺は、妹の、ミヤコの命を選ぶ。ごめんミヤコ……お前を一人に、してしまう……だけど、選べない……俺の命を。どうしても……お前が望まなくとも、俺は……お前に、生きて……」
『ああ、これは罪悪感という感情か。兄も妹も、同じことを思い、互いのことだけを考えている。自分のことなんて一切考えちゃいない!! 貴重なものを見れたよ、あははは』
イ=リトがお兄ちゃんとわたしに触れた。すると、お兄ちゃんは砂となって崩れ、代わりにわたしの傷はまるで跡形もなかったかのように治癒した。
「おにいちゃ、おにいちゃん! いや、いやああああああああああああああ!! なんで、お前、お前!! どうしてお兄ちゃんを殺した! なんで!!」
『ああ! なんてことだ!! お兄ちゃん死んじゃったよ~』
「ふざけるな!! 殺してやる!! お前を殺してやる!!」
『ボクを殺すだって? どうやって? 無力な人間の癖に、そもそもさ、ボクが君等の都合のいい考えに従ってやる必要ある? ないよねぇ? でも……でも、そうだなぁ。これって楽しいのかもなぁ。偶然が運命に変わる瞬間を、ボクが握っているんだから』
「お前、何を言って──」
『──お兄ちゃんに……また会いたい? また、会えるとしたら?』
「──え?」
お兄ちゃんにまた会えるとしたら、そう言われて、わたしは立ち尽くす。今、お兄ちゃんを殺したのはこいつなのに、その言葉を、わたしは聞こうとしている。
『ボクはね。ほらヨ=ワイヌってつまらない奴らがいるだろ? あれの仲間だったんだ。だけどある時思ったんだよ。一方的に蹂躙するだけでなんの困難もない、君たちで言う所の現実感、ていうのがなくて、ツマラナイって思ったんだ。でもさぁ、あいつらは、ヨ=ワイヌはボクと同じ存在、同格の存在だろう? そんな同格の相手で“遊ぶ”方が面白いんじゃないかって思ったんだ。それであいつらと遊んでみたら、怒っちゃってさぁ、ボクらは封印されたんだ』
「お前は、奴らの敵っていいたいの?」
『敵? ボクに敵なんていないよ。全部が遊び相手さ、君たち人間からすれば、どちらも同じ、邪悪な存在なんだろうさ。そんな邪悪な存在が生み出した世界で、君たちは生まれ、ボクに見せてくれた。ボクらとは対極にある事象を、人が愛と呼ぶそれを、ボクに見せたんだァ! ボクの封印が解かれるその瞬間に、それが起こった! これが運命、まるでゲームのイベントみたいだ。ねぇミヤコ──
──人間やめない? 』
意味が分からなかった。けれどわたしに選択肢なんてない。もし、わたしの人生に前進があるとするのなら、それはイ=リトの提案を受ける事だと思った。
「人間やめたら、お兄ちゃんに会えるの?」
『ああ、会えるとも。君が諦めない限り、いつか必ず、遠い遠い未来でね。だけど、そこに辿り着くまで、君は沢山の試練をクリアしなくちゃいけない。君は強くならないといけない。この世界を支配するヨ=ワイヌを全て殺し、世界の壁を超え、次元を超えて行かなきゃいけないからね』
「──わかった。人間をやめる」
『ありがとう、そしておめでとう。君は今から、この世界の主人公だ。ボクと一緒に、この世界の悪い支配者を蹂躙してやろう、クク、ハハハハハ!!!』
イ=リトはわたしに重なるようにして、わたしの中に入ってきた。
体の感覚が──消えていく。
ただ、熱だけを感じる。不快な熱が、じわじわと、わたしの体を作り変えていくのを感じる。
不快な感覚が終わった時、わたしは人ではなくなっていた。
人の形をした別の何か、ヨ=ワイヌやイ=リトのような光の体と、機械と肉の体が入り交じる──
──化け物になっていた。
「──まずは、お前からだ」
鳥居の前にいたヨ=ワイヌ。それを最初の獲物とした。わたしはヤツの前まで瞬間移動すると、ヤツの腕を千切り、足を千切り、首を千切る。それでもまだ、アレは死なない。
子供のように逃げ回り続ける。今まで、さんざん人にやってきたことをやられて、こいつはどうやら恐怖を感じているらしい。
「──学習完了。敵本体の次元座標を確認、消滅させる」
わたしは腕を空へと掲げ──腕から次元を透過する光が放たれた。ヨ=ワイヌ、そしてイ=リトの光の体の正体、それこそが次元を超える力であり、その力が使われた時、軌跡は光を残す。
力は光と共に、わたしの殺意を乗せて、最初のヨ=ワイヌの本体を貫き、殺した。
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