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妹の過去②



 それは唐突だった。


 その日はサッカースタジアムで記念式典があった。老朽化したスタジアムを立て直し、再スタートをするための催しであり、このスタジアムで初めての試合が行われる予定だった。


『おおーっとここで都知事のシュートが炸裂! 新スタジアムの歴史がここから始まります』



 都知事によるキックインセレモニーへの拍手は疎らで、盛り上がりに欠けていた。けど、サッカーコートで小走りする都知事の横にふわふわとした、赤色の光が、現れた。


無重力の中で踊るかのような動き、その人型の赤い光は──



 ──ドン。



『──そ、そんな、嘘、きゃああああああああああ!!!』



 赤い光の化け物に、都知事の頭部は文字通りサッカーボールキックされた。都知事の頭が、スタジアムの実況席、そのガラス壁にへばり付いた。投げられ押しつぶされたトマトのように、血と脳髄がガラスを穢した。



『はははは、ゴールだぁ! イイネ、その反応、欲しかったんだ。僕は、僕らは神様だ。みんなと一緒に遊ぶために、この世界に降臨してみたんだよ』



 それは自らが神であると自称した。不気味な笑みを浮かべて、フヨフヨと漂っている。


 自称神様は、僕らと言った。


それは一人ではないということで、このような悲劇が、世界で同時多発的に起きてしまった。


 世界に現れた6柱の神は文字通り次元の異なる存在で、邪悪な子供そのものだった。子供がアリの巣に殺虫剤を注ぎ込むように、ビルや地下鉄にマグマを流し込んだり、バッタの足をもいで遊ぶように、人の手足を取り外して遊んでいた。


 彼らは遊ぶためにやってきた。


 サッカースタジアムのゴールは人々の頭部で満たされていた。その日たまたまサッカースタジアムにいた人々の頭部全てが、狭いゴールの中に隙間なく。自称神の化け物はものの数分でそれを行った。



『うんうん、声が聞こえる。どうして自分が、みんなそう思ってるみたいだ。でも安心して欲しい、理由なんてない。誰も悪くないんだ。いいかい? この世界はね? 僕たちがこんな風に遊ぶためだけに生み出され、消費されるためだけに存在するんだ』



 化け物は言った。自分はこの世界を創った存在であると。


この世界は、邪神によって、邪神のために生み出されていた。



 超常的な力を持つ邪神達に、人々は抵抗する。最初、圧倒的な力を持つ彼らに従い、隷属することで生き長らえようと考える権力者達がいた。


けれどそれは不可能だった。邪神は支配など望んでいない、交渉しようとしたものは全て彼らの玩具となって死んだ。


人々が生き残るには抵抗する選択肢しかなかった。だから世界の軍隊は彼らに挑んでいった。


世界の全ての軍の軍事作戦は、その全てが失敗に終わった。



 邪神には物理的な攻撃は一切通用しなかったからだ。原子爆弾もレーザー兵器も、何もかも、邪神に対して意味をなさなかった。


全ての国は軍事力を失い、全ての政府は支配権を失った。世界は無秩序な無政府状態へと陥り、人々はネズミのように邪神から隠れて生きることになった。破壊された都市の、劣悪な環境であればあるほど、目立たずに生き延びられる。そんな噂話を信じた人々の多くが、都市の汚染による中毒や餓死で死亡した。



「……やっぱりだ。邪神は人類を全滅させる気がない、彼らにとって俺達は遊び相手だから、絶滅するのは困るんだ。それに奴らの使う怪光線、あれを浴びた電子機器はただのガラスや砂に変換されてしまった。もしかしたら、過去にも同じ事があったのかもしれない……古代には同じような発展をした文明があって、それが奴らに滅ぼされて……文明の痕跡は全て砂に変わってしまったから……」


「お兄ちゃん……危ないよ。早く逃げようよ……!」


「ミヤコ……ごめん。だけど誰かが希望を繋がないと、そのためには現状を把握するための情報が必要なんだ。奴らの怪光線で、電子記録がダメにされる前に、情報を集めて持ち帰るんだ」



 お兄ちゃんは邪神に対抗するためのゲリラ達に協力していた。わたしはそんなお兄ちゃんの手伝い、というか邪魔をしていた。危ないことを、お兄ちゃんにして欲しくなかった。


お兄ちゃんはゲリラの人に依頼されて生き残った人々の痕跡や、邪神の動きを記録した電子機械のデータを回収する役目を負っていて、わたしもデータの回収が早く終わるように手伝う。一つデータが回収できる度に、わたしは兄に帰ろうと言う。



「別にお兄ちゃんがやらなくてもいいじゃん! 他の誰かが、代わりの人が──」


「誰でもいいなら俺がやったっていい。誰だって、その人の代わりなんていない。それに俺は、こんな、こんな絶望の未来と現状を認めるつもりはない。俺は、ミヤコ、お前と一緒に平和に、穏やかに暮らせる道があるのなら、その可能性が少しでもあるなら、諦めたくないんだ」


「やだやだ! もう嫌だよ! もうこんな世界手遅れだよ! こんな時に、綺麗事なんてやめてよ!! お兄ちゃん、現実が見えないの? どうせ死ぬんだよ。だったら、だったらそれまでもう、何もしないでいよう? きっとその方が幸せだよ。だって、少しでも長くお兄ちゃんと一緒にいられ──」


「──っ、ミヤコ……なんで、なんでそんなこと言うんだよ!! どうしてそんなに、後ろ向きなことしか言えない!! 俺の邪魔を、気の滅入ることを言うんだよ。俺だって、俺だって分かってるよ。現実ぐらい……分かってる……それでも、お前に、否定されたくなかった。お前にだけは……嘘でもいいから、言って欲しかった。大丈夫だって、頑張れば、いつか未来はよくなるって……」


「お、お兄ちゃん……」



 お兄ちゃんは泣いていた。その日、お兄ちゃんが本気でわたしに対して怒りの感情を向けた。その時、気がついた。お兄ちゃんの心も、とうに限界を迎えていたことを。


お兄ちゃんに甘えて、お兄ちゃんに支えてもらうのが当然だと思っていたこの時のわたしからすれば、それは強烈に顔を叩かれたのような衝撃だった。


 誰かに甘えたい気持ちは、お兄ちゃんにも当然あった。そんなお兄ちゃんが、お兄ちゃんの心が、一番苦しかったその時に、わたしは……


わたしはお兄ちゃんを支えるどころか、傷つけ、突き放してしまった。



「お兄ちゃん、ごめんなさい……わたし、わたしも、本当はお兄ちゃんが正しいって、本当は分かってるよ。何もしないより、一生懸命頑張った方が、未来はきっと良くなるから……一緒に、頑張ろう……?」


「……うん、ありがとう。さっきは怒鳴ってごめん、ミヤコ。これでお兄ちゃんは頑張れる。絶対に、諦めないでいられる」



 世界が邪神によって崩壊して、わたしはまた嘘をつくようになった。高校に入ってから、嘘をつくこともなくなっていた。もうお兄ちゃんに嘘はつかないと思っていたのに、わたしは兄に望まれるままに、また嘘つきになった。


自分と兄の心を守るために、現実と戦うために。



「……越百こすもくん、君にはずっと世話になってきたが……我々はゲリラを解散することにしたよ。どんな攻撃も無意味な奴らに対抗できる術はない……人々を助けるために奮戦すれば、やつらはそれを面白がって……っ、余計に被害が増える始末、もう意味なんてない……我々のしてきたことは、無駄だったんだよ!!」


「蔵間隊長……無駄なんかじゃないですよ。確かに守れなかった人もいる、でも助けられた人もいる。俺もミヤコも、あなた達に助けられた。蔵間さん達が今まで頑張ってきた事、俺は全部分かってます。憶えてます! 今まで……ありがとうございました!! 俺は、まだ頑張ってみます。やれることをやれるところまで、思いついたことを、全部試すまでは、諦めません」


「そうか……強いな越百こすもくんは……ありがとう。君の言葉で、少し……気持ちの整理ができたよ」


「俺は強くなんかないですよ。妹が、ミヤコがいたから頑張れたんです。納得できないんですよ。妹が、こんな世界で、あんな奴らのせいで、笑顔を忘れて死ぬことが。俺の考えは傲慢なのかもしれません……でも俺は、ミヤコには意地でも幸せになってもらわないと嫌なんです」


「だが……君が奴ら邪神に、ヨ=ワイヌに抵抗を続けるなら、ミヤコちゃんにも危険が及ぶ……大切に思うのなら、君は戦いから遠ざかるべきじゃないのか?」


「蔵間さん、それは大丈夫です。わたしはもう、覚悟を決めましたし、死ぬ時はお兄ちゃんと一緒がいいんです。いつか、やつらに殺されてしまうとしても、希望を抱きながら、兄と死ぬのなら本望です。絶望の中で離れ離れで死ぬよりも、ずっとずっと、わたしにとっては幸福なんです」


「……ミヤコちゃん……越百くん。はぁ……君たち子供が、そんな覚悟を持てるのに……オレは……大人って、なんだろうな。でも、もし大人になるということが、オレのように諦めを覚える事だと言うのなら……君たちにはずっと子供でいてもらいたい。オレは今の君たちが好きだから、な」



 お世話になっていたゲリラは解散して、わたしとお兄ちゃんの二人旅が始まった。





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