不選択肢
「出て来ませんね……魔力ブレスで無理に消し飛ばすのも無理そうです。砂が魔力を吸収してしまう──ッチ、もどかしい……待つことしかできないとは。いやこれは、作戦を見直す時間を貰ったと捉えれば、悪くないのかも。あの娘、ディーアームでしたか、あれはワタクシの想定を上回る化け物ですね……ゴーレムドラゴンのブレスを防ぐのはまだ理解できる。が──ブレスの余波、衝撃さえも完全に消していた。あれは理解できない……」
エドナイル王家の別荘、その調理室に男はいた。男は調理台に置かれた水晶玉を覗きながら、右手に高そうなハム、左手にはこれまた高価そうなワイン、贅を堪能していた。
数時間前、男が覗き込む水晶玉の奥には、ジャンダルームがトカゲ型ゴーレム達と戦っている姿が投影されていたが、今では誰も居ない砂の大地だけが映されている。
「魔力を吸収するでも、弾いているでもない……ブレスが当たる瞬間は大げさな音を立てているのに、次の瞬間にはまるで、最初から存在しなかったかのよう。一体彼女は何者なんですかねぇ? 神やその化身、あるいは高位魔族? いや、どれもしっくり来ない。魔神王様のお力のような、文字通り次元の違うような印象……ワタクシに、あれが倒せるのか? ──っ! 何を弱気になっているんですかワタクシは! 以前までのワタクシならともかく、今のワタクシには魔神王様の力がある。その力を活用すればきっと」
男が数百年を掛けて学んだ知識を総動員しても、ディーアームの存在を理解することはできなかった。魔術によって肉体と魂の若さを保ち、己の力を高めるために、学び続けてきた男だったが、ディーアームを見ても、感じられるのは漠然とした不安だけで、経験則的に言えば、なんとなく嫌な感じがする、といったものだった。
数百年を強者として過ごした男にはプライドがあった。それ故に、なんとなく嫌な感じがするといった不確かな感情は腹立たしかった。
男には自負があった、自分は世界でもトップクラスの魔法使いなのだから、きっとこの世界の全ての存在を比較した時、自分は神々と同格である、そう思い込んでいた。
そんな自惚れと、苛立ちとが織り交ざり、男は冷静さを失っていた。だから男は、ディーアームとの戦いを続けるという選択をしてしまった。
数百年の人生、その中で何度も何度も、直感が男を助けたはずなのに、この時の男は直感を無視してしまった。
なんとなく嫌な感じが──したはずなのに。
◆◆◆
「……ヘルドルム様、今日は一体なんのご用で」
「すみませんね、突然来てしまって。けれど、こちらも困っていましてね。あなたが敵に回した、ジャンダルームとディーアーム、あの二人はとても強く、厄介な存在です。特にディーアーム、あれは今のワタクシでは手に負えない可能性が高い」
王宮の玉座に、王でない者が座っていた。ローガルム・ヘルドルム、ジーネドレ帝国の魔法使いにして、賢者の称号を持つ者だった。
その姿は若く、一見するとただの赤髪の青年にしか見えない。しかし、そんな普通の青年にしか見えない男が、他国の王の玉座をマダルガから奪い、その国の宰相、ダガーランに顔色を伺わせている。
マダルガとダガーラン、そしてヘルドルム、今玉座の間にはこの三人しかいない。護衛すら、この部屋に近づくことを許されていない。
「なっ、そんな……ヘルドルム様でも? それではヤツに勝てる者など存在しないのでは……?」
「言ったでしょう? “今のワタクシ”と、策はあるんです。ワタクシの力を強化し、神さえも滅ぼす方法がね。ま、そのためにはあなた方、エドナイルの協力が必要、だからここにやってきた。もちろん、協力してくれますよね? 協力以外の選択肢はありませんけど、一応聞いておかないと……協力、してくれますよね?」
「も、勿論です。可能な限り、協力するつもりです」
冷たい笑顔が、ダガーランの顔を覗いている。仮面のような張り付いた笑顔は、攻撃的で、首を縦に振らなければ、そこには死があると、告げているかのようだった。
常人ならば、ヘルドルムの強い魔力から来る威圧で精神を破壊され、余計な一言を添えることはできない。
しかし、ダガーランは違った。心臓が破裂しそうなプレッシャーの中で、可能な限りという文言を差し込んだ。
ヘルドルムはそんなダガーランの余計な一言に一瞬不機嫌な顔をしたが、すぐに平常に戻った。
「砂魔石の集積場、あそこにある砂魔石と、生贄用の人間、そうですねぇ、手間を考えると千人ぐらいですかね? それをワタクシにください」
「……砂魔石と言いますと、どれぐらいの量が必要なのですか?」
「勿論全部に決まってるでしょう? ああ、生贄にする人間は誰でもいいってわけじゃありません。本当は自分が悪いのに、他人のせいにする人っているでしょう? そういう人を用意してください。被害者意識が強い者は、簡単に絶望して、憎しみの力をくれるから、生贄にする時楽なんです。まぁ楽な分、質は落ちるんですが、今は緊急時ですから、手間は掛けられないんです」
「……っ、ま、待ってください! 緊急で用意すると言っても、千人を、生贄? 殺すということですか? それに、あの集積場には5年分の砂魔石が──」
「──黙っていろマダルガ!! ヘルドルム様、この者と言うことはお気になさらず。全て滞りなく、用意することをお約束しましょう」
受け入れがたいヘルドルムの要求にマダルガが苦言を言おうとしたところで、ダガーランがそれを遮った。
「マダルガくん、冷静に考えてくださいよ。いいじゃないですか、他人のせいにするような人間なんて、いらないでしょう? 善良な者を殺すってわけじゃないんです、それとも善良な人間を、手間を掛けて殺す方がいいですか? そっちがそれを望むなら、ワタクシはそのように頑張るしかないですけどねぇ? ワタクシはあなた達を見捨ててもいいんですよぉ? あなた達の秘密がジャンダルームに暴かれ、あなた方が処刑、なんてことになっても、ワタクシにはやり直す時間があるんですから」
マダルガとダガーランに選択の余地などなかった。提示された選択肢を飲まなければ、更に醜悪な選択肢を選ばされる。よりマシな方を選ぶ、それがベター、現実的な選択であると。
相手が一応了承した形にすることで罪悪感を~みたいなアレって、現実では細かい所でもよくある気が……
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