呪いと約束
「じゃ、ジャンさん!? 一体何を、どういうことか説明してくださいよ!」
ハルポンは動揺しまくって、目を泳がせまくりながらも、俺に言葉の意味を聞く。
「ミュシャが言っていた──“レーラ様は魚が好きで、魚をくれる人が王様”俺達がこの秘密の部屋、王の間へと辿り着くための仕掛けをどうやって起動した?」
「あ、そ、それは……ミュシャが僕に魚を捧げてって僕に魚を、だから僕はレーラ様に魚を……捧げ……ましたね。で、でででも! そんなのありえない! だっておかしいですよ! 僕はただの一般人だし、それに僕はよそ者だ! お祖父ちゃんの時代にエドナイル移住してきた外国人ですよ?」
「っは、お前が外国人? それマジで言ってるのか? お前の人種的特徴は完全にエドナイル人そのものだぞ? お前のことを外国人として認識してるヤツは誰一人としていないはずだ。ミュシャはどう思う? ハルポンが外国人に見えるか?」
「え? ハルポンおにーちゃん外国人なの? みんなと一緒の人じゃないの? ジャンおにーちゃんは外の人って分かるけど……えー?」
やはりミュシャから見ても、ハルポンは同族にしか見えないらしい。
「で、でも! 本当なんです! 僕の家、ナイルドッポ家はエドナイルから結構離れた南西にある、トンドッポ国に元は居て、そこからエドナイルに出稼ぎに来たんです」
「トンドッポ国だって……? 確か沿岸部にある国で、漁業と農業が盛んな国だったか。じゃあファミリーネームのナイルドッポのドッポの部分はトンドッポ国のドッポから来てると考えればいいのか。じゃあナイルの部分はエドナイルか? うーん、と言うことは、ナイルドッポ家はエドナイルに移住する時に家名を変えた?」
「いえ、確か移住する前からうちはナイルドッポを名乗ってたはずですよ」
「は? それじゃあ筋が通らな……いや、むしろ通るのか? ミュシャ、レーラ神に聞いてくれないか? このエドナイルに、元から人はいたのか?」
「わかった。レーラ様、ここって昔から人がいたの?」
魔法板が輝き、光の文字を刻み始めた。
『“かつてこの砂漠に人はいなかった。けれどある時、人々がこの地にやってきた。最初、砂漠の厳しい環境は彼らを苦しめたが、彼らはめげなかった。私は彼らのことを見ていたが、話すことはできなかった。しかし、ある時一人の青年が魚を私に捧げた。自分達をここに住まわせてくれてありがとう。そう言って魚を捧げた。私は彼らに何もしていなかった、なのになぜだか感謝された。けれど私も悪い気はしなかった。それがきっかけで、私は人のために色々と手を回すようになったのだ。せめて感謝されたぐらいは恩恵を与えてやろうと”』
「エドナイル人はみんな元は移住者で確定か……けどレーラ神への信仰は勘違いから始まったってことか? きっとその青年は、エドナイル砂漠では中々取れない魚が取れたことが嬉しくて、それがきっとこの砂漠の神様がくれたんだって思ったんだな。でも待ってくれ、感謝されたぐらいは恩恵を与えてやろうと言うのなら、なぜあなたは今もエドナイルの民に恩寵を? 彼らは、王家は……あなたへの信仰を忘れている。他の神ならば、怒って国を滅ぼしてもおかしくないのに」
俺のレーラ神への質問を苦戦しながらもミュシャが頑張ってレーラ神へと伝える。返答はすぐに返ってきた。
『“確かにそれは寂しいけれど、私は皆を愛おしく思っている。共に長い時を過ごし、私にとって、エドナイルの民は我が子のような存在となった。私のことを忘れても、見捨てることなんてできるはずもない”』
「そ、そんな……レーラ神が僕達のことをそこまで思ってくれていたなんて……だと言うのに、僕らはなんて恩知らず、恥知らずなんだ。あって当然のものなんて一つもなかったんだ。レーラ神の言葉が事実なら、生きるのも厳しかったはずなんだ……それが……」
ハルポンは泣いていた。純粋な男だな、彼は……確かにレーラ神は優しい。ここまで人に甘い神は中々いない。しかし、だからこそなのだろう。今のエドナイルがあるのは。
「レーラ神、よそ者の人間如きが何をと思うかもしれないが。俺はあなたが人々に甘すぎるせいで、エドナイルに問題が生まれた側面もあると思ってる。神が人に関わると言うのなら、神は神として己の存在を示す努力が必要だ。例えそれで、民達に畏怖の念を抱かせるとしても」
「ジャンさん!? なんてことを言うんですか!?」
「少し黙っててくれハルポン、大事な話なんだ──“レーラ神、あなたは優しすぎる。ただ優しくすることだけが、人の為になることじゃない、想うことじゃない。あなたからすれば、確かにエドナイルの民は可愛い、赤子のような存在なんだろう。でも、彼らも成長する。赤子から子供、子供から大人、大人から老人へと。あなたが、赤子に接するように、彼らに接し続ければ、それは彼らの成長を阻むことになる”」
「え? ジャンさん……? なんなんです、一体何を喋って……」
ハルポンは俺の言葉を認識できていない。この場で俺の言葉を理解するのはミュシャと──レーラ神だけ。
魔法板を介したミュシャとレーラ神のやり取りを見て、俺の“全ての言葉を理解し扱う祝福”は彼女達の言葉を認識し、俺に会話方法を教えた。俺自身、どうやって言葉が自分から発せられているのか理解できない。だが、俺の体は、魂は動く、レーラ神に俺の思いを伝えるために。
『“成長する必要などない、永遠に赤子であるなら、終わりもこない。永久に私が彼らを守れば、ずっと赤子のままでいられるはず。なんの問題もない”』
「“──守れてなどいない。ダガーランの者、ジーネドレ帝国からの影響で、この国は変わりつつある。いずれ、民達はあなたを完全に忘れ、あなたの敵となる。あなたの体を構成する砂魔石は、ジーネドレ帝国の命令で取り尽くされ、あなたは滅びる。あなたが滅びた後、あなたの支えを失った赤子は! 己を守る術を知らず、ただ息絶えるだろう”」
『“──……っ、ならばその前にジーネドレを滅ぼすだけだ!”』
今の俺とレーラ神の会話には魔法板すら必要としない。俺の言葉に怒ったレーラ神は俺に砂を纏わせ、俺の口から体内に入り込み、直接意思を伝えてくる。
心配するディアに大丈夫だとアイコンタクトをする。
ここで、ここで引くわけにはいかない。
「“滅ぼす? ジーネドレを? 残念ながらそれは無意味だ。さっき俺達が戦った強大な魔法使いも、ジーネドレ帝国の戦力の一部でしかない。だがそんな戦力の一部でさえ、この国を滅ぼしうる。あなたがジーネドレ帝国を滅ぼせても、それを達成する頃には、エドナイルの民は死に絶えるだろう。相手を殺しても勝者にはなれない。あなたの目的が、エドナイルの民が幸福に生きることなら! 彼らが成長し強くなることを、認めなければならないんだ! 成長の為には、厳しさも痛みも、必要なことなんだ”」
『“──……っ、お前のことを恨むぞジャンダルーム・アルピウス。お前は私から愛しい赤子を奪ったのだから”』
レーラ神のそんな言葉の後、俺の口から砂は出ていって──
「──い、痛っ!? いたたたたたた!?」
砂が、俺の腕に突き刺さって、削ってる!? お、怒ってる!! レーラ神を完全に怒らせちゃったぞ……! うわわ、俺、何やってんだああああああああ!!
「って、あれ? これ……魔術刻印みたいな……神紋か」
『“私に変われと言うのなら、ジャンダルームよ、お前にも相応の働きをしてもらう。ジーネドレをこの国から退けるまで、お前はこの地から、エドナイルからは出られない。もし、もしも勝手に出ていこうものなら、お前は干からびて死ぬことになる”』
「“はは、なんだそんなことか? 逃げないよ。俺だって中途半端にちょっかいだけ出して終わらせるつもりはない。神様からお願いされるなんて光栄なことだ、やれるだけのこと、全力でやるよ”」
『“頼む、ありがとう”』
砂は神紋を俺の右腕に刻み終わり、床に吸い込まれるように消えた。
「お兄ちゃん大丈夫なの!?」
「レーラ様とジャンおにーちゃん喧嘩してた……! レーラ様怒ってた!」
「ええええ!? ジャンさん大丈夫なんですか!? 神様怒らせちゃって」
「まぁなんとかなるでしょ。何も変わらない、ただ問題を解決するまではエドナイルから出られなくなっただけ」
「ちょっとお兄ちゃん!? それってどういうこと!?」
「えっと……その、レーラ神のこと怒らせちゃって……色々文句言ったら、じゃあ言い出しっぺのお前が責任とれよみたいな? だから、エドナイルをジーネドレ帝国の手から解放するまではエドナイルから出られなくなった。その、呪いで……勝手にエドナイルを出たら干からびて死ぬ」
「お兄ちゃぁあん!! もう!! 全く……しょうがないッ……!」
ディアがキレてる。そりゃそうか……
「ご、ごめんディア……」
「──ご褒美貰うからね」
ディアはふくれっ面で、俺にそう言った。
「え?」
「無事にエドナイルでのことが終わったら、ご褒美に、お兄ちゃんには私の言う事、なんでも一つ聞いてもらう。もう決定、絶対だからね?」
「わ、わかりました! は、はい!」
有無を言わせぬ圧力に、俺はあっさりと屈した。受け入れる他ない、そもそも俺が悪いしな。
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