都合の悪い逆境
しばらくの休憩を終え、王の神殿、空間の歪みによる拡張空間へと繋がる内部に、俺達は足を踏み入れた。神殿の内観は、例えるなら超巨大な図書館だ。天井はなく、どこまでも空が続いていて、本の代わりに特殊な暗号文字が刻み込まれた壁画で空間が満たされている。俺はこのタイプの拡張空間がある遺跡や迷宮をいくつも見てきたが、その中でもこれは異質だ。
一般的な空間拡張のある遺跡の場合、大抵はトラップが組み込まれている。正規の手順で入口に入らなかったものを外に弾き出したり、あるいは殺したりする仕掛けがよくある。
ダンジョンの場合はダンジョン内での弱体化を施す仕掛けがあることが多い。そういった仕掛けがなくとも、殆どのダンジョンは空間拡張技術が利用されているのが基本だ。
けれど、この王の神殿にはこれといった仕掛けが存在しない。人を試したり、害する要素がまるでない。入る前に入念に観察してみたが、やはり特別な仕掛けは見当たらなかった。まるで、この遺跡に入る者を傷つける気がない、そんな感じ……なんというか、この神殿を創ったレーラ神は、慈悲深い、というか人が好きなような感じがする。
まぁ罠は内部に入ってからが本番というパターンもあり得るが……この神殿で罠があるとすればそれは神が施したものではなく、人の手によるものだろう。
──ガシィィン、ガションガション。
「ううわっ!? ジャンさん!? これって罠じゃ──」
神殿内部に入ってすぐ、罠が発動した。神殿の出入り口に魔法陣が現出し、魔法陣から大量の魔力の茨がうねるように出てきた。
「ハルポン落ち着くんだ。これは直ちに危険のある魔術じゃない。ただこの神殿から出られなくなっただけだ。入ることはできても、出ることはできないタイプのヤツだな」
「それって大問題じゃないですかーーー!!」
「時間は多少掛かるが解除は可能だよ。この魔術は空間拡張に使われている魔力を利用しているんだ。魔術による人造魔法生命を魔力機構に寄生させることで、中の者を閉じ込める。無理矢理に解除しようとすると拡張空間の機構ごと破壊して、マジで出られなくなるという厄介な特性がある。安心してくれ! 俺はこの罠に何度も掛かったことがあるから詳しいぞ!」
「なんでかなぁ……ジャンおにーちゃん、ミュシャ全然安心できない……」
ハルポンとミュシャが虚ろな目をしている。
「だからこの罠は大丈夫だって、寄生してるつっても、魔法生物は時間経過で勝手に弱って死ぬから。空間拡張のための大量の魔力を浴び続けると、奴らにも負荷がかかる。例えるなら河川の氾濫、その激流で土砂が削れていくような感じ。河川の氾濫と違って、その激流が止まることはないけどな」
「あ、そうなんですか? なーんだ、特別なことをしなくても出られるんですね、よかったー」
「いやハルポン、よくないぞ。時間制限付きで俺達を閉じ込めるということは、この内部で俺達を殺す為の、別の仕掛けがあるってこと──ほら、構えろ、わかりやすくやって来たぞ?」
──■■■■ルォオオオオオオオオオオオオオ!!
俺達が獣の咆哮を耳が認識すると同時に、黒い影が現れ、伸びた。ミュシャとハルポンは反応できそうにない。俺はディアに目で合図を送り、ポーチから短刀を取り出し──
──ガゴォーーン!!
黒い影の放った爪の一撃を弾いた。これの対処は俺でもできるようだ──ただ、弾いた時に少し腕が痺れた。受けに徹し続ければ、そのうち腕が使い物にならなくなるだろう。
「うわっ、え? ジャンさん今の反応できたんですか? やっぱ上級冒険者って強いんだ」
「いや、俺の腕前はそこそこ程度でしかない。あまり信用し過ぎないでくれ。ディア、アレ以外にも敵はいるのか?」
「うん……ちょっとまずいね──数が多過ぎる。さっきのと同タイプのが十匹、デカいのが一匹」
デカいのが一匹? そんなのどこに……そう思って俺はディアの顔を見る。ディアは空を見上げている。
高い高い空に、それはいた。
黒い泥で出来た、ドラゴン、魔術によって生成された、ゴーレムだ。
「ゴーレムドラゴン!? 嘘だろ……? あんなもん、操れるのは最高クラスの魔法使いだけだ。魔術師じゃ無理だ……魔力が足りない」
ま、不味い……ゴーレムドラゴンのことは昔読んだ歴史書物で知っている。一体で国を滅ぼせる、人造魔法生物の王だ。
「な、なんで……こんなのを操れる大物が、どうして……」
『──いやぁ、あなたも運がない。ジャンダルーム・アルピウス。都合が悪いですよねぇ……? どうして、よりによって、そう思いますよねぇ? どうして自分達でも手に負えない存在が、なんでここに、そう思うでしょう? 可哀想だ、けれどね、それはあなたの愚かさが招いたことだ』
声? ゴーレムドラゴンから? ゴーレムドラゴンを操る魔法使いの声か! っうぅ、くそ……敵の言うことになんの反論もできない……俺の思ってることをそのままズバリ当てやがって……
『けどワタクシからすれば運が良い、何故ならワタクシでなければ、砂海返しを軽く撃退するような化け物の対処等できなかったでしょうから』
ディアのことを言ってるのか……こちらの事を相手は結構把握してるっぽいな。
『──おっと、ワタクシの悪い癖がでましたね。仕事はさっさと終わらせないと、お喋りなんて死体にした後からでも出来るんですから──清く終わりを受け入れなさい』
ゴーレムドラゴンが羽ばたき、翼から大量の泥の塊をぶち撒ける、それと同時に、ゴーレムドラゴンが口を開き、一瞬、その口が光る。
そして光の後、ドス黒い魔力の塊が俺達に向かって放出された。
超極大の魔力ブレス、その直径は俺達を軽く飲み込む大きさ、ハルポンとミュシャは絶対に回避できない。
「──っ、お兄ちゃんは他の雑魚の相手を! わたしはアレを防ぐ事しかできない!」
ブレスが俺達へと到達──
──ガリガリガリガリ!!
──到達しない。
ディアが光で出来たシールドを展開し、ブレスを受け止めたからだ。けど、ヤバい音がしてる……いつまで耐えられる? クソ、俺も俺で全力でやらないと!
ヤバいって……今なら分かる、最初の黒い影はトカゲ型のゴーレムだ。ゴーレムドラゴンが羽ばたいてぶち撒けた泥、あれが地に落ちて、トカゲ型のゴーレムに変身するのを見た。
落ちた泥の数は、軽く数百はあった……つまり、数百のトカゲ型ゴーレムが……お、襲ってくる。
「う、うわああああああああああ!? 死ぬ気で気合入れろ俺えええええ!!!」
勝てる気はしない、だとしてもやるしかない。祈るように、全力で努力する。トカゲ型ゴーレム数百匹を俺が倒す……む、む、り──無理じゃなああああい!!
気持ちで負けたら、本当に終わる!! やるんだ! 勝つ勝つ勝つ、絶対勝つ!! あ、あああ、あああああああああああああああああ!!
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