百と一回
──バキィイイイン!
オーブの魔力を込めた不可視の剣が俺を捉える。だが、その刃は弾かれる。
無傷の庇護は、勇者化によって強化されたオーブの攻撃に対しても問題なく機能している。
だが……俺の魔力を削られている感覚がある。オーブが勇者化する前は、攻撃を自動防御しても、そこまで魔力を使った感覚はなかった。オーブの剣の威力はかなり向上している、ってことか。
「──邪魔だ。理不尽には、消えてもらう。真実の決闘」
オーブが剣を大地に刺し魔力を活性化させる。魔力が大地を伝って、結界を形成した。赤と紫の禍々しい半透明の膜で出来た半球の結界は、俺とオーブだけを閉込めている。
おそらく、オーブにとって有利に働くフィールドを展開したのだろう。フィールドを展開し終わった。オーブはそのままの流れで俺に攻撃を仕掛けてきた。
──ギィン。
「なっ、攻撃が不可視じゃない? それに……」
「この領域で魔法は使えない。あの防御魔法がなければ、お前は僕に勝てないだろう?」
そういうことか、真実の決闘の領域下では、互いに魔法を使えない。俺の無傷の庇護は無効化され、オーブもあの不可視の斬撃を使えない。
けど、全ての魔法が使えないというのは事実ではないはずだ。何故なら俺の相棒、氷魔刀カラーテルが普通に使えるからだ。おそらく、実体を持つ魔法は無効化できないんだ。だからオーブは剣を魔力で強化しているし、身体能力も強化している。
確かに、この領域下であれば、俺に勝ち目はないように見える。肉体の性能と近接戦闘の技量が物を言うこの領域では、ジャンダルーム・アルピウスはオーブドラスに勝てない。
──ガキィイン、ガ、ガガ。
「──何故だ! 何故、剣を受け止められる。お前にそんな技量は──」
「──コール・メモリー、37」
「なんだ、何をした!! 魔法は使えないはずだ」
「──魔法でも魔術でもないさ、ただ──思い出しただけだ」
「思い出す……!?」
「あの子を置いて、俺は死んでしまった」
「何を言って……」
あの時、俺は、邪神の生贄となった。妹──ミヤコと俺の命を天秤に掛けて。当然のように、俺は妹の命を選んだ。
何度あの時を繰り返しても、俺は、同じ選択をするだろう。
けれど、あの子の命を選んで、あの子を置いて、俺が消え去っていく瞬間。俺は、あの子の顔を見た。「置いていかないで」と、寂しさと、悲しみに、涙を流す、あの子の顔が。
それが俺の、後悔。魂に刻まれた、傷。俺が、伊豆宮越百であった頃の記憶。
「──百、あの時から百の命を生きて、越えてきた。101度目の命、それが今の俺だ」
「それが、何だと言うんだ!!」
オーブの剣の激しさが勢いを増す。しかし、その剣が届くことはない。
「100回も人生があれば、戦いの中で生きるしかなかった時もあるもんさ。剣によって、生き、死んだ命があった」
コール・メモリー。超魔人となり、俺は全ての言葉を理解する力を、より高度に扱えるようになった。
そして、俺は、力を自分の魂に使った。魂の言葉、記憶を見た。魂の記憶の全てを見ることはできなかったが、今の俺へと至るまでの100回の人生の記憶を思い出すことができた。あの時生きていた、実感、感覚を呼び覚ますことができる。
「37番目、虚しい人生だった。戦って、戦って、すり減っていく日々だった。仲間が裏切って、俺を斬ろうとした時、俺はそれを受け入れた。疲れてたんだ。けれど、そんな人生も、今、俺を助けてくれる」
越百から37番目の生まれ変わり、橘義円。魔法もなければ、文明も停滞した剣の世界での人生。戦うことに疑問を抱くことすらできない程、命のやり取りが日常だった世界。
あの時の俺が使っていた剣の形に、氷魔刀カラーテルの形を変化させる。短刀から日本刀──打刀へと。
「──っぐ、馬鹿な。嘘だ、技術で僕を上回ってるっていうのか!?」
「生まれてから死ぬまで、戦うしかない世界じゃ、これでも中の上ってとこだ。俺はどの世界でも、一流になったことなんてない、半端者だ。だけど、それでも、今、この時は、負けてやらない。弟と妹を見捨てることだけはできねぇんだ」
「理不尽だ、お前は!! っ、領域解除!」
オーブが真実の決闘を解除し、結界が消える。オーブは魔術、魔法なしの戦いでは今の俺に勝てないと思ったようだ。危なかった……あのまま結界の中で戦えば、俺は負けていたかもしれない。
いくら技術で上回っても、素の身体能力、魔力量が違いすぎる。剣を受ける度、腕が千切れるかと思った。最大限受け流してもアレだ……攻撃を差し込む隙はあったが、そんなことをすればオーブは死ぬ。加減した攻撃が通る程、オーブも甘くない。
だけど、結界を解除されても苦しいのは変わらない。無傷の庇護は、いずれ俺の魔力切れで使えなくなる。それに……
──パキッ、ビシュッ。
オーブの体も持たない。オーブの勇者の力は、理不尽を滅する。その対象は理不尽な力を持つオーブさえも対象。
俺が消耗を抑え、負けないように立ち回り続ければ、俺は死なないがオーブの命は尽きる。それじゃ駄目だ……どうすればいい。どうすれば、オーブは戦いをやめてくれる。あの勇者の力を止められる。
俺が……オーブを説得できるとは思えない。俺が関わったせいで、オーブの仲間達が死んだのは事実だ。
ダモスの妹達は、俺がデスランドにいなくとも、ここを攻めただろうが。俺がいたせいで、エーレクッスは強硬策を採った。アルズがディアとの戦いをやめないように、罪悪感を負わせる為に、エーレクッスはデスランド開拓拠点の人々を虐殺した。
そんな彼女達を庇う俺が、どうやってオーブを説得できる……いくら、俺がオーブのことも救いたいと思っても……俺は、オーブにとって憎しみの対象でしかない。
起きてしまった虐殺という現実が、俺達を引き裂いてしまった。あれさえなければ……まだ、可能性はあったのに……
きっと、オーブを説得するには、虐殺された人々を復活させるしかない。けど、そんなこと、俺が、できるわけがない。神だって、そんなことできるか怪しい。
でも、死者蘇生ではないが、似たようなことは俺も経験している。俺はエドナイルで魔法使いとの最終決戦で呪いを掛けられた。呪いで死ぬはずだった俺は、レーラ神がレーラルーム神として再誕した時に生じた膨大な魔力、神力で魔人化し、復活した。
だが神が再誕して、魔人化したのは俺一人。おそらく、ここで神の再誕現象が起きたとしても、虐殺された全ての人を蘇生する程のことはできないだろう。できて数人、それじゃオーブは止まらないだろう。全員を復活させないと。
っは、馬鹿げてる。何を考えてんだ俺は。一万人の死んだ人間を蘇生するだなんて。だけど、だけど、やるしかねぇ。出来そうにないとか、そんな感覚は何の足しにもならん。出来ると思って、可能性を探るしかねぇんだ!
『──凄いね君は』
「は?」
『力を貸すよ。弟を救う』
声が聞こえた。声のする方を見ると、そこには体の透けた青年がいた。
「あんたは、一体……?」
『俺はトラン、自称、オーブドラスのお兄ちゃんさ』
その透けた青年は、霊体、死者だった。
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