絶望より来る者
──デスランド、今は瓦礫に埋もれる、死の街と化したその場所は、死と祝福──ピエルレの力の汚染によって、文字通り死者の都となる。
汚染された小世界は、死者達に動力を与え、生者の真似をさせた。
そして──
「──ッ!? っぐ、貴様ら、この外道がァッ!! 許さん、許さんぞぉおおおお!!」
「──みんな、ピエルレ達を助けて」
【間に合った、やっぱり閃光石が怒っちゃったけど】
エローラの回復魔法によって重症だったピエルレの肉体は復活を遂げ、世界の汚染によってゾンビとなった者達の制御を始めた。
かつてデスランド開拓拠点で生きていた者達が、その不死者の体で、ギガントレイヤーによって巨大化した閃光石に組み付いていく。閃光石の関節や推進機構の隙間に入り込み、動作不良を狙う。
閃光石が少し動くだけで、意図せず不死者達の体は割れ、砕ける。しかし、不死者達は刹那の内に肉体を修復し、ピエルレの命令を続行する。
「外道と手を組んだな。ディーアーム! であれば容赦はせん。滅ぼすべき、敵だ!!」
『ごめん閃光石。けど、ピエルレを殺させるわけにはいかないの。お兄ちゃんは、まだ諦めてないから』
「諦めていないだと!? この破滅的な状況を、たかが人間が覆せると、本気で思っているのか!? 神の如き貴様らでも、修復不能な、この状況を!」
『わたしも、どうなるかなんて分かんない。お兄ちゃんがどれだけ、諦めたくないとしても、現実は上手くいかないかもしれない。だけど、わたしだけは、絶対にお兄ちゃんの味方でいるって決めてるの。それが例え、愚かしいと他人から蔑まれても。わたしと、お兄ちゃんの旅は、最後まで一緒なの』
「やれやれ、こんな馬鹿げた感情論、根性論? こんなのに付き合うようになっちゃって、アタシも馬鹿になったわ。でもアタシは見ちゃったから、あいつが奇跡を起こした所。だから今日は、あいつを信じてみる」
「そうなのです! もうこうなったら! やけっぱちなのです! ハッピーエンドを目指すには奇跡に賭けるしかないのです! だからエルはジャンさんの味方をするのです!」
エローラとエルも、ディアに続き、声を閃光石に届ける。
具体的な策も言えず、ただジャンダルームを信じると言うディーアーム達に、閃光石は怒りを通り越して呆れると同時に、この者達にそこまで言わせるジャンダルームという存在に、興味を持った。
「無根拠にして、浅慮。語るに落ちるとはこの事。が、いいだろう。今、余が動けば、死者達をいたずらに苦しめるだけだ。ジャンダルームが奇跡を起こすというのなら、それを見てやろう。ヤツが奇跡が起こせたなら、貴様らに従ってやろう。下僕でもなんでも、なってやる。まぁ、賭けにもならん、不可能だがなァ」
閃光石の認知能力は、ギガントレイヤーを纏った影響で著しく向上した。だから、分かってしまう。自分が動くことで潰してしまう人間は、短い間ではあったが、自分と話し、生活した者達であると。顔も声も、簡単に記憶との照合が出来てしまう。関わってきた個人が、ちらついてしまう。だから罪悪感が、閃光石の動きを止めるに至った。
(人間など、ただの敵であったはずだ。なのに、なぜ、こうも躰が鈍い。少し話して、食事をしただけだ。大した絆など、結んでいない……人もインレーダも、同じ、意思を持つ命。友であると、なりえると、余は、思っているのか……?)
戦いが小休止となり、逡巡する閃光石。
一先ず、ディーアーム達と閃光石の戦いに区切りがつき、事の趨勢はジャンダルームとオーブドラスの戦いによって決まる事となる。
「──ッ!! ふざけるなッ!! ふざけるなァッ!! あんなものを見て、まだイモートとの未来を信じろというのかッ!! お前はッ!! 僕は、僕には、約束が、約束があったんだ!! でも、もう駄目だっ、何もかも……ッ!!」
ピエルレがソンビ達を操る様を見て、オーブドラスは涙を流し、激昂する。怒り、絶望が、オーブドラスを支配しようとしていた。
「どうなんだよ!! なんとか言えよ!! なぁ、ジャンダルーム! あんたが、僕と関わったせいで、みんな死んだんじゃないのか? お前と妹が、この世界を不幸にしてるんじゃないのか? なぁ、頼むよ。お願いだ、みんなを、返してくれよぉ……っ。僕は……僕は、何もいらなかったんだ。これ以上はいらなかったんだ。ただ穏やかさの中で、皆と共に、生きたかっただけなんだよ……っ!」
ダモスのイモート達は、元からデスランドを狙っていた。故に、オーブドラスのこの認識は間違いではある。程度の違いはあれど、ジャンダルームがデスランドに来なくとも、ダモスはデスランドを攻め、戦争の結果、多くの命は失われる。そして、ダモスに敗北する。しかし、当人からすれば、この推測は尤もらしい理由となるのも、自然な事ではあった。
事実、ジャンダルームが来てから、オーブドラスの日常は急激な変化を遂げた。しかもオーブドラスの味方として振る舞っていたはずのジャンダルームは、この土壇場でオーブドラスを裏切る形となった。
「ああ、お前が無欲でいいヤツなことは分かってるよオーブ。きっと、自分が傷つく方がマシなんだろうなお前は。俺も同じだ。俺も、俺の妹が傷つくよりも、自分が傷つく方がいいと思ってる。今となっては、それがはっきりと分かる」
「分かったようなことを言うなよ!! 僕のことを、何もしらない癖に!! 兄貴ヅラして、希望だけ見せて、僕を地獄の底に叩き落とした。お前は邪悪だ!! 僕が出会ってきた誰よりも!! 殺してやる。殺してやるッ!! もう、終わってしまえばいい。お前も、この理不尽な世界もッ──!! ァアアアアアアアアアアアッッ!!!」
──バキン、バキン、バキン、バキバキバキバキ。
オーブドラスは絶望し、慟哭する。それと同時に、オーブドラスから膨大な魔力が溢れ、デスランドの大地と衝突する。大地の魔力とオーブドラスの魔力は融和することなく、反発し、その衝撃は空間に崩壊現象を引き起こした。
紫色にひび割れた大地から、オーブのものでも、デスランドのものでもない魔力の嵐が噴き出した。
そして魔力の嵐はオーブドラスへと吸収され、オーブドラスは紫色の物質化した魔力を纏った。
「──至ったか、勇者へと。このような形で、至ってしまったか……」
アグニウィルムは、オーブドラスを“勇者”と呼んだ。
「勇者……アグニウィルム、今、オーブをそう呼んだのか!? こんな、こんな禍々しいものが勇者だっていうのか?」
「勇者とは人々の願いの集約によって生まれる存在。その願いが、良き心か、悪しき心かは関係がない。怒り、絶望、憎しみ、その心に共鳴し、勇者へと至る者もいる。このデスランドが、死の力に汚染され、冥界との境界が曖昧になっているとすれば……」
「そうか、この世界を憎む心。イモートのせいで死んでいった命……そんな死者達の魂、意思が……オーブの絶望と引き合って……」
本来冥界に隔離されることで、地上に生きる者を勇者化させることはなかった魂、怨霊達。この世を、理不尽な世界を、法則を、運命を呪って死んでいった者達。そんな魂は、冥界で汚泥のように溜まり、積み重なっていた。
冥界のイモートを憎む、全ての魂が、この機を逃すまいと、オーブドラスを利用することにした。
何万年という憎しみの積み重ねが、オーブドラスの命に覆いかぶさった。
──ブシュ、パキ、パキ。
「なっ、オーブ。あいつ、体が……! な、なんで……!」
オーブドラスの体は自壊している。徐々にひび割れ、血しぶきをあげている。このままではオーブドラスの命が尽きるであろうことを、ジャンダルームは感覚的に理解する。
「ヤツはこの世の理不尽を憎んでいる。であれば、理不尽を持って理不尽を滅す勇者とは、ヤツにとって、滅する対象となるのだ。例えそれが、自分自身だとしても。ジャンダルームよ、オーブドラスは終わった。奴は死ぬ、どうあがいても。この世界にあるイモートの遺物、眷属たちを道連れにして、消え去る。これが、世界の答えだ」
アグニウィルムは悟ったように、穏やかな口調でジャンダルームに語る。アグニウィルムがオーブドラスに抱いていた期待、それはアグニウィルムから消え去ってしまった。アグニウィルムはオーブドラスを諦めてしまった。
「理不尽、それだけの力を、あいつが持っているのなら。“俺は”勝てないんだろうな。まぁ、勇者になんてならなくても、俺は、オーブに勝てる気なんてしなかったけど。でもなアグニウィルム、逆に良かったよ」
「何を、言っている──」
「──何一つ、諦める事はないんだ。悩む必要がない。あいつを助ける為なんだって思えば、俺は、まだ戦える。滅茶苦茶嫌だったんだよ。俺……オーブを裏切るかもしれないって、薄々分かってた。覚悟をしてた。でもさ、覚悟をいくらしたって、嫌なもんは嫌だ。だから、全力で、やり切るのは、無理かもしれないって、思ってた。だけど、これなら俺は、俺の全てを賭けて、妹もオーブも救い出す為に動ける。無理かどうかなんて知らねぇ、やるんだ!」
唖然とするアグニウィルム。
「ジャンダルーム、貴様は、おかしい……は、はははは。状況は悪化しているだけだと言うのに。最早笑うしかない。やるだけやってみるが良い。ジャンダルーム! 勇者を、救ってみろ!」
──オオオオオオオオオオオオオオオ!!!
肉体に勇者の魔力を馴染ませ終わったオーブドラスが、ジャンダルームへと襲いかかる。憎悪と絶望に支配されたオーブドラスは正気を失い掛けている。そんなオーブドラスの自我が、最後に認識していた倒すべき敵、それがジャンダルームだった。だから、オーブドラスはジャンダルームを狙う。その肉体宿す勇者の魔力から、身躯の指先からつま先までが、ジャンダルームを害する為に、意思──行動を一致させる。
「こい、オーブ! 俺とお前だけで──この戦いを終わらせよう」
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