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死と約束



「ワ、ワタシを殺せば! お前の仲間たちは死ぬぞ! 見捨てるのか? は、薄情ものがぁッ!!」



 牢で手足を拘束された老人が暴れている。その老人を、オーブは見下ろしていた。



「グレトン、王都病院の呪術治療の責任者だったな。仲間を見捨てる気はないよ。だがお前を許すことはない。死んでもらう」


「へ、へへ嘘だ! 聞いたぞ、お前は甘ちゃんだ! 未だ、お前を暗殺しようとした乳兄弟のトランを殺せていないそうじゃないかぁ?」



 トランの裏切りの後、トランの妹や流行り病に掛かり、王都の病院へ移送された者達の捜索が行われた。


捜索対象の者達はすぐに見つかった。探すまでもなく、普通に生活していたからだ。だが、オーブは何も無いわけがないと、詳しく、元患者達を調べさせた。


その結果、小さな魔術刻印が元患者達に刻まれていることがわかった。そしてその魔術刻印の出どころを調べた結果、グローリー王都病院の呪術治療科、グレトン主任であることがわかった。


 グレトンは反オーヴィア派、そしてジーネドレ帝国と通じており、オーヴィア派への工作活動を行っていた。


グレトンが元患者に刻んだ魔術刻印は、術者の意思、もしくは絶命によって発動する仕組みであり、発動すれば魔術刻印を刻まれた者が呪人化するというものだった。


──呪人、そう反オーヴィア軍が呪人化したのも原因はこのグレトンだった。グレトンとジーネドレ帝国が共謀し、獣化の呪い薬を用意した。



「トランは死ぬ。処刑まで色々と手続きがあるから、まだ、死んでいないんだ。さて、グレトン、お前には選択肢がある。我々の仲間への術の解除をして、人として真っ当に、穏やかさの中で死ぬか、それとも術をこのまま解かず、永遠の苦しみを受け入れるか」

「永遠の苦しみだとぉ? 若造が、偉そうに、貴様に苦しみのなーにを分かっとるというんだ!!」


「お前を石化する」


「へ?」


「石化にも色々と種類が存在するのはお前も知っているだろう? 中でも、ストーンリザードの石化は特殊で、人を生きたまま石化することが可能だと言う。そしてストーンリザードで生きたまま石化したものは、永い時を経て自然復活をした事例がある。復活を果たした者は、ずっと、意識があったそうだ。その者は不意打ちでストーンリザードのブレスを喰らったから特に苦しみもなく、実に500年、過ごしていたそうだ。まぁ退屈で退屈で気が狂いそうだったらしいが。石化は、石化した時の状態、その時の精神状態で安定するような仕組みがあるようで、狂いそうになった所で、元に戻されていたみたいだ」



 オーブが布にくるまれた何かを取り出し、布を少しズラしてやる。


 ──シュー、シュールルル。


つぶらな瞳をした灰褐色のトカゲ型の魔物、ストーンリザードの子供だった。それを見たグレトンはギョっとする。



「呪術を研究していたお前なら、これをどう悪用すれば人を苦しませることができるのか、分かるだろう? お前を拷問し、極限まで苦痛を感じていたその瞬間を、石化してやる。石化が解けないように100年置きにまたストーンリザードの石化のブレスを重ねがけしてやろう。さぁ選べ、術を解除するのか、しないのか」


「あ、あああ……」



 グレトンは折れた。選択肢を提示するオーブの顔があまりにも冷たく、真に迫っていたから。グレトンは石化の刑ではなく、人としての死を選んだ。トランの妹や他の元患者達の術を解いて処刑された。




「トラン……グレトンは死んだよ」


「そっか、良かった。そういえば俺の家族は、身分の剥奪だけで済むようにしてくれたんですね。やっぱり、オーブ様に託してよかった」



 グレトンが死んだ後、オーブは、トランの牢へとやってきた。牢に入れられたトランの髭はすっかり伸びて、やせ細った体は痛々しかった。



「よくない、何も、何もよくない!! お前が死ぬんだ。なにも、なにもよくない!! どうして、どうして友に会うため、国の許可がいる。面倒な手続きをさせられる。どうして、お前は……こんな場所で、そんな顔をしている、やり遂げたように、満足気に……笑うんだ……」



 オーブは泣き崩れる。久々に会った、変わり果てた友の顔を見て、抑え込んでいた心の声が、溢れ出してしまった。



「選択肢があると、思ってしまったんです」

「え……?」


「グレトン達が俺に接触してくる頃には、病院に行ったみんなは、モドリー達は、術を刻まれた後で……でも、この事を、オーブ様に伝えられなかった。伝えれば、オーブ様は作戦を変更するかもしれないと思った。そうなれば敵の思う壺だと思った。だから俺は口をつぐんだ。敵は俺とオーブ様のことを全然、わかってないですから」

「……っく、う、うう……」



 トランが自分の喉をさする。喉には傷跡と、不完全な魔術刻印があった。グレトンはトランを暗殺者とする時、トランが裏切らないようにトランに仕掛けを施した。


トランがグレトン達のことを言ったり、問い詰められた時、妹や元患者達の術が起動し、トランの喉が破裂する。そんな仕掛け。トランがオーブに真実を告げること、その想像をするだけでトランの喉に激痛が走った。


だからトランは何も言えなかった。しかし、それはオーブが真実に到達する為のなんの障害にもならないことを、トランは知っていた。



「俺がオーブ様を不意打ちで、本気で暗殺しようとしても、そんなの無理だってこと、全然分かってないんだ。俺じゃどうやったって、オーブ様には勝てないっていうのにさ。だけど、この認識の差を、使えると思った。命を、選べると思った。俺の命で妹の命、そして他の仲間の命を助けられると思った」


「……ああ、そうだよな。僕なら上手くやれるって、お前は、思ったんだよな……」


「俺が何も言わなくとも、オーブ様はグレトンの存在を突き止め、仲間達の命を救った。オーブ様なら、分かってくれると思った。俺が裏切る理由を。そして実際、その通りになった。僕の裏切った理由を、グレトンの術で洗脳されたことにして、暗殺未遂の責任を、俺の命一つで終わらせてくれた」


「だとしても分からん……お前は家族思いだ。だがこんなこと、お前の妹も両親だって認めない……お前も、裏切るぐらいだったら死を選ぶはずだ」


「はは、なんというか。これでも結構悩んだんですよ。妹の命だけだったら、俺は悩めなかった。だって、死んだ後妹に怒られるだけですし。でも、他の仲間の命が助かるなら、妹もちょっとは許してくれるかもって、思っちゃったんです。俺、自分が死ぬより、人が、自分の大切な人が死ぬほうが嫌なんで。楽な方に逃げちゃいました」


「そんなの、僕だって、同じなのにっ……お前は、それを分かってるだろう? なのに……お前は、お前だけ……とんだ軍師だ、主君すらも術中か。これほどの軍師が、ずっと側にいてくれたら、僕は、どんなに楽ができたか。どんなに楽しく過ごせたか」


「一緒に歩けなくてごめんなさい。俺は、人生納得しちゃってます。これで良かったって、幸せだったって思っちゃってます。今までずっと、楽しかった。オーブ様と、家族と過ごした日々が何よりも大切で、幸福だった。寒い日に暖炉の前で、みんなとスープを飲みながら、噂話をするのが好きでした。秋に別荘に行って狩りをするのも、魚を釣るのも、楽しかった。俺の人生最高の到達点は、あの、日々なんです」


「お前は無欲過ぎる……っ、もっと嫌なヤツで良かった。ワガママで傲慢で、欲深くあるべきだった。僕が皮肉を言っても、ニコニコ笑うばかりで、なんの張り合いもない。愚か者が、この、おろか、おろかっ、おろかもの、が……っ!」



 トランもオーブも涙でぐちゃぐちゃで、視界は不良好だった。互いに、これがきっと最後の会話になるであろうとことを分かっていた。生まれてからずっと、共に過ごしてきた一番の友が、もう話すことはない。オーブにとってそれは未知だった。経験のないことだった。



「オーブ様、いや、もう身分も剥奪されて、俺はただのトランなら。こう呼ぼう──


──オーブ、オーブドラス。お前は理想を追え。お前の心が理想を求めるなら、それはきっと正しい。俺達凡人じゃ成し遂げられない、たどり着けない場所へ、お前なら行ける。道を切り開ける。痛みや後悔は、これからもずっと、あるだろう。だけど、俺はずっと、お前を応援してる。お前の、味方だ。永遠に。生きて、見せてくれ、お前の創る未来を」


「……っ、トラン。僕はお前が思うほど強くない。お前のことはずっと引きずる。だけど、約束だ。そこまで言われたら、やらないわけには、いかないよ。ありがとうトラン、僕と今まで、共に、いてくれて……思い出を、沢山、くれて……また、な。いつか、向こうで」




 ──三日後、トランの公開処刑が執行されることになった。トランの処刑には納得のいかないものも多く、皆、トランの死を悲しんでいた。


そんなトランの公開処刑を、オーブは特別席から見ていた。王都の墓場に近い広場は、公開処刑が行われる、いつもの場所だった。


冬の肌寒い、薄暗い、曇り空の下で公開処刑は始まった。



「トラン・ヴォルクス。最後に言い残すことはあるか」


「はい、皆さん今日は俺の為に、ありがとうございます。こんな静かな公開処刑は、見たことがありません。とても不思議です。はは、分かってますよ。ちゃんと理由は分かってます。今日俺が死ぬのは誰のせいでもありません。少なくとも、俺達の仲間やオーブ様のせいではありません。世の中には運の悪い日や、悪い人間もいるものです。だからそう、深刻に考えないで。運の良い日もあるし、良い人間だっているんですから」



 トランの長話を、処刑執行人は止めない。本当なら、処刑人もトランを殺したくはなかった。だからせめて、言いたいことは全部言わせてやりたかった。



「僕は人生納得しています。幸せでしたから。皆さんはご存知ないかもしれませんが、実は俺にはものすごく仲の良い乳兄弟がいまして」


「はっはは、何を言ってんだが、みんな知ってるよぉ! オーブ様だろ?」



 聴衆がポツポツと、トランの話に笑い、ツッコミを入れだした。



「お? やっと騒がしくなってきましたね。それもいい騒ぎ方だ。俺はこういう騒ぎは大好きです。よく酒の席とかで、親父がやり過ぎて困ってました。自分でやると、気持ちのいいものですね。こういう長話とか。それでそう、凄く仲の良い、本当に、実の弟みたいに思ってたんです。いや、多分本当に弟ですね。ハハ、不敬にも程があるな」


(──っ)



 実の弟のように思っていた。トランのその言葉を聞いたオーブは、涙を堪えられなかった。込み上げてくる感情が何なのか、理解することもできない程、感情が、心が溢れて、オーブは自分を自分で制御できなかった。



「ほんと、すごく出来の良いヤツで、俺は偉そうにする気も起きないぐらい。きっと彼は、これからすっごく大変だと思うんです。俺今更ちょっと心配になっちゃって、だから皆にお願いをします。どうか、彼を信じて、支えてあげてください。いつかきっと、このグローリーを、平和で楽しい、凄い国にしてくれるはずです。以上! ありがとうございました」


「──刑を執行する──」


「──待って、兄さ──」



 トランは死んだ。トランの首と胴は分かたれ、動くのをやめた。



「僕は……今、何を言おうとして……僕は、トランを、兄さんって」


(ずっと、呼びたかったんだ──)



 兄が死した後、オーブはその思いを自覚した。立場が、押し込めていた言葉、オーブは結局、トランを兄と呼ぶことはできなかった。


罪を背負い、ただのトランとなったトランだから。立場を超えて、心のままに、オーブを弟だと言えた。


それが、オーブのただ一つの後悔。万能ではない自分が、できたかもしれない。できなかった事。気がつくことの、できなかった事。



 オーブは自分なりの理想というものを追うことにした。トランとの約束ができたオーブは、希望を持って生きられた。トランの生き様を見て、人の心、生きる理由を感じた。


──故に、オーブは理想を追う。人の為の国、人が優しくいられる国、各々が自分の死に納得できる、そんな国。それを阻む理不尽を打ち砕く、そんな覚悟がオーブを動かしていた。





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