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「へ、へへ、これでぇ、ワタクシは助かるのですよね?」


「ああ、ボルタン卿。我らの同志となれる者の席は限られている。早いもの勝ちだ、そしてあなたは早かった。権利を得られて当然だ」



 ボルタン卿──下卑た笑みを浮かべる小太りの男。土地を持たない宮廷貴族だが、豪商である弟との太いパイプを持っており、グローリーの未来をオーヴィア派か反オーヴィア派が取るのか、そんなことには全く興味のない、金と利権に目ざとい男だった。


そんな男とオーブは握手を交わし、反オーヴィア派の情報を得る。反オーヴィア派とボルタンの弟との間を取り持ったのが他でもないボルタン卿だった。


故に、これは客を売るような真似であり、本来であれば信用を失うことだ。しかし、ボルタンは表向き弟の商会には関わっていない。だからボルタンが反オーヴィア派を裏切り、客の情報を売っても、それは弟の商会が反オーヴィア派を裏切ったことにはならない。



「いやぁ、オーブ様はなかなかどうして、傑物でありますなぁ。まさか、弟の商会を、ワタクシにお譲りいただけるなんて。恐ろしいお方だぁ」

「反オーヴィア派に加担した時点で、ボルタン卿の弟殿にはケジメをつけていただく必要がある。敵対者は奪われ、我々の糧となる。あなたが真に弟想いであれば、別の方法もありましたが」


「ははは、いえ、これ以上はない采配にございますとも。ええ、弟の商会は、実に美味しそうだと、常日頃から思っておりましたから」



 ボルタンは弟を裏切り、実家、そしてその商会の権利全てを手に入れる。血の繋がりを利用価値でしか勘定できないボルタンにとって、血縁を裏切ることは造作もないことだった。オーブはボルタンにとって最高の未来を提供した。



「──オーブ様、裏切った者達から得た情報をまとめた所、敵の動かせる戦力は、闇ギルドの暗殺者と周辺国やジーネドレ帝国の者、こちらに潜入した兵士や傭兵などのようです。総数は5000前後、グローリーの王国軍と事を構えるすら考えたくない戦力差でしょう。これではオーブ様の作戦に食いついてくれるかどうか」

「敵は来るさ。トラン、僕らについた裏切り者の数は200人、グローリーの都市と同じ数だ。だから後は伝えるだけでいい──グローリーの栄光と同じ数、席は埋まったと。僕が表明してやればいい。敵は勝手に勘違いをする。我々がすでに全ての都市を抑え、選定を終えたのだと。オーブは裏切った200人から反オーヴィア派の情報を得て、200人以外の反オーヴィア派を断罪する。その準備を終えたと」


「それは……しかし、オーブ様、何もかもこちらの思い通りとはいかないのでは? 不測の事態というのはいつどこからやってくるか」


「トランの不安は分かる。だが、敵が疑心暗鬼に陥るというのなら、それを利用しない手はない。できるだけ精神的圧力を利用して、状況を動かしたい。武力で動かし過ぎれば、王都が想定以上に破壊される恐れがある。そうなれば、敵国が喜ぶだけだ」



 オーブは反オーヴィア派に対する軍事攻撃を最小限に留めるつもりだった。確かに、それができれば理想ではある。無駄な血を流せば、それは遺恨となる。


しかし、トランはそんなオーブの考えに賛同しきれなかった。



「犠牲は出ます。オーブ様」

「それは……分かってるよ。だからこそ策を練るんだ。犠牲を出さない為に」


「犠牲を出さない戦いが可能なら、誰も戦いを恐れたりはしません。無駄な死者を出さず、安定して戦っていけるのなら、みな、そうしているはずです」

「トラン……? 何を言ってるんだ。お前は、仲間達に、僕の為に死ねって言うのか?」



 オーブが信じられないと、そんな面持ちでトランの顔を見る。



「はい、安定が得られるのであれば、犠牲はあって然るべきです。オーブ様は、自分の命令で、部下達が死ぬのが怖いのでしょう。でも、それは仕方のないことです。命がどこで潰えるか、それを左右するのは天運、誰にも及び知らぬこと。その戦場で誰が死ぬか、何人死ぬか、それは天に委ねられている。全てをあなた様が決めることはできないのです」

「トラン……っ! だとしても、できる限りのことをするのが当然だ。命の行方を天が決めるとしても、僕が危険な道を選べば、連れて行かれる命は、増えるんだ!」



 話は平行線、オーブも、トランも持論を曲げる気はなかった。ただ、明確だったのは、オーブは命を恐れ、トランは命を恐れていない事だった。


他人を自分の事のように思うオーブにとって、他人の命を手放すことは、己の命が失うかのように感じられたからだ。



「オーブ様、敵の奇襲を待つ前に、判明している敵拠点の一つを落とすべきです。敵に時間を与えれば、不確定要素が増えます」

「駄目だ、こちらから仕掛ければ敵に大義名分を与える」

「必要経費です。それで負った負債など、オーブ様ならばすぐに返せます」

「……その必要経費の混乱で、一体何人の命が失われる。敵が大義を得れば、人心を集め、戦いが長引く」



 綺麗な戦いしかしたくない。そんなオーブの物言いに、トランは苛つきを隠せなくなった。



「命を選んでくださいオーブ様。それが上に立つ者の、王の役目です。すでに敵対してしまった者達やその周囲の者達の命か、それともあなたを慕い、支える者達の命か」


「え……? トラン、何を言って……僕は、最初からお前達が助かるように、命が、失われないよう──……あっ」



 オーブはトランに言い返そうとした所で、トランの言葉、その真意を理解した。



「……命を選ぶって……お前……」


「人はいつか死ぬ。けれど、あなたの命令で死ねたなら、我々には納得があります。自分の命を、人生を肯定できる。あなたが、ここで命を使えと、言ってくれたなら」



(……敵に時間を与えれば、不確定要素が増える。それは必ずしも戦場でとは限らない。トランは、戦場以外で、僕の知らない所で、自分や仲間達が死ぬのが、嫌なんだ。敵は戦力が少ない、僕らだって戦力が多いとは言えない。でも敵はそれを知らない。だから、実力行使よりも搦手……そう来る可能性がある。それは、分かっている。だが)



「これから死ぬ、僕らの命は全て、僕の為だった。だから、僕の命じるように、動いてくれ。トラン」


「はっ! それが、ご命令とあらば」



 結局、オーブは敵対者の命も、仲間達の命も、失うことを良しとはしなかった。トランの訴えは退けられ、作戦の変更はなかった。


けれど、せめて言葉だけでもと、オーブは己の友に、配下達に誓った。どこで、どう死のうとも、皆、自分の仲間だと。




◆◆◆




 ──時は経ち、三ヶ月が過ぎた頃。ようやく蟲は動き出す。オーブが燻す煙から逃れるように、王都の地下水道、そこに陣を張ったオーブ軍に反オーヴィア軍が奇襲を掛ける。


準備に準備を重ねた反オーヴィア軍は、高級な装備と、魔導器で万全の状態を期して、オーブ軍へと挑む。


──けれど、そんな準備は、健気な努力は、意味をなさない。万全であるのは、オーブ軍も同じことであり、オーブ軍には最強のオーブがいる。それを覆すだけの戦力を、反オーヴィア軍は用意できない。彼らに協力してきた敵国も、自国の一線級の兵隊を捨て石にする訳もない。二流三流の使い捨てられる者を寄越した。


 ──だから命懸けの、ギャンブルをしてみたくもなる。


オーブ軍に蹴散らされた反オーヴィア軍の兵士達が、薬の瓶を割り、薬品を自分に掛けた。獣の小便のような悪臭が、戦場に漂い始めた。



「──ッ、獣化の呪い……ッ!? 下がれ! 馬鹿な、あんなものを使えば、生き残っても、正気を取り戻せるか!」


「……ゴホゴホッ、オーブ様。っぐ、このままでは、戦線が崩壊します。敵は死なば諸共です。味方に被害がでようと、こちらの方が被害が大きければいいのでしょう」


「おい、トラン!? お前咳を、大丈夫なのか?」


「さぁ、もしかすると流行り病かも。ですが、この戦いまでは持たせてみせます。オーブ様、気を付けてください! 敵は何をしてくるか、分かりません」



 首と口元を布で隠すトランは咳き込みながらオーブを敵兵から守る。獣化の呪いによって全身から毛を伸ばす、真っ黒な人であった者達から。


獣化の呪い、呪いとは、人間族が唯一意図的に起こせる魔法現象である。魔物を殺し、その死体を必要以上に痛めつけ、穢すことで、魔物達の恨み、憎悪を魔法として発現させる。


魔物の死体を糞尿で穢し、呪詛を浴びせ、魔物の子をその死体の眼の前で惨殺する。


すると、穢れた魔物の死体は動き出し、血の涙を流しながら暴れ出す。その血の涙こそ、獣化の呪い、その薬である。その血を浴びた者は正気を失い、魔物のように暴れ狂う。膂力を増幅させ、魔法を扱うようになる。それは、人の形をした魔物だった。



「……入れ知恵された? 誰があんなものを、あいつらに教えた。クソっ、浄化の魔術師は用意してあるけど、あそこまで強力なものを浄化する余裕なんてない。捕縛する余裕も、死体を残す余裕も、ない……っ! トランこちらも奥の手を出す! 熱槍を! 熱槍を使えーーーッ!!」



 オーブが叫び、兵士達に指令を与える。それはオーブが用意した奥の手、熱槍の使用の許可だった。熱槍はオーブが開発した新式の魔導兵器であり、まだ世に知られていないものだった。


赤熱した槍が投擲機で射出され、獣化した元人間達──呪人に突き刺さっていく。


槍が呪人に突き刺さると同時に、傷口から魔法陣が広がっていく。熱された鉄が、敵の体表、そして“体内”に魔法陣を展開していく。


──そして、魔法陣は、魔術を起動する。槍の突き刺さった者の命、その魔力を使って。その魔術は単純──


──火炎による燃焼。



 ──グエアアアアアアアアアアアッッ!!?



 火炎が肉体を内と外から焼く。その魔力が尽きるまで。


死体など残らない、そのまま火葬される。魔力を増幅させた呪人は、よく燃える。



「ひ、ひぃいいいいい!!? あの王子は善良なフリをした化物だ! こんな恐ろしいものを、人に使って! みんなこいつの正体を知れば──」


「──黙れ。何かがあったら、そんな我々の不安を消す為に、あのお方が、用意してくださったモノだ。ゴホゴホッ、ぐはっ……!?」



 トランが発狂し、戦場から逃げようとする反オーヴィア軍の兵士達を仕留めていく。



「終わった……か。呪人が出た時は驚いたけど、そうか熱槍でどうにかなったか」


「ええ、オーブ様。終わりました。ですが、まだ油断するのは早い──」



 ──ガキィン。


 剣が交差した。



「トラン……? 何を……?」


 トランの剣がオーブの剣と交差する。トランはオーブの問いに、何も答えない。ただ、咳をしながら、オーブに襲いかかる。



 ──ガギィィン! ガン、ガン!



 周囲の者達も、オーブも、何が起きているのか、理解できていなかった。しかし、オーブにははっきりと分かった。この剣は、己を殺しうるものだと。全力で、抵抗しなければ、自分はトランに殺されると。



「嘘だろ、トランが裏切ったのか!? なんでだ! 本当の兄弟よりも兄弟だって、言われていたはずだ!」



 兵士達が騒ぎ出し、トランを止めようとするが。それは出来なかった。オーブとトランの剣戟があまりにも激しく、誰も二人の戦いについて来られなかったから。



(なんで、なんで裏切った。トラン!! わからない、何故だ。こいつは、こいつだけは、僕を裏切るわけが、ないんだ。なのに、どうして……!! トランが僕を裏切るとしたら、それって──)



 オーブの手が震える。この世界で、命のやり取りを最もしたくなかった存在。トランと剣を交わすたび、オーブは生きていたくなくなった。トランに殺されるならそれも悪くないかと、オーブは自分の命から逃げようとした。


──けれど、オーブは見てしまった。トランの目を、涙を流し、笑うトランを顔を。そこには後悔などなく、納得と、オーブへの信頼があった。



「──トラン!! 何も言わなくていい! お前のことは、僕が、分かってるから!」



 オーブは失っていた気力を取り戻し、剣を振るう。トランの腕と足を切り裂き、剣を弾き飛ばした。一瞬だった、オーブがその気になってしまえば、最初から剣戟の応酬などなかったのだ。無慈悲なほどの力の差を見て、トランは安心していた。安堵の顔で倒れた。



「オーブ様が、負けるわけ、ないんだ」



 トランはそう言いながら意識を失った。



「おい、トランを拘束して傷の手当をしろ! それと、トランに何も聞くな。トランの妹を探せ! 王都の病院に連れて行った他の者達の行方もだ!」



(家族思いな男だった。僕の知っているトランが、僕を裏切るとすれば、それは家族の為でしかありえない。敵は、僕の……僕の、一番大事な、存在を、狙った。そんなの、当たり前だ。なのに……僕は……対処、できていなかった)



「トラン、お前……こんなことしたら、お前……お前はもう……全部承知の上だっていうの? 僕を、置いて、いくのか……っ!」



 トランは死ぬ。それはオーブが剣で殺さなくとも、決まっていること。王族の暗殺未遂、それは首謀者の一族郎党根絶やしとなる程の罪。


家族思いであるトランが絶対に選ばない選択、だが、トランは行った。きっと、そこに勝算、希望はあったのだろうと、オーブは考えた。



 トランの死、そんな未来が過るだけで、オーブは意識を手放してしまいそうになる。けれど、それはできなかった。



『──お前のことは、僕が分かってるから』



 オーブのその言葉で、トランは安心して倒れていった。オーブはトランに託された。だから、壊れそうな心を繋ぎ止めて、体を動かしていく。歩みを進めていく。





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