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全てが上手くいくように



「また、暴動か……母上の側近達は何をしてるんだ。締め付けを強くすれば反感を買うだけ、懐柔策をなぜ使わない。僕に知識を教えた大人達が、どうしてそれをできないんだ」

「駄目ですよオーブ様」


 荒れるグローリーでオーブとその側近達は身を隠しながら国内を移動し続ける日々を送っていた。無論、オーブを狙う暗殺者の対策の為だった。


「何が駄目なんだ? トラン」

「オーブ様、上層部がやらないのなら自分が民達を説得してやる。そう思っているんでしょう?」

「……」


 トランの問いに沈黙するオーブ、その沈黙は肯定と同義であり、気不味そうにオーブはトランから目を逸らす。


「民達は誰も、悪くないはずだ。僕と母上の存在が、秘密が国を荒らしてしまっている。僕のせいだ……そのせいでこんなことになっているのは、耐えられない……」

「オーブ様、自分を責めて楽になろうとしないでください」

「──っ、でも、トラン!!」


 トランはオーブドラスが己を責め、いっそ自分が消え去ってしまえばいいとすら思っていることに、気がついていた。だからオーブは己のリスクを厭わない。理想の為に、命を使った博打をしてしまえばいい、そんな刹那的な精神状態にあった。


けれど、オーブの一番の友として、トランはオーブのこの考えを認めるわけにはいかなかった。例えオーブが望むことであったとしても、トランはオーブに生きて欲しかった。



「オーブ様は何も悪くない。あなたにはどうしようもなかった事。知っていますか? 我々に協力する者達の中にはオーヴィア様が嫌いな者達だっていることを。彼らは、オーブ様が好きなんです。悪くないって知ってるから、協力してくれている。思い返してみてください、我々が身を隠すのに使用した場所を。全て、オーブ様が視察に赴いたことのある場所です。実際にオーブ様に会った者達は、分かってくれていた。だから、匿うことに協力してくれたんです」


「……っ、そうか、そうだったな。僕は、僕の命は彼らの思いによって生かされているんだ。それを忘れていた、ありがとうトラン、思い出せてくれて。僕が、愚かだった。僕は生きる、僕が生きることを誰かが願ってくれている限り、僕はそれに応える」


 いつの間にか溢れていた涙を拭い、目に力を取り戻すオーブ。それを見てトランは安堵した。


「そうだトラン、お前の妹、モドリーの容態は? 流行り病に罹ったって」

「状態は芳しくありません……設備の整った場所でないと、モドリーだけでなく、他の流行り病に掛かった者達も、命を落とすでしょう。他の者達に移らぬように魔術処置はできたのですが……それまでです」

「そ、そんな……であれば、流行り病に罹った者達に護衛を付け、王都の病院に移送させよう」

「駄目です、オーブ様。それではオーブ様の護衛の数が足りなくなります。王都は危険です。我々の敵があまりにも多い。王都の病院に人を入れれば、そこから我々、オーブ様の居場所を特定されてしまうかもしれません。だから、それは駄目、なんです」



 トランは泣いていた。泣きながら、己の妹を犠牲にする事を覚悟していた。家族思いのトランにとって、それは己の身を引き裂かれる思いだった。


けれども、トランに選択肢などなかった。妹に、モドリーに言われていた。



「──兄さん。私はオーブ様の為に死ぬ。みんな同じ想い、だから、これはみんなの願い。オーブ様は嫌がるかもしれないけど、もう覚悟を決めた事。だから兄さん、選択を、間違えないで」


 病に伏せる妹に、トランはそう言われてしまった。だからトランに選択肢はなかった。けれども、悲しみは、激しい痛みは、ただひたすらに、トランの胸に押し寄せる。ただ耐えることしかできない無慈悲な痛みが、そこにはあった。


「そうか、トラン。モドリーに、そうしろと言われたのか」


 オーブはトランの顔を見て、全てを察した。二人はずっと一緒だった、本当の兄弟よりもずっと兄弟だった。だから顔を見れば分かった。


「きっと、みんな僕の為に覚悟を決めてくれたんだろう。だとするなら、僕は彼女達を見捨てるわけにはいかないんだ。僕の命をこの世界に繋ぎ止めているのは、僕を想う民達であるのなら、そんな民達を見捨てるのは、僕にとって、それは自殺も同じだ。僕の大切な命だ、大切だと思える命なんだ! トラン! お前も分かっているだろう? 僕とお前がいれば、暗殺なんて成功するわけがない。暗殺なんて、やらせてしまえばいい、返り討ちにしてやる。無駄だって、思い知らせてやるんだ!」



 実際の所、剣技、魔術、肉体の頑強さ、そして毒への耐性。それらを高い水準で有するオーブを殺すのは、ただの人間では至難の業である。


それはトランにも分かっていた。だから、これは家臣としてのプライドの問題でしかなかったのも事実。


「オーブ様……私は、弱い人間です。妹を、みんなを、助けて、ください!」


けれど、選択肢がなかったトランからすれば、それは救いの手に見えた。だから、その手を、手に取った。


家臣としてのプライドも、妹の想いも、大切な者の命の為ならと、手放した。



「そんな、オーブ様! 危険過ぎます! 家臣達は誰も納得しません。トラン! オーブ様を止める立場のお前が、何故だ!! モドリーは覚悟を決めていたのだぞ! その覚悟を、お前が踏みにじるのか!!」

「父さん、言い訳はしない。俺は、妹、それに他の仲間達にも生きていて欲しいんだ。それがオーブ様の意志でもある」



 オーブの下にオーブの家臣達が集まり会議が始まる。家臣達は当然、オーブとトランの選択には反対だった。その筆頭がトランの父、トラディスだった。



「トラディス、ならば聞こう。この中で僕に敵う者はいるか? トランに剣で勝てる者は? 魔術で僕等を殺せる者はいるか?」

「それは居りませぬが。敵もオーブ様の武勇が圧倒的であることは承知のはず。多くの刺客を差し向けることでしょう。数の力とは恐ろしいもの、ですからオーブ様であったとしても、無謀です」

「そうだな。だから僕は敢えて姿を晒すつもりだ。敵の襲撃ポイントを固定し、陣を張る」

「陣を、張る? 戦でも始めるというのですか!? 流行り病に倒れた者達を、助ける為に? そんな馬鹿な、あなたは王となられるお方。これから先、犠牲を乗り越えていかねばならぬお方。それが──」


「──そうだ、戦だ。僕の初めての戦、初陣だ。僕は民の為にしか戦わぬと決めていた。であればこそ、僕の初陣に相応しい。王都の地下水道に布陣し、敵を誘い込む。各地にいる僕の協力者の中から優れた魔術師を集め、その噂を王都に広める」

「王都の地下水道ですか? 確かに、出入り口の狭いあの場所であれば、大軍を一度に送り込むことは不可能、内部は広く防衛側が有利、毒や火で攻めることもできない。しかし、魔術師を集め、その噂を広めるとはどういった意図が」


「トラディス、もし追われる身の王子が王都に戻り、しかも魔術師を引き連れ、地下で陣を敷くとすれば、敵はどう思う?」

「反オーヴィア派を一掃する攻撃作戦を画策している。敵はそう見るでしょう」

「そうだ。そして僕は、実際に実行するつもりだ。偽装じゃない。これならば、大義名分があるだろう? 僕が身を危険に晒す、意義がある。各地の協力者を集めれば、病院へ送る護衛以上の戦力になる。むしろ、今よりも安全だ」


 家臣達はオーブの策を聞き、顔色を変える。今までずっと逃げ回り、不満を溜めていた家臣達は、状況の変化を心のどこかで望んでいた。だから、オーブの話を聞いて、戦う男の顔になっていた。


「なんと……全ての問題が、一度に解消される。この策ならば……ですが、反オーヴィア派の潜伏場所をどう特定するのですか? それが分からねば攻めようが」


「簡単だ。都合の良いことに、母上達グローリー上層部は反オーヴィア派に対して締め付けを強くするだけで、懐柔策を一切行っていない。つまり潜在的な裏切り者が“溜まっている”んだ。本来、女王からの懐柔策があれば飛びつくものがいるはずだが、奴等はその機会を得られていない。オーヴィアに取り付く島がなくとも、その息子、オーブは経験も浅く、甘い男である。だから自分も取り入ることができる。そう考える愚か者は、必ず存在する。そういった者達から情報を得る。地位と命の保証、そして少しばかりの利権を噛ませてやればいい」


「オーヴィア様の生み出した状況を逆手に取るのですね。仮にこちらが独自に動いたとしても、反オーヴィア派を一掃する計画を成功させれば、女王派の者達も、こちらに文句を言えない。何よりオーヴィア様がオーブ様を庇うでしょうから。軍事政治、どちらの面でも問題はクリアされている。これであれば、いけるやもしれません。私とて、娘の命を諦めたいわけではありませんから」


 トラディスは熱くなった目頭から涙を拭う。トラディスとトランの泣き顔が全く同じで、オーブはクスリと微笑する。開けた希望が、オーブに微笑する許可をくれたような気がしていた。




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